【特集 心理療法ってなに?】#01 治療者ってだれ?|小林孝雄

小林孝雄(文教大学)
シンリンラボ 第2号(2023年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.2 (2023, May)

「治療者(セラピスト,あるいはカウンセラー)」は誰なのか? 何者なのか? この問いに,特定の答えを示すことを目指さず,この問いを考える視点や手がかりをたどっていってみたい。

1.問題空間をどう描くか

認知心理学における「思考」の分野では,心の中での表象の様子やその操作が扱われる。「問題解決problem solving」は,「思考」の働きの一つと位置付けられる。「問題解決」とは,「初期状態」から「目標状態」へと状態を変えていくやり方を見つけることである。状態を適切に変える操作のことを「オペレータ」,満たさなければいけない条件を「制約」と呼ぶ。心内に「初期状態」「目標状態」「オペレータ」「制約」が表象されて,「問題空間」が形成される。「問題解決」とは,「問題空間の中で,初期状態から目標状態に近づいていくためのオペレータをみつけ,制約を逸脱せずに,そのオペレータを実行していく活動」と定義される(犬塚,2018)。料理を作るといった日常的なことがらから,空飛ぶ自動車を創る,世界の食糧問題を解決する,といった大きな問題まで,解決が目指されるさまざまなことがらが,この「問題解決」の枠組みで理解・対応を検討することができるとされる。

心理療法における「治療者」は,心理的な「問題」を,薬物や外科的措置ではない何らかの方法で解決を目指す者だと言える。「問題解決」の枠組みにならうならば,クライエントの現在の「初期状態」を,望む「目標状態」に変えていくことを目指す。「初期状態」を詳細に,限定的に定義し,対応する「目標状態」もまた詳細に,限定的に定義するならば,「オペレータ」を少数に特定できる可能性も高くなるであろう。一方,「初期状態」の定義があいまいで,対応する「目標状態」の定義もあいまいであるならば,具体的限定的な「オペレータ」を特定することは難しいだろう。

ここで,虫歯の痛みで歯科医院をたずねる場合を考えてみる。歯科医は,レントゲン撮影などを用いて「初期状態」をかなり限定的に特定しうると言える。「目標状態」も選択肢は限られるだろう。採用される治療方法すなわち「オペレータ」はおのずと少数の方法に絞られる。

「頭痛」の場合はどうだろうか。脳出血や脳梗塞など脳に原因があるような深刻な痛みならば,脳外科医の迅速な診察が必要だ。歯科医の場合と同じく,「初期状態」を限定的に特定し,「目標状態」も選択肢が限られ,「オペレータ」はおのずと絞られる。しかし,日常的な深刻でない頭痛の場合は少し事情がかわってくる。医師にたよらず,鎮痛剤で痛みを減じようとするのは,頭が痛いという「初期状態」から,頭が痛くないという「目標状態」へ,鎮痛剤を飲むという「オペレータ」によって変化をもくろむ「問題解決」である。

頭痛専門であり漢方専門でもある脳外科医の來村は,師にあたる漢方医に,「頭痛患者さんを本当に治したいのなら,頭痛の患者さんだけを診ていてはだめだよ」と言われたという。「頭痛の患者さんは脳だけの問題で頭が痛いわけではないという事です。その患者さん全体を診て,さまざまなゆがみを治療する事で最終的には頭痛も治まっていきますよという事」を師は教えてくれた,と述べている(來村,2019)。ここでは「問題空間」がいわば拡大している。「初期状態」は頭の状態にとどまらず,身体全体,生活習慣,その人の成育歴へと広げてとらえられ,どこがどうなると頭痛がなくなるのかを特定して有効な「オペレータ」を見出していかなければならない。「オペレータ」の実施も数回や短期間にとどまらず,生活習慣の改善などに長期間取り組むことも含まれる。もちろん,「鎮痛剤」で「頭痛」が一時解消することは可能であろう。しかし,「頭痛患者さんを本当に治し」たいという「目標状態」を設定すると,「問題空間」は様相を変えるのだ。

「問題空間」を,限局的,短期的に設定するか,あるいは,全体的,長期的に設定するかで,採用される「オペレータ」は変わる。心の問題を,どういう問題空間で理解しようとするか,それによって,治療者の営みは大きく変わることになる。

2.目標状態をどう描くか

一般にひろく読まれている自己啓発本の一つ『夢をかなえるゾウ』シリーズの第3巻(水野,2021)に,占い師が女性会社員に次のように告げる場面がある。「パワースポットに出かけたり,パワーストーンを身につける人は多いんだけど,なんていうのかな……あれは風邪をひいたときに風邪薬を飲むようなものなの。でも,今のあなたに必要なのは,風邪をひかない健康な身体を作ることなのね。私の言っている意味,分かる?」「分かります。すごく,分かります」(pp. 6-7)。

先にあげた頭痛の例も,痛みをすぐ消してくれる鎮痛薬があることは助けにはなるが,そもそも頭痛になりにくい身体を目標とする場合,鎮痛剤を飲むというオペレータでは役に立たない。心の問題に関しても,この悩みを無くしたい,不安を鎮めたい,という目標だけでなく,そもそも悩みにくい性格になりたい,いつも前向きに生きていきたい,そういう願いを抱くことが,人間には訪れることがある。

例えば,フランクル著『夜と霧』(1977/2002)の有名な一節,「ここで必要なのは,生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることから何を期待するかではなく,むしろひたすら,生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ,ということを学び,絶望している人間に伝えねばならない」(p. 129)や,「生きることは日々,そして時々刻々,問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている」(p. 130)といった言葉が,心に響く瞬間が人間にはある。このとき,すでに悩み,解決を目指していた心の問題の「問題空間」そのものが変わり,求めるべき「オペレータ」の種類を変えてしまうということが起きる。

松本大洋作の漫画『東京ヒゴロ』第1巻(松本,2021)に,ベテラン編集者の塩澤が,すでに漫画を描くことを止めていた女性(木曽さん)に次のように伝える場面がある。「…私は,木曽さんの漫画を読むと,体の奥底から力が沸いてくるのです。まるで,自分には不可能などないかのように…。木曽さんの漫画はいつも私をそんな気持ちにさせてくれるのです。きっと,ほかにも同じ想いの読者がいます」(p. 195)。漫画や小説を読んで,あるいはドラマや映画を観て,「体の奥底から力が沸いて」くる体験をしたことがある人は,塩澤さんの言うようにきっといるだろう。音楽を聴いて同様の体験も起こり得る。漫画や小説,ドラマや映画や音楽が,心の底から生きる力を沸き立たせ,その人の「問題空間」そのものを変えてしまったり,時に問題そのものを消失させてしまうことすらある。

何か本を読んでも,音楽を聴いても,おそらく,虫歯は治らないであろう。日常的な深刻ではない頭痛がおさまることはあるかもしれない。心の問題はどうか,「問題空間」そのものが変わったり,時に問題そのものが消失することがありうる。心の問題に直面している本人は,実は,その心の問題がいったいなんであるのか,つまり「初期状態」「目標状態」を含めた「問題空間」をどう設定したらよいのかを,知ることができていない,ということが十分にありうる。その場合,「オペレータ」を何にしたらよいのか,がそもそも決められないことになる。解決を目指して誰かの心の問題にかかわろうとする治療者も同じではないか。治療者は,その心の問題がなんであるかを,知ることができていないかもしれない。

果たして,心理療法の治療者は,歯科医が虫歯の状態をレントゲンで詳細に特定できるように,「心の問題」の問題空間を設定できるのであろうか。はたまた,本や音楽ががらっと変えてしまうような,あいまいであっても広がりとインパクトのあるような問題空間を設定できるのであろうか。設定された問題空間は,クライエントが望んでいるもの,あるいはクライエントにとって望ましいものなのであろうか。おそらく治療者は,こういう幅のありうる「問題空間」を,どれかのレベルで設定し,その設定した「問題空間」において有効な「オペレータ」を特定し,「目標状態」への変化を目指し心を砕いているのだろう。

3.本当に変化をもたらすものは何か

ところで,「初期状態」を「目標状態」に変えることができるのは,「何」によってなのだろうか。適切な「オペレータ」がみつかったとして,ではその「オペレータ」が作用したことで「目標状態」に近づくことができるのは,いったい「何が」はたらいているからなのだろうか。

永井均著『ウィトゲンシュタイン入門』(1995)に,ルイス・キャロルの寓話「亀がアキレスに語ったこと」が紹介されている(p. 71)。アキレスは,「Aと,AならばB,が与えられているとき,B」とうい論理学における前件肯定式を,亀に説明し,その論理がなりたつことを受け入れさせようとする。亀が,「Aと,AならばB,が与えられているとき,B」それを受け入れたので,ではアキレスは,「今Aなのだから,Bだ」ということを認めさせようとするが,亀は受け入れない。亀は,「Aと,AならばB,だけでなく,『Aと,AならばB,が与えられているとき,B』(仮にこれを論理法則Pとする),があらかじめ与えられていなければならない」と主張する。アキレスはしぶしぶ亀の要求を認める。アキレスは今度は「今P,かつ,Aと,AならばB,が与えられているとき,B」を亀に受け入れさせようとする。しかし亀は受け入れない。「このこと自体『今P,かつAと,AならばB,が与えられているとき,B』も,例えば論理法則Qとして前提に加える必要がある,と主張するのである。

「初期状態」がある。「目標状態」に変化させたい。ある「オペレータ」が施され,「目標状態」に近づいた。このとき,変化させたのは「オペレータ」そのものなのであろうか。実はそうではないのではないか。背後に何が働いているのだろうか。

4.主要アプローチの比較

比較するために,単純化しすぎることをお許しいただきたい。

行動主義の枠組みにある認知行動療法(CBT)では,例えば適応的でない思い込みを,より適応的な思い込みへと修正することが目指される。例えば,修正のためのワークシートなどが整備され活用されている。

「初期状態」と「目標状態」は,出来事・認知・感情や行動の反応,という枠組みで具体的に描かれ,「オペレータ」は認知の修正のために有効な手段が特定される。他のアプローチとの比較という観点から,「問題空間」が相対的に限局的,短期的であること,「問題空間」の形成要素は,外側から目に見えること,測定が可能なこと,であることがCBTに特徴的である。変化をもたらす「背後」として「人間に生得的にそなわっている条件付けのしくみ」が想定されている。

精神力動論においては,心理機構やメカニズムは,創出された豊富な概念装置を駆使し,詳細かつ精緻に体制化されている。心の問題の「初期状態」「目標状態」は,それらを用いて詳細に描くことができ,無意識の意識化,洞察,ワークスルーという基本方針を実現するための各種技法が「オペレータ」として特定が可能である「問題空間」は,個人史の始まりから現在までの長い時間軸において,観察可能な振る舞い,言動だけでなく,外からは見えない心の中の様子が,さまざまに考慮されて形成される。心の中の様子には,当人にも気づかれていない無意識の領域をも含み,「問題空間」は,時間的にも空間的にも,広がりを持つことになる。「問題空間」の構成要素は,基本的には概念装置によるものであって,行動主義と比べると,外側から目に見えないもの,測定できないものが積極的に活用される。変化をもたらす「背後」として,本能的欲求,エネルギー論,経済論,が想定されている。

クライエント中心療法は,「初期状態」「目標状態」を,内容ではなく,ありよう(a way of being)として描く。「問題空間」は,目の前にいて場をともにしながらクライエントの語りや様子,伝わってくる感触などをもとに形成される。クライエントが,今ここでの,感官的内臓的体験にひらかれ,正確な象徴化が可能な柔軟な自己構造で世界の中にあるbeingこと,が「目標状態」である。「オペレータ」は,治療者の一致,無条件の肯定的配慮,共感的理解(感情移入的理解),と単純に表現される。背後のはたらきとして「実現傾向」を特定し,この「実現傾向」に大きな役割を与えている。治療者の「オペレータ」は,クライエントの「実現傾向」を発揮しうるクライエント側の一致を実現する限りにおいて有効となる。治療者が何をするかよりも,クライエントの「実現傾向」の十全な発揮が,「初期状態」から「目標状態」への変化をもたらすととらえることから,治療者が意識的に行う「オペレータ」の役割は見た目には薄くなる。「問題空間」の設定のしかたは相対的にあいまいとなり,具体的な多種多様な「オペレータ」を特定できない。「実際に何をしていいかわからない」と批判される事態を招きもし,また治療者本人は「オペレータ」だと思ってやっていることが実際には「実現傾向」の発揮につながっていないという事態も招く。例えば,「実現傾向」の発揮を実現する「オペレータ」として機能するような「共感的理解」は,多様なアプローチの共通基盤に位置付けられてしまえるものではない。

ユング派においては,「問題空間」は一層の広がりと深みを持つ。ある個人に生じていることは,その個人の個人史にとどまらず,また皮膚で囲まれた境界も超える。「初期状態」は,変化し終わって実現した「目標状態」を目撃した後に,「こういうことであったか」と振り返って理解されることが常であるかもしれない。もちろん,他のアプローチでもそうしたことは起こるが,治療者の理解を超えていた,という気づきの大きさにおいて群を抜いている。ともかく今目の前に見えている「初期状態」は,治療者もそこに含まれつつ背後で働く「個性化」の動きによって,変化前にはその姿を知るができない「目標状態」へと向かっている,という確信とともに「問題空間」は設定される。そこでは,治療者の意識的自我のみで行う「オペレータ」は存在せず,治療者は,川嵜が紹介している河合隼雄の言葉「何もしないことに全力を尽くす」ことになる(川嵜,2013)。人類史の豊富な遺産や人間の営みの多様さ,近代的自我の限界などに思いを馳せながら,豊かな意味空間に自分が存在し,自分個人では思い及ばないことがクライエントが示しうることの目撃に待機しながら,「個性化」の動きを邪魔しないようにするのが治療者の役割といえる。

5.あらためて,治療者とは何者か

行動主義,精神力動論では,その理論に精通したうえで,適切な「問題空間」を設定し,実効性のある「オペレータ」を,治療者が十分に訓練した上で行う必要がある。治療者は,かなりの熟達が求められることとなろう。歯科医や脳外科医のようであるのかもしれない。一方,クライエント中心療法,ユング派では,変化をもたらす「実現傾向」や「個性化」が十分に働くことに全力を尽くす。治療者個人の意識的自我によって,「問題空間」に向けて何かを施したり作用させたりする,という治療者個人の役割は,前者二つに比べると背景にしりぞく。そのことは,「問題空間」のあいまいさ,治療者役割の説明しにくさを招くことになり,社会的な説明責任や,効果の見通しという点で相対的に弱い。しかしながら,価値観の多様化を認めることや,人間の全体性の回復を目指すといった現代社会の方向性にかなう面はむしろ多いと思う。治療者は,やはりその理論や技法,心のありようや心の世界に関する,幅広い理解と知識が必要となろう。

心理臨床における治療者は,いくつかのレベルがあり得,どのレベルで仕事をするかは,置かれた職場環境や,目の前にするクライエントによって決まる。どう決まるかは,治療者自身の個人史や,個人史を超えた「何か」の働きで決まるという面も少なくないと思う。

文  献
  • Frankl, V.(1977)Ein psycholog erlebt das konzentrationslager. Kosel-Verlag. Munchen.(池田香代子訳(2002)夜と霧.みすず書房.)
  • 犬塚美輪(2018)認知心理学の視点―頭の働きの科学. サイエンス社.
  • 川嵜克哲(2013)ユング心理学における見立てと介入をつなぐ工夫.In.乾吉佑:心理療法の見立てと介入をつなぐ工夫.金剛出版,pp. 133-150.
  • 松本大洋(2021)東京ヒゴロ 1.小学館.
  • 水野敬也(2021)夢をかなえるゾウ 3. 文響社.
  • 永井均(1995)ウィトゲンシュタイン入門.ちくま新書.
  • 來村昌紀(2019)頭痛専門医・漢方専門医の脳外科医が書いた頭痛の本. あかし出版.

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小林孝雄(こばやし・たかお)
所属:文教大学人間科学部心理学科
資格:公認心理師,臨床心理士
主な著訳書:チューダー&メリー(岡村達也監訳 小林孝雄・羽間京子・箕浦亜子訳,2008)ロジャーズ辞典.金剛出版.
岡村達也・小林孝雄・菅村玄二(2010)カウンセリングのエチュード.遠見書房.

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