子どもたちから教わったこと(6)自分の意思で止められないのは苦しかろう|中垣真通

中垣真通(子どもの虹情報研修センター)
シンリンラボ 第6号(2023年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.6 (2023, Sep.)

安心で心が軽くなるから飛び立てる

前回は「安心感の輪」をテーマにしたお話でした。子どもはピンチに陥ったら,安全基地である大人に接近してくっつきます。これが愛着(アタッチメント)行動です。大人にくっついて気持ちを汲んだ応答をしてもらうことで,情緒的混乱と生理的興奮が徐々に静まり,安定した元気のある自分を立て直すことができます。そして,回復できたら安全基地を離れて,外の世界を探索しに行きます。このサイクルのことを「安心感の輪」と呼びます。子どもはこのサイクルをクルクルと回しながら,外の世界の探索を繰り返して自分の世界を広げ,そして自立していきます。

大人にも事情がある

しかし,くっついて来られる大人の側にもいろいろと事情があります。常に子どもを上手に迎え入れ,良いタイミングで送り出すことができる訳ではありません。その代表例が甘えさせない「突き放す愛情」と,甘やかしてしまう「離さない愛情」です。「突き放す愛情」では,子どもを甘やかすことを恐れるあまり,子どもに安心や元気を与えることができず,子どもに焦燥感を与えて心身の疲弊を招く結果になっています。

「離さない愛情」では,大人の側に寂しい気持ちが強く,元気を回復して探索に出かけようとする子どもに不安を投げかけて引き留めてしまいがちで,子どもが自分から主体的に行動する力が育ちにくくなります。子どもが外の世界を学び,精神的に自立していくためには,周囲の大人が“うまい塩梅”をわきまえて,ほど良く受け止め,ほど良く背中を押すことができると良いのだと思います。

離れられないE君

そんなことを強く感じさせてくれたのが,父子家庭で管理的な躾に苦しんでいたE君でした。E君が万引きを繰り返すため,実父はルールを課して生活を厳しく管理し,最終的に学校にも行かせなくなりました。束縛に耐えかねたE君は自ら家を飛び出して児相に保護され,児相と実父の話し合いの末に施設で生活する方針が決まりました。そして,E君に家から離れられると伝えた時に,彼の口からこぼれた言葉は「お父さんがなんて言うかな」でした。精神的に自由になれないのです。

不安と不満に満ちた家庭に育った子どもが巣立つことは,容易ではないようです。子どもの心は不安から解放されて安心を得ることで,自立するための“揚力”を得ることができるのだと思います。

安全基地を壊すトラウマ体験

第1回から第5回まで愛着(アタッチメント)に関連するテーマでお話をしてきましたが,今回は安全基地が壊れることもあるという話に進みたいと思います。安全基地を壊すものは「トラウマ体験」です。「トラウマ(心的外傷)」という言葉は日常会話でも耳にすることがありますが,学術用語として厳密な意味で使う時は「実際にまたは危うく死ぬ,深刻な怪我を負う,性的暴力など,精神的衝撃を受ける」体験のことで,例えば災害,暴力,性被害,重度事故,戦闘,虐待などが該当します。この定義はDSM-5のPTSDの診断基準に基づくもので,戦慄するほどの恐怖を体験したことによって被る心身のダメージを想定しています。

人は命に関わるほどの恐怖を体験すると,以前は安全だと思っていたものであっても,その体験に関連するものが怖くなってしまうことがあります。

例えば,津波から生還した人がお風呂を怖がるようになったり,凄惨な鉄道事故を経験した人が駅に近づけなくなったり,レイプ被害に遭った女性が父親のことも怖がるようになったりします。通常であれば安心を感じることができる対象だったはずなのに,トラウマ体験以降はもう安心ではなく恐怖を感じる対象になってしまうのです。

そしてそれに近くづくだけで,動悸が激しくなり,思考が混乱して,パニック状態に陥ってしまう人もいます。恐怖反応は,一回の体験だけで条件づけされてしまうからです。もともと安心感と結びついていた刺激であっても,激烈なトラウマ体験のために恐怖感で上書きされてしまうことがあるのです。

条件反射は意思の制御下にない

安全基地が壊れてしまうことは,その人の心身の安定や対人関係に大きな影響を与え,社会生活を困難にさせることもあります。もう危険な状況ではないと頭で分かっていても,パニック状態や恐怖反応を意思の力で制御するのは至難の業です。なぜ制御が困難かというと,条件づけされた反応だからです。

「条件づけ」とは学習心理学の用語で,習慣的な行動の獲得方法のことです。条件づけを大別すると「オペラント条件づけ」(道具的条件づけ)と「レスポンデント条件づけ」(古典的条件づけ)があり,今回取り上げるのはレスポンデント条件づけです。

レスポンデント条件づけとは,情動と結びついた刺激と中立的な刺激をセットで提示し続けると,中立的な刺激が情動と結びついて生理的な反射を引き起こすようになることです。“パブロフの犬”の実験が有名で,音叉の音を聞かせてから犬に肉を与えることを繰り返すと,犬は音叉の音だけで唾液を分泌するようになります。

このように条件づけられた反射反応のことを「条件反射」と呼びます。ここで注目していただきたいのは,条件反射による生理的な反応は,意思に関係なく出現しているということです。つまり意思の制御の下にないのです。例えば私たちは,「輪切りのレモンと梅干を口いっぱいに頬張ったところを想像してください」と言われたら,自然に唾が湧いてきます。「絶対に唾が湧かないように我慢してください」と言われても,それは我慢できません。

トラウマ反応は条件反射

トラウマの話に戻りましょう。トラウマ体験は生命の危険を感じる恐怖体験ですから,1回の体験でも条件反射が形成されることがあります。この条件反射を引き起こす刺激のことを「リマインダー」と呼びます。例えば父親から母親への暴力に怯えて暮らしていた子どもは,男性の怒鳴り声,ガラスの割れる音,女性の悲鳴,たばこの臭い,自家用車のエンジン音などによって,トラウマ反応が引き起こされたりします。

トラウマ反応にはいろいろな種類がありますが,代表的なものが「フラッシュバック」です。リマインダーに刺激されると,怖かった場面の記憶やその時の感覚がいっぺんに蘇り,興奮したり,怯えたり,固まったりしてしまいます。この恐怖場面の記憶が蘇る現象がフラッシュバックです。

フラッシュバックは条件反射的に生じる反応ですから,本人の意思による制御の下にありません。本人の認識としては,怖かった場面の記憶が突然,勝手に湧いてきて,ウワーっと強い衝動が込み上げてきたり,心臓がバクバクして思考がグルグル回ったり,固まって動けなくなってしまったりするそうです。中には記憶が蘇っている感覚もなく,「何だかウワーってなっちゃう」と説明してくれる人もいます。

この感覚を車の運転に例えると,自家用車の制御プログラムにウイルスが侵入していて,勝手にアクセルをふかしたり,勝手にブレーキをかけたりして,運転手の意思と関係なく車が加速したり,止まったりしている感じかと思います。当然,運転手は困るでしょうし,周囲の人達にとっても迷惑で危ないことです。誰にとっても幸せなことではありませんが,それを本人の意思で制御するのは容易なことではないのです。

暴力を繰り返すF君

トラウマ反応は,意思による制御が困難な条件反射だということを,私にはっきりと分からせてくれたF君のことをお話します。事例の内容は加工されており,私の経験に基づく架空事例であることをお断りしておきます。

F君は中学2年の男子です。家族への暴力が止まらないということで,小学6年の時に施設に入所しました。F君は勉強もスポーツもできて,性格は明るくユーモアもありました。ただ,下級生に対する当たりがきつくて,威圧的でした。時々下級生に暴力を振るうことがあり,その都度振り返りをして説諭するのですが,なかなか暴力が減りませんでした。

F君の家庭は経済的に余裕があり,両親揃って企業の管理職としてご活躍でした。実母はF君が保育園の時に養育方針の不一致が原因で離婚をしており,F君が小学2年の時に養父と再婚しています。養父はF君とキャッチボールをしてくれたりして,関係は悪くなかったのですが,F君が小学3年の時に弟が生まれてから関係が変ってしまいました。養父はF君に弟の世話を手伝うように申しつけて,一緒に遊んでくれることがなくなりました。F君が決められたお世話をしてないと厳しく叱責し,口答えをすると平手打ちなどの体罰も加えました。実母はF君が可哀そうと思いつつも,連れ子のいる自分と結婚してくれた養父に遠慮して意見することはできませんでした。F君は徐々に実母に反抗するようになり,小学4年の頃には何かと実母に反発し,時折,叩いたり蹴ったりという暴力も出るようになりましたが,実母はこのことを養父に相談しませんでした。

F君が小学5年の時に事件が起こりました。自宅の2階の廊下で弟がF君に遊んで欲しくてまとわりついてきたので,F君はうるさがって弟を突き飛ばしたところ,そのはずみで弟が階段から転げ落ちてしまいました。ちょうど一部始終を見ていた養父が,もの凄い形相でF君を叱りつけると,F君に馬乗りになって拳で何発も殴りつけました。物音を聞きつけた実母が来て,養父の暴力をなんとか止めましたが,F君は後に「殺されるかと思った」と語っています。この事件以降,F君と養父はまったく口をきかなくなり,お互いに避けるようになりました。そして,F君から実母に対する暴力が激しくなり,耐えかねた実母が市役所に相談して,F君も家にいたくないという意向を示して施設入所となりました。

施設に入所してからのF君

施設に入所した当初のF君はピリピリとした緊張感を漂わせていて,職員に接する態度はとげとげしかったのですが,学校では褒められることが多く,教員とは早々に打ち解けました。数カ月のうちに施設の職員とも柔和なやり取りが見られるようになりましたが,これは男性職員限定で,女性職員に対するとげとげしさは残っていました。

また,下級生に対する言動の荒さも見られ,下級生を突き飛ばしたり,蹴っ飛ばしたりする暴力が月に1回くらい見られました。暴力のきっかけは下級生がお代わりの順番を守らないとか,女性職員に駄々をこね続けるなどのことで,自分は関係ないのにわざわざ寄ってきて蹴ったり叩いたりします。その都度職員から暴力はいけないと注意をされるのですが,「職員が下級生をきちんと指導できていないから俺が教えてやってるんだ」と言って,反省する様子が見られませんでした。

それでも施設で安定した生活を続けるうちに,徐々に女性職員へのとげとげしさが和らぎ,下級生との接し方も優しくなっていきました。ただ,家族との関係改善は順調とは言えない状態が続きました。長期休みに2泊3日程度で家庭外泊をするのですが,自宅に戻るのではなくて行楽地のホテルなどで過ごして,そこから施設に戻ってくることの繰り返しでした。

実母はF君と自宅で過ごすことに強い不安を感じていたので,自宅に帰省するように勧めることができませんでした。施設に戻ってきたF君は「外泊は楽しかったよ」と言うのですが,その後2,3日は下級生への当たりがきつくなりました。

その時のF君の言葉

F君が中学2年の時の夏休みも,これまでと同じようにホテルで家庭外泊を過ごしてきました。そして,施設に戻った日の夕食の時のことです。小学生がお代わりをもっと欲しいと女性職員にしつこく駄々をこねました。女性職員は気長にそれをなだめていたのですが,F君が突然席から立ち上がりました。F君の目は吊り上がっていて,駄々をこねる小学生に掴みかかると,「ふざけんな!」と拳で頭を殴り始めました。すぐに女性職員と男性職員が2人の間に割って入り,男性職員がF君を自室に連れて行きました。そして,F君の興奮が治まったところで,話を聞きました。

「どうしたの? なんであんなことになったの?」

「ムカついたから」

「いつもなら,あんなことしないじゃん。なんであんなにひどいことしたの?」

「わかんね」

「外泊が関係している?」

「わかんね。関係ない。たぶん。関係ない」

「いつも暴力はダメって言ってるよね」

「わかってる」

「6月から施設全体で“暴力なくそうキャンペーン”やってるでしょ」

「知ってる」

「中学生がお手本示してほしいって言ってたよね」

「知ってる」

「じゃあ暴力しちゃダメじゃん」

「わかってる」

「本当にわかってる?」

「わかってる」

「……いや,わかってないね。本当にわかってるんなら,さっきみたいな暴力はしないはずじゃないの?」

「わかってるよ! 暴力はダメなんて知ってるんだよ! そんなことより,止め方を教えてくれよ!」

「……そういうことか。ごめん。先生が勘違いしてた。止め方がわからないのかぁ」

「そうだよ。一度そうなると,自分では止まらないんだよ」

「止まらないのは困るよな。でも,先生も今すぐに止め方はわからないや。心理の先生と相談するから,一緒に考えよう」

「うん」(涙がこぼれる)

「……ごはん,持ってこようか。一緒に食べる?」

「うん,食べる」

後日,心理担当とF君が話し合うと,F君は下級生が我がままを言っている場面を見ると,腹の底から強い怒りが込み上げて,全身がカーッと熱くなり,自分が養父にやられたようにボコボコにしてやりたくなる時があると教えてくれました。強い怒りが湧きだすのは自分にとっても苦しいのだけれど,一瞬のことであり,カーッと熱くなったら体が反応して動いてしまうので,何とかしたくても止めようがないということでした。F君の暴力衝動は,トラウマ体験で形成された条件反射と強く結びついていて,本人の意思の力でそれを制御することが困難だったのです。

自分の体のコントロールを取り戻す

F君に限らずトラウマ体験を負った子どもは,生理的な条件反射と結びついた衝動を抱えており,それが問題行動を引き起こしていることが多いように思います。このような問題を持つ子どもに対して,行為の善悪や相手の痛みを教えようとしてもあまり効果は望めないでしょう。子どもにしてみれば,すでに知っている話をまた聞かされるだけのことです。その子が困っている問題は,「止まらない」ことなのです。今回は紙幅の関係でここまでになりますが,次回は大人と一緒に取り組む体のコントロールを取り戻す練習についてお話したいと思います。

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中垣真通(なかがき・まさみち)
臨床心理士・公認心理師,子どもの虹情報研修センター研修部長
1991年4月,静岡県に入庁。精神科病院,児童相談所,情緒障害児短期治療施設,精神保健福祉センター,県庁等に勤務。
2015年4月,子どもの虹情報研修センター研修課長,2019年4月から同研修部長,現在に至る。
日本公認心理師協会災害支援委員会副委員長,日本臨床心理士会児童福祉委員会委員,日本家族療法学会教育研修委員など。
主な著書に,『緊急支援のアウトリーチ─現場で求められる心理的支援と理論の実践』(共編,遠見書房,2016),『興奮しやすい子どもには愛着とトラウマの問題があるのかも─教育・保育・福祉の現場での対応と理解のヒント』(西田泰子・市原眞記との共著,遠見書房,2017),『日本の児童相談所─子ども家庭支援の現在・過去・未来』(川松亮ほか編,明石書店,2022,分担執筆)など

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