【特集 がん患者の心理支援──各ライフステージの特徴を理解した支援に向けて】#01 がん患者が心理支援を受けることについて|岡本 恵

岡本 恵(京都第一赤十字病院)
シンリンラボ 第15号(2024年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.15 (2024, Jun.)

1.がん患者における心理支援

1)がんの現状

日本人が一生のうちにがんと診断される確率は,男性が65. 5%,女性が51. 2%(2019年データ)と2人に1人であり(国立がん研究センターがん情報サービス,2024),身近な疾患である。一方,がん患者(2009~2011年にがんと診断された人)の5年相対生存率は,男性が62. 0%,女性が66. 9%であり(国立がん研究センターがん情報サービス,2024),がんと共に生きるサバイバーは増加している。治療中から治療後も,いかに生活の質(Quality of Life: QOL)を保てるかが重要であり,そこに心理支援が求められている。

まずはじめに,がん患者の心理支援を考える上で重要であるサイコオンコロジーや緩和ケアについて述べる。

2)サイコオンコロジー(Psycho-Oncology:精神腫瘍学)

1960年代以降に,がん告知やQOLが注目されるようになり,サイコオンコロジーは1977年にアメリカのメモリアルスロンケタリングがんセンターに誕生した(内富,2011)。

サイコオンコロジーでは,がんが心に及ぼす影響だけでなく,心や行動ががんに及ぼす影響を明らかにすることにより,QOLの向上のみならず,がんの罹患や生存率,QOLの改善を目指している(内富,2011)。

3)緩和ケア

緩和ケアの起源は,1967年にシシリー・ソンダースSaunders, C. が,イギリスにセントクリストファー・ホスピスを開設し,終末期患者のケアに焦点を当てたことであり,ホスピス運動として世界中に波及していった。日本では,1973年に淀川キリスト教病院において,ホスピスケアの先駆的活動が開始された。その後,カナダのロイヤル・ビクトリア病院が,緩和ケア病棟(Palliative Care Unit)を開設し,これが現在の「緩和ケア」という言葉の起源となった(宮下,2022)。

2002年には,世界保健機関(World Health Organization: WHO)が,緩和ケアを「生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOLを,痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで,苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである」と定義した(大坂ら,2019)。すなわち,緩和ケアとは,患者とその家族も対象であり,がんに伴う身体的な苦痛のみならず,心理社会的,スピリチュアルな苦痛をも含めて,早期から緩和していくアプローチである。

また,早期からの緩和ケアは,患者のQOLを改善し,生存期間を延長する可能性が示唆されており(Temel et al., 2010),米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology: ASCO)は,治療と並行した早期からの緩和ケアを推奨している(Ferrell et al., 2017)。このように,緩和ケアは終末期に限らず,むしろ診断時から治療と並行して行われるべきケアであることに留意が必要である。

2.がん患者における心の反応とライフステージの理解

1)確定診断を受けた後の心の反応の過程

診断を告げられることは,強い衝撃を受ける体験であり,「頭が真っ白になった」「何かの間違いだ」といった反応がしばしば生じる。これは,危機に対して心理的距離を置いて自分を守ろうとする,防衛機制としての否認である。そのほか,絶望感や怒り(「なぜ自分だけがこんな目に遭うのか」)を感じたり,取り引き(「きっといい治療法が間に合うに違いない」)といった防衛機制を用いて希望を持ち続けたりすることもある(内富,2014)。これらが,最初の数日続くショックや混乱の時期である。

次に,不安や恐怖,悲哀,無力感,絶望感などとともに,不眠・食欲不振などの身体症状や,集中力の低下が生じ,一時的に日常生活に支障をきたすこともある(内富,2014)。また,疎外感や孤立感,「ストレスや食生活のせいでは」「自分は弱い人間で情けない」と自分を責める,などの様子が見られることもある。

この状態は1週間から10日で軽減し,つらい状況にありながらも,新たな状況に適応しようとする力が働き出し,徐々に落ち着いて,現実的,楽観的な見方もできるようになる。

これらの心の動きは,患者の多くが経験することであり,「受けとめきれないような大きな出来事が起きた時に,誰にでも生じうる自然な心の反応である」ということを伝えることは,大きな保証となる。

しかしながら,気持ちのつらさや,不眠,食欲低下など日常生活への支障が2週間以上続くようであれば,適応障害やうつ病となっている場合もある。適応障害やうつ病を罹患するがん患者は多く(明智,2017),強い精神的苦痛はQOLやがん治療などにさまざまな負の影響をもたらすため,心の専門家への相談が望まれる。

2)ライフステージ

心理支援を考える上で,患者ががんに罹患した時に,ライフサイクルのどの段階にいるかを理解することは重要である。各ライフステージによって異なる発達課題があるが,罹患すると大きい影響を受けることになる。たとえば,初期成人期(19~30歳)では,他者との親密な関係を発展させることへのためらいや,将来計画への不安が,成熟成人期(31~45歳)では,家族を残していくことへの無念さや,家族への心配(社会,経済,教育面),担っていた役割の逆転によるジレンマなどが考えられる(Rowland,1993)。

3.心理支援の使い方

1)どんな時に利用する?

がんと診断されて間もない時期は,治療,医療・生活費,仕事や家事,育児の役割をどうするかなど,非常に難しい決断を求められる。一方,気持ちは大きく揺らいでいる時期でもある。これらの揺らぎは,がんという状況下での自然な心の反応であるが,「大事な人に心配をかけたくない」「相談するのは弱いようで恥ずかしい」「ひとりで解決しなくては」といった思いから,我慢してしまう場合が多い。苦痛(distress)を有する患者のうち,支援を受けることに関心があるのは3分の1に満たないといった報告もある(Graves et al., 2007)。

しかし,心のつらさの軽減は,がんの治療と同様に大切である。つらさや不安を話すことで,気分が和らいだり,わからない点が明確になったり,違う視点が生まれたり,自身の希望や大切にしていることに気づいたりすることがある。また,治療に伴い生じうる心身の反応やそれへの対処について相談しておくことは,気持ちの備えにもなる。さらに,今後の治療や生活,仕事などを検討する上で,「こんなことを聞いてもいいのだろうか」と思う内容が,実は重要な情報である場合がある。このため,気がかりや困りごと,気持ちのつらさがある時は,一人で抱えこまずに,心理支援の積極的な活用が勧められる。

2)どうしたら利用できる?

院内には多職種のスタッフがおり,チーム体制で支援にあたっている。そこで,まずは主治医や看護師,がん相談支援センターなどの身近なスタッフに伝えることが大切であり,そこから適切な支援へとつながることができる。

3)誰が支援を提供している?

がん相談支援センター
全国にあるがんに関する相談窓口で,がん診療連携拠点病院などに設置されており,「国立がんセンターがん情報サービス」のホームページからも検索可能である。特徴としては,患者・家族はもちろん誰でも無料で,匿名でも相談でき,治療中や治療後など時期を問わず,また窓口での対面や電話での相談も可能である。相談員として,看護師,ソーシャルワーカー,心理士などが対応しており,治療や療養生活,利用できる制度などの相談や,必要な情報を一緒に探したり,ピアサポート(同じ体験をした仲間(ピア)がお互いに助け合うこと)の情報を聞いたりすることもできる(国立がん研究センターがん情報サービス,2022)。

緩和ケアの体制
がん患者に関わる全ての医療者が,「基本的緩和ケア」を提供するが,緩和が難しい場合には,緩和ケアの専門家が「専門的緩和ケア」を実践している(緩和ケアチーム,緩和ケア外来,緩和ケア病棟,在宅緩和ケア)(宮下,2022)。

緩和ケアチームは,医師(身体症状緩和担当,精神症状緩和担当),看護師,薬剤師を中心に,心理士,管理栄養士,医療ソーシャルワーカー,理学療法士,作業療法士など,多職種で構成されている。主治医や病棟看護師からの依頼にもとづき,緩和ケアについてのコンサルテーション活動を,病棟横断的に行っている。チームの役割は,包括的な評価や支援に加え,医療スタッフへの支援・教育も担っている(秋月,2011)。

心の専門家
精神保健の専門家(精神科医,心療内科医,心理士など)は,「緩和ケアチーム」や「精神科」「心療内科」「精神腫瘍科」などに所属している。直接のアクセス,もしくは主治医など身近なスタッフが窓口となり,紹介されてつながる場合がある。

4)心理支援の実際

筆者が創作した模擬症例を提示する。Aさんはがんと診断された後,今後の治療や費用への不安や「仕事を続けられるのか」といった気がかりで頭がいっぱいであった。しかしながら,家族や病院には,どこまで相談していいものか,との迷いもあった。

診察後に看護師に話したところ,看護師から治療やセルフケアについて,また薬剤師から治療の副作用について詳しく話を聞くことができた。また,がん相談支援センターに家族と訪れたところ,治療費や仕事と治療の両立支援に関する情報を聞き,気がかりを整理することができた。

しばらくして病状が進行し,強い落ち込みが生じた。看護師に相談したところ,心理士を紹介され,治療に懸命に取り組んできた思いや無力感について話した。その後,少し落ち着いて考えられるようになり,改めて主治医と,今後の治療に関するコミュニケーションを重ねていった。

4.どのように心理支援を行うか

1)全人的苦痛の理解

シシリー・ソンダースは,患者が経験している苦痛を,「身体的苦痛(痛み,身体症状など)」,「精神的苦痛(不安,うつ状態,怒りなど)」,「社会的苦痛(経済的な問題,人間関係など)」,「スピリチュアル・ペイン(人生の意味への問い,死の恐怖など)」といった側面を持つ「全人的苦痛」として表し,全人的な視点を重視した(恒藤,2000)。このためには,多職種で協働し,多角的な視点で捉えていく支援が必須となる。

2)がん医療における包括的アセスメント

精神心理的苦痛の評価の一つに,包括的アセスメントがある。包括的アセスメントでは,身体症状(疼痛,倦怠感,ADL[日常生活動作]の問題など),精神症状(せん妄,うつ病など),社会経済的問題(費用,就労の問題など),心理的問題(病との向き合い方,コミュニケーションの問題など),実存的問題(生き方に関わる問題)の順に評価を進め,解決できる問題を見落とさないようにすることが大切である(小川,2014)。心理的問題にはさまざまな要因が影響しうることから,このように患者全体を捉える視点をもつことが重要である。

3)心理士が行う心理支援

上記の1)2)を実施したうえで,詳しい心理アセスメントを行い,患者が元来有している力を回復できるよう,これまでに困難を乗り越えてきた対処法を尊重しながら,支援方法や連携を検討していく。

がん患者に心理面接を行う際には,患者の身体状態や治療状況により,心理面接の時期,回数,および時間は柔軟に設定・変更しうる(津川ら,2018)ことを理解しておく必要がある。アプローチとしては,支持的精神療法が最も一般的であり,必要に応じて認知行動療法,漸進的筋弛緩法などを行う(明智,2011)。(心理支援の詳細は,本特集#03「がん患者に対する心理支援」を参照)。

また,心理士は直接的な支援に限らず,間接的に支援することも多い。よりよい支援を行うためには,他職種を理解・尊重し,チームの力動も理解しながら,わかりやすい言葉でコミュニーションを重ね,丁寧に協働していくことが大切である。

文 献
  • 秋月伸哉(2011)B実践編8.精神腫瘍学と連携.In:内富庸介・小川朝生編:精神腫瘍学.医学書院,pp.250-263.
  • 明智龍男(2011)B実践編4.介入方法 Ⅵ心理社会的介入.In:内富庸介・小川朝生編:精神腫瘍学.医学書院,pp.194-201.
  • 明智龍男(2017)チーム医療において心理職が知っておく基礎知識.精神療法,43; 827-831.
  • Ferrell, B. R., Temel, J. S., Temin, S., et al. (2017)Integration of palliative care into standard oncology care: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. Journal of Clinical Oncology, 35; 96-112.
  • Graves, K. D., Arnold, S. M., Love, C. L., et al. (2007)Distress screening in a multidisciplinary lung cancer clinic: prevalence and predictors of clinically-significant distress. Lung Cancer, 55; 215-224.
  • 国立がん研究センターがん情報サービス(2022)がんと診断されたあなたに知ってほしいこと―がん相談支援センターが力になります.国立がん研究センターがん対策研究所がん情報提供部.
  • 国立がん研究センターがん情報サービス(2024)最新がん統計.https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html(2024年5月6日取得)
  • 宮下光令(2022)1章緩和ケア概論.In:宮下光令編:ナーシング・グラフィカ成人看護学⑥ 緩和ケア第3版.メディカ出版,pp.19-56.
  • 小川朝生(2014)5.心のケアの考え方 精神心理的苦痛のアセスメント.In:小川朝生・内富庸介編:ポケット精神腫瘍学 医療者が知っておきたいがん患者さんの心のケア.創造出版,pp.36-52.
  • 大坂巌・渡邊清高・志真泰夫ほか(2019)わが国におけるWHO緩和ケア定義の定訳―デルファイ法を用いた緩和ケア関連18団体による共同作成.Palliative Care Research, 14; 61-66.
  • Rowland, J. H.(1989)発達段階と適応:成人モデル.In:Holland, J. C. & Rowland, J. H. (eds.): Handbook of Psychooncology: Psychological Care of the Patient with Cancer. Oxford University Press. (河野博臣,濃沼信夫,神代尚芳監訳(1993)サイコオンコロジー:がん患者のための総合医療 第1巻. メディサイエンス社,pp. 23-40.)
  • Temel, J. S., Greer, J. A., Muzikansky, A., et al. (2010)Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer. The New England Journal of Medicine, 363; 733-742.
  • 津川律子・岩滿優美(2018)第2章医療領域.In:鶴光代・津川律子編:シナリオで学ぶ心理専門職の連携・協働―領域別にみる多職種との業務の実際.誠信書房,pp.14-42.
  • 恒藤暁(2000)第4章がん患者の苦痛への全人的かかわり.In:東原正明・近藤まゆみ編:緩和ケア.医学書院,pp.26-33.
  • 内富庸介(2011)1.Introduction Ⅰ精神腫瘍学の歴史.In:内富庸介・小川朝生編:精神腫瘍学.医学書院,pp.1-5.
  • 内富庸介(2014)3.がんに対する通常の心の反応.In:小川朝生・内富庸介編:ポケット精神腫瘍学 医療者が知っておきたいがん患者さんの心のケア.創造出版,pp.8-20.

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岡本 恵(おかもと・めぐみ)
京都第一赤十字病院精神科(心療内科),緩和ケア内科
資格:公認心理師,専門健康心理士

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