大島崇徳(神戸松蔭こころのケア・センター)
シンリンラボ 第35号(2026年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.35 (2026, Feb.)
これまで,「心理面接の道具箱」をテーマに,ボードゲームをはじめとするアナログゲームを紹介し,プレイすることで得られる体験について述べてきた。一部例外はあったものの,50分の面接や2時間程度のグループ活動を視野に入れ,プレイ時間が短く,ルールが簡単で遊びやすい,現場で使えるゲームを取り上げてきたつもりである。
一方で,ボードゲームの中にはもっとルールが複雑で,戦略性が高く,時間のかかるものもたくさんある。そのような重量級ゲームは,「重ゲー(おもげー)」と呼ばれ,短時間で運の要素が強く,気軽に盛り上がることができる「軽ゲー(かるげー)」と区別される。「重ゲー」はプレイするハードルは高いものの,自分の選択したアクションが盤面に反映される手ごたえや,拡大発展していく充実感,繰り返される駆け引きが生むドラマといった勝利までのプロセスを楽しむ要素が満載である。一瞬の高まりを楽しむ要素が強い「軽ゲー」に比べて,「重ゲー」は積み重なってゆく連続した体験を時間をかけて味わうといった深みがある。今回は,「重ゲー」の魅力について述べ,過程を味わい楽しむことの意味について考えてみたい。
1.「重ゲー」とは
「重ゲー」の定義は諸説あるが,次の3つの要素から「重たさ」が体感されるゲームを指すことが多い。
①プレイ時間
概ね2時間〜5時間くらいのゲームを「重ゲー」と呼ぶことが多い。ただ,2時間は長そうに思えて体感はあっという間なので,3時間くらいまでは「中量級」とされることが多いのではないかと思う(広く遊ばれている『カタンの開拓者たち』(KOSMOS 邦訳版:ジーピー)も2時間くらいプレイすることはざらにある)。3時間以上と聞くと驚く人も多いが,数回プレイして慣れてしまうと全く長く感じなくなるのが不思議である。
②ルールの量と複雑さ
本格的なボードゲームになるほど,選択できるアクションが増え,生じる効果や処理が多岐にわたるなど,様々な要素が盛りだくさんになる。それに伴ってそれらを管理するためのルールも大量になり複雑になる。プレイ前にそれらをある程度理解しておく必要があるため,ルール説明に30分〜1時間ほどの時間を要するものがほとんどである。
③戦略性の高さ
できることが増え,勝利につながる選択肢が多くなるほど戦略性が増し,考えることが増える。勝敗を決める勝利点を効率よく稼ぐための手段を見極め,必要な手順を整理し,限られた手番で実行するアクションを考えるといった,先を見越した計画性が必要になる。また,道程が長いほど他のプレイヤーと競合する機会が増えるため,競合しているプレイヤーの動向にも注意する必要がある。様々なことを考えるほど頭は忙しくなる。そのような思考にかかる負荷の重さも「重ゲー」の特徴である。

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2.長い道のりを楽しむ
プレイ時間は長いもののゲームの勝敗が決まるのはゲーム終了時の一瞬である。では,それまでの数時間は何をしているのだろうか。
「重ゲー」の多くには,拡大再生産と呼ばれる成長の要素が組み込まれている。ゲームに勝つための勝利点を得るためには,ゲームに登場する様々な資源(例えば「木」や「石」)を手に入れ,やりくりする必要がある。ゲーム開始時,これらの資源は,1回のアクションでごくわずかしか得ることができない(例えば,「伐採」というアクションを1回につき木を1つ得るなど)。しかし,これらの資源を集めて,コストとして支払うことで,さらに効率よく資源を生み出すなどの効果を持った様々な道具や建物を作ることができる(木を3つ支払って「斧」を製造すると「伐採」1回で木を3つ獲得できるなど)。よりコストの高い上等な道具や建物は,それ自体が勝利点を持っていたり,使用することで勝利点を生み出す効果を持っている。このように自分の国や領土を自分の選んだやり方で発展させ,発展させた領土が効果的に勝利点を生産するように運営する。勝敗だけでなく,そこに至る長い道のりの苦楽を味わうのが「重ゲー」の楽しみ方の1つである。

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例えば,17世紀のヨーロッパで農業を営む『アグリコラ』(Lookout Games 邦訳版:ホビージャパン)では,ゲーム開始時,農場に畑も牧場もないうえに技術が進歩しておらず,食料を調達して飢えずに生き残ることが課題となる。これがなかなかに難しく,序盤は食いつなぐだけの時間が続くのだが,ルールが間違っているのではないかと不安になり始めた頃になってようやく畑を耕して麦や野菜が採れるようになり,牧場を作って動物を増やし,肉を焼いて食べることができるようになる。次第に,パンを焼く窯や便利な農機具が作られて農場はどんどん豊かになり,広く温かい家ができ,家族が増えてゆく。苦しい時期を乗り越え,限りある資源をやりくりして徐々に生活が楽になり,農場が立派になってゆく様子を体感するのは,数時間の道のりが全く長く感じないほど楽しく,実際に農家を営んでいるような気持になることができる。

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3.長さゆえの苦しさと過程を楽しむということ。
プレイ時間が長い「重ゲー」は,早い段階で何となく勝敗が決してしまった時には残り時間が苦行のようになることがある。トップが独走して逆転の望みがなくなってしまったり,拡大再生産の流れにひとり乗り遅れてしまったりすると,つらく惨めな気持ちになる。このような時に残りの数時間をどのように過ごすかも「重ゲー」を楽しむことができるかどうかの分かれ目となる。トップ争いの邪魔をしないように配慮する人や,中立的にできるだけ自分の得点が高くなるような行動をする人,トップの人のうまいやり方を見て次回に活かそうとする人,テーマに合わせて自分なりの目的を決めて勝利以外の幸せを目指すなど,それぞれの価値観がプレイスタイルに表現されて面白い。勝敗だけを目的にしているとすっかりやる気がなくなってしまうが,力を抜いて現状に目を向けると絶望的な状況も案外と楽しめるものである。
ボードゲームにはまっていく人を見ていると,ゲームに慣れてきた人ほど勝ち負けにこだわらず,余裕をもってプレイする過程そのものを楽しむ傾向があるように感じる。もともと過程を楽しむことができる人がボードゲームを見限らず,長く続けているということでもあるのだろうが,プレイするうちに過程の楽しさに気づき,より深くはまっていく人もいるのではないかと思う。ボードゲームを始めて最初のうちは,よくわからないままカードや駒に触っているだけで楽しく,ちょっとコツが分かってくると強い人に勝ちたくなって負けることがより辛く悔しくなる。たくさんのゲームに出会い,勝ったり負けたりを散々繰り返していると,全力で勝つことを目指している過程が楽しくなって結果はどうでもよくなり,最後には「まあ,負けてまたやりたくなるくらいがちょうどいいか」と感じるようになる。そのような流れを経て熟成されていくボードゲーマーも少なくないのではないかと思う。
勝ち負けのテーマは子供の遊びの中でもよくみられる。私は甥が小学校に上がるのを待ちきれず,『カタンの開拓者たち』を教え込み,盆と正月になるたびに遊んでもらっていたのだが,甥も小学校低学年の頃はずいぶん勝ち負けにこだわって,負けたら泣きわめくし,ゲーム途中でも敗色が濃くなると拗ねてしまって,それは大変だった。しかし,小学校半ばになると負けた時もぐっとこらえるようになり,次第に「あそこでこうしたらよかった」と感想戦ができるようになった。さらに高学年になる頃には,必ずしも効率の良い作戦とは言えないほど長く道を伸ばし,「こんなに道いらんねんけど,なんか伸ばしたいんよねー」と勝ち負けだけでない楽しみ方を見つけたようでもあった。
4.ボードゲームから臨床を学ぶ
『カタンの開拓者たち』を通して甥の成長にふれる経験は,負けが受け入れられず勝ちにこだわる子ども達と会った際に,例えば「勝ちや成功体験を積み重ねることで劣等感を克服し自己肯定感を獲得しようとしているのだろう」といった直線的な考え方の外に出るいい機会になった。勝ち負けといった結果だけでなく,それらをめぐる過程に含まれる体験の1つ1つをより丁寧に知り,大切に感じることで,気持ちは落ち着くところに納まるのだろう。もちろんそれは子どもだけに言えることではなく,大人も同じである。臨床の場で会うクライエントの多くは,必ずしも変化や解決といった結果のみを求めて相談に来られたわけではなく,長い道のりの途中にあってその過程を語り,しっかりと体験しようともされている。大切なのはどうなるかではなく,どのように生きてきて,どのように生きていくのかという過程なのだとたくさんのクライエントから教わった。
私にとってボードゲームはたまたま出会った趣味であったが,過程を味わい,楽しむという体験の意味を感じさせてくれる道具でもあった。体験の場となり,体験を深く味わう仕掛けとなる。面接もセラピストもそのような道具でありたいと思う。
大島崇徳(おおしま・たかのり)
神戸松蔭大学・神戸松蔭こころのケア・センター
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書に『いま、カウンセラーはゲームに夢中な子どもとどう向き合えばいいのか?─つながる、わかる、支えるための心理臨床の視点』(共著,遠見書房,2025),『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)がある。






