心理面接の道具箱(6)子どもの心理療法における「おもちゃ」の効果的活用[2]|丹 明彦

丹 明彦(すぎなみ心理発達研究センターほっとカウンセリングサポート)
シンリンラボ 第6号(2023年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.6 (2023, Sep.)

ヒーローと戦えない!?

終わらない夏はいつまで続くのか。そんなことを憂いながら汗だくで町中を駆け巡り,私はあれを探していた。チューチューとか呼んでたっけ。途中で半分に折れる長いビニールの筒に入った氷のアイス。本当に大好きだった。パピコは売ってるけどあれはどうしても見つからない。パピコを見ながら横に二つに割れるソーダ味のアイスも思い出す。それはなんだっけ。でも,結局あれもそれもどこにも見つけられなかった。なので検索。あれの正式名称は「チューペット」。おー。ネットで買えるのか? えっなんと2009年8月に諸々の理由で生産中止になったとのこと。ショック。道すがら思い出したソーダ味の割れるやつは「ダブルソーダ」と判明。これまた2017年に販売が終了していた。ダブルショック。ちょっと涼しくなる位のショックであった。

当たり前にあり続けていると思い込んでいたものがなくなる。世の常とはいえやはりちょっと切ない。そんなことが実はプレイセラピー界でも起こっていたことをご存知だろうか。何と,あのおもちゃが既に生産中止になっていたのである。

それはパンチ人形。正式名称はバンダイの「パンチファイター注1)。ウルトラマン,仮面ライダー,スーパー戦隊ヒーローなど,本邦を代表するヒーローたちが描かれたビニール製の何度打たれても立ち上がってくるアイツである。これが2016年の動物戦隊ジュウオウジャーを最後にすべてのシリーズでもう売り出されてはいないのだ。TVシリーズは続いているのにもかかわらずである。なぜ? バンダイのお客様窓口に直接確認したので間違いはない。販売しなくなった理由は公表できないらしい。少子化による売り上げの問題だけではなかろう。なにせあからさまにファリックなフォルムのおもちゃである。購買メインターゲットも男児のはず注2)。となるとジェンダーレス化の影響も予測される。もうこの時代にそぐわない,ふさわしくない,いらない存在だということなのだろうか。トリプルショックである。

長年プレイセラピーを生業としてきた私の記憶には,プレイルームに凛と立つアイツの姿が焼き付いて離れない。私の傍らにはいつもアイツがいた。いることが当たり前だった。アイツは子ども達にボッコボコにされていた。思いっきり遠くまで蹴飛ばされ,パンチの連打を浴び続けていた。ヒーローなのに……。しかし,ジャイアントスイングやパイルドライバーを食らっても,砂の中に埋められても,水攻めにされても,最後の最後には,何事もなかったかのように平気な顔ですっくと立ちあがった。彼は決して子どもにやり返すことも,抵抗することもなかった。ヒーローだから……。彼は,戦いに疲れ果て動けなくなった子どもたちの前で,何もなかったかのような涼やかな表情で生き残ってみせた。絶対に倒されることのない無敵の強さを誇るアイツだからこそ,子どもたちは安心して彼の胸を借りて戦えたのだ。やられてしまったり,死んでしまったりしては,戦い甲斐がない。そもそも子ども達は敵を殺めることは目的としていない。憧れのヒーローになりたいだけなのだ。パンチファイターに敵キャラが描かれていないのはきっとそういう理由である。と思う。

アイツとの戦いを通して,少年たちは強さとともに,優しさと思いやり,そして正義と自らの限界を学んだ。易々とそれを叶えてしまう彼は,生まれながらのナチュラルボーンセラピストなのである。凡人たる生身のプレイセラピストにとって,子どもたちの攻撃を受け続けることには限界がある。彼は人身御供となって,子ども達のその激しい攻撃から私をいつも守ってくれた。私にとって彼は大切な相棒であり,欠かせないコセラピストでもあった。

これから先の時代,アイツのいないプレイルームの中で,誰が子どもたちの激しい混沌とした攻撃性を受けとめ,どうやってプレイルームの秩序を維持していくのか。次世代を担う若きプレイセラピスト達はこの事態をどのようにして乗り越えていったら良いのだろうか。本当に心配でならない。少年たちがヒーローと戦えない。このことが持つ意味は,少年たちの健全なる成長とともに,プレイセラピーを行う側の私達にとっても,限りなく深く大きな問題であると案じているのは私だけだろうか。

注1)現在Amazonなどで売っているものはすべて定価を大きく超えた商品である。これを読んで購入したくなった方は注意して頂きたい。もし購入されたとしても,このおもちゃはすぐにビニールに穴が空いてしまうという最大の欠点があります。修理の技術がないと長く使用はできません。
注2)セーラームーンやおジャ魔女どれみなどを描いた女児を意識したパンチファイターも存在していることは確か。しかし、筆者の臨床経験では,このおもちゃは明らかに,幼稚園年中から小学低学年の男児が最も夢中になって遊ぶおもちゃであり,女児や高学年以上の男児はそれほどには執着はしないのが一般的である。精神分析理論的にはエディプス期の男児がよく遊ぶおもちゃということになる。つまり,ヒーローとの戦い=父親との戦いを通して父性の取り入れや超自我の獲得がなされているという解釈も可能ではあろう。
バナー画像:kerutによるPixabayからの画像
+ 記事

丹 明彦(たん・あきひこ)
すぎなみ心理発達研究センターほっとカウンセリングサポート代表
資格:公認心理師,臨床心理士
主な著訳書:『場面緘黙の子どものアセスメントと支援──心理師・教師・保護者のためのガイドブック』(訳,遠見書房,2019),『プレイセラピー入門──未来へと希望をつなぐアプローチ』(遠見書房,2019)

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事