【特集 学校が変わる! ポジティブ行動支援(PBS)の理論と実践】#01 学級経営に活かすPBSの実践|大対香奈子

大対香奈子(近畿大学総合社会学部)
シンリンラボ 第13号(2024年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.13 (2024, Apr.)

1.はじめに

学校規模ポジティブ行動支援(以下,SWPBSとする)の実践を効果的に進めていくためには,学級においてポジティブ行動支援(以下,PBSとする)が忠実に実践されていることが重要であることがわかっている(Childs, et al., 2016)。

しかしながら,SWPBSを実践している学校の教師であっても,必ずしもPBSに沿った実践を十分な程度で行っているとは限らないことも,これまでの研究から明らかにされている。例えば,リインケReinkeら(2013)の研究では,SWPBSを実践している学校の教師33名を対象に,実際に学級の中でPBSの実践を行なっているかを,称賛行動と注意・叱責行動に着目して行動観察を行なった。PBSでは,児童生徒の望ましい行動の実行に対するポジティブフィードバックとして称賛を行うことが教師に求められる中心的な実践の一つであるが,実際に観察を行なってみると,注意・叱責よりも称賛の方を多くできていた教師は33名中3名だけであり,また称賛と注意・叱責の割合は4:1以上が推奨されているが,その割合で称賛できていた教師は1名だけだったという結果であった。また,大対ら(2022)が日本の小学校でSWPBSを実践した結果,教師の称賛や注意・叱責行動が変化するかを行動観察により検討したところ,注意・叱責行動は減少したものの称賛行動については増加が確認できなかった。このような学校全体のSWPBSの実践と学級の実践との乖離が報告されることは,実は珍しくない。

本稿では,SWPBSと学級でのPBSの実践になぜこのような乖離が起きてしまうのかを考察し,学級でできるPBSの具体的な実践,それを実行するために取り組めることについて概説する。

2.日本のSWPBSで広がった「キャンペーン方式」の実践

PBSの実践では,望ましい行動を具体的に児童生徒に教え,その行動が発揮しやすくなるような環境を学校内に設定し,行動の実行が確認されたらそれに対してポジティブなフィードバックを行う形で行われる。海外で実践されているSWPBSの場合,このポジティブなフィードバックには「トークンエコノミーシステム」が用いられることが多い。トークンエコノミーシステムとは,私たちがお店で買い物をすると溜まるポイントシステムのようなもので,望ましい行動が見られた際にチケットやポイントが与えられるというシステムである。海外では,このようにして児童生徒が貯めたチケットやポイントを,文房具やちょっとしたおもちゃのようなご褒美,もしくは「アイスクリームパーティーに参加できる」「学校のフットボールチームの試合をVIP席で観戦できる」といった特権に交換できたりするシステムで運用されていることが多い。

日本でも同様のチケット方式を採用してSWPBSを実践している学校もあるようであるが,どうも日本ではこのトークンエコノミーシステムの形式が文化的には馴染みにくいようで,チケットというよりは「メッセージカード」という形で先生が子どもたちのよい行動を見つけた際に,そのことをメッセージとして書き込んだカードを渡すという形式で広がっていることが多いように見受けられる。また,このチケット(メッセージカード)方式よりも,より日本の学校文化に馴染みやすい方法として広がったのがキャンペーン方式であり,日本で導入されているSWPBSはこのキャンペーン方式が主流となりつつある(Otsui, et al., 2022)。学校現場の多忙さを考えると新しい実践を導入するということは現場の教師にとっても負担が大きく感じられることである。そこで,既存の委員会活動等,すでに学校で行われている活動をPBSの枠組みで「置き換える」という形で考えられたのがキャンペーン方式なのである。これが可能となるのも,そもそもSWPBSが決まったコンテンツのあるプログラムではなく,この実践を進めていくためのフレームワークを提供するものであるからこそである。

大久保が紹介していた実践例にもあったように,「登校時のあいさつ」や「あったか言葉」などはSWPBSを導入する前から学校で取り組まれていることが多い活動である。これをPBSの枠組みに置き換えるというのは,あいさつとして求められる行動を具体的に教えることや,あいさつ行動が発揮されやすい環境設定として,委員会の児童が門のところに立って声かけをすること,あいさつ行動が実行されたことに対するポジティブフィードバックとして委員会児童からシールを配ったり,あいさつができていた児童数をカウントしてその増加をグラフにしてフィードバックしたりするという形で,これまでの委員会活動のやり方をPBSの枠組みに沿ったものに変えるということである。

3.学校全体と学級でのPBSの実践に乖離が生じる理由

キャンペーン方式でのSWPBSの実践導入は,日本におけるSWPBSの普及に効果的であったことは確かであるが,一つデメリットとなりうる点を挙げるとすれば,「PBSが日常的な実践になりにくい」ということである。キャンペーン方式は,例えば「あったか言葉キャンペーン」などといって,特定の時期を「強化週間」に設定して学校全体で取り組むことが多いため,どうしても児童生徒や教師にとってイベント的に捉えられやすくなる。そのため,キャンペーンをやっている時はその行動が見られるが,キャンペーンが終わると行動が減ってしまうということが起こる。これはつまり,キャンペーン期間は行動の発揮や維持を支える環境が整っているが,キャンペーンが終わるとそのような環境設定はなくなってしまうため,行動は減ってしまうのである。

またキャンペーンでは対象とする行動を一つに絞って,集中的にその行動を増やす活動を行うことから,その行動に対して教師がポジティブなフィードバックをするという対応は増やしやすいが,一方でそれがキャンペーン対象行動以外の望ましい行動に対するポジティブなフィードバックとして般化するかというと,そうはいかないことが多い。キャンペーンではその行動を増やすために児童生徒も教師も一丸となって取り組んでいたにも関わらず,通常の学級内における授業や活動に戻ると,その取り組みは忘れ去られてしまうのである。

つまり,SWPBSでは児童生徒の望ましい行動に対して,積極的にポジティブなフィードバックをしていきましょう,褒める声かけをしていきましょうと学校全体をあげて取り組んでいたとしても,日常における個々の教師の称賛行動は思ったよりも増えないと言う現実があり,特に日本ではキャンペーン方式がその要因の一つになっているのではないかと,筆者は考察している。したがって,個々の教師にキャンペーン実施期間だけではなく,学級内でも日常的にPBSを実践してもらうためには,SWPBSの導入に加えて別のしかけが必要であると思われる。

4.学級経営で効果があるとされているPBSの実践3選

学級における日常的なPBSの実践については,「学級経営(クラスルームマネジメント)」として多くの研究が行われてきており,学級経営に効果的だというエビデンスが得られている実践として代表的なものに,以下の3つが挙げられる。

1)具体的な言語的称賛

言葉による称賛には2種類あり,具体的でないもの(general praise:GP)と具体的なもの(behavior specific praise:BSP)に分けられる。GPは「すばらしい」「すごい」など褒め言葉は言っているものの,何に対して褒めているのかが明確でない褒め方のことであり,BSPは「背筋がまっすぐに伸びていてよい姿勢ですね」「目を見てしっかり挨拶ができていて素晴らしい」などのように,具体的な行動を明示した褒め方のことである。学級経営という観点から効果的なのはGPよりもBSPの方であるとされている。

2)反応の機会の設定

反応の機会(opportunity to respond:OTR)とは,児童生徒に授業中に能動的に活動させる機会のことであり,例えば教師が「りんごは英語で?」と全体に投げかけ「apple」と全員で一斉に言わせるコール&レスポンスのような掛け合いや,「答えがAだと思う人? Bだと思う人?」と教師が尋ねて児童生徒にどちらかに手をあげさせる,またペアでの話し合いをさせる,わかった人には起立させる,などがある。よくある挙手をした児童生徒をあてて回答させるというやり方は,その児童生徒に対しては反応の機会となるが,それ以外の児童生徒にとっては「待ち」の時間となることや,説明を聞くという時間も受動的な活動となってしまう。反応の機会を増やすことで,受動的ではなく能動的な活動が増えるため,児童生徒の授業参加率を高める効果がある。また,OTRにより児童生徒の行動が促されることで,教師がその行動に対して褒めるという称賛も連動して起こりやすくなる。

3)望ましい行動を具体的に教えて事前の声かけをする

PBSでは望ましい行動を具体的に教えるが,学級経営においても「話の聞き方」「質問の仕方」「提出物の出し方」「給食の準備」などを具体的に教えることが重要である。このような日常的な行動ほど「きちんと」や「しっかり」という曖昧な言葉で指示されるために,大人が求めている具体的な行動と子どもが認識している行動にズレが生じてしまうことも多い。したがって,まずは求められている行動が何かを具体的に教師と児童生徒の間で共有するためにも,「教える」というプロセスは欠かせない。

また,その教えた行動をすべき場面では事前に声かけをしておくことで,その行動は実行されやすくなる。例えば,移動教室の時に「今から音楽室に移動しますが,廊下はどのように歩くのでしたか?」などと声をかけておくのである。それにより,教えられた移動教室の際の適切な歩き方(右側を静かに歩く)が実行されやすくなり,できたことを褒めるというサイクルにも持っていきやすくなる。一方で,この事前の声かけがないと不適切な行動が起きてしまい,「教えたのになぜできないの!」という注意・叱責のサイクルに陥りやすくなるのである。

学級経営に活かせるPBSの実践はこの3つ以外にもあるが,その中でもBSPは児童生徒の授業参加率を高め,問題となる行動を起こりにくくする最も効果的な実践であることがわかっている(Gage & MacSuga-Gage, 2017)。OTRや事前の声かけが最終的にはBSPに繋がることからも,PBSの実践の要がBSPであると言っても過言ではない。だからこそ,日常的な学級での指導場面において,このBSPをいかに増やすかが重要となってくる。

5.PBSの実践を自身の学級で増やすためにできること

BSPを増やすための介入として,庭山(2020)は中学校教師8名に対して効果的な言語称賛の方法を具体的に教示した後,各教師にはカウンターを使って言語称賛を自分でカウントしてもらった結果,教師の具体的な言語称賛が増加したことを示している。このように自分で自分の行動を数える方法はセルフモニタリングと呼ばれ,BSPのような実践を増やすための方法として効果的であることが国内外の複数の研究でも示されている。

また,BSP以外の学級経営に効果的なPBSの実践についてのチェックリストも現在作成しており,もうまもなく公開できると思うが,このようなチェックリストを活用することも,一つの方法かもしれない。お互いの授業を参観して学び合う研究授業というものが学校現場では行われているが,チェックリストには学級経営に効果的だというエビデンスのある具体的な実践内容が示されているため,そのチェックリストと照らし合わせて研究授業の参観を行うことや,自己点検として定期的にそのチェックリストをつけて自分の実践を振り返り,その中の一つでも二つでも実践できるように具体的な行動計画を立てて日々の教育活動に取り組むことで,PBSを日常的に使った授業や学級運営が実現できると思われる。PBSをキャンペーンという形で終わらせず,このように日常の指導や教育に落とし込んで実践することで,PBSが特別な取り組みではなく,学校で当たり前に行われる「文化」となるのである。

引用文献
  • Childs, K. E., Kincaid, D., George, H. P., & Gage, N. A.(2016)The relationship between school-wide implementation of positive behavior intervention and supports and student discipline outcomes. Journal of Positive Behavior Interventions, 18, 89-99.
  • Gage, N. A. , & MacSuga-Gage, A. S.(2017)Salient classroom management skills: Finding the most effective skills to increase student engagement and decrease disruptions. Report on Emotional & Behavioral Disorders in Youth, 17, 13-18.
  • 庭山和貴(2020)中学校における教師の言語称賛の増加が生徒指導上の問題発生率に及ぼす効果─学年規模のポジティブ行動支援による問題行動予防.教育心理学研究,68, 79-93.
  • Otsui, K., Niwayama, K., Ohkubo, K., Tanaka, Y., & Noda, W.(2022)Introduction and development of school-wide positive behavioural support in Japan. International Journal of Positive Behavioural Support, 12, 19-28.
  • 大対香奈子・田中善大・庭山和貴・松山康成(2022)小学校における学校規模ポジティブ行動支援の第1層支援が児童および教師に及ぼす効果.LD研究,31, 310-322.
  • Reinke, W. M., Herman, K. C., & Stormont, M.(2013)Classroom-level positive behavior supports in schools implementing SW-PBIS: Identifying areas for enhancement. Journal of Positive Behavior Interventions, 15, 39-50.
+ 記事

大対香奈子(おおつい・かなこ)
所属:近畿大学総合社会学部心理系専攻 准教授
資格:公認心理師・学校心理士
主な著書:『学校全体で取り組むポジティブ行動支援スタートガイド』(編著,ジアース教育新社,2023)
『日本の心理教育プログラム─心の健康を守る学校教育の再生と未来』(共著,福村出版,2022)

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