大久保賢一(畿央大学教育学部)
シンリンラボ 第13号(2024年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.13 (2024, Apr.)
1.PBSという用語について
本稿においては,PBSに関する概説を行う。PBSは「Positive Behavior Support」の略称であり,「ピー・ビー・エス」と発音する。PBSはこれまでさまざまに日本語訳されてきたが,現在は「ポジティブ行動支援」と日本語表記されることが多い。PBS誕生の経緯については後述するが,1990年頃から特に知的障害や自閉症のある人々が示す重篤な問題行動に対して用いられていた弱化手続き(punishment)に対するアンチテーゼとして「PBS」が提唱されるようになった。ダンラップDunlapら(2014)によれば,「Positive Behavior Support」という用語には,「『ポジティブな行動を』支援する(つまり,標的行動がポジティブである)」と,「『ポジティブに』行動支援をする(つまり支援方法がポジティブである)」という2つの意味が含まれているということである。
PBSの類語として「PBIS(Positive Behavioral Interventions and Supports)」がある。米国の学校教育制度においてPBSを実施することが法的義務として明記される際,米国の「Public Broadcasting Service(PBS)」という放送局の名称との混同を避けるために「PBIS」という名称が用いられるようになったという経緯がある(Dunlap, et al., 2014)。したがって現在は,学校教育の領域において,特に第1層支援から第3層支援までを含む多層支援モデルを指して「PBIS」と表記されることが多いようである。しかし,「PBS」と「PBIS」はほぼ同義であると理解して差し支えない。
2.誕生までの経緯
PBSの誕生は,障害者問題に関わる社会運動を契機としている。米国においては,1950年代後半から60年代にかけて公民権運動(civil rights movement)が起こり,アフリカ系アメリカ人や他の少数民族の機会均等が求められるようになり,人種,宗教,民族,出自,信条に基づく差別が禁止されるとともに,障害者に対する差別禁止やサービス拡張についても議論されるようになった(𠮷利,2000)。さらにほぼ同時期に障害者が非障害者と同様に社会の中でさまざまな参加を妨げられることなく共生することを目指す「ノーマライゼーション」という思想が,バンク・ミケルセンBank-Mikkelsenによって提唱され,米国においてはヴォルフェンスベルガーWolfensbergerによって理論化された。このような社会的潮流の中で,障害のある人を対象として嫌悪刺激を用いる行動論的アプローチについても批判的に検討されるようになった。
また,1980年代中頃から問題行動の「機能」に応じた介入を選択することの有効性が多くの研究によって報告されるようになる(O’Neill, et al., 2014)。嫌悪刺激を用いる弱化手続きを適用しなくても問題行動の機能に応じた環境調整(例えば,課題や活動からの逃避機能を持つ問題行動に対する課題や活動の内容や量の調整など),問題行動と機能的に等価な代替行動(例えば困難な課題や活動から問題行動によって逃避する代わりに援助や休憩を要求するなど)をトレーニングし,その代替行動を分化強化することによって,嫌悪刺激を用いることなく問題行動を減少させることが可能であることが明らかになったのである。
以上のような社会的潮流と行動分析学のテクノロジーの発展を根拠として,ホーナーHorner(1990)は,「Positive Behavioral Support」について検討を行うことを推奨した。当時のホーナー(1990)の提言が後のPBSの起源になったと考えられている。
3.PBSの定義と特徴
PBSはいわゆる「○○法」や「○○療法」といったような特定の技法を指す名称ではない。PBSは必要とされる技法の組み合わせ,あるいは個人や状況に合わせ特定の技法を効果的に組み合わせるためのプロセスや枠組みといえる。先行研究を概観してもPBSはこれまでに「アプリケーション」,「応用科学」,「テクノロジー」,「手続きの集積」,「アセスメントと介入のプロセス」,「アプローチ方法」,「枠組み」などとさまざまに表現されてきている(Kincaid, et al., 2016)。
またPBSはこれまでさまざまに定義されてきているが,比較的最近のものとしては,キンケイドKincaidら(2016)のものがある。それは,「PBSは行動を支援するためのアプローチであり,研究に基づくアセスメント,介入,そしてデータに基づく意思決定に関する継続的なプロセスを含む。そしてそのアプローチは,社会的能力やその他の機能的な能力を形成し,サポーティブな文脈を作り出し,問題行動の発生の予防に焦点を当てる。PBSは,主に行動科学,教育科学,社会科学に由来する個人の尊厳と全般的なウェルビーイングを尊重する方略を拠り所とするが,他のエビデンスに基づく手続きを組み込むこともできる。PBSは,個人のレベルにおいても,より大きなシステムのレベル(例えば,家族,学級,学校,社会サービスプログラム,機関など)においても,多層的な枠組みの中で適用される」というものである。
少々長い定義であるが内容を吟味すると,1)科学的なエビデンスに基づくアセスメントや支援技法が用いられる,2)データに基づく意思決定を重視する,3)問題の予防を重視する,4)個人の尊厳やウェルビーイングを重視する,5)システムレベルにおける多層的な枠組みの中で適用されるといった特徴が含まれているといえる。なお,「多層的な枠組み」の詳細については後述する。またこれまでにPBSの特徴についてさまざまな文献で説明されてきたが,「生態学的妥当性」,「社会的妥当性」,「ライフスタイルの変更」,「複数要素から構成される介入」,「予防の強調」,「本人中心の価値観」などといった特徴が,共通してあげられることが多かった(大久保ら,2020)。なお,PBSと応用行動分析学(Applied Behavior Analysis:ABA)との相違点や関係性については,大久保ら(2020)をご参照いただきたい。
4.PBSの成果
前述した通り,PBSには障害者運動を契機の一つとして誕生したという経緯があるため,PBSの専門誌であるJournal of Positive Behavior Interventions(JPBI)に掲載された研究を概観すると,当初は知的障害や自閉症などの障害のある者を対象とした研究論文が多かった。しかし,次第に特定の障害者や疾病があると明記されていない者も対象に含まれるようになり,従属変数としては問題行動の低減,特定のスキルパフォーマンスの改善,特定の活動への参加度の向上といった成果が報告されていた(Clarke, et al., 2018)。また,米国においては,例えば「障害のある個人教育法(Individuals with Disabilities Education Act:IDEA)」の1997年改訂において,本人や他者の学習を妨げる行動に対してPBISの使用を考慮しなければならないことや,懲戒処分が行われる前に機能的アセスメントに基づく行動支援を立案しなければならないことを明記するなど,PBSが障害児教育制度に位置づけられるようになった(平澤,2009)。まさに前述したようにPBSは単なる「技法」ではなく,技法を活かす「枠組み」として,あるいは介入実行者の適切な支援行動を維持させる「システムの変革」として洗練されてきている。
近年,PBSの成果が特に数多く報告されている領域が学校教育分野である。平澤(2015)は,学校場面においてPBSが実施された先行研究を概観し,児童の不適切なかかわりの減少,破壊的行動の減少,いじめの減少,授業妨害行動の減少,反社会的行動の減少,課題逸脱行動の減少といった成果を報告している。さらに近年,学校場面におけるPBSの取り組みとして急速に普及しているのが学校規模ポジティブ行動支援(School wide Positive Behavior Support:SWPBS)である。
5.学校規模ポジティブ行動支援(School-wide Positive Behavior Support:SWPBS)
SWPBSとは,学校をすべての児童生徒にとって安全で効果的な学習環境にするために必要とされる文化と個別的行動支援を確立させるシステムアプローチであり,1)測定可能な学業面,社会面の成果,2)効果的な行動論的介入に関する意志決定と選択を導く情報とデータ,3)児童生徒の学業と社会的行動の成功を支えるエビデンスに基づく介入,4)実践の正確性と持続性を高めるためにデザインされたシステムのサポート,という4つの要素から成る(Sugai et al., 2002; Sugai et al., 2009)。
さらに,スガイSugaiら(2009)は,SWPBSの6つの特徴について述べている。その6つの特徴とは,1)その理論的・概念的基盤は行動論と応用行動分析学に密接に関連している,2)第1層(すべての場面におけるすべての児童生徒を対象とした行動支援)と第2層(第1層支援が効果的でなかった者に対するより集中的な支援),そして第3層(第1層支援と第2層支援において効果が示されなかった者に対する高度に集中的な支援)という3層から成る予防を強調する支援の連続体を構築する,3)対象が全校生徒であれ個人であれ,社会的な行動を教えることが優先される,4)エビデンスや研究成果に基づいた実践が選択され適用される,5)システムの視点を取り入れ,地域における人材の能力や専門性を養成する,6)実践が計画通りに実行されているかどうか,その実践が児童生徒の成果に対してポジティブな効果を示しているかどうかを判断するために,データを収集して用いる,というものである。
SWPBSの成果としては,例えば,生徒指導記録に残される問題行動の減少(Bradshaw, et al., 2010),停学処分の減少(Bradshaw, et al., 2010; Ward, et al., 2013),向社会的行動の増加(Bradshaw, et al., 2012),いじめ関連行動の減少(Waasdorp, et al., 2012)学校内の安全感の向上(Horner, et al.,2009),出席率の改善(Freeman, et al., 2015; Freeman, et al.,2016),学力向上(Gage, et al.,2017; Horner, et al.,2009)といった研究報告がある。日本においても少しずつSWPBSの実践例が報告されてきている。
6.本特集号について
本特集号においては,日本の学校において取り組まれたSWPBSに関する実践事例について報告する。まず大対氏には学級規模でPBSを効果的に適用した実践についてご報告いただく。それ以降はSWPBSの多層支援の実際について報告していく。まず大久保が小学校における第1層支援の実践,庭山氏が中学校における第1層支援の実践を報告する。次に若林氏から第2層支援の実践についてご報告いただく。続いて田中氏と平澤氏から第3層支援の実践についてご報告いただく。最後に半田氏から自治体規模でSWPBSに取り組んだ成果についてご報告いただく。
引用文献
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大久保賢一(おおくぼ・けんいち)
所属:畿央大学教育学部 教授
資格:公認心理師・社会福祉士
主な著書:『3ステップで行動問題を解決するハンドブック─小・中学校で役立つ応用行動分析学』(単著,学研プラス,2019)