【特集 心理療法ってなに?】#05 治療効果ってなに?|中田行重

中田行重(関西大学)
シンリンラボ 第2号(2023年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.2 (2023, May)

1.「効果研究」

「治療効果」という語は,「効果研究outcome study」とセットで考えられがちである。これは心理療法の学派や技法によって効果がどう違うかを調べる比較研究として用いられることが多い。英国のNICE(国立医療技術評価機構)のガイドラインに見られるように,その研究結果から,○○障害に対してはこのアプローチが良い,などと考えるのが“エビデンス・べースト”であるかのような風潮がこれまで続いてきた。

2.効果研究の知見と実際の臨床場面

その一方で,学派間の効果の比較研究のみで実際の臨床場面における判断は出来ないことがさまざまな方面から指摘されている。例えば,クライエントの生育歴やセラピストの経験や内省なども判断のための重要な情報源だという考え方がある(例えばAPA, 2006)。学派や技法は心理療法の効果要因としては僅かであり,より重要なのはクライエントとセラピストの関係性である,という有名な理論もある(Lambert, 1992)。また,そもそも効果研究は平均値を用いて「効果」を他学派や他の技法と比較するものなので,個々のクライエントにとって効果があったかどうかを伝えるものではない。要するに,実際の臨床場面ではクライエントの障害や症状でどの学派や技法が向くかを決められるような単純なものではなく,また,同じ学派や技法であってもセラピストやクライエントによって効果が異なる,ということである。

3.心理療法における「効果あり/なし」の判断

身体疾患の治療と違い,心理療法では「効果」のある/なし,の判断が難しい。例えば,クライエントが仮に「だいぶ効果が出てきたので,そろそろ心理療法は止めます」と言ったとしても,セラピストがそれを「あれは効果があったのではなく,本来の自分と向き合うという辛い課題から逃げただけだ」と考えたとしよう。逆にセラピストはセラピーの進展を感じていたのに,クライエントが「効果が見られないので,止めさせてもらいます」と言ったとしよう。これらの場合,効果はあったのか,なかったのか? 身体疾患なら,患者が「もう治りました」と言っても,医者が血液検査の結果を示して,「○○の数値がまだ基準値に達していないので,治ってないですね」と言えるだろう。心理療法の場合も「専門家である自分の判断が正しい」と考えるセラピストは当然いるだろう。しかし,本当にそう言えるだろうか? もちろん,セラピストの判断も重要だが,心理療法ではクライエントの判断がそれ以上に重要だ,と私は考える。

効果をどう考えるかは,学派や心理療法を行う職場,文脈によっても異なるし,クライエントによっても異なる。いや,同じ学派や職場でも,セラピストによって異なる。

4. 自分なりの「効果」についての考えを意識化

そう考えると,むしろ,効果について自分はどう考えているかをセラピスト個人が曖昧にせずに意識できて(あるいは持って)いることが重要である。 それに対して「まだ言葉で言えるほど考えが固まっていない」と思う初学者もいるかもしれない。しかし,明日,いや今日の午後に会うクライエントから「先生,私は治ってるんでしょうか?」「良くなっているでしょうか?」と言われる可能性だってある。自分の考えを必ず言う必要がある,という意味ではないが,クライエントに分かる言葉で伝えられるようになっておくことが,特に対話系のセラピストにとっては重要である。単なる技法や技能の使い手としてではなく,一人の人間であるクライエントに一人の人間である自分が出会っている,という重みが伝わるからである。この短い文章も,読まれた方が自分なりに「効果」を考える参考になればと思って私なりの経験と考えを書いている。押し付けるつもりはない。

5.支援観,人間観とセットの「効果」観

「先生(セラピスト)には申し訳ないのですが,ほかの○○療法を受ける必要がないでしょうか?」などと尋ねるクライエントもいる。セラピストの中には,そう言われて揺さぶられ,不安になる人もいるだろう。クライエントのそのような発言をセラピストが「アクティングアウト」と捉えたりするのは,一見専門家的だが,実は不安に対するセラピスト側のインスタントな防衛である場合も少なくない。したがって,自分なりの「効果」を考える際は,心理支援観,広くは人間観にまで考えの範囲を広げ,自身がどのように考えているかを気づき,受容しておく方が良い。それが出来ていれば,クライエントのそのような迷いについていきやすい。

6.クライエントが「効果」をどう考えるかを意識する

自分は「効果」をどう考えるかを意識すると同時に,クライエントがどう考えるかを意識することも重要である。それはクライエントが「効果」についての考えを明確に持っている,という意味ではない。例えば,上述の「ほかの○○療法を受ける必要がないでしょうか?」という発言を仮に,クライエントが効果について「はっきりと感じられる訳ではないが,ここでは何かしら効果が感じられない」という感覚を持っているらしい,とセラピストに感じられたとしよう。この時点でのクライエントのニーズは,○○療法を受けることではない。ここでは効果が出ているのか,進展があるのか,○○療法を受ける必要がないか,を明確にしたい,ということである。心理療法は手術をする訳でも薬を飲む訳でもなく,話をするだけなので,このようにクライエントがその効果が分からない,ということがある。しかし,クライエントのそのニーズに共感的に耳を傾け続けると,殆どの場合,クライエントは自分なりの「効果」観を持っていることが,セラピストにだけでなくクライエント自身に分かってくる。

7.コスパで考える「効果」

私はロジャーズ派なので,殆どの場合,私の効果観よりも,クライエントなりの効果感に注意が向く。例えば,忙しい時間を縫ってお金をかけて来談したクライエントが終了後,時間とお金をかけただけの効果があったと思いながら帰るだろうか? コスパが悪いと考えてないだろうか? ではどういう面接であれば,時間とお金に見合う,と考えるだろうか? 等々,である。これは感覚的なものなので,効果観というより,効果である。私はそれを考えるだけでなく,クライエントにそのまま尋ねることもあるし,コスパが上がるにはどうすればいいかを尋ねることもある。私の経験では,クライエントは効果研究で扱われるような症状の緩和・減少が出現すればそれを効果と考えるが,その途中経過の1回1回の面接(セッション)では,何か掴めた,という感じがあるかどうかで,そのコスパに見合うかどうかを感じるようである。

8.「効果」についてのコミュニケーション

コスパが上がるにはどうすればいいかを尋ねる,と上述したが,実際のコミュニケーションとしては「どうなりたいか」という目標や「自分では良くなっていると感じているか」「セラピーは役に立っていると感じるか」などを巡ってフィードバックをしてもらって話し合うことの方が多い。つまり,効果を意識していることは,クライエントと目標やそのための方法などを話し合うことをいつでも話し合える,ということである。目標を明確にすることを技法とする考え方もある(例えば,Cooper&McLeod, 2011)。しかし,セラピーの目標を決めることよりも,「私(セラピスト)はあなた(クライエント)がその点をどう感じ,どうお考えになるかを最も大事なことだと考えています」という姿勢が伝わること自体が,クライエントにとって,わざわざお金と時間をかけて来談する自分をこのセラピストは大事にしてくれている,という意味で支えになる。目標についてそういう話し合いが出来ない場合でも,セラピストがその姿勢を持っていれば,クライエントにはオーラで伝わるようである。私は何人ものクライエントから,他のセラピストについて「私の話を真剣に聴いてくれない」「本気で考えてくれない」等の不満を聞いた。クライエントはセラピストの真剣度を常に観察している。

9.倫理とインフォームド・コンセント

つまり,目標や方針など治療効果に関連する事項について自由に話し合うことが治療効果を上げる,というのが私の経験である。こうした話し合いは職業倫理として,通常インフォームド・コンセントの文脈で行われるが,パーソン・センタード・セラピーにおいてはそれ自体がインフォームド・コンセントであると同時にセラピーである。

10.主体的にセラピーを利用するクライエントという見方

ところで,心理療法の理論はコスパについては言及しない。もし,実際にはこのような理由でクライエントが来談を止めても,セラピスト側の論理ではクライエント側の「逃避」とか「アクティングアウト」と言われる程度である。ボハート&トールマンBohart &Tallman(1999)は『How clients make therapy work』という著書で,クライエントはセラピーを主体的に活用すると書いている。時間も費用もかかるセラピーを,クライエントが回数を削りながら効果的に利用したいと思うのは当然である。セラピーの料金や頻度をケチりながら,問題に取り組もうとすることもクライエントの主体性の現れである。それを一概に,「逃避」「アクティングアウト」などと言われてはたまったものではない。むしろ,セラピストは同じ生活者としての視点から「お金も時間もかかりますが,大丈夫ですか?」などと言えるようにしておきたい。もちろん,「逃避」「アクティングアウト」である可能性にも留意しておく必要はある。中には1回で何とかならないか,と思って来談するクライエントもいる。それも自分なりの考えで問題への対処を考えようとしたクライエントの意欲である。そのような意欲にコラボしてセラピーを進めるのが効果的であることは「治療同盟」等に関する多くの研究が示しているところである。

11.何とかできるという感覚を求める

そもそもクライエントが来談するのは自分ではどうしようもなくなったから,という場合が殆どである。自分で何とかなると思っている場合には,わざわざそんな高いお金と時間をかけて相談にはやってこない。

何とかなる」とは,自分一人でやれる,という意味ではない。この件は○○所にいけば教えてもらえるなど人の手を借りることも含め,次はこうすれば何とかなるだろうとか,事態に対して取り組める,あるいは取り組みの見通しがたっているという感覚,という意味である。例えば,上司から叱責されてうつ気味の人でも,「今までも何度かこんなことはあった。1週間くらいは落ち込みが続くけど,そのうちに次第に気にならなくなるので,心療内科など行かずにもう少し頑張ってみよう」,「でもそれでもしんどかったら金曜日の午後は有休を使おう」と考えたりして,その場をしのぐ。これは,うつ気分という事態に対する対処の見通しを持っているのである。つまり,この事態を自分の手中に置き,コントロールできるという感覚を持っているのである。

12.把握感sense of grip

これは事態をグリップしている,という感覚sense of grip(中田,2022)である。sense of gripがあるうちはわざわざ時間とお金をかけて病院や心理療法には行かない。面接後に例えば「何とかなりそうに思えてきた」とか,「お金と時間をかけてきただけの何か意味を感じる」と思えたら,今後も心理療法を継続しようとか,この調子なら1カ月後には,そろそろ面接の頻度を空けてもやっていけそうなどと考えることが出来る。当初の主訴だった問題に対して何とか出来そう,という感じが起こっているのである。面接の中でも,何とか出来る,というsense of gripを人は持とうとする。その感覚を持とうとする動きが分かりやすい形で見られることもある。クライエントはこの感覚が持てると効果を実感するらしい。

文  献
  • American Psychological Association(2006)Evidence-based practice in psychology. Am. Psychol. 61, 271-285.
  • Bohart, A. C.,&Tallman, K. (1999)How clients make therapy work: The process of active self-healing. American Psychological Association.
  • Cooper, M. & McLeod, J. (2011)Pluralistic counselling and psychotherapy. London, Sage. 心理臨床への多元的アプローチ―効果的なセラピーの目標・課題・方法(2015), 岩崎学術出版社.
  • Lambert, M. J. (1992)Psychotherapy outcome research: Implications for integrative and eclectical therapists. In J. C. Norcross & M. R. Goldfried (Eds.), Handbook of psychotherapy integration(pp. 94-129). Basic Books.
  • 中田行重(2022)臨床現場におけるパーソン・センタード・セラピーの実務―中核条件と把握感sense of grip.創元社.

バナー画像:Manfred Antranias ZimmerによるPixabayからの画像
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中田 行重(なかた・ゆきしげ)
関西大学 人間健康学部。公認心理師,臨床心理士。
主な著書 『「深い関係性」がなぜ人を癒すのか~パーソン・センタード・セラピーの力~』(共訳,創元社,2021),『臨床場面におけるパーソン・センタード・セラピー~中核条件と把握感sense of grip~』(創元社,2022)

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