【特集 学校が変わる! ポジティブ行動支援(PBS)の理論と実践】#02 公立小学校における学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)第1層支援の効果と社会的妥当性の検討(要約版)|大久保賢一

大久保賢一(畿央大学教育学部
シンリンラボ 第13号(2024年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.13 (2024, Apr.)

1.はじめに

本稿においては,公立小学校において2年間にわたり学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)の第1層支援に取り組んだ事例について紹介する。

2.対象

本事例は公立小学校1校において実施された。開始年度であるX年度,この学校には通常学級として1年生が1学級,2年生が1学級,3年生が2学級,4年生が2学級,5年生が2学級,6年生が2学級,そして特別支援学級が2学級設置されていた。X年度の全校児童数は244名であり,教職員数は25名であった。開始年度の次年度であるX+1年は,学級数は変わらず,新1年生は2学級であった。X+1年度の全校児童数は238名であり,教職員数はX年度から変わらず25名であった。

3.著者の役割と教育行政のサポート

原則的に手続きの実施や行動観察データの収集はすべて対象校の教職員によって行われた。県教育委員会の指導主事は,校内研修に関わる日程調整や印刷物の準備など,本実践の遂行に関わるコーディネートを行った。県総合教育センターの担当指導主事が,本プロジェクト専用のオンライン掲示板を設け,対象校の特別支援教育コーディネーター,県教育委員会と県総合教育センターの担当指導主事,特別支援学校の巡回相談員,そして著者と他の数名の専門家が,その掲示板に質問や報告などを記名式で自由に投稿することができた。X年度は438回の投稿が行われ,X+1年度は375回の投稿が行われた。

4.校内組織

校内組織の中で特別支援教育コーディネーターが中心となり学校内外の調整や実践の推進を行った。対象校においては,正規の教職員とは別にパートタイムの「支援員」が2名勤務しており,本実践にも参加し,授業を担当しないということ以外は,教職員と同様に目標設定や支援計画の立案・実行に関わる役割を担った。もう1名,定年退職後に再雇用された「アドバイザー」という立場の教員も「支援員」と同様の役割を担った。さらに近隣の特別支援学校から2名の教員が巡回相談に訪れ,主に個別事例に関するコンサルテーションを実施していた。この2名は,本実践に関わる研修に参加したり,本実践に関わる行動観察データの収集や整理などを行った。

5.SWPBSに関する校内研修

X年5月に筆者が,対象校において教職員,支援員,巡回相談員,担当指導主事を対象に,80分程度の研修を行った。具体的な内容は,SWPBSにおける多層支援モデルに関する概説,国内外で報告されているSWPBSの前例とその成果,第1層支援の具体的な手続き(ポジティブ行動マトリクスの作成,行動支援計画の作成と実行など),チームアプローチの必要性,行動観察と記録の必要性についてであった。

6.ポジティブ行動マトリクスの作成

ポジティブ行動マトリクスとは,SWPBSの第1層支援において教職員が全校児童生徒に期待される目標行動を選定するために用いる表である。このポジティブ行動マトリクスを作成するための研修には支援員や管理職も含めた教職員全員が参加した。ポジティブ行動マトリクスは,ジョージGeorgeら(2009)を参考に,1)「期待される子どもの姿」(本実践においては表1の最上段に示した「きまりを守ろう」,「自分も友だちも大切にしよう」,「すてきなことばをかけよう」の3つの選定,2)取り組みを行う場面や場所(本実践においては図1の左列に示した「授業中」,「体育」,「そうじ」,「休み時間」,「ろうか,その他の場所」の5つの選定,3)ポジティブ行動マトリクスにおいて縦のラインと横のラインがクロスするセルに当てはまる具体的な目標行動の選定,という3段階を経て作成された。

表1 対象校で作成されたポジティヴ行動マトリクス注1)

きまりを守ろう自分も友だちも大切にしようすてきなことばをかけよう
授業中(教室)授業準備③他児童の話を適切に聞く④「あったか言葉」を使う②
健康観察の際の適切な返事⑧
体育(体育館)・集合,整列
・使った道具を元の場所に戻す
・準備や片付け
・相手を賞賛する
「あったか言葉」を使う(自分のチームが負けているときにチームメイトを励ますなど)②
そうじ適切なそうじへの取り組み⑦・分担と協力・そうじの最初と最後に同じグループのメンバーであいさつする
休み時間・予鈴を聞いたらすぐに教室に戻る「あったか言葉」を使う②・感謝や謝罪のことばを伝える
ろうか,その他の場所ろうかやベランダの共用スペースの右側を走らずに歩く⑤
くつをそろえて置く(X+1年度に追加)⑥
・ぶつかりそうなときは道を譲り合う・登校時の自発的な挨拶①
・学校外の客人に対して挨拶
・他学年の児童に対して挨拶
注1)対象校の特定を防ぐため,実際に作成したポジティブ行動マトリクスの文言から,内容が変わらない程度に一部を改変して示してある。また,作成したポジティブ行動マトリクスにおける標的行動の中で,実践期間中に実際に行動支援計画を立案・実行したものにはアンダーラインと番号をつけてある。

7.行動支援計画の作成

X年度8月の夏季休業中に筆者が対象校を訪問し,3時間程度の校内研修を行い,行動支援計画の作成について解説を行った。行動支援計画を作成するための様式は8ステップで構成されており,それは,1)「教える行動を決める」,2)「児童に伝える『この行動を学ぶ理由』を考える」,3)「行動の具体例」,4)「実際に練習するための具体的計画」,5)「期待される行動の手がかりを作成する」,6)「児童に自ら取り組んでもらうことについて計画する」,7)「児童の行動変容を記録する方法を計画する」,8)「望ましい行動を称賛・承認する方法を計画する」というものであった。

8.行動支援計画の実行と教職員による行動観察

夏休みが明けたX年9月に校長が全校集会において「期待される子どもの姿」を全校児童に対して説明を行い,各担任教員が中心となって作成した行動支援計画を各学級において実行した。教職員はX年8月の研修会で計画した行動観察と記録方法に基づき,記録を行った。

9.結果と考察

標的行動の推移を図1に示す。これは観察できた全校児童における標的行動の生起率の平均値を示したものである。学校全体で取り組んだ8つの標的行動はすべてベースラインと比較して介入期間に改善傾向を示した。また図2に示したように全校児童の「学校肯定感」の平均スコアも年度ごとに改善傾向を示した。さらに表2に示したように全般的に高い社会的妥当性が示された。

図1 標的行動の推移注2)

図2 School Liking and Avoidance Questionnaire (SLAQ):「学校肯定感」に対する全校児童の平均スコア

表2 教員が回答した社会的妥当性に関するアンケートの結果

注2)X年度のフォローアップデータはX+1年度に収集されたものである。

しかし,実践における「データに基づく意思決定」のために行動観察に依存するデータ収集方法を適用することは,教職員の負担感に繋がると考えられる。本実践の社会的妥当性に関するアンケートの結果においては,実際に4分の1程度の教職員がその負担感を示していた。日本においてSWPBSを持続性のある形で普及させるためには,米国の実践で用いられているODR(田中,2020)やdirect behavior rating(DBR)(Riley-Tillman, et al., 2009)といった教職員にかかる記録の負荷がより少なくて済むシステムの導入を検討する必要がある。

また,SWPBSにおける第1層支援としての実行度(fidelity)についても検討する必要があると考えられた。大対(2020)が紹介している日本語版Tiered Fidelity Inventory(以下,「TFI」とする)における第1層支援に関する評価項目に基づき本実践を振り返ると,「1.1 チーム構成」,「1.2 チームの運営手順」,「1.10 児童生徒/家族/地域の関与」,「1.12 ODRデータ」,「1.13 データに基づく意思決定」などについては実行が不十分な部分があったと評価できる。特にデータに基づく意思決定に関連して,第1層支援において付加的な支援ニーズをスクリーニングして,第2層支援や第3層支援に繋げていく手続きを確立させることが課題であると考えられた。

註:本稿は行動分析学研究,第34巻第2号に掲載された学術論文「公立小学校における学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)第1層支援の効果と社会的妥当性の検討」を一般社団法人日本行動分析学会の転載許可を得て,要約版として改編したものである。本稿の内容や図表は当該論文にすでに発表されたものである。
引用文献
  • George, H. P., Kincaid, D., & Pollard-Sage, J.(2009)Primary-tier interventions and supports. In W.
    Sailor, G. Dunlap, G, Sugai, G., & Horner, R. (Eds.).(2008)Handbook of positive behavior support. Springer, pp.375–394
  • 大久保賢一・月本彈・大対香奈子・田中善大・野田航・庭山和貴(2020)公立小学校における学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)第1層支援の効果と社会的妥当性の検討.行動分析学研究,34, 244–257.
    大対香奈子(2020)学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)における実行度の評価.行動分析学研究,34, 229–243.
  • Riley-Tillman, T. C., Methe, S. A., & Weegar, K.(2009)Examining the use of direct behavior rating on formative assessment of class-wide engagement: A case study. Assessment for Effective Intervention, 34, 224–230.
  • 田中善大(2020)学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)を支えるデータシステムとしてのODR.行動分析学研究,34, 211–228.
+ 記事

大久保賢一(おおくぼ・けんいち)
所属:畿央大学教育学部 教授
資格:公認心理師・社会福祉士
主な著書:『3ステップで行動問題を解決するハンドブック─小・中学校で役立つ応用行動分析学』(単著,学研プラス,2019)

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