こうしてシンリシになった(15)全学年で「心の健康授業」を!|冨永良喜

冨永良喜(兵庫教育大学名誉教授)
シンリンラボ 第15号(2024年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.15(2024, June.)

1.災害・事件後の心のケア

1995年1月17日阪神・淡路大震災は,シンリシとしての私の新たな出発のきっかけとなった。

大学院時代は,九州大学大学院で成瀬悟策先生の指導の下,催眠,動作法,イメージ療法,バイオフィードバックなどを学び,精神科病院で,今思えば複雑性PTSDの方の心理療法や,大学の教育相談室で夜尿症の児童へのイメージ療法に携わるとともに,やすらぎ荘で,脳性マヒの子どもたちと動作法でのかかわりの日々を過ごした。

そして,教員が大学院で学べるように新構想大学院としてスタートした兵庫教育大学に縁あって着任した。兵庫県は肢体不自由養護学校で,動作法が積極的に導入され,養護学校の先生方との交流も深めていった10年後,阪神・淡路大震災が起きた。大学のある社町は震度5強,4階建ての宿舎の1階の天井が落ちてくる恐怖を感じ,子どもを炬燵に引きずり入れようとするも,体が思うように動かなかった。揺れがとまり,自宅の被害はほとんどなかったが,TVから流れる映像は,倒壊した高速道路,炎に包まれる神戸の街,茫然と過ごす日々が続いた。報道では被災された方への「心のケア」が叫ばれはじめたが,心より物資や住まいだろうと思い,うず高く積まれたランドセルなどを種分けする大学のボランティアに参加した。しかし,自分にできる支援はないだろうかと思っていた頃,大学の大先輩の鶴光代先生から「避難所で動作法をやって被災された方に好評なようなので,あなたもやってみない?」と電話があった。養護学校に勤務し自宅が全壊した教員が避難所になっている学校で動作法による支援をはじめていた。すぐに,動作法仲間に呼びかけた。避難所では,「肩がこる・眠れない・イライラする方,リラックス動作法にどうぞ」とアナウンスしてもらった。次々に,リラックス動作法に被災された方が訪れた。短時間で,「目がすっきりした。楽に座れるようになった」と語り,リピーターは「あれから眠れるようになった」とつぶやいた。成瀬先生に活動を報告し,「マッサージと間違えられるんですよ」と言うと,「役に立つことをすればいいんです」と励ましてくれた。動作法による支援を論文にまとめ,「からだは語る」とタイトルを付けたが,成瀬先生は「からだは語る・からだに語る」がいいと修正してくれた1)。この活動をとおして,成瀬先生の偉大さを痛感した。

そして1997年神戸連続児童殺傷事件が起き,近隣の小学校にスクールカウンセラーとして緊急派遣された。恐怖におびえる児童たちにとって,学校は安全な場であった。学校保健委員会企画で児童たちに心のキャッチボールのグループワークを行った。1カ月が過ぎた時,中学3年生逮捕とニュースが流れ,子育て不安の親たちが次々に相談に訪れた。

災害・事件後の心のケアは,私のライフワークとなった。当時,心理的デブリーフィングが世界を席巻していた。しかし,阪神・淡路大震災で6,000人以上が亡くなっている状況で,恐怖を吐き出すグループワークは違うと思った。まずは,安全感と安心感,その回復が第一,動作法は安心感を高める心理支援だと思った。

2.災害・事件後の心のケアとストレスマネジメントとの出会い

大学院時代の親友の山中寛さんはオリンピックの野球チームや一流選手にメンタル・トレーニングを指導していた。スウェーデンのストレスマネジメント教育を視察してきた山中さん,私はいじめ防止授業でのストレスマネジメントが必要だと感じていた。意気投合した。山中さんはアメリカでストレスマネジメント教育を学んでいた竹中晃二さん,阪神・淡路大震災で被災した子どもたちをストレスマネジメントで支援していた山田冨美雄さんらに呼びかけ,日本ストレスマネジメント学会を2002年に立ち上げた。

災害後の子どもの心のケアとして,クラスでストレスマネジメントを初めて行ったのは2004年10月の台風23号で被災した小学4年生への実践だった。発災から3週間後,被災した市では私たちが項目設計をしたストレスチェックが実施され,高得点の児童生徒に緊急派遣されたスクールカウンセラーとの個別面談が行われた。しかし,小4クラスは,個別相談を予定している児童がとても多かった。1学期,離席する児童が多く,2学期になってやっと落ち着いて授業ができるようになったのに,台風でまた落ち着くなくなった。そこでストレスマネジメントの授業を提案した。授業のはじまりに,パペットを使った寸劇を学部のゼミ生と行った。おさるのパペットは,「なんだかこわいんだ」とつぶやいた。児童から「たいふう」と声があがった。「雨がふりだしたら,またあんなことが……」とおさるさんはつぶやき,「そうだよね,あんな大変なことがあったんだから,心とからだがいろいろ変わるんだよ。怖い気持ちは命を守る大切な気持ちだよ,こわいと思ったら,『こわいよ』とお家の人や先生に言っていいんだよ」とお話しした。そして,落ち着くための呼吸法や肩上げをしたり,ペアで応援する人が体験する人の肩に手を置くきずなのワークを行った。授業のはじめとおわりに,気分のチェックをしてもらった。多くの児童は授業のはじまりで高いストレス得点でも,終わりはぐんと低くなった。その後個別面談をすると,ストレス反応があまり下がらなかった児童に,家庭でのストレスがあることがわかった。その授業をきっかけに,担任に雨の時こわい気持ちを話すようになった。そしてクラスは落ち着いていった。ストレスチェックとストレスマネジメント授業と個別相談の3つをセットに災害・事件後の心のケアをする利点が明確になった。

3.海外での大災害後の心のケア

2004年12月26日インド洋大津波が発生,その半年後,Education Internationalの企画で,スリランカとインドネシア・アチェを訪問した。特に,厳格なイスラム教徒のアチェで,私たちの子どもの心のケアは通用するのかと不安であった。しかし,私たちは特別な療法を提案するのではなく,被災地でがんばっている教師カウンセラーを応援することに徹した。1週間の教師カウンセラーへの研修の結果は,その参加者がコアになって,アチェの全ての学校教師に,日本の心のケアと防災教育を紹介していった。2008年5月12日,四川大地震が起きた。中国心理学会理事長は日本心理臨床学会に派遣要請を行い,2週間後に重慶の西南大学を私たちは訪問した2)。その訪問は5年間のJICAこころのケア人材育成プロジェクトにつながった。

4.東日本大震災と中学生いじめ自殺事件による道徳の教科化問題

2011年3月11日東日本大震災が発生,被災3県は壊滅的な被害を受けた。私たちは,長期の支援が必要と考え,被災3県に,「ストレスチェック+ストレスマネジメント授業+個別相談」の心のケア・プログラムを提案した。私たちの提案を受け,岩手県教育委員会は沿岸部だけではなく,公立・小・中・高・特別支援学校,全校で「心のサポート」を実施したいと4月はじめには,「心のサポートプログラム」の計画書を作成していた。調査のためのストレスチェックは二次被害を与える。必ず,ストレスマネジメント授業のなかで行うこと,結果は毎年個票に反映させ,長期の支援に役立てること,14万児童生徒のこのプロジェクトは,今でも続いている。コロナ災禍が大災害であったことも,毎年,報告される内陸と沿岸の個別に支援を要する児童生徒の割合のグラフをみると,一目でわかる3)

2024年1月1日に発生した能登半島地震後の被災地では,心の健康授業の要望を受けて,派遣スクールカウンセラーは養護教諭や担任と「心のサポート授業」を実践している。

2011年はもう一つ,教育政策を変える事件が起こった。大津市のいじめを苦にした中学生の自殺事件である。この事件をきっかけに,道徳を教科にし,2015年から先行実施された。それまで,被災地での心のサポート授業(ストレスチェックやストレスマネジメント)は道徳の時間に行えていたが,2015年以降は,道徳の時間が使えなくなった。

5.学習指導要領改訂のはじまりの年──心の健康授業を全学年で

阪神・淡路大震災と神戸連続児童殺傷事件を受け,河合隼雄先生座長の「心の教育緊急会議」は「心の教育の充実に向けて」4)の提言を行った。2002年4月にこの提言の流れで全公立小中学校に道徳の副読本「心のノート」が配布された。しかし,これは「道徳ノート」であり,「心の健康ノート」は1頁も含まれてなかった。当時,兵庫県心の教育総合センター主任研究員として週1日出向していた私は,道徳と心の健康の区別がついてなかった。自分の非力を後悔し続けている。

日本は不登校児童生徒数が30万人,小学生の暴力は2015年を起点に増加,子どもの自殺の増加は止まらない。コロナ禍でこれらは増加したのは間違いないが,コロナ禍以前から,指標の悪化がみられる。中央教育審議会・教育振興基本計画の目標2「豊かな心の育成」の柱は「道徳教育」である。子どもの性暴力被害や自殺の増加を受け,生徒指導提要が改訂され,いじめ未然防止授業,暴力・自殺未然防止授業を推進する提言がなされた。しかし,それらの授業案はあっても,実施する授業の枠がない。道徳の時間が使えるのはいじめ未然防止のみ,しかも,いじめとは何か,いじめはどんなにひどいものかを教材で示すのみ,ストレスやトラウマを学ぶことが道徳ではできないので,いじめ被害を受けた時,どうすれば回復できるかを知らない。知らないのは子どもだけではない。教師もである。「道徳」を「心の教育」とし「道徳」と「心の健康」を,年間35時間を適切に配分するか,保健を小1から年間10時間以上確保するか,ともかく,心の健康授業を小1から高3まで全学年で6時間~10時間以上できる国にしなければ,不登校・いじめ・暴力・自殺は増加の一途をたどるだろう。

文  献
  • 1)冨永良喜・三好敏之・中野弘治(1995)からだは語る・からだに語る. リハビリテイション心理学研究,21, 57-90.
  • 2)冨永良喜・小林朋子・吉沅洪・高橋哲・有園博子(2010)大規模災害直後における海外からの心理的支援のあり方の検討.心理臨床学研究,28(2), 129-139.
  • 3)冨永良喜(2014)災害・事件後の子どもの心理支援:システムの構築と実践の指針.創元社.
  • 4)心の教育緊急会議座長・河合隼雄(1997)心の教育の充実に向けて.1997_3.pdf (hyogo-c.ed.jp)

名前:冨永良喜(とみなが・よしき)
所属:兵庫教育大学名誉教授
資格:臨床心理士・公認心理師
主な著書:『災害後の時期に応じた子どもの心理支援:被災体験の表現と分かち合い・防災教育をめぐって』(共編著,誠信書房,2018年),『ストレスマネジメント理論によるこころのサポート授業ツール集』(単著,あいり出版,2015年),『ストレスマネジメント理論による心とからだの健康観察と教育相談ツール集』(単著,あいり出版,2014年),『災害・事件後の子どもの心理支援:システムの構築と実践の指針』(単著,創元社,2014年),『大災害と子どもの心 : どう向き合い支えるか』(単著,岩波書店,2012年)
趣味:卓球,釣り,美食

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事