【特集 こころを支えるお仕事】不登校をめぐる物語と科学:“令和型不登校”にどう向き合うか?|神村栄一

神村栄一(新潟大学)
シンリンラボ 第1号(2023年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.1 (2023, Apr.)

はじめに:令和型不登校

不登校の増加がとどまる気配を見せない。2022年10月に公表された2021年度の全国小中学校の不登校は24万5千人ほどで,前年度から24%の増加。コロナ感染対策の長期化を指摘する声は多い。たしかに無関係と見なすのは難しい。

見落とされがちであるが,この不登校の増加は,2013(平成25)年度から9年連続した現象でもある。つまり,「中学生で20人に1人」「小学生で77人に1人」という最新の不登校の発生率は,7年連続で増加してきたところでパンデミックに突入した結果である。過去10年間で不登校は,小学生で4倍近く,中学生で1.5倍ほどまでに増えた。いま時の中学生不登校の3人に1人,小学生不登校の4人のうち3人は,「もし10年早く生まれていたら」不登校を経験しなかった。

「不登校傾向にある子どもの実態調査」(日本財団,2018)によれば,中学生について,不登校生徒数に匹敵するだけの「不登校にはカウントされないが同じ教室では学んでいない」生徒がいるという。これは,現場で教員やスクールカウンセラーが抱く実感と一致する。今や,中学校の2年の後半から3年ともなれば,30数名のクラスで3~4人が,「しばらく教室に姿を見せていない」のだ。

筆者は,この2013年度から増加が止まらない不登校を,令和型不登校ととらえ着目している。2019年からの誰も予想できなかったパンデミックで強いられた「巣ごもり」「対人距離の確保」「リアルな交流の制限」は,「情報端末でつながる」のがあたりまえになった平成の終わりからの“流れ”とひとまとまり,とみなせるのではないか。
不登校が「止まない増加」を見せ始めた2013年に,我が国のスマホの世帯普及率は5割を超えた。筆者も含めいまや国民の多くが,もっと以前から利用していたかのように錯覚してしまうスマホであるが,2009年にはまだ誰も手にしていなかった。

不登校に向き合う支援者として

不登校そのものはもはや,問題行動とはみなされないし,医療でもこれ単独で治療の対象とされるわけではない。ただし,その多くには,医療や福祉の支援対象となるさまざまな困難が潜んでいる。不登校やひきこもりを長く経験することは,その後の人生における生活の質の低下のリスクとなる。いったん学校からドロップアウトしたら人生終わり,ということはないが,さまざまな「生きにくさ」が伴いやすくなる。

発達障害への注目がますます高まる中,こんな意見も耳にする。「不登校について,いっさいの未然防止,再登校に向けた支援は有害である。なぜなら,それらの支援対策は少なからぬ子どもが抱える障害,非定型特性の早期発見の遅れをもたらすものだから」。不登校がハッタツのスクリーニングになる,というわけである。初めはブラックジョークかと思ったが,そうではなかった。

メディアで積極的に発言する機会をつかんだ方々はともかく,不登校経験者の“サイレントマジョリティ”は果たしてどのように自らの経験を振り返るのか。以下はいずれも文部科学省の調査である。ひとつは,義務教育を不登校状態で卒業した方に19歳時点で調査したものである(文部科学省,2014)。「後悔している」の回答が男女ともに最多で「(不登校を選んで)よかった」の倍以上であった。もうひとつは,「小5不登校経験児童への小6時の調査と中1不登校生徒への中2時の調査(文部科学省,2021)」における「学校を多く休んだことに対する感想」であるが,ここでも『登校しておけばよかった』への回答が最も多い,という結果であった。
「令和型不登校」の理解と対応については,本誌「シンリンラボ」の創刊第3号で特集し,最前線で取り組む方々に解説と提言をいただく予定である。本稿では1点だけ,不登校支援にかかわって気になることをあげておく。

不登校や登校しぶりの状態にある子に「あなたはどうしたいの」と尋ねること,これをもう少し慎重に進めていただけないものか。本人から「登校は無理(嫌)」とか「誰とも会わずずっと家で過ごしていたい」といった言葉を引き出し,続く支援の方針決定に「利用」する,まさに「言質をとる」かのようなかかわりになっていないか,振り返ってみてほしい。「尋ねて言葉を引き出す,ではなく,見取ってあげて」とお願いしたい。

当事者の物語と行動の科学:事例から

Aさん(中2男子)が10月ごろに来談された際の主訴は,「朝になるとお腹が痛くなり(医療機関で診てもらっても異常はなく「おそらくストレスが原因」とされた),登校が困難になりつつある」だった。本人が望んで継続していたある習い事のため,平日は週3~4日,夕食が22時すぎからになるという。学校でもいろんな役割を担っており,負担も大きいように見えた。面接では「好きなことなど」雑談しながら,「今の生活リズムを振り返ることは大切なので」と提案し,睡眠衛生の知見を話題にして生活の記録をつけてもらった。22時30分ごろに夕食を終えた夜で,日付が変わる前に就寝できた日はほぼ皆無であること,胃での消化は2~3時間かかるからこの臓器の就寝時刻は25時から26時近くになっている日が多いこと,これでは朝からの体調不良も当然であること等を共有できた。試しに「原則として夕食を20時前にすませる」で様子を見てみることを提案し,本人と母親から合意を得た。

続く面接では,その様子を確認しながら,「好きだった父親が最近は気に障る」「部活の人間関係でモヤモヤする」「アニメでないと性的に興奮できない自分はおかしいのか」などさまざまが話題になった。これらについては「考えても意味ないが連日何度も考えてしまう」ため,かなり苦痛とのこと。眠れない夜に眠ろうとして目が覚める苦痛ともつながる,正常な反応であるとの心理教育をカジュアルに提供した。誰かの何かが悪いための登校しぶりである,などと,どこかに原因を停留させないよう心がけた。

4カ月ほどで朝の不調と登校困難はなくなった。夜の習い事は減らし少なくとも夕食が遅くならないようにし,一部は週末にまわし,順調なので終結となった。その後,中学校は再発なく卒業,希望の範囲のところに進学し,そこでも順調であるとのお知らせをいただいた(以上は,似たような経過と介入の中学生登校しぶり事例複数からの創作である)。

まとめ(“あくまで個人の感想です”)

心理的援助には,サピエンスについての雑多な科学がヒントになる。不登校や適応症との診断を受け苦しんでいる方々への支援では,精神分析学を始め,心の支援についての基礎的素養とされるものだけでなく(というかそれら以上に?),例えば睡眠と生活習慣について,進化心理学のさまざまなエビデンスある知見が指針となる。令和型不登校,「10年前だったら不登校になっていない子の不登校」の支援では特にそうである。

「それが心理の専門性なの?」などと問われることもあるが,目の前に,高い確率で「1年後あるいは5年後に後悔する子」とそのご家族を前に,支援者側のidentityなど意味は無いと思う。たらい回しも気の毒だし貴重な時間を費やしてしまう。
セラピストも「超」社会的な生物である。例えば,目の前に「不安がとても強い子」がいれば,どのように(how)その過敏性ある回避行動が形成されてきたのかよりも,本人ないし周囲の,時には超越的な何か/誰かの,如何なる意図がそこに働いているのか,つまりなぜ(why)なのか,がついつい気になる。それを当事者とうまく共有できれば物語(ナラティブ)となる。

他方,howの理解は行動科学的でかつ自閉スペクトラム症的な理解とも言える。物語の共有が苦手な科学者と,科学の合理性を好まず物語の共有が得意な話し上手。この対立軸のどこかに,それぞれの支援者は位置しているのだろう。非定型の資質がある,お友だちも少ない筆者の場合,どのように(how)志向が強め,に位置しているようだ。ということで,「こころを支えるお仕事」のお題は,ちと窮屈でもあった。「生活習慣にかかわる」がふさわしい。

文  献

+ 記事

神村栄一(かみむら・えいいち)
新潟大学人文社会科学系教授
資格:公認心理師・臨床心理士・専門行動療法士・博士(心理学)
主な著書:『不登校・ひきこもりのための行動活性化』(単著,金剛出版,2019),『学校でフル活用する認知行動療法』(単著,遠見書房,2014),『認知行動療法[改訂版](放送大学教材)』(共著,NHK出版),『レベルアップしたい実践家のための事例で学ぶ認知行動療法テクニックガイド』(共著,北大路書房,2013)など。
学生時代から40年におよぶ心理支援の実践はすべて,行動療法がベース。「心は細部に宿る」と「エビデンスを尊び頼まず」が座右の銘。「循環論に陥らない行動の科学を基礎とし,サピエンスに関する雑ネタやライフハックなどによる解消改善を要支援の方との協働で探し出す」技術の向上をめざしている。

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