【特集 がん患者の心理支援──各ライフステージの特徴を理解した支援に向けて】#03 がん患者に対する心理支援|渡邉裕美

渡邉裕美(こころの総合診療室Canal勾当台)
シンリンラボ 第15号(2024年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.15 (2024, Jun.)

1.はじめに

がんに対する治療法は飛躍的に進歩しているが,いまだがんは死をイメージさせる疾患と言える。このため,がん罹患自体が大きなライフイベントとなりえ,精神的負荷の高い状況となりがちであり,うつ病や適応障害などを患うこともある(詳しくは本特集#02「がん患者の気もちのつらさについて」参照)。がん罹患に伴い損なわれがちなメンタルヘルスが保てるよう,もしくは改善できるようがん患者に対する専門家によるさまざまな心理療法が行われている。本稿では比較的施行されることの多い心理療法を概説する。

2.がん患者に対する心理療法の実際

1)支持的精神療法

支持的精神療法は,受容,傾聴,支持,肯定,保証,共感などを中心とした精神療法であり,がん領域のみならず医療全般においても,一般的なカウンセリング技法である。支持的精神療法は,がんの診断を告知されたあとの心理的動揺,治療への不安,再発や死の恐怖などの感情,また,がん罹患に伴って生じる社会的役割の変化,喪失感などの精神的苦痛を支持的な医療者とのコミュニケーションを通して,軽減することを目標とする(明智,2009)。また原ら(2007)によると,これまでの日常生活で担ってきた役割の変化などに伴い,人生設計の見直しや自己実現の方向性を見出すための援助を行う場合もある。支持的精神療法は患者の語りの中で表出される考えや感情を傾聴,支持,共感しながら,現実的な範囲において保証することによって治療的効果をもたらす。

支持的精神療法による面接は患者の語りに支持的に耳を傾ける。傾聴は受動的な関わりのように思われがちだが,実際の機能は相手を理解しようとする能動的な関わりである。また,話される内容は疾患だけに留まらないことが大半であり,疾患を抱える人を理解する姿勢が問われる。医療者が患者の体験を真の意味で理解することは不可能であるが,理解しようとする態度こそが支持的精神療法の基盤であり(明智,2009),この態度が精神的安定に寄与すると考えられる。

2)認知行動療法

認知行動療法とは,気分(感情)や行動に影響を及ぼす認知に働きかける療法である。具体的にはある出来事が起きた際の認知,感情,身体,行動の4側面に注目し,認知と行動の枠を広げたり和らげたりし,心的負荷と感じる現象への対処能力の向上を目指す。当初はうつ病に対する精神療法として開発されたものだが,うつ病以外にも,不安症や強迫症など多岐にわたる疾患に治療効果と再発予防効果が認められている。

がん患者に対する認知行動療法は,システマティックレビューやメタアナリシスとして統合された結果が報告されている。具体的なターゲットの症状としては,例えば不安症状やうつ症状の軽減への効果が報告されており(Okuyama et al., 2017),痛みや倦怠感などの身体症状の緩和の有効性も示されている(Gielissen et al., 2007)。Iwamitsuら(2008)によると,感情の抑制傾向のある方を対象に,認知行動療法と支持的精神療法を合わせた個人療法を行った場合,心理的苦痛が低下することを報告している。また,日常生活の充実や気分転換を目的に行動活性化が用いられたり,マインドフルネス認知療法が行われる場合もあるが,これはがんという疾患がセルフコントロールできない病態であることが背景にあるだろう。

古典的な認知行動療法では,不安や抑うつを抱える患者は非現実的な破局的な認知を有しているとされる。しかし,がん患者の場合は,極端な破局的な認知に基づく気分変調ではなく,がんの病状の悪化,再発不安,死の恐怖といった脅威的な事実が現に存在しており,現実に即した認知であることが多い。また,がんの状態によってはがん患者の呼吸苦などは存在しえ,不安による自律神経症状との区別もつきにくい。このため古典的な認知行動療法が用いにくい。このような背景から,米国では図1のようながん患者の不安に対する認知行動療法のアルゴリズムが提唱されている。また,認知行動療法の実施にあたり,支持的精神療法が重要な要素として組み込まれていることも特徴的である。

図1 がん患者に対する認知行動療法の治療アルゴリズム(藤澤,2011を改変)

3)問題解決療法

問題解決療法はがん患者のコーピングに焦点を当てた心理療法であり,認知行動療法の1つに分類される。理論的背景は社会的問題解決と呼ばれ,第1:問題をどのようにとらえるか,考えるのかについての問題志向性の段階,第2:問題を明らかにし,目標をどう設定するのかという問題明確化の段階,第3:解決策をどのように考え出すのかという解決策の算出の段階,第4:どのように有効な解決策を設定するのかという意思決定の段階,第5:実行した解決策が成功したか否かをどのようにして評価するかについての解決策の実行と評価の段階の5段階に構造化されたモデルが提示されている(D’Zurilla et al., 1971)。なお,“問題”とは実際の状況とこうありたいと想定している状態との差によって生じるものであるとされている。

上記理論をもとに日本のがん患者向けにアレンジされた問題解決療法が構築され,プログラムの適用可能性と有効性が検討されている(平井ら,2012)。早期術後乳がん患者36名を対象に前後比較研究が行われ,抑うつ,不安が軽減し,QOLの向上に寄与したことが報告されている。認知の歪みが顕著ではなく,がんに罹患したことに伴う現実的な困難さが抑うつや不安の背景にある場合,問題へのコーピングが変容することにより,自ら問題に対処できるようになり自己効力感を取り戻すことができると想定され,レジリエンスの向上に寄与できるだろう。

4)リラクゼーション

心身のリラクゼーションを目的とした心理療法が用いられることもある。自律訓練法,漸進的筋弛緩法,瞑想などが代表的である。これらの療法は不安や落ち込みの軽減,疼痛コントロール,睡眠の改善,嘔気(予期性嘔吐)などがターゲットとして報告されることが多い(Luebbert et al., 2001)。リラクゼーション法自体の効果とともに,リラクゼーション法を習得し自分で行いえることにより症状のコントロール感が向上し,症状がない時でも不安を軽減する作用も想定される。

5)グループ療法

グループ療法はさまざまな形がある。グループ療法の内容を概観すると,①正しい知識や情報提供などを行い,リテラシーを向上させる心理教育介入型,②受容的で守られた空間の中で普段表出しにくい感情を表出し,支持的なサポートをお互いに行いあう支持感情表出型,③認知的な歪みに気づき,行動や考え方を変化させるためのトレーニングを主に行っていく認知行動療法型などに大別される。

グループの形態としては構造化/非構造化に分けられる。構造化グループは各セッションで扱うテーマが決まっているなど,プログラムに沿って行われ,実施回数も決まっていることが多い。構造化グループでは,専門家による情報提供などの教育的なアプローチやリラクゼーションなどのアプローチが多くなされている。一方,非構造化グループはプログラムを特に設定せずに,参加者が話題にしたことを扱っていく。参加者同士の気持ちや考えを共有し,お互いのやりとりを通じて気づきを得ていく目的であることが多い。

介入効果の報告も多いが,例えば教育的介入,リラクゼーション,問題解決の技法を用いた構造化グループを6週間で4回のセッションで実施し,2~6カ月後の評価において情緒的苦痛の軽減,問題解決の改善を認めた報告もある(Worden et al., 1984)。また,本邦ではFukuiら(2000)により,認知行動療法を組み合わせた構造化された6週間のグループ療法が行われた。このグループ療法では医学情報,心の対処法,心身のリラックス法を学習し,感情の表出を促すプログラムが組まれている。介入群では抑うつや活気,疲労などの項目が改善しており,心理的苦痛が低下することが報告されている。

この他にもグループ療法の心理的側面での有効性としては精神的健康やQOLの改善に効果があることが報告され,うつや不安,倦怠感などを対象としたマインドフルネス認知療法などがグループ療法で実施されている。

3.おわりに

上述してきたようにさまざまな症状をターゲットに,がん患者に対する種々の心理療法が行われている。がん治療法の向上に伴い,がん告知時期や治療時のみならず,積極的抗がん治療後の経過観察の時期を過ごす患者も増加する。ただ積極的抗がん治療が終了しても再発や転移の不安は大きいことが知られており,積極的治療の時期を超えても心的苦痛が高い方も多い。心理療法はがん罹患後のさまざまな時期において精神的安定,ひいてはQOL向上に寄与できると考える。

しかし,心理療法の施行には留意も必要である。がん患者に心理療法を実施する際にはケースフォーミュレーションが欠かせない。そのためには,一般的な心理療法の際と同様に精神医学的診断,病態水準,知的能力,心理状況,性格傾向だけでなく,生活史,家族などの社会的状況などをアセスメントする必要がある。これらのアセスメントのみならず,対象者ががんに罹患していることから身体的状況や治療状況,すなわちがんの進行状況,身体症状,がん治療の状況,根治可能性の有無,根治不可の場合には予想される残された時間,認知機能の低下の程度,実存的苦痛など,過去・現状および将来を見据えての包括的なアセスメントを行う必要がある。

包括的アセスメントは,身体的問題→精神的問題→社会的問題→心理的問題→実存的問題(スピリチュアルペイン)の順で行う(平井, 2016)。この順で行う理由は,医学的治療やケアにより改善できる問題を見逃さないためである。例えば,持続する疼痛は(身体的問題),就労を困難にし(社会的問題),気分も落ち込ませる(精神的問題)ことが多いが,これは疼痛という身体的問題の軽減により,社会的,精神的問題を改善できる可能性が高い。このように順序だてた包括的アセスメントは,介入計画の立案のために必須の視点である。同時に,身体的問題の改善を図る際に,患者の精神的苦痛にも耳を傾け,医療者が身体的問題の改善を図る意思があると明確に伝えることは支持的精神療法とも言える。あくまで心理療法は,全人的苦痛のケアの一部であると言える。

これまで述べてきたように心理療法は多くの技法があるが,どの患者にどの療法を用いるかはこの包括的アセスメントに基づいたケースフォーミュレーションにより,実施可能性及び効果の見通しを検討して選択することが求められる。患者の状況は一人一人異なり,ある特定の療法をエビデンスがあるからといって画一的に実施することは侵襲的と言え,丁寧な包括的アセスメントを元にした心理療法の施行が求められる。

文 献
  • 明智龍男(2009)がん患者に対する精神療法. 精神神経学雑誌,111 (1); 68-72.
  • D’Zurilla, T. J. & Goldfried, M. R.(1971)Problem solving and behavior modification. Journal of Abnormal Psychology, 78; 107-126.
  • Fukui, S., Kugaya, A., Okamura, H., et al. (2000)A psychosocial group intervention for Japanese women with primary breastcarcinoma. Cancer, 89; 1026-1036.
  • 藤澤大介(2011)がん患者に対する認知行動療法.総合病院精神医学,23 (4); 370-377.
  • Gielissen, M. F., Verhagen, C. A., & Bleijenberg, G.(2007)Cognitive behavior therapy for fatigued cancer survivors-long-term follow-up. British Journal of Cancer, 97; 612-618.
  • 原祐子・本村暁子・二宮ひとみ他(2007)がん患者の理解と心理的援助における臨床心理士の役割.平成19年度文部科学省学術フロンティア研究成果報告書,163-174.
  • 平井啓(2016)精神・心理的コンサルテーション活動の構造と機能.総合病院精神医学,28; 310-317.
  • Hirai, K., Motooka, H., Ito, N., et al.(2012)Problem-solving therapy for psychological distress in Japanese early-stage breast cancerpatients. Japanese Journal of Clinical Oncology, 42; 1168-1174.
  • Iwamitsu, Y. & Buck, R.(2008)Coping with cancer. In: Jacobs, L. K. (Ed.): Toward psychological intervention for cancer patients: Emotional suppression, psychological distress, and coping with cancer. Nova science publishers, Inc. pp.77-93.
  • Luebbert, K., Dahme, B., & Hasenbring, M.(2001)The effectiveness of relaxation training in reducing treatment-related symptoms and improving emotional adjustment in acute non-surgical cancer treatment: A meta-analytical review. Psycho-oncology, 110; 490-502.
  • Mynors-Wallis, L.(2005)Problem-solving treatment for anxiety and depression: A practical guide. Oxford University Press. (明智龍男,平井啓,本岡寛子監訳(2009)不安と抑うつに対する問題解決療法. 金剛出版. )
  • Okuyama, T., Akechi, T., Mackenzie, L., et al.(2017)Psychotherapy for depression among advanced, incurable cancer patients: a systematic review and meta-analysis. Cancer treatment reviews, 56; 16-27.
  • Worden, J. W. & Weisman, A. D.(1984)Preventive psychosocial intervention with newly diagnosed cancer patients. General Hospital Psychiatry, 6; 243-249.

バナー画像:Davie BickerによるPixabayからの画像

渡邉裕美(わたなべ・ひろみ)
こころの総合診療室 Canal 勾当台
公認心理師,臨床心理士,がん・生殖医療専門心理士
趣味:ヨガ、旅行、好きな人たちとご飯をたべること

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事