こうしてシンリシになった(1)雷にうたれるまで|飛田鮎太

飛田鮎太(あしかがの森足利病院・公認心理師)
シンリンラボ 第1号(2023年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.1 (2023, Apr.)

1.読書

就職した先は,地元から離れた山の中にある病院で,しかも一人職場だった(今もそこで働いている)。職場で気軽に相談できる相手がいなかったので,私にできることは,まずは本を読むことであった。「1週間に1冊読む(300ページ以上のものは2週に分けてOK)」,「1カ月でカウンセリング(心理療法),発達,精神医学,心理学以外の本(小説もOK)を1冊ずつ読む」などと細かいルールを決めることで,楽しみながらも,確実に読むことを自分に課した。仕事や勉強で気になることがあると,すぐにパソコンで検索して,かたっぱしからネット書店で買い漁っていった。また,学生時代はつまみ読みしかしてこなかった古典や著名な臨床家の本にもチャレンジした。ロジャーズの新訳3冊(『カウンセリングと心理療法』,『クライアント中心療法』,『自己実現の道』)を,他の本を読みつつ半年かけて読み終えたときは,ひとつ山を登り切ったような達成感があった(もちろん,まだまだ登らなくてはならない山はたくさんあったけれども)。

2.研修

1)全然違うよ

県内で受けられる研修がほとんどなかったので,週末は大体都内まで行って研修を受けてきた。と言っても,○○療法家になるための体系的な研修などではなく,気になったさまざまな研修に,特に一貫性もなく参加していった。その中で特に印象的だったのは,ある通年で行われた箱庭の研修だ。その研修は,受講生が自分で箱庭を置いて,それに対して講師の先生がコメントを言うというものだった。初回,私は「両手を上に挙げている仙人のような」フィギュアを,箱の中央に置いた。その作品が完成したとき私は,「このフィギュアが,空から何か落ちてきそうなのを両手で抑えて(箱庭全体を)守ってくれているのだな」と感じた。一方で先生は,「このフィギュア,両手をグーって上に伸ばしていて,伸びをしているみたい」と,コメントした。私がつい「いや,先生,これは,空から落ちてきそうなものを,こう両手で抑えているって感じなんですけど」と言うと,先生は「私が言ったのと,あなたの感じが違っていても,それでいい。私が言ったことで,あなたに合うものを受け取ればいい」とあっさりと言った。私は「えー,だって真逆だよ,全然違うよ」と不満を感じていた。

2)箱庭を通して対話する

その後数回通ったある回で,「4つのグルグル回っている渦があって,その渦の中で人や動物やらが向かい合って話し合いをしている」という箱庭を置いた。この作品に対する先生のコメントは,「大変だね。目が回る。4つもある。一つ一つがグルグル回っている。変化しなくちゃ? 変化している?…疲れる。…まとまっているようで,まとまっていない。まとまっていない状態でまとまっている」というものだった。この作品には,「カウンセラーとして自分はどうあるべきか,どうなっていくのだろうか」という当時の私の迷いや不安がモロに表れていた。初回こそ,自分の思いと違うコメントをした先生に「全然違うよ」と内心思っていたが,回を重ねるごとに,こういう自分の思いを,箱庭を通して先生と語り合えるこの時間がとても貴重なものに感じていた。

3.スーパーヴィジョン

1)スーパーヴィジョンが始まる

スーパーヴィジョン(以下,SV)は1年目の夏からスタートした。初回,降りたことのない駅で降り,事前にもらった地図を片手に,決して迷わないようにと,ドキドキしながらスーパーヴァイザーの先生(箱庭の研修とは別の先生)のオフィスまで向かった。初回のSVは,私が必死にレジュメを読み上げて終わった。最後に先生が,「今日,どうだった?」と聞いてきたので,私は「なんだか久々に人としゃべったって感じがしました」と答えた。それを聞いて先生は「そう,それはよかったね」と言った。これが,この先生とのSVの始まりだった。

2)眠くなった

SVには,月1回通った。何度も通っているうちに町にも慣れ,帰りに立ち食い蕎麦を食べたり,本屋に寄ったりするようになった。一人職場ではあったけれども,月1回,SVで先生と検討してもらえると思うと,日々の臨床を乗り切ることができた。数年通ったある回で,先生がふと「なんだか眠くなったな」と言った。私は,自分がただレジュメを読み上げているだけで何も考えていないこと,とても受け身になっていて,先生に何か言ってもらうのを待っていることに気づき,衝撃を受けた。その日は,「これじゃあダメだ。オレ,何してるんだろう」と落ち込みながら帰った。一方で,「眠くなったら,眠くなったって言ってもいいんだな」なんてことも思い,セッションの中で自然体でいる先生に,どうしたら近づけるのかと考える日々であった。ちなみに,この後のSVからレジュメに〈見立て〉という項目をつけるようなった。またこの頃から,「こんな時,先生ならどうするだろう,どう考えるだろう」というミニスーパーバイザーが私の中に生まれて,そのミニスーパーバイザーと会話をしながらの実践となっていた。すごーく遅いけど,ようやく小さな一歩を踏み出したのであった。

3)雷にうたれる

現場に出て8年目,先生とのSVは続いていた。ある回,私が最近会い始めたクライアントについてのレジュメを読み終えると,先生は「なんでこのケース持ってきたの? うまくいってんじゃん」と不思議そうに言った。私はもちろん,「SVとは,困っている大変なケースについて先生に相談するための場であり,うまくいったケースを先生にプレゼンして褒めてもらう時間ではない!」ということは分かっていた。だから,困っていなかったわけではない私は,それでも「うーん」と言葉に詰まってしまった。その後は,先生がこのケースのよい流れ(うまくいっている部分)をいくつか指摘して,この回は終わった。お金を支払い,次回の予定を決めようとしたが,1カ月後の先生と私のスケジュールが合わず,また私から連絡することにして(こういうことが,これまでも数回あった),その日は退室した。オフィスからの帰り道,先生に言われた「なんでこのケース持ってきたの?」という言葉がずっと頭に残っていた。駅までの道をトボトボと歩いていると,不意に,「自分は自分のカウンセリングを全く信用していない」ということに気づいた。私には「自分と会ってクライアントたちは一体何になるのだろう」という気持ちがずっとあった。SVを受けて,先生に見てもらい,先生からコメントをもらってからでないと,自分のカウンセリングに意味を見つけることができていなかった。全身が震えた。私は雷にうたれた。

4)先生にはなれない

それから私は,「SVから離れて,しばらく一人でやってみよう」と決意し,先生への連絡を先延ばしにした。SVを受けない状態での臨床は,とても心もとないものであったが,「自分のカウンセリングが,目の前のこの人にどんな意味があるのか」を一人で考え続ける日々となった。孤軍奮闘しているうちに,私はふと「自分は,先生にはなれないのだ」ということに気づいた。これは,ずっと先生(スーパーバイザー)の背中を追いかけていた(つもりの)私には,とても大きな喪失であった。しばらくは,勉強に全く身が入らなくなった。一方で,肩の荷がおりた,という感覚もあった。そもそも,先生になろうとしたのが無茶だったのだ。私は少しずつ,「自分なりのカウンセリングをするしかないな」と前向きに諦め,臨床家としての自分を受け入れるようになっていった。またその過程で,私の中に「自分なりのカウンセリングを言葉で定義しよう」という思いが沸き上がってきた。これまでは,自分のカウンセリングを言葉で定義しようとすると,何か大切なものを取りこぼしてしまいそうで,なかなかしっかりと形(言葉)にすることができずにいた。しかし今回は,自分の軸を定めるために,取りこぼすものがたくさんあることを自覚しつつ,自分のカウンセリングを言葉で定義することを試みた。

5)そして,シンリシになる

ラッキーなことに,ある研修会でパネリストの一人として話す機会があり,私はそこで,これまでの自分の臨床実践を振り返り,私なりのカウンセリングの定義を発表した。この発表を終えて,私はようやく,自分なりのカウンセリングをしていけるかもしれないという感覚をもつことができた。現場に出てちょうど10年目のことだった。ちなみに,私のカウンセリングの定義(今も当時も大きくは変わっていない)は,「カウンセリングとは,治療者とクライアントの言語的/非言語的(遊びや創作活動など)交流を通して,クライアントの体験(気持ち)の整理をすること」(飛田,2022)である。文字にしてしまうと何でもない,臨床家から見れば,カウンセリングという事象についての定義としては甚だ不十分である,ということは重々承知している。それでも,ここにたどり着くまでのプロセスも含めて,私には大切な拠り所となっている。

あの雷にうたれたSVの帰り道,私はシンリシになったのだと思う。

文献

飛田鮎太(2022)医療機関での知的障害のある青年とのカウンセリング.In:下山真衣編:知的障害のある人への心理支援.学苑社,pp.123-141.

+ 記事

(とびた・あゆた)
所属:あしかがの森足利病院
資格:公認心理師,臨床心理士
著書:下山真衣 編『知的障害のある人への心理支援─思春期・青年期におけるメンタルヘルス』(分担執筆,学苑社,2022年)

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