【特集 学校が変わる! ポジティブ行動支援(PBS)の理論と実践】#03 中学校における学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)第1層支援の取り組みの実際と成果|庭山和貴

庭山和貴(大阪教育大学総合教育系)
シンリンラボ 第13号(2024年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.13 (2024, Apr.)

1.はじめに

本稿では,公立中学校において学年規模のポジティブ行動支援から実践を開始し,その後,学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)第1層支援に取り組んだ事例について,その4年間にわたる実践と成果を紹介する注1)

注1)本稿は行動分析学研究,第37巻第2号に掲載された学術論文「学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)が公立中学校における問題行動発生率に及ぼす効果:4年間にわたる実行度の変化と問題行動発生率の推移」を一般社団法人日本行動分析学会の転載許可を得て,改編したものである。

2.対象校と著者の役割

本事例は公立中学校1校において実施した。全校生徒数は約300名であり,教員数は約30名であった。対象校は,A市教育委員会の学校支援事業の対象となっていた公立中学校であり,教育委員会と大学の連携体制のもと,X年度から筆者が学校支援に関わることになった。

3.PBS実践前の状況

筆者が対象校に関わり始めたX年度当初は,生徒の授業妨害行動が多く見られ,また対教師暴力も生じるなど,生徒の問題行動が多く見られる状況であった。こうした生徒の問題行動に対して,対象校では教員による廊下の巡回,問題行動が生じた後の注意,別室指導,学年集会の開催,保護者連絡,といった対応が主になされていた。

X年度5月から,上記のような学校支援の枠組みのもとで,筆者が月2回ほど対象校へ訪問するようになった。筆者が訪問した際,ポジティブ行動支援(PBS)の基本である生徒の望ましい行動に着目すること,望ましい行動を強化することの大切さについて個別に教員と話をしていたが,学年・学校規模の組織的な取り組みにはなっていなかった。

4.一部学年におけるPBSの開始

1)PBSを実践するに至った経緯

X年度6月末に,対象校において最も問題行動が多く見られていた中学2年生の生徒らが昼休みにサッカーをしている様子を筆者が観察していたところ,グラウンド整備をしていた主幹教諭と立ち話をする機会があった。主幹教諭から生徒の問題行動と教員の疲弊感に関する悩みを聞いた上で,筆者から解決策があるので話をしないかと提案した。主幹教諭が了承し,昼休み後の5〜6時間目の時間帯に筆者と主幹教諭で話し合いを行った。

この話し合いの場では,筆者から問題行動と望ましい行動は同時にできない(両立しない)ことから,生徒の望ましい行動を伸ばしていくことで,相対的に問題行動は減少することを説明した。その後,先行研究のデータを示し,筆者の対象校における生徒の行動観察結果も踏まえた上で,PBSを実践することで生徒の問題行動の減少に繋がるであろうことを伝えた。

主幹教諭からは,PBSについて(1)問題行動に対しては毅然とした指導をすべきではないのか?(2)厳しい社会に出た時に耐えることのできない大人にならないか? などの質問があった。著者からの回答として,主幹教諭の懸念は最もであると肯定した上で,(1)については問題行動が生じた時の対応と望ましい行動ができた時の対応は同じ瞬間に行うものではなく,まずは望ましい行動に着目してこれを伸ばしていく「ことも」行うことを提案していると伝えた。また,問題行動が生じた際の対応についても,ただ「毅然とした指導」を行うだけでなく,問題行動の代わりにどのような望ましい行動をすればよかったのか教えたり,一緒に考えることの重要性を伝えた。(2)の質問については,これまでの行動分析学の知見に基づいて,粘り強く行動できるようになるためにはそもそも“成功体験”を積み重ねることが前提になることを説明した上で,筆者は社会全体もPBS的にしていきたいと考えていることを伝えた。以上のような話し合いの結果,まずは最も問題行動が多く見られていた中学2年生に対して,PBSを実践してみようということになった。

2)中学2年生の担当教員へのPBS研修実施と実践の開始

X年度2学期開始前の8月末に,中学2年生の担当教員と主幹教諭の9名を対象として,約1時間の研修を筆者が行った。研修では,生徒の望ましい行動(特に,授業中に発言・発表する,ノートを書くなどといった授業参加行動)に着目し,これを強化していくこと(ポジティブ・フィードバックと表現した)の重要性を教示し,その上で生徒の望ましい行動に対する強化の仕方として行いやすいのは何かについて教員と相談した。その結果,口頭の言語称賛を増やす取り組みを実施することになり,教員がカウンター(ボタンを押すと1ずつ数が進む数取器)を持ち,1授業中に15回以上を目標として,授業中の言語称賛回数を自己記録する取り組みを開始した。記録するのは1日1授業とし,主幹教諭が毎日“インタビュー”と称して2年生の担当教員のその日の言語称賛回数を聴き取ってグラフ化し,教員を称賛・励ました。こうした実践の結果,X年度11月には,教員も実感するほどに2年生の問題行動に減少が見られ始めた。2年生へのPBS実践は,生徒の望ましい行動に対して教員がA6サイズのチケットに称賛メッセージを書いて送る取り組みに形態を変えながら,3学期以降も継続して実施された。

5.他学年へのPBS実践の拡大

X+1年度も,前年度にPBSを開始した学年(新3年生)では,実践が継続されたが,他学年への広まりはほぼ見られない状態であった。そこで,校長や主幹教諭と相談した上で,X+1年度9月末に全教員を対象とした2時間のPBS研修を筆者が行った。

研修後,問題行動が比較的多く見られていたX+1年度の1年生の担当教員らも,カウンターによる言語称賛の自己記録を開始した。また,望ましい行動とそうでない行動のモデルを提示するためのビデオを1年生の生徒とともに教員が作成し,当該学年の生徒と校区小学校の6年生が視聴する機会を設けた。このビデオでは,授業開始前に教室に戻る,授業開始時の挨拶をする,授業中の教員の発問に対して答える,の3つの行動を取り上げた。

6.対象校におけるSWPBS

1)SWPBS導入の決定と年間スケジュール作成

X+1年度末までの問題行動データの減少と教員の実感をもとに,X+2年度4月から学校規模でPBSに取り組むことの意思決定が教職員の合意のもとでなされた。これにより,PBS推進チームの役割を生徒指導部会の業務の一つとして正式に位置づけ,毎月の生徒指導部会の冒頭10分間にSWPBS推進についての協議を進めるようになった。またこのX+2年度4月に主幹教諭が教務主任と連携して,当該年度のSWPBSに関するスケジュール作成を行なった。

2)学校全体のフィードバックシステムの導入

このX+2年度4月から,学校規模の取り組みとして,望ましい行動をした生徒に教職員がチケットを渡すシステムの導入,各行事や学期中に特に望ましい行動が見られた生徒への賞状・バッジの授与が開始された。また,各学期中に見られた生徒の望ましい行動について写真・動画で記録しておき,各学期末の集会において動画として視聴する機会を設けた。

3)望ましい行動のモデリングビデオ作成

X+2年度12〜1月に当該年度1年生と教員が望ましい行動のモデリングビデオを作成し,これを対象校の他学年と校区小学校の6年生が視聴した。このモデリングビデオでは,新たに“チャイムが鳴り終える前に着席する行動”と,“話し合い活動中に教員から指示された場合には,話し合いを止めて前を向く行動”が加えられた。

4)生徒指導上のデータのグラフ化と共有

X+2年度から,毎月の生徒指導部会と職員会議において,学校全体および学年別の生徒指導上のデータ(遅刻生徒数および問題行動発生数)の1日あたり平均の推移をグラフ化して共有することを始めた。データを共有後,生徒指導上の課題解決に向けた具体的な取り組みについてPBSの枠組みをベースとして意見交換した。

5)小学校との連携

校区の小学校2校に対して,主幹教諭がX+1年度とX+2年度に1回ずつ,筆者も同様の回数のPBS研修を行った。これにより各小学校においても実施期間を限定したキャンペーン形式で,授業前準備や靴を揃える行動のモデル提示と写真・グラフを用いたフィードバックが開始された。

6)PTA・地域との連携

X+2年度には,保護者説明会や学校運営協議会,地域の青少年育成団体,PTAとの会議等において,PBSに関する実践報告を主幹教諭が中心となって行った。さらに,学校運営協議会,PTAの会議,青少年育成団体との会議において,生徒指導に関するデータを共有し,その上でPBSに基づく指導方針について意見交換した。いずれの会議においても,SWPBSを推進していくことについて合意がなされた。

7)ポジティブ行動マトリクスの作成

X+2年度2月に,学校全体のポジティブ行動マトリクス作成のために全教職員で生徒に期待する望ましい行動について考える機会を研修として設けた。SWPBS導入初期に通常行われるマトリクス作成をこの時期に行ったのは,生徒の問題行動が大きな課題であった対象校では,強化すべき標的行動が教職員間でかなり共通していたためである。

研修では,グループごとにマトリクス原案を作成した。研修後,各グループ案に共通している要素を抽出し,さらに学校運営協議会等で聴取した地域住民が生徒に期待する望ましい姿・行動も意見として反映させたマトリクス原案を作成した。職員会議での承認を経てマトリクスを完成させた。

8)PBS推進リーダーの交代

X+3年度はそれまでの実践を継続しつつ,SWPBSの持続を目的として,校内のPBS推進リーダーを主幹教諭から教諭A・Bの2名に交代した。これら新たなPBS推進リーダーへの支援として,主幹教諭は(1)PBS推進リーダーとしての目標を一緒に考えて設定,(2)教諭A・Bが希望するPBSに関する取り組みの実現に向けた支援(管理職や各校務分掌長への相談のサポート等),(3)PBS推進のために行ったことへの称賛と今後の推進計画の整理,などを行った。

7.SWPBSの成果

図1に,生徒100名・1日あたりの問題行動発生率の推移を示す。この算出には,一定水準以上の問題行動が校内で生じて保護者連絡を行った記録を用いた。月によって授業日数が異なるため,月毎の問題行動発生数をその月の授業日数で除した。さらにこの数値を,当該年度の生徒数の100分の1の数(例えば,生徒数325名であれば3.25)で除し,生徒100名・1日あたりの問題行動発生率を算出した。

図1が示すように,対象校の問題行動発生率はPBS導入後(特にSWPBS導入後)に著しく減少した。また対象校が実施していた生徒・保護者アンケートにも改善が見られ,不登校生徒の割合も減少した。

図1 学校全体の生徒100名・1日あたりの問題行動発生率の推移

8.おわりに

本稿では,公立中学校1校におけるSWPBSの導入プロセスや実践概要,またその成果について紹介した。本稿では1校の事例紹介のみに留めたが,SWPBSの効果は国内でも複数の地域・学校で繰り返し確認されている。しかし,適切に実践されれば効果的であるものの,学校規模の取り組みであることからその導入にはさまざまな困難さがあることも事実である。今後は,SWPBSの導入をどのように進めることが効果的なのか,また自治体規模でSWPBSを推進するにはどのような体制が求められるのかについて,さらに研究・実践を重ねていくことが必要である。

+ 記事

庭山 和貴(にわやま・かずき)
関西学院大学大学院博士課程後期課程修了。博士(心理学),公認心理師。
日本学術振興会特別研究員を経て,現在,大阪教育大学総合教育系准教授。
専門分野は学校規模ポジティブ行動支援(スクールワイドPBS),応用行動分析学に基づく発達障害のある児童生徒への支援。
児童生徒の問題行動や心理的な問題の予防・減少効果が実証されている学校規模ポジティブ行動支援を,どのように実行・持続させていくかについて,学校現場・教育行政と連携して実践研究を行っている。
日本ポジティブ行動支援ネットワーク副会長。
2016年度日本教育心理学会優秀論文賞,2020年度同学会城戸奨励賞受賞。
主な著書に,『学校全体で取り組むポジティブ行動支援スタートガイド』
論文として『学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)とは何か?─教育システムに対する行動分析学的アプローチの適用』。

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