【特集 心理療法ってなに?】#02 クライアントってだれ?|児島達美

児島達美(KPCL)
シンリンラボ 第2号(2023年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.2 (2023, May)

1.はじめに

心理療法やカウンセリングを生業とする者(以下,心理臨床家)にとって,クライアントという用語はごく当たり前のものとなっている。しかし,この用語は,元来,英語圏でのビジネスや法曹界で広く使用されてきたものである。そこでまず,元々の英語であるclientの意味を再確認しておこう。Oxford Language(オックスフォード英語辞典)のデータをもとにネット上で公開されている定義(クライアントとは―検索(bing. com))には次のように記載されている(表1)。

表1. クライアントとは

専門家に仕事を依頼した人。特に、広告代理店に依頼した広告主。また他に、弁護士・会計士・建築家などの依頼人をいう。
・問題を抱えてカウンセリングに訪れた人。来談者。
・社会福祉機関による援助やサービスを受ける人。
・コンピューター-ネットワーク上でサービスを受ける側にあるシステム。サービスを提供する側のサーバーに対していう。

こうしてみると,たしかに「問題を抱えてカウンセリングに訪れた人。来談者」としてのクライアントの記載がある注1)。では,心理臨床家がこの用語を用いるようになったのはどのような経緯からであろうか。それは他でもない来談者中心療法(client-centered therapy)を提唱したロジャーズRogersが最初である。その経緯について以下,紹介しておく(佐治・岡村・保坂, 2007, p24)。

(中略)ロジャーズは自分の考えを述べるに際して,病める人を意味する患者ということばは不適切であると判断し,法律相談をするのと同様に専門的な援助を求めて来た人という意味で,クライアントということばを使った(ちなみに,これは1940年の講演の中で初めて使われ,1942年の『カウンセリングと心理療法』(Rogers, 1942)によって広く使われるようになった…中略…)。このことはロジャーズの基本的な態度を象徴している。もちろん,精神分析においても被分析者の自律性について言及されなかったわけではない。しかし,一方で分析者の主導的な立場が自明のものとして認識されていたのも事実である。こうした従来の医学モデルと同一線上にある,いわば縦のカウンセリング関係に対するアンチテーゼとして「クライアント中心=より対等な横の関係を目指すこと」を打ち出したのがロジャーズである。

こうして,現在では,来談者中心療法のみならず心理療法やカウンセリングのどの学派においてもクライアントという用語は一般的に使われている。しかし,現在では,クライアントのすべてが心理臨床家の元に来談して対面で面接をするだけではない。電話相談注2),メール相談さらにオンラインによる相談もある。それに,心理臨床家がクライアントの元に出向いてのいわゆるアウトリーチ型のタイプも増えてきているから「来談者」という条件については保留が必要かもしれない。なお,医療領域ではたらく心理臨床家たちにとっては,医学モデルおよび医療制度上から,現在でも「患者」という用語の方が使いやすいようである。また,「社会福祉機関による援助やサービスを受ける人」という点に関しては,日本では,「クライアント」よりも「利用者」という用語が一般的に用いられているようである。同じく対人援助の専門職でありながらも,クライアントというとどうしても心理療法・カウンセリングの対象者という意味合いが強いからなのかもしれない。

注1)心理臨床家にとっては「クライアント」ではなく「クライエント」という呼び方の方に馴染みがあるが,本稿では「クライアント」で統一する。なお,ビジネスの世界ではもっぱら「クライアント」である。
注2)いのちの電話などの電話相談専門機関では,「クライアント」ではなく「コーラー(caller)」つまり“電話をかけてきた人”という意味での用語が一般的である。

2.クライアントってだれ?

さて,上記のクライアントの定義とともに心理臨床におけるベーシックな実践活動は,クライアント個人と心理臨床家の一対一による個人面接である。ところが,実際の相談場面では,この定義では収まり切れない事態が決して少なくない。

その代表格は,親子や夫婦など家族という独自の親密な対人関係の文脈をベースにしたものである。後ほど,各々の相談場面で遭遇するクライアントをめぐる事態について述べることにする。なお,近年,児童虐待やドメスティック・バイオレンス(以下,DV)などの家族における重大事案の増加により法的な枠組みが強化されてきており,そうした状況下での課題についても触れておきたい。

もう一つは,前者とも関連するが,今日,心理臨床家に対するニーズの高まりによって展開されているスクールカウンセリングや産業カウンセリングさらに地域支援などの社会的な文脈をベースにしたものである。この点で注目しておきたいのは,心理臨床家の国家資格としてあらたに制定された公認心理師の業務に関する条文である(表2)。

表2 「公認心理師法」第二条(定義) 平成27(2015)年9月15日公布

第二条(定義)公認心理師は、…(中略)…保健医療、福祉、教育その他の分野において、心理学に関する専門的知識及び技術をもって、次に掲げる行為を行うことを業とする者をいう。
一 心理に関する支援を要する者の心理状態を観察し、その結果を分析すること。   
二 心理に関する支援を要する者に対し、その心理に関する相談に応じ、助言、指導その他の援助 を行うこと。
三 心理に関する支援を要する者の関係者に対し、その相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うこと。
四 心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供を行うこと。

この条文中,「二 心理に関する支援を要する者…」とはまさにクライアントに他ならない。注目したいのは「三 心理に関する支援を要する者の関係者…」に対しても同じく「…その相談に応じ,助言,指導その他の援助を行うこと」と明記されている点である。要するに,クライアント個人の問題への対応には常にその「関係者」も視野に入れた社会的な文脈における積極的な実践を求めているのである。したがって,後述するように,場合によっては,「関係者」がクライアントになることもあるかもしれない。もちろん,ひとくちに「関係者」とは言っても,その範囲をどこまでとするかは各々の領域やクライアントと「関係者」との関係性の質によって異なるし,「関係者」が複数の場合もあり得る。

1)家族という文脈におけるクライアント

ここでは,誰がクライアントであるのかということの特定が案外難しく,むしろ,そのことに固執することで新たな問題を生みかねない。また,同じく家族という文脈であるが,特に,子どもの問題をめぐるケースと夫婦関係の問題をめぐるケースでは,相談場面においてそれぞれの異なった側面がある。

《子どもの問題をめぐる相談場面》

例えば不登校状態で悩んでいる子どもがいるとしよう。その時,本人自らその解決のために来談すれば文字通りクライアントである。しかし実際は,親(多くは母親)も不登校の子どもにどう対応したらよいかという問題を抱えながら本人を連れて来談するのが大半である。すると,クライアントは子どもと親の複数になる。そこで,個人面接の原則から,臨床心理士あるいは公認心理師養成大学院附属の相談機関などでは親子並行面接がよく用いられる。では,カウンセラーが一人しかいないような相談機関ではどのような対応になるのだろうか。子どもと親それぞれと別の時間を設定しての面接ということになるかもしれない。
また,子どもが思春期・青年期の場合では,理由はともかく本人が来談を拒み親だけが来談してその後の面接を継続するケースも少なくない。この場合,「来談者」という条件からすると親だけがクライアントということになるのだろうか注3)

注3)医療場面では,こうしたケースでは,子ども本人の受診が医療制度上でも前提になっている。つまり患者は子どもだからである。そのために,仮に初回,親だけが来談して子どもの問題についての悩みを話したとしても,要は,本人を診なければ治療にはならないわけだから,親は本人を連れてくるようにと告げられる。しかし,病院に連れてくることを巡ってさらなる親子間の葛藤が強まることは少なくない。

以上のようなクライアントをめぐる問題に関して,家族療法モデルにおけるIP(identified patient)という用語の使用は興味深い。IPとは「家族の中で患者(問題)とされている人」ということであり,例えば不登校などの問題を抱えている子どもを指すわけである。そこで本モデルでは,このIPの問題をめぐって家族メンバー(親,兄弟さらに祖父母など)は相互に影響を与えあいながらその解決に努力しているという視点に立つことになる。そうした意味からすると,IPも含め家族そのものをクライアントと見立てているともいえる。そのために,初期の家族療法モデルでは家族合同面接を必須としてはいたが,その後は,必ずしも合同面接によらずとも,すなわち,家族の中で最もIPの問題に関わっているメンバー(例えば親)とだけの個人面接でも十分に本モデルを適用し得ることが明らかにされてきたのである。こうした多様な面接形態を通してクライアントのありようを再考するには中釜洋子(2010)の論考が大いに参考になる。

《夫婦関係の問題をめぐる相談場面》

ここでは,夫婦ともども来談する場合と,配偶者のどちらかが来談する場合とがある。先ほどと同様に「来談者」を条件にすると,前者では夫婦2人がクライアントで,後者は例えば妻がクライアントということになる。しかし,後者の場合,妻との個人面接だけでは,実際の夫婦間の“関係”のあり方を理解することには限界がある。それに「来談者」ではない夫も,この問題の当事者の一人として同等の立場にあると言える。そこで,家族療法モデルにおいては夫婦同席面接を基本とはするが,夫婦関係に固有の葛藤状況に対して相談場面で適切に対応する上では,面接方法の選択も含めて必要な知見が求められる。その点では,小森康永ほか(2018)に掲載されたいずれの論文も参考になる。

《家族関係の問題における法的な枠組みでの課題》

今日の家族をめぐる親子関係の問題に関しては,かねてからの少年非行に加えて児童虐待事案の増加により児童虐待防止法が制定され,子どもに虐待行為を行った親は加害者として法の裁きを受けることになる。しかし,それだけでは,当の親の虐待行為の背景にある心理的な問題の解決までには至らない。そこで,更生処遇すなわち心理的支援のための面談も行われることになるが,その際,本人がクライアントとして自ら来談することはなく,いわば強制的に来談させられるわけである。

また,夫婦関係の問題に関しても,従来の離婚問題に加えてDVの増加によりDV防止法が制定され,加害者である配偶者も同様の扱いとされる。そして,もちろん,いずれの場合の被害者もまたクライアントである。こうした家族メンバー間で加害者・被害者が特定されるという悲劇的な事態においては,クライアントなるものをどのように捉えたらよいか,あらたな視点が求められていると言ってよい注4)

注4)米国では,すでに1980年代より,強制的にクライアントとされた人のことを〈mandated client〉と称して,事案によっては,裁判所命令により心理臨床家のもとでカウンセリングを受けることが義務づけられてきている。また,最近ではナラティヴ・セラピーをベースにした調停・仲裁の実践も重ねられてきている。今後,日本においてもこのようなシステムが導入されるかもしれないが,少年事件に係る家庭裁判所調査官や少年鑑別所心理技官などはすでに,自ら「来談」したわけではない〈mandated client〉に関わってきているといえる。
2)社会的文脈におけるクライアント

スクールカウンセリングの場面では,言うまでもなく何らかの問題を抱えた児童・生徒がクライアントであり,通例,本人との直接面談となる。しかし,それと同時にあるいはそれ以上に担任教師などとの関わりがきわめて重要になってくる。同じように,産業カウンセリングの場面では,仕事上のストレスなどによって不調に陥った従業員がクライアントであるが,これまた上司や人事担当者との関わりなしにより効果的な心理支援は望めない。なぜならば,教師にしろ上司にしろ,彼/彼女らが各々の組織において与えられている権限と責任から当のクライアントへの対応に困難を抱えているからである。このようなクライアントを取り巻く特に重要な関係者への関わりこそ,先の公認心理師法において明記されている点である。

そこで,関係者に対する心理支援の方法となると,通例のクライアント個人を対象とした個人面接とは異なる枠組みが必要になってくる。この課題に日本でいち早く取り組んだのが,キャプランCaplanのメンタルヘルス・コンサルテーション(以下,コンサルテーション)をもとに精力的に実践活動を展開した山本和郎(1986)である注5)。そこで,コンサルテーションの定義を確認しておこう(表3)。

注5)山本和郎は,1960年代にキャプランのもとで学び,日本において,コンサルテーションの考え方と方法をもとにコミュニティー心理学の確立に尽力してきた。しかし,その後,臨床心理士資格制度の始まりとともに心理臨床家の養成システムが確立してくるが,コンサルテーションについては“二次的”な扱いにとどまってきたと言わざるを得ない。 

表3 コンサルテーションの定義(山本, 1986)

「コンサルテーション(consultation)は、二人の専門家; 一方をコンサルタント(consultant)と呼び、他方をコンサルティ(consultee)と呼ぶ、の間の相互作用の一つの過程である。そして、コンサルタントがコンサルティのかかえているクライエントの精神衛生に関係した特定の問題をコンサルティの仕事の中で、より効果的に解決できるよう援助する関係をいう。」

この定義からすると,心理支援の重点はクライアントよりもその重要な関係者であるコンサルティへの関与に置かれていることがわかる。かつ,その際には「……コンサルティのかかえているクライアントの精神衛生に関係した特定の問題をコンサルティの仕事の中で……」とあるようにコンサルタントとしての心理臨床家の関与はコンサルティに与えられた役割遂行に焦点化されている。とはいえ,ケースによっては,コンサルティ個人の何らかの心理的な側面が影響している場合もある。たとえ,そうであったとしても,コンサルテーションの実践においては,いわば「それはそれ,これはこれ」という精神が求められるのである。その具体的な実践方法と諸課題については本稿で触れる余裕はないが,一つ興味深いのは,こうしたコンサルティとクライアントの関係の枠組みが,先の家族療法モデルにおける特に子どもの問題をめぐる親とIPとしての子どもの関係と類似している点である。もちろん,両者間のコンサルティとクライアントの関係の質に違いがあることは言うまでもない。

3.おわりに

あらためて,心理臨床家にとって「クライアントってだれ?」という問いはあまりにも当たり前すぎる。しかし,このもっとも当たり前すぎることに今一度立ち戻ってみることは,もしかしたら心理臨床家としての仕事のさらなる可能性を開くきっかけになるのではないかと思うところだが,いかがであろうか。

文 献

  • 廣井亮一・中川利彦・児島達美ほか(2019)心理職・援助職のための法と臨床.有斐閣.
  • 児島達美(2008)臨床心理士による心理学的リエゾン機能について.In:児島達美:可能性としての心理療法.金剛出版,pp. 83-104.
  • 児島達美(2016)心理〈相談〉に固有のアセスメントは存在するか?.In:児島達美:ディスコースとしての心理療法―可能性を開く治療的会話。遠見書房,pp. 112-121.
  • 小森康永・土岐篤史・野末武義ほか(2018)特集「夫婦」.家族療法研究, 35-1.
  • 中釜洋子(2010)個人療法と家族療法をつなぐ―関係系志向の実践的統合.東京大学出版会.
  • 佐治守夫・岡村達也・保坂亨(2007)カウンセリングを学ぶ―理論・体験・実習[第2版].東京大学出版会.
  • 山本和朗(1986)コミュニティー心理学―地域臨床の理論と実際.東京大学出版会.
  • 山本和朗(2000)危機介入とコンサルテーション.ミネルヴァ書房.
+ 記事

児島達美(こじま・たつみ)
KPCL所長
資格:臨床心理士・公認心理師。
家族療法,ブリーフセラピー,産業組織臨床などで活躍。『ナラティヴ‧セラピー』(ホワイトら)と同じ年にまったく同じ文脈から同じキーワード「問題の外在化」に着目し論文化。 哲学を学んだ後,福祉作業所で働き,心理学を学ぼうと霜山徳爾のいる上智大学へ。同大学院教育学専攻博士課程修了。九州大学医学部附属病院心療内科助手,三菱重工長崎造船所メンタルヘルスサービス室長を経て,2000年から2017年まで長崎純心大学大学院臨床心理学分野教授。2018年よりKPCL所長。

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事