子どもたちから教わったこと(1)子どもがピトッとしたいのがアタッチメント|中垣真通

中垣真通(子どもの虹情報研修センター)
シンリンラボ 第1号(2023年4⽉号)
Clinical Psychology Laboratory, No.1 (2023, Apr.)

はじめに

まず,自己紹介をさせていただきます。私は「子どもの虹情報研修センター」という研修センターに勤務していて,児童虐待に関係するさまざまな研修を実施し,子どもや家族を支援する現場で働く専門職の方々をバックアップする仕事をしています。

この研修センターに転職する前は,県職員として精神科病院,児童相談所,児童心理治療施設,精神保健福祉センターなどで,主に心理職として働いていました。さまざまな臨床現場に転勤させてもらったので,幅広い分野で心理支援に携わる機会をいただきました。カウンセリングや心理検査はもちろんのことですが,宿直勤務のある生活支援も経験しましたし,アウトリーチによる緊急支援や自殺予防のための公衆衛生事業を担当したこともありました。

いろいろな現場でさまざまなつらさを抱えた子どもや家族とやり取りをしてると,彼らが背負っている不条理が私にも実感として伝わってくる言葉に出会うことがありました。そのような言葉は,何気ない会話で自然に発せられることが多いのですが,専門書の数ページに匹敵する,もしくはそれ以上のことを教えてくれる雄弁な言葉だったと思い起こすことがあります。

この連載では,私なりに読者の皆様の臨床実践に役立つのではないかと思うテーマを取り上げて,それにまつわる子どもや家族の言葉や語りを紹介していきたいと考えています。テーマと関連する用語や理論も説明しますが,手短に柔らかな解説をするに留めておこうと思います。というのは,できるだけ直観的にイメージを掴んでいただきたいと思っているからです。子どもや家族が発した雄弁な語りの力によって,読者の皆様に実践的な感覚として受け止めていただくことを目指しています。このように言うと聞こえが良いかもしれませんが,言い換えれば,一介の臨床家が独断的な解釈に基づいて,個人的な経験を紹介する連載ということでもあります。賢明なる読者の皆様にあっては主体的に判断を働かせ,自らの体験や意見と照らし合わせながらこの連載を楽しんでいただければ幸いです。

「愛着(アタッチメント)」と「愛情」

今回は,児童福祉の現場ではお馴染みの言葉であり,職域や職種に関わらず皆さんが日常的に使っているであろう「愛着」という言葉に注目することにします。子どもと関わる現場では「アタッチメント(attachment)」という原語よりも,訳語である「愛着」の方を耳にする機会が多いように思います。私は「愛着」と聞くと温もりと懐かしさが入り混じったような感覚が湧いてきて,個人的に味わい深い響きで好きなのですが,事例の検討をしている時などに「あれ?」と違和感を覚える文脈で耳にすることがあります。

どうも「愛情」と同じ意味で使っているように聞こえるのです。例えば「母親は施設まで毎月面会に来ていて,子どもとの愛着関係ができています」とか「母親はいつもスマホをいじっていて,子どもが寄ってくるとよけたりして,愛着が足りないと思います」という具合です。母親が子どもを大切に思う気持ちを「愛情」と呼んでも良いと思いますが,その気持ちは専門用語で言う「愛着(アタッチメント)」とは別のものです。

「愛着(アタッチメント)」とは,危険を感じた子どもが養育者に接近する行動のことを指します。先ほどの例は,母親が子どもに接近することに注目してるので,専門用語の「愛着(アタッチメント)」とは接近する相手が反対です。親から子への養育的な関わりや情緒的なつながりは「ボンディング」と呼ばれ,学術的には「アタッチメント」と区別されています。ここでお断りしておきたいのですが,学術的に正確な用語理解を広めたいから,私が「愛着(アタッチメント)」と「愛情」との混同にこだわる訳ではありません。これらを混同してしまうと,子どもと大人が苦しむ状況に陥ることがあるからです。「愛情」は「愛着(アタッチメント)」よりも複雑なものであって,時に人を惑わすこともあります。

「愛情」の全体像を語ることは私にとって荷が重いので,「愛情」と「愛着(アタッチメント)」の相違点に注目して,両者は何が違うのか考えてみたいと思います。

「アタッチメント(attachment)」の一義的な意味は「装着」です。この言葉の主な意味はくっつくことであり,離れたり,取り替えたりすることができるというニュアンスが含まれています。たとえば,電動工具のアタッチメントパーツを思い浮かべてもらうと分かりやすいでしょう。一方,「愛情」は安易に離れたり,取り替えたりすると,不謹慎だと見られかねません。結婚式では“病める時も健やかなる時もパートナーを愛し続ける”と誓うことが多いでしょうし,恋愛でも他の人は目に入らないくらいひとりの人を大切に思うことが理想的ということになるでしょう。両者のくっつき方を比較すると,「愛着」は小さいものが本体にピトッとくっついて離れたりくっついたりすることができる感じです。一方,「愛情」はお互いにギュッと力を込めて接近して,互いに離れがたい密着関係というイメージが強いように思います。

A君の困惑と担当指導員の思い

では,ギュッと密着するのではなく,子どもからピトッとくっついたり離れたりするのが「愛着」だということを私に強く印象付けた出来事を紹介したいと思います。なお,プライバシー保護のために,エピソードは加工してあります。

私が児童相談所の児童心理司だった頃に,とある施設に入所しているA君(小学5年生)の支援計画を検討する定期会議に伺った時のことです。私は会議に先立ってA君と面談をして,「何か困っていることはない?」と尋ねました。するとA君から,「新しく寮に来た若い先生が優しくて,最近その人にいろいろと相談してたんだけど,担当から『相談があれば自分に話しなさい』って言われた。どうしよう。他の先生と仲良くしたから,担当が怒っちゃったのかな」という相談がありました。

A君は実父から厳しい体罰を受け続けて,自分から交番に助けを求めて施設入所した子どもです。担当指導員はベテランの男性指導員で,口数が少なくて淡々と子どもと接するタイプなので,A君ははじめ担当指導員に対してとても緊張していました。しかし,担当指導員が就寝前にA君に本読みをしたり,部屋の整理をいっしょにしたりと,こまめな関わりを積み重ねるうちに,A君の方から担当指導員にお願い事を言いに来たり,宿直の日を楽しみにしたりするようになっていました。私としては,A君と担当指導員の間に良い関係が築かれていると思っていたので,A君から許可を得て,面接の後にA君の困り事を担当指導員に伝え,状況を聞いてみましました。

担当指導員の説明によると,「あの子は虐待家庭で育っていて,支援目標が愛着関係の形成なんです。だから,話しやすい先生に逃げるのではなく,担当と1対1の信頼関係を強化するために,相談事は全て自分に話すように言いました」ということでした。

この担当指導員は豊富な支援経験と実績がある人なのですが,この時は『愛着関係』の捉え方が「愛情」に似ている点が気になりました。A君が離れていくことに不安を感じたのか,担当指導員の方からA君をギュッと引き寄せています。A君は担当指導員のことを大切な存在だと感じているので,「担当を怒らせてしまった」と思って不安になっています。「愛着」関係の強化を目指していたはずなのに,結局,担当指導員とA君はふたりとも不安に捕われて,かえって関係が不安定になってしまったみたいです。A君が若い先生にも相談しようとしたことは,いけないことだったのでしょうか。

「アタッチメント」は安心の回復

そもそも「アタッチメント」は比較行動学の用語で,哺乳類の赤ちゃんが危険を感じると母親に近寄って腹の下などにしがみつく本能的な行動のことです。この本能は人間にも備わっているものであり,子どもが不安や恐怖を感じた時に特定の養育者にくっつくことによって安心感を得て,情緒的な混乱と生理的な興奮がおさまる働きがあります。混乱と興奮がおさまるにつれて頭や体の働きが通常の機能を取り戻し,心身が安定した状態を立て直すことができます。そして,しばらくすると周囲を探索する意欲が回復して,子どもは養育者から離れていきます。このように「アタッチメントシステム」は,子どもが不安を感じたら養育者に接近して,心身で安心を感じ,体と頭を立て直したら,元気を取り戻して養育者から離れて探索に出かけるという働き方をします。

A君の担当指導員の関わり方を,「アタッチメントシステム」の働きに照らし合わせて考えてみたいと思います。「自分に相談するように」と指導しているのは大人から子どもに接近しているので,子どもから大人に近づくのとは反対向きの働きかけと言えます。そして,A君が「怒らせちゃったかな」と不安が高まっているので,この指導は結果的に安心感を損なっています。さらに,担当指導員に加えて若い先生とも良い関係を築いていくチャンスを失ってしまいそうな状況です。担当指導員の狙いは「愛着関係の形成」にあるはずなのに,実際には「アタッチメントシステム」がもたらす安心を高める効果とは反対の結果が生じています。なんとも皮肉な展開です。

「愛着」と「愛情」の違い

実績のある担当指導員が『愛着形成』を図って頑張っていたのに,どうしてお互いに不安に陥るような状況になってしまったのでしょう。私が思いつく理由は,担当指導員の『愛着形成』のイメージに「愛情」のニュアンスが混入してしまって,“『愛着関係』があれば,担当をいちばん頼りにするはずだ”と考えてしまったのではないかということです。担当指導員がA君との1対1の結びつきを過剰に重視した結果,独占とか束縛のような関係になってしまったように思います。子どもが養育者から離れていくことは,「アタッチメントシステム」がうまく機能した結果なので,A君が若い先生にも相談したくなったことは「愛着形成」が進んだ証拠と言えるのですが,残念ながら「愛情」との混同のためにちぐはぐな指導になってしまいました。

A君の困り事を通して,「愛着(アタッチメント)」と「愛情」の違いを感じ取っていただけたでしょうか。簡単に言えば,「愛着(アタッチメント)」は安心を回復するために,子どもの方から接近してくる行動です。「愛情」は安心だけではない複雑な感情が入り混じっており,互いに強く密着することで幸福感や満足感をもたらす半面,時に不安や嫉妬を喚起します。また,十分に安心できた子どもは愛着対象から離れていき,さらに別の接近対象を見つけて,安心を与えてくれる人を増やすことができます。「愛情関係」は特定の人との長期間にわたる強い結びつきを重視しているので,独占欲や忠誠心も関係性に含まれることがあり,対象をどんどん増やしていく性質のものとは言えません。

安心で包み込む生活の場

子どもの支援目標に「愛着形成」などと書かれていると,つい『担当との1対1関係を強化する』とか『職員から積極的に声をかけていく』という対応を考えがちですが,そればかりが「愛着形成」の手段ではありません。関係を強くしようと大人が頑張るあまり,子どもを束縛してしまったり,湯水のように時間を費やして子どもにつくそうとしたりして,結局はお互いに苦しくなってしまう危険性もあります。「愛着(アタッチメント)」はリラックスを回復するための行動ですから,大人はもっと肩の力を抜いた関わり方で良いと思います。普段から子どもの様子に目配りと気配りをしていて,子どもが不安そうにしていたら「どうしたの?」と尋ねたり,子どもの話に耳を傾けて「それは不安だね」と共感的に受け止めたりして,日常生活の中で不安を安心に導く関わりをコツコツと積み重ねることが,子どもの「愛着(アタッチメント)」を育む基盤になるのだと思います。

そして子どもと担当職員の間に「愛着(アタッチメント)」が形成されたら,子どもは徐々に他の職員でも安心を感じられるようになり,施設内が子どもにとって安心して暮らせる生活空間になっていきます。施設や児相などで出会う子どもの多くが,心に飢餓と傷つきを抱えています。どの職員もその子の心が安心を感じられるような関わりでフワッと包みこんで,ジワジワと癒しと元気が子どもにしみていくような生活の場を作ることができると,望ましい支援になるだろうと考えています。

中垣真通(なかがき・まさみち)
臨床心理士・公認心理師,子どもの虹情報研修センター研修部長
1991年4月,静岡県に入庁。精神科病院,児童相談所,情緒障害児短期治療施設,精神保健福祉センター,県庁等に勤務。
2015年4月,子どもの虹情報研修センター研修課長,2019年4月から同研修部長,現在に至る。
日本公認心理師協会災害支援委員会副委員長,日本臨床心理士会児童福祉委員会委員,日本家族療法学会教育研修委員など。
主な著書に,『緊急支援のアウトリーチ─現場で求められる心理的支援と理論の実践』(共編,遠見書房,2016),『興奮しやすい子どもには愛着とトラウマの問題があるのかも─教育・保育・福祉の現場での対応と理解のヒント』(西田泰子・市原眞記との共著,遠見書房,2017),『日本の児童相談所─子ども家庭支援の現在・過去・未来』(川松亮ほか編,明石書店,2022,分担執筆)など

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