【特集 学校が変わる! ポジティブ行動支援(PBS)の理論と実践】#07 学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)に関する自治体規模の取り組み|半田 健

半田 健(宮崎大学教育学部)
シンリンラボ 第13号(2024年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.13 (2024, Apr.)

1.学校規模ポジティブ行動支援が学校・自治体に広がる背景

「令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(文部科学省,2023)によると,小・中・高等学校における暴力行為の発生件数は95,426件(前年度76,441件),小・中・高・特別支援学校におけるいじめの認知件数は681,948件(前年度615,351件),小・中学校における不登校児童生徒数は299,048人(前年度244,940人)であり,いずれも過去最多であった。この調査結果からわかるように,現在の学校現場には,児童生徒の暴力行為やいじめ,不登校への対応が求められている。

先行研究の知見から,学校規模ポジティブ行動支援(School-Wide Positive Behavior Support:以下,SWPBSとする)は,上記の課題を解決するアプローチとして,その効果が期待できる。具体的には,問題行動の減少(Bradshaw, et al., 2012),いじめの認知件数の減少(Waasdorp, et al., 2012),出席率の増加(Freeman, et al., 2016)などの効果が報告されている。SWPBSの手続きや具体的な実践については,他の特集記事や若林ら(2023)の書籍を参照してほしい。

また,SWPBSは,2022年に公表された「生徒指導提要(改訂版)」(文部科学省,2022)の内容と親和性が高い。特に,2022年の生徒指導提要の改訂では,児童生徒の問題行動の増加や多様な教育的ニーズの顕在化を踏まえ,課題予防・早期発見といった課題対応だけでなく,すべての児童生徒の発達を支える生徒指導の重要性が指摘されている。さらに,生徒指導提要(改訂版)には,図1の「生徒指導の重層的支援構造」が新たに掲載され,児童生徒の課題に応じた系統的指導の必要性が示された。このように,すべての児童生徒を対象とした第1層支援を基盤とし,児童生徒の課題に応じて階層的支援を行うSWPBSは,生徒指導提要(改訂版)との共通点が多く,日本の学校現場にフィット(適合)しやすいと考えられる。

図1 生徒指導の重層的支援構造(文部科学省,2022を基に作成)

以上のように,学校現場の課題解決をもたらし,生徒指導提要(改訂版)と親和性が高いSWPBSは,都道府県あるいは市区町村の学校を管理する教育委員会にとっても魅力的であり,自治体規模の取り組みが始まっている。例えば,徳島県は,「徳島県教育振興計画(第3期)」において,県内の園・学校でSWPBSの導入を推進することを明記している(徳島県教育委員会,2018)。これにより,2022年3月時点で,徳島県内の幼稚園,児童館,小・中学校を含む343校のうち,76.2%でSWPBSの第1層支援が導入されていることが報告されている(Otsui, et al., 2022)。ほかにも,宮崎県・宮崎県教育委員会(2023)の「宮崎県教育振興基本計画(令和5年策定)」や岐阜県の山県市教育委員会(2020)の「やまがた教育ビジョン2020(第二次山県市教育振興基本計画)」においても,SWPBSの推進が明記され,自治体規模の取り組みが進められている。

2.自治体規模での取り組みを支える実行度指標

SWPBSにおける実行度とは,学校がSWPBSに必要な要素をどの程度実行できているかを評価する指標である。高等学校を対象とした研究では,学校の実行度が高くなるにつれて,生徒の問題行動が減少したことが報告されている(Flannery, et al., 2014)。学校を対象とした実行度指標の一つにTiered Fidelity Inventory(以下,TFIとする)がある。これは,SWPBSに関する学校の取り組みについて,第1層〜第3層支援の実行度を評価する指標である。TFIは,日本ポジティブ行動支援ネットワークのホームページにおいて,日本語版が公開されている。

一方,実行度指標には,自治体を対象としたものもある。State Systems Fidelity Inventory(以下,SSFIとする)とDistrict Systems Fidelity Inventory(以下,DSFIとする)は,自治体規模でSWPBSの普及を促進し,学校をサポートしていくために必要な体制を示した指標である。自治体は,これらの実行度指標を用いて,SWPBSを推進する際に必要な要素をどの程度実行できているかを定期的に評価し,行動計画を立案・実行しながら,実行度の向上を目指していく。日本の地方自治制度に置き換えると,SSFIは都道府県を対象とした指標であり,DSFIは市区町村を対象とした指標である。どちらも日本ポジティブ行動支援ネットワークのホームページにおいて,日本語版が公開されている。

SSFIは全45項目,DSFIは全56項目から構成されている。どちらも項目が「推進チームの発足」,「ステークホルダーの関与」,「助成金とその調整」,「政策」,「教職員の能力」,「職能開発」,「コーチング」,「評価」,「地域におけるモデル校の確立」の9つのカテゴリに分かれている。図2は,9つのカテゴリの関係性を示しており,自治体がSWPBSの実行をサポートする体制を示している(庭山,2020)。キッテルマンKittelmanら(2022)は,DSFIに関して,米国の183の地域とその地域に属するSWPBS実践校760校を対象とした調査を実施している。その結果,DSFIの総合得点は,SWPBS実践校の第1層〜第3層支援すべての実行度得点と有意な相関があることが確認されている。また,DSFIのカテゴリにおいて,「助成金とその調整」,「職能開発」,「地域におけるモデル校の確立」のカテゴリの得点は,SWPBS実践校の第1層〜第3層支援すべての実行度得点と有意な相関があった。

図2 SSFIとDSFIのカテゴリ(Center on Positive Behavioral Interventions and Supports, 2019を基に作成)

3.宮崎県の取り組み

学校がSWPBSを効果的かつ持続可能な形で実施するためには,自治体がSSFIによる評価に基づき,支援体制に関する意思決定を行うことの重要性が指摘されている(Otsui, et al, 2022)。半田ら(2023)は,宮崎県のSWPBSに関する支援体制について,日本語版SSFIによって評価し,その現状と課題を明らかにしている。以下,半田ら(2023)の内容を引用しながら,宮崎県の取り組みを紹介する。

図3は,宮崎県の2021年と2023年における日本語版SSFIの得点率を示している。SSFIにおける導入状況は,得点率が50%未満を「未導入」,50~80%を「部分的に導入済み」,81%以上を「導入済み」と評価される。これに基づくと,宮崎県は,「推進チームの発足」,「政策」,「職能開発」が,部分的に導入済みと評価された。本稿は,これら3つのカテゴリに関する取り組みを扱う。残りのカテゴリや詳細については,論文(半田ら,2023)を参照してほしい。

図3 宮崎県における日本語版SSFIの得点率(半田ら,2023を基に作成)

1)推進チームの発足について

宮崎県の特別支援教育に関する課題として,小・中学校における校内支援体制のさらなる充実が指摘されていた(横山,2018;宮崎県教育委員会,2018)。その課題解決に向けた方策の一つとして,宮崎県教育委員会特別支援教育課(以下,特別支援教育課とする)は,SWPBSの導入を推進している。よって,推進チームは,特別支援教育課に置かれていた。推進チームのメンバーは,教育推進担当指導主事(以下,担当指導主事とする)と,応用行動分析学や認知行動療法を専門とする大学教員3名であった。推進チームのコーディネートは,担当指導主事が担っていた。SWPBSに関する進捗状況の把握や協議は,主に担当指導主事と筆者が,2カ月に1回程度,電話やオンライン会議にて実施していた。

2)政策について

特別支援教育課は,「特別支援教育の視点を踏まえた学校経営構築研究開発事業」(2019年度),「みやざきの発達障がい教育推進事業」(2020〜2022年度),「学びを支える『通級による指導』充実事業」(2023〜2025年度)において,その一部にSWPBSに関する内容を位置付けていた。また,先述の通り,「宮崎県教育振興基本計画(令和5年策定)」には,SWPBSの導入を推進することが新たに明記された(宮崎県・宮崎県教育委員会,2023)。

3)職能開発について

特別支援教育課は,2018年度より,SWPBSに関する研修を計8回実施していた。これらの研修は,教育事務所・市町村教育委員会・教育研修センターの特別支援教育担当指導主事,市町村教育委員会教育支援主管課長,小・中学校の通級による指導担当者,高等学校・特別支援学校の特別支援教育コーディネーターなどを対象としていた。さらに,宮崎県教育研修センターは,2019年度より,SWPBSに関する研修(選択制)を毎年度実施していた。これらの研修は,2019〜2021年度が特別支援教育に関する研修,2022年度以降が生徒指導に関する研修として実施されていた。これは,2022年の生徒指導提要の改訂にて,予防的な生徒指導の重要性が指摘された影響が大きい。

4)まとめ

宮崎県のSWPBSに関する取り組みは,特別支援教育課の事業を中心に実施されていた。ホーナーHornerら(2014)は,SWPBSの大規模導入に成功した7つの州を調査したところ,すべての州において,最初の資金が特別支援教育に関する資金源より調達されていたことを報告している。一方で,規模の拡大に応じて,調達する資金源も複数へと変化していた。宮崎県においても,規模が拡大するにつれて,特別支援教育課以外の部署が実施する事業との整合・統合が進むと考えられる。

また,宮崎県では,SWPBSに関する研修が定期的に行われていた。しかし,それらのほとんどが,理解啓発を促す内容に留まっていた。今後は,SWPBSに関する知識・技能を系統的に扱う研修や,1校あたりの導入コストを下げるために動画や資料などのコンテンツの充実も必要である。

4.おわりに

本稿は,SWPBSが学校・自治体に広がる背景,自治体規模での取り組みを支える実行度指標,宮崎県の取り組みについて紹介した。今後,SWPBSに関する自治体規模の取り組みは,さらに広がりを見せるだろう。児童生徒や教師,保護者,地域住民のQuality of Lifeの向上を目的とした自治体規模の取り組みが,持続可能なシステムとして展開されることを期待したい。

引用文献
  • Bradshaw, C. P., Waasdorp, T. E. & Leaf, P. J.(2012)Effects of school-wide positive behavioral interventions and supports on child behavior problems. Pediatrics, 130(5), e1136-e1145.
  • Center on Positive Behavioral Interventions and Supports(2019)District & State PBIS.
  • Flannery, K. B., Fenning, P., Kato, M. M. et al.(2014)Effects of school-wide positive behavioral interventions and supports and fidelity of implementation on problem behavior in high schools. School psychology quarterly, 29(2), 111-124.
  • Freeman, J., Simonsen, B., McCoach, D. B. et al.(2016)Relationship between school-wide positive behavior interventions and supports and academic, attendance, and behavior outcomes in high schools. Journal of positive behavior interventions, 18, 41-51.
  • 半田 健・若林上総・髙橋高人(2023)宮崎県の学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)に関する支援体制の分析─日本語版State Systems Fidelity Inventoryによる評価.九州地区国立大学教育系・文系研究論文集,10, No. 8.
  • Horner, R. H., Kincaid, D., Sugai, G. et al.(2014)Scaling up school-wide positive behavioral interventions and supports: Experiences of seven states with documented success. Journal of positive behavior interventions, 16(4), 197-208.
  • Kittelman, A., Mercer, S. H., McIntosh, K. et al.(2022)Validation of a measure of district systems implementation of positive behavioral interventions and supports. Remedial and special education, 44(4), 259-271.
  • 宮崎県教育委員会(2018)みやざき特別支援教育推進プラン(改定版).
  • 宮崎県・宮崎県教育委員会(2023)宮崎県教育振興基本計画(令和5年策定).
  • 文部科学省(2022)生徒指導提要(改訂版).
  • 文部科学省(2023)令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について.
  • 庭山和貴(2020)学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)とは何か─教育システムに対する行動分析学的アプローチの適用.行動分析学研究,34(2), 178-197.
  • Otsui, K., Niwayama, K., Ohkubo, K. et al.(2022)Introduction and development of school-wide positive behavioural support in Japan. International journal of positive behavioural support, 12(2), 19-28.
  • 徳島県教育委員会(2018)徳島県教育振興計画(第3期).
  • 横山貢一(2018)インクルーシブ教育システムの構築を推進するためのスクールクラスターを活用した体制づくり─宮崎県のエリアサポート体制をもとに考える.国立特別支援教育総合研究所研究紀要,45, 65-79.
  • Waasdorp, T, E., Bradshaw, C. P. & Leaf, P. J.(2012)The impact of schoolwide positive behavioral interventions and supports on bullying and peer rejection: A randomized controlled effectiveness trial. Archives of pediatrics & adolescent medicine, 166(2), 149-156.
  • 若林上総・半田 健・田中善大ら(2023)学校全体で取り組むポジティブ行動支援スタートガイド.ジアース教育新社.
  • 山県市教育委員会(2020)やまがた教育ビジョン2020(第二次山県市教育振興基本計画).
+ 記事

半田 健(はんだ・けん)
所属:宮崎大学教育学部准教授
資格:公認心理師,臨床心理士
主な著書:『学校全体で取り組むポジティブ行動支援スタートガイド』(編著,ジアース教育新社,2023)
『高校ではじめるスクールワイドPBS─階層的な校内支援体制整備を目指して』(編著,ジアース教育新社,2020)

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事