【特集 がん患者の心理支援──各ライフステージの特徴を理解した支援に向けて】#05 AYA世代に生じる悩みや不安とその支援|塚野佳世子

塚野佳世子(横浜労災病院)
シンリンラボ 第15号(2024年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.15 (2024, Jun.)

1.はじめに

AYA世代とは,思春期・若年成人を表す英語(Adolescents and Young Adults)の頭文字をとったもので,思春期・若年成人世代を指す。その年齢区分についての定義は国や学会によって異なるが,厚生労働省のがん対策推進総合研究事業の「総合的な思春期・若年成人(AYA)世代のがん対策のあり方に関する研究」では,15-40歳未満と定義している。

我が国におけるAYA世代のがん罹患率は,人口10万人あたり年齢階級ごとに,15-19歳で14. 2,20歳代で31. 1,30歳代で91. 1であった。これらの罹患率を我が国の人口に当てはめると,年間のがん罹患数は15-19歳で約900人,20歳代で約4,200人,30歳代で約16,300人と推計される。これは全年齢の新規がん罹患推計数(約100万人)の2-3%程度である(岩本,2022)。

2023年3月に閣議決定された第4期がん対策推進基本計画では,第3期に引き続きがん治療における目標としてAYA世代のがん対策が明記され,さらにがん医療提供体制においては,「妊孕性にんようせい温存療法について」も明記された。

どの世代にとってもがんは深刻な疾患であるが,特にAYA世代にがんと診断されることは,本人だけでなく,その家族にとっても大きな衝撃である。この時期は,身体的・心理的・社会的に大きな変化が起こる時期であり,成長に向けての多くの課題があるが,がんという重大な疾患を抱えることで,さらに特有の心理的課題が生じる。ここでは,AYA世代のがん患者の悩みや心理的課題について取り上げ,それに対するサポートについて述べる。

2.AYA世代のがん患者の治療中の悩み

この世代は身体的・精神的に大きな変化を遂げ,就学,就職,キャリア構築,恋愛,結婚,妊娠,出産,子育て等人生を構成するさまざまなライフイベントに直面する時期である。また,このようなライフイベントを通じて,自己のアイデンティティを確立する大切な期間とも言える。この時期にがんに罹患することは,患者自身の人生はもちろん,家族や友人など患者を取り巻く周囲にも大きな影響を与えることになる。

実際のAYA世代がん患者,がん経験者の悩みをみてみると,最も多いものは,「今後の自分の将来のこと」であり,「仕事のこと」「経済的なこと」「診断・治療のこと」がそれに続く。年齢別に見ていくと,15歳から19歳では,1位は「今後の自分,将来のこと」と全体と同様であるが,2位が「学業のこと」3位が「体力の維持,または運動すること」とあり,治療や予後についての不安の中で,学業との両立という課題を抱えていることが伺える。一方AYA世代の中でも家族形成期である25歳から29歳,30歳から39歳では,「不妊治療や生殖機能に関する問題」が5位以内に入り,家族・家庭をめぐる課題が浮かび上がる(清水,2018)。

このように,AYA世代がん患者に特有の悩みがあるが,AYA世代のがんの発症は稀であるため,患者はがん仲間に会うことが難しい。同世代同士情報を交換し合う機会が少ないため,早期から医師をはじめとする多職種の医療者で連携して支援することが必要である。また,医療だけでなく,教育,職場等社会全体で支えていくことが望ましい。

3.妊孕性温存について

さてここからは,25歳以上のがん患者の悩みに多く見られた「不妊治療や生殖機能に関する問題」について焦点を当てる。

2024年1月に国立がんセンターは国際分類によるAYA世代の10年生存率を初めて集計した。それによると,脳・脊髄腫瘍で77. 8%,子宮頸部・子宮がんで87. 2%,乳がんで83. 5%となっている。「死」のイメージがつきまとう「がん」であるが,医療技術の向上により患者の生存率は向上している。その結果,がん治療後のQOL(生活の質)への影響が考慮されるようになってきている。

がんの標準的な治療は,手術,抗がん剤をはじめとする薬物療法,そして放射線療法であるが,これらの治療によって,卵巣機能や造精機能がダメージを受け,不妊になる可能性がある。そこで,がん治療後に妊娠出産する可能性を残す医療として,がん治療を行う前に,精子,卵子,または受精卵(胚)を凍結保存しておき,がん治療終了後,移植して妊娠を目指す「妊孕性温存療法」が行われるようになっている。これは不妊治療の技術を応用したものである。

2017年にがん治療学会より,小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関するガイドラインが出版された。がん治療医は,何よりもがん治療を最優先とするが,がん治療によって不妊になる可能性やそれに関する情報を患者に伝え,挙児希望がある場合には早期に生殖医療を専門とする医師を紹介するといった対応が明記されている。このようにAYA世代がん患者に対して,がん治療前に妊孕性温存について説明することが求められる時代となっている。

4.妊孕性温存をめぐる葛藤

医療技術の進歩は,患者に恩恵をもたらすと同時に,葛藤も引き起こす。医師から説明される難解な医療情報を理解し,自分の気持ちに向き合い,意思決定していくことは,かなりの心理的エネルギーを要する。妊孕生温存療法を行っても,将来必ず妊娠・出産に至るとは限らないという条件の中,がん治療開始前の限られた時間の中で,身体的,経済的負担を負いながらこの治療に踏み切るかを決断することは容易ではない。「がんのことだけで頭がいっぱい。妊孕性のことなど考えられない」という患者もいれば,逆に「がんはどうでもいい,子供がいない人生は考えられない」と妊孕生温存を優先させたい患者もいる。パートナーや家族と意見が異なることもあり,患者が孤独感を抱えることもある。

AYA世代は年齢幅も広く,A世代(思春期・青年期10歳代~22歳頃まで)は,結婚や子供を持つことなど考えたこともないという患者も多く,自身の妊孕生温存と向き合うことが困難な場合もある。一方YA世代(20-30歳代,若年成人)のがん患者は,晩婚化により妊娠,出産を考える時期とがんの発症が重なってきており,妊孕性低下・喪失の問題に大きな衝撃を受ける場合もある。

5.生殖に関する心理支援

このようながん患者の心理支援は大切である。がん患者の生殖に関する心理支援のパイオニアの一人である奈良ら(2019)は,3つの支援のポイントをあげている。1つ目は,患者の精神状態をアセスメントし,がんのショックや不安を緩和するためにレジリエンス(精神的回復力)を高める支援である。まずは,患者が安心して自身の不安や悲しみを表現できる場を確保し,それをしっかりと受け止めることが基本である。2つ目は,医療情報の理解不足を補い,妊孕生温存のリスクやベネフィットを整理し,患者の希望を明らかにしていくことである。これまでの人生で思い描いてきた家庭像,親になることをどのように考えてきたかなどにも触れながら,情報を整理していく。3つ目は,家族やパートナーとの話し合いを支援することである。お互いに心配をかけたくないからと,がんについての話題を避ける傾向が見られることもある。がん治療開始前の限られた時間の中で,時に家族やパートナーと心理士が面接することも取り入れながら,患者と近親者が安心して話し合えるように整えていくことも心理支援につながる。

6.心理士の役割

最後に,心理士の役割について述べる。がん患者の生殖に関する心理支援について,2013年ASCO(米国臨床腫瘍学会)改定ガイドラインにおいては,心理専門職への紹介が推奨されており(Loren et al., 2013),日本においては,日本生殖心理学会,日本がん・生殖医療学会が「がん生殖医療専門心理士」の資格制度を制定し,その人材育成を担っている。がん対策推進基本計画第4期では,妊孕生温存療法について適切な医療を受けられる体制を充実することが記載され,研究促進事業ではあるものの,妊孕性温存とその後の生殖補助医療の治療費に対して条件を満たす場合に国からの助成金が受け取れることとなった。妊孕性温存実施医療機関では,患者への情報提供,相談支援,精神心理的支援を行うことが条件となり,日本産科婦人科学会の認定要件では,がん・生殖医療専門心理士等が常勤することが望ましいとされている。また,2022年4月保険改訂で「がん患者指導管理料ロ」として公認心理師のがん患者心理支援に保険点数が算定できることとなり,これらの動向から心理職ががんにおける生殖に関する心理支援をすることが増加することが予想される。心理職がきちんとその役割を担うことができるよう,継続した知識とスキルの向上が望まれる。

文 献
  • 平山貴敏・清水研(2018)精巣腫瘍を含むAYA世代のがん患者に対する心理社会的問題と支援.泌尿器外科,31 (12); 1625-1629.
  • 一般社団法人日本癌治療学会編(2017)小児,思春期,若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン.金原出版.
  • 岩本彰太郎(2022)小児・AYAがん患者のトータルケアの現場と今後の展望.医学のあゆみ,280 (1); 103-108.
  • 川瀬和美・田部井功・角徳文ほか(2012)乳がん患者の心のケアー術前後のアンケート調査:うつ状態は38%.乳がんの臨床,7 (1); 10-111.
  • 厚生労働省科学研究費補助金がん対策推進総合研究事業(2015)「総合的な思春期・若年成人(AYA)世代のがん対策のあり方に関する研究」班. AYA世代のがん対策に関する政策提言資料5.
  • 国立がん研究センターがん情報サービス:がん登録・統計,最新がん統計「小児・AYA世代のがん罹患」https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/child_aya.html
  • Loren, A. W., Mangu, P. B., Beck, L. N., et al.(2013)Fertility Preservation for patients With Cancer: American Society of Clinical Onchology Clinical Practice Guideline Update. Journal of Clinical Onchology. 31 (19); 2500-2510.
  • 奈良和子・小泉智恵・吉田沙蘭ほか(2019)妊孕性温存における心理支援と心理職の役割.日本がん・生殖医療学会誌,2 (1); 7-11.
  • 奈良和子(2013)精神的アプローチ3―臨床心理士の立場から.In:鈴木直・竹原祐志編:がん・生殖医療 妊孕性温存の治療.医歯薬出版,pp.230-238.
  • 日本生殖心理学会HP https://jsrp.sakura.ne.jp/course/cancer_repro_course.html
  • 清水千佳子(2018)[総論]4AYAがん患者のニーズ.In:平成27-29年度厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)「総合的な思春期・若年成人(AYA)世代のがん対策のあり方に関する研究」班編「AYA世代がんサポートガイド」.金剛出版,pp.15-18.
  • 静岡県立がんセンター(2004)「がんの社会学」に関する合同研究班編.がんと向き合った7, 885人の声.がん体験者の悩みや負担などに関する実態調査報告書.
  • 塚野佳世子(2021)思春期・若年成人(AYA)世代がん患者への心理社会的支援:妊孕性温存に焦点を当てて.ストレス科学,36 (1); 36-43.
  • 渡邊裕美・小林真理子・小泉智恵ほか(2019)がん患者の妊娠・出産・育児に寄り添う心理支援.日本生殖心理学会誌,5 (2); 35-40.

バナー画像:Davie BickerによるPixabayからの画像

塚野佳世子(つかの・かよこ)
横浜労災病院心療内科・精神科
資格:臨床心理士,公認心理士,がん・生殖医療専門心理士
主な著書:「医療・福祉現場で役立つ臨床心理の知恵Q&A」(編集,日本放射線技師会出版会,2005)
趣味:着物が大好きです。下手の横好きですが,休日はお稽古(お茶と踊り)にせっせと通っています。

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事