【特集 こころを支えるお仕事】嘘ではない希望と|伊藤弥生

伊藤弥生(久留米大学)
シンリンラボ 第1号(2023年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.1 (2023, Apr.)

1.マツコさん・大泉さん 

こころを支える仕事をしているのは誰だろう?

最初に浮かんだのはマツコ・デラックスさん。やさしさに裏打ちされた圧倒的な知性,スパイスの効いた比類なきトーク。物事へのスタンスや人との関わり方もやっぱりマツコさんだ。こころが動く。また疲れがほどけていく。

次に浮かんだのが大泉洋さん。大河はあまり見ていなかったが鎌倉殿は見た。見ずにはいられない面白さだったが,あまりに辛いドラマでもあった。そこに放たれたのが小栗旬さんの「全部大泉のせい」。これでみんな気が楽になった! 今日もあちこちでこころをほぐされている。

2.カウンセラー?……本当はあなた

あのバンド,この選手,こころを慰め力をくれる仕事はさまざまだ。「それはそうだけど,私はカウンセラーの先生に支えられた」という方もいよう。でも先生は「頑張ったのはあなた」と言わなかっただろうか? これは実は謙遜ではない。あなたがその仕事を活かそうとしなければカウンセラーも役立たなかった。そう,こころを支える仕事をしているのは,本当はあなただ。

ソリューション・フォーカスト・ブリーフセラピー(以下SFBTと略)とナラティヴ・セラピー(以下NTと略)は,このこと,つまりクライアントが自身の専門家であることを最重要に考えるが,私もその一人だ。

3.クライアントが自分の専門家

「クライアントが専門家? 自分じゃダメだからプロに教えてもらうんじゃない?」。でもお役立ち情報ならググればいい。「いや,自分にあう助言はプロじゃないと」。なるほど,でも助言を活かせなかったことはないだろうか? 私にはある。健康法・人間関係術・気持ちの持ち方まで,活かせない自分をときには責めた。

SFBTとNTは自分のための力(リソース)をクライアントが誰よりも持つことに着目する。自分の願いや好みに向かって,リソースを活かしてクライアントが自らさらに進むのを手伝う,リソース頼みのアプローチだ。

4.リソース・自分への信頼・対話の専門家

「リソース頼みだったらSFBTとNTって,環境とか資質に恵まれた人にしか使えないじゃん」。いや,そうではない。人生はたやすくない。何の力も発揮せず生きてこられた人はいない。人生を切り盛りしてきた数多のリソースが誰にもある。

悩みに目を奪われ人と比べる日々ではリソースの存在に気づきにくいが,SFBTとNTは対話を通してリソースを引き出すことに注力する。クライアントが自身のリソースに気づき,それを活かし,自分への信頼を取り戻すための仕事をする。こころを支える上でSFBTとNTのセラピストは対話の専門家となる。

5.まだ届いてない,もう届いてる

SFBTとNTは虐待・依存症・措置ケースなど過酷な場の臨床を出自とし,一見リソースなどなさそうな時にも頼りになる。私もこのアプローチに出会って各段に仕事の質が変わった。だがまだまだだ。届いていない人がいる。毎日続く人身事故。こころの専門家だけの問題ではなく私に何ができるとも思っていないが,声がする……。オマエノシゴトハ何ナンダ。

やりきれない日々を綴る燃え殻さんの作品は映画やドラマにもなった。“どちらかというと消えたいくらいの傷だらけで生きている”,煽ることを慎重に排したリアルで繊細な言葉が届き寄り添う。「燃え殻さんもそうなら,もうちょっとだけやってみるか」。

6.嘘ではない希望

「日本も地球もヤバいし未来とかもう…」。問題がない世界などないし明るくいようとはしてきたが,もうずっとこの社会で生きることを希望ある形では考えられないでいた。でも確かな光を得た。韓国文学だ。

韓国文学は“この社会を生きる具体的な支え”として日本でもムーブメントが起こっているが,一冊あげるなら『フィフティー・ピープル』だ。ストーリーはもちろん訳者の斎藤真理子さんのあとがきが響く。フィフティー・ピープルが関りあう姿を“人生の同僚”と表現された。大きなものに先んじて居あわせた人間が手を差し伸べる。抜け感ありつつシャンとする立ち位置であたたかく,さっぱりとお互いさまで続けていく。この希望は嘘じゃない。

斎藤さんに出会わせてくれたのは小泉今日子さんだ。小泉さんの素晴らしさは語り出すと切りがないが,ポッドキャスト『ホントのコイズミさん』は,本を通して誰かの扉を開くという願いでお始めになり,ゲストとして斎藤さんを招かれた。

7.影響されて創る自分らしい人生のストーリー

NTをはじめナラティヴな心理療法は「物語療法よね」と誤解されやすい。例えばグリム童話など既存のストーリー(語られたモノ)を話題や分析視点にするものだと思われやすいが,モノを語ること(出来事をストーリー化すること)や,それと語られたモノとの関係に注意を向けることに特徴がある。後述の通りNTは支配的なストーリーに目を光らせるため,既存のストーリーの肯定的な影響を忘れていたが,韓国文学で気づいた。今私は心のどこかでずっと待っていた影響を受けている。そうして創る人生のストーリは最高に自分らしい。

8.現実が言葉を交わしあって作られるのなら

もうがんばるのに疲れた人にこころの専門家は何ができるだろう。休養や服薬は有用だ。お金や仕組みも必須だ。でもこれだけでは届かないことがある。寄り添うのは大前提だが他にも必要なことがある。現実は言葉を交わしあうことで作られ,その現実にこころは反応する。彼らが現実を見限っていってしまうのなら,現実に光が見えてくる対話を目指そう。

9.光が見えてくる対話

SFBTとNTは問題の手が届かなかったことに焦点をあて,問題の手が届かない領域を増やす仕事をする。私はまずこの精度をあげよう。問題の手が届かないことなら何でもいい訳じゃない。問題の手が届ききれなかった,本人が望む世界の欠片を一緒に探し欠片を増やしていこう。その世界を築くことをひどく邪魔されるときには,不当な力の精査も忘れないでいよう。自分の努力不足だと結論づけた時,消えたい気持ちが強まりかねない。もうがんばるのに疲れているのだから。正当性を取り戻すことは生きる足場になる。

彼らは孤独に戦いがちだ。大事に思ってくれる誰かを思い出すこと,人生の登場人物を選びなおすこと,またそうせずともすでに“人生の同僚”がいて,自分も誰かの同僚だと気づくことも役に立つかもしれない。

10.まだ知らない自分にみえてくるもの

本当に聴こうとする相手を前にすると,語りは変わる。心積もりしたことを話すだけではない。予想もしなかったことを思い出して励まされ,初めて気づく思いに驚き自分への眼差しが変わることもある。気遣いや照れから盛って話したことが,実は自分の望みだったと知ることすらある。対話の中で生まれるものがある。大事な何かを知った自分をあなたはまだ知らない。その自分に見えてくる現実を知らない。そこにある光がどんなものか見てみる価値はあると思う。

彼らが求める光を,彼らに学びながらともに探す。もうがんばるのに疲れた人の信頼に足る対話の相手になりうるのか。4号特集では,この社会の生きづらさを鋭く深くとらえ,丁寧に厚みある仕事を重ねる方々を執筆陣にお迎えする。

文献
  • 정세랑 Chung Serang(2016)피프티 피플 Fifty people. (斎藤真理子訳(2018)フィフティ・ピープル─となりの国のものがたり01.亜紀書房)
  • De Jong, P. , & Berg, K. I. (2012)Interviewing for solutions(4th ed.)Brooks/Cole Pubulishing(桐田弘江・住谷祐子・玉真慎子訳(2016)解決のための面接技法第4版.金剛出版.
  • 伊藤拓(2021)ソリューション・フォーカスト・ブリーフセラピーの効果的実践に関する研究-誤った実践に陥らずに解決構築するためのポイント.ナカニシヤ出版.
  • 伊藤弥生(2022)未来のポジションから考える思春期へのブリーフ的支援.In:黒沢幸子・赤津玲子・木場律志編:思春期のブリーフセラピー こころとからだの心理臨床.日本評論社,pp184-198.
  • 国重浩一(2013)ナラティヴ・セラピーの会話術.金子書房.
  • 燃え殻(2022)それでも日々はつづくから.新潮社.
  • Mogan, A. (2000)What is narrative therapy?: An easy-to-read introduction. Dulwich Center Publications.(小森康永・上田牧子訳(2003)ナラティヴ・セラピーって何? 金剛出版.)
  • 森俊夫・黒沢幸子(2002)森・黒沢のワークショップで学ぶ解決志向ブリーフセラピー. ほんの森出版.
  • 野口裕二(2002)物語としてのケア─ナラティブ・アプローチの世界へ.医学書院.
  • 斎藤真理子(2022)韓国文学の中心にあるもの.イースト・プレス.
  • White, M. & Epston, D. (1990)Narrative Means to Therapeutic Ends. Norton.(小森康永訳(2017)物語としての家族(新訳版).金剛出版.)
  • ホントのコイズミさん
    ♯49「韓国文学の翻訳者,斉藤真理子さんとのお話」前編
    ♯50「韓国文学の翻訳者,斉藤真理子さんとのお話」後編
+ 記事

(いとう・やよい)
所属:久留米大学文学部心理学科
資格:公認心理師・臨床心理士
主な著書:伊藤弥生(2022)未来のポジションから考える思春期へのブリーフ的支援.In:黒沢幸子・赤津玲子・木場律志編:思春期のブリーフセラピー こころとからだ
の心理臨床.日本評論社.
伊藤弥生(2007)不妊治療における心理臨床にみる女性たち.In:園田雅代・平
木典子・下山晴彦編:女性の発達臨床心理学.金剛出版.
趣味:ゆるめの「NO FASHION,NO LIFE」です。メガネにわりと凝ってます。

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