【特集 第4号 生きづらさ再考!――こんな社会で生きてくために】支援者だからこそ,いま自分事として“当たり前”を問い直す〈後編〉|石河澄江

石河澄江(カウンセラー)
シンリンラボ 第4号(2023年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.4 (2023, Jul.)

〈前編より続く〉

後編:すでに在るもので新しいものを

❖当事者・仲間たちから学ばせてもらう——オリジナルの物差しが輝き始めるターニングポイント——❖

取材中には必ず『追い立て君』らの影響力がぐっと弱まり,語り手の「海」を泳ぐ知恵と哲学が輝き始めるターニングポイントが繰り返し顔を出す。私にとっては目から鱗のお宝と希望が詰まったストーリーたちなので,つい身を乗り出して取材メモに夢中になる。そこで浮かび上がった共通のテーマの一部を紹介したい(フルバージョンはこちら)。

テーマ① 心がイキイキ満たされる方を選ぶ
(A)の体験者:「普通になるためには雑談できるコミュニケーション力を身につけて自分から話さなければ! とフリースペースに通っていたけどうまくいかないと自己嫌悪に陥っていた。ある時信頼してる人と好きなゲームの話をしてたら自然と興味が湧いて,気づいたら自分から質問していた。雑談しないと! なんて意識すらしてなかった。少し自信がついて,今は毎週通っている。無理してでも頑張る事が雑談克服への近道だと焦っていたけど,好きな事の共有の方が近道だった」
(C)の体験者:「自分と性格も似てて,高成績内定も一番最初に決まって条件は良いけど興味のない会社に就職した先輩を訪ねた。先輩は目的を失ってすごく惨めでつらそうだった。『追い立て君』の言う通りにしてたらきっと自分もああなるな,それは悲しすぎる! って思った。『追い立て君』の「今更デザインの勉強しても遅い! 就活しろ!」って声を無視して夢中でポートフォリオを作ってた間は,自分が納得いく作品を作る事しか考えてないので,『追い立て君』の声が全く聞こえなかった。心も静かで集中できて,達成とか高評価とか抜きで純粋に心が満たされた。前はうまくいかない結果に終わるのが怖くて新しい挑戦は先延ばしにしてたけど,最近は『追い立て君』の声よりも,自分の内側の感覚に耳を傾けて,後で後悔しない方,より心が満たされる方を選んでる。自分が何に挑戦して,なぜ辞めて,次は何を始めたいのか,その選択権は自分にあったんだって実感した」

テーマ② “確実”に見えていた物差しを問い直す&“すでにあるもの”に気づく
(F)の体験者:「(…省略…)私が快適さ安泰の“保障”を必死で欲しがってたのは,ただ幸せになりたかったから。我慢・無理を厭わず努力する事が“幸せ”への近道って信じ込まされてた。でも本当はそんな“保障”自体存在しない上に,快適&安泰そうな生活=(私にとっての)幸せとも限らない。全ては不確実なままなんだな。だったら幸せの“保障”を追い求めて自分をすり減らし続けるより,(私にとっての)幸せを実際に“感じる”方が私には大事かも。幸せってすっごく遠くにあって戦略的に仕留めないと触れられないものじゃなくて,小さい幸せは手の届く範囲内にすでにあるんだな。少し立ち止まって,散歩したり友達とお茶に行ったりするだけで。それに気づいてからは,自分の内側が満たされそうな方向に努力してる。努力するのは嫌じゃない。納得のいく努力がしたいだけ」

テーマ③ 自分の心身の健康・やすらぎ・自分のペース・生きやすさに焦点を合わせる
(B)の体験者:「食べていく為に, ちゃんと・・・・ 仕事をするために対応する事に焦点を合わせるんじゃなく,自分の心の健康と安らぎに焦点を合わせる」

テーマ④ 似た苦労・本音・知恵を分かち合える仲間との出会い,一人じゃないって気づく
◇後述の「共同研究の中で生まれる“communitas”」にて実例を紹介 心に響いた言葉や重なる体験はあっただろうか?
ちなみに上記の仲間の知恵は,私が何かヒントを伝えて引き出した言葉ではなく,私は単に,「彼らの中に“すでにあるもの”(体験,しんどさ,本音,気づいている事,繋がり,大切にしたいもの)に光をあてれば自ずと新しい発見が生まれる」と心から信じて取材し,ぽろっとこぼれ出てきた宝物を透かさずキャッチした(書き留めた)に過ぎない。上記のような宝物たちが,言葉にもされず誰の耳にも入らず誰の人生にも活かされないなんて,勿体ないとしか思えない。一見〇×ジャッジで×しかつかないように見える人でも,必ずその人の中にはすでに宝物があると心から信じて(スランプにどハマリ中のイチロー選手をインタビューするような)尊敬の気持ちでマイクを向ける事。それがどんな質問テクニックよりも重要な宝探しの秘訣だと信じている。

❖人生も芸術に——ほどく、結ぶ、またほどく——❖

避けては通れない『〇×ジャッジ』とどう付き合えばよいものかと考え続けていた時,偶然面白い陶芸作家・石原稔久さんに出会った。彼はアイデアがどのように生まれるのかを独学で研究し続けているようで,彼の研究によるとアイデアとは,無数の“点”(幼少期からの体験ひとつひとつ。その堆積が“分母”を成す)をただ無限に組み合わせているだけ。でも特定の点だけを強く結んでしまうと,その組み合わせしか見えなくなる。その結びをほどけば,また無限に組み合わせられる。何かを信じる行為も言葉にする行為も“結ぶ”行為で,強く信じないと生まれない芸術作品もある。結ばない事よりも,ほどく作業が重要なのではないか……と惜しみなく貴重な発見を共有してくれた彼は,結びをほどくコツまで教えてくれた。それは「感動すること」「問い続けること」「感謝すること」だった(May 17, 2023)。新しい発想を大切に研究する芸術家の行きついた発見が,共同研究で発見した上記テーマと重なっていた事はとても励みになった。

もし優劣の物差しや〇×ジャッジが特定の点だけを強く結びつけすぎて,他の組み合わせを見えにくくさせているとして,例えそれらの物差しは文化・社会構造の一部でそう簡単に消す・変える事はできないのだとしても,もし知恵を合わせて共にほどき上手になる事さえできれば,人生も,計算ドリルのように間違わずに解くのではなく,芸術作品のように創作できるのではないか……と私の中で何かがほどけて新しい可能性にワクワクした。

❖社会の問題を“社会の一員”として共に担う❖

ブラジルの文化人類学者・精神科医アダルベルト・バレートは,社会の問題が大きく絡んで蔓延した苦しみが個人の病理と見なされる一方で,医療現場でも大量の“個人”が抱える苦しみに誠実に向き合いきれていない現状に限界と責任を感じ,このような苦しみを和らげるタスクは,専門家に委ねるのではなく,苦しみを抱えた民衆たちの力と知恵を合わせて共に担うべきではないかと問いかけた。彼が独自に考案した“コミュニティ・セラピー”(集会の参加者はなんと何百人規模)では,参加者は苦しみだけでなく,苦しみを乗り越えるのに役立つような(多様な文化的ルーツから受け継がれた)伝統・歌・ことわざ・詩・笑い話・生きる知恵・工夫等を分かち合い,共に泣き・笑い・合唱する中で,苦難を乗り越えるのに必要最低限のものは参加者それぞれが“すでにもっている”という感覚が生まれる。同時にそこには,“communitas”コミュニタス (バレート訳:多様性が活かされた状態で生まれる一体感)や,自分の人生の“主人公”として選択・行動する感覚も蘇る(Barreto & Grandesso, 2010)。

専門家という,現状維持に甘んじようと思えば甘んじられるはずの特権ある立場にありながらも,社会に蔓延する苦しみに対して,いち支援者としての責任を見つめ,いち民衆としても正直で人間味ある関わり方の追及を諦めない彼の姿勢,まっすぐな言葉とあたたかみは,何度も私を感動させ奮い立たせる。

❖共同研究の中でも生まれる“communitas”——知恵の配達人&差出人&受取人——❖

私が日頃から実践している共同研究でも“communitas”コミュニタス を感じる瞬間は多々ある。

例えば,引きこもりがちな相談者が苦労の末に発見した『鬼コーチ』に抗う裏技や哲学を,『鬼コーチ』に鞭打たれながら優秀キャラを維持する事に疲弊した大学生に届けた後,私を介して両者が感謝・感動・励ましの言葉を交わす時。その何とも自然で豊かな表情や行動力は,当初の主訴とあまりに相反するので,ターニングポイントの取材チャンスにもなる。また,『追い立て君』や『鬼コーチ』の体験者仲間間で,年齢も職業も言語の違いも超えて知恵やメッセージを交換した後かなりの時間が経過しても「〇〇の人,どうなりました?」と気にかけ合っている姿も。

ある時は,『追いたて君』から就職・美容・恋愛の事で焦らせられていた20歳の女性相談者が,徐々に独自の物差しを取り戻し出した時期の名言たちを記録し,仕事・結婚・将来に関して『追い立て君』に焦らせられつつも負けじと抗戦中の30代独身女友達たちを集めたご飯会の場で(本人の了承を得た上で)名言たちを共有した。言葉は私達全員の心を打ち,夜中までお互いの独自の物差しについて熱く語り合った。後日私達全員からの感謝・感動・気づきの言葉を届けると,20歳の相談者は「こんな事で悩んでいるのは自分だけかと思った! 大人になっても焦るの(笑)?! 私の教訓も将来また活きるかもね! 役に立てて嬉しい! またいつでも聞いて(笑)!」と目を輝かせ喜んでいた。

“communitas”コミュニタス には巨大な懐とあたたかさがあり,その人の魅力を引き出し輝かせてくれるので,私はその人への尊敬の気持ちでいっぱいになる。どんな労力も報われる大好きな瞬間だ。

当事者でもある自分を支援に活かす

私の尊敬する活動家ヴィッキー・レイノルズが言う通り「社会の底辺に追いやられた人々を支える時,支援者の内側にある人生経験の積み重ねこそが,苦しんでいる人々に差し出せる支援の最大の引き出し」(Reynolds, 2020)だからこそ,心のパンデミック時代を生きる支援者は,社会や各業界で日常使いされている優劣の物差し以外にも,実体験に基づいた独自の物差しや倫理観を日頃から言葉にして仲間と語り合い,“当たり前”を問い直し,感動しては更新し,愛情や思い出を込めて温めて,いつもポケットに忍ばせておく必要性が,かつてないほど深刻に,高まっているように思う。

それさえあれば,パンデミックの当事者体験は支援者にとって強みでしかない。当事者でないと得られない洞察力・共感力・想像力も,相談者の苦しみを“私たちみんなの問題”として捉える姿勢も,支援の可能性を豊かにしてくれる。例えば,相談者の目に映る支援者のイメージは「優」と連想されがちだからこそ,支援者自身のパンデミック感染体験をさりげなく相談者と共有する事で,優劣の物差しを問い直すきっかけも作れる。また,支援者の当事者体験を支援者間で共有する事で,〇×ジャッジを問い直しやすくなり,新たな繋がり・アイデア・希望も生まれうる。

❖あとがき❖

「“幸せ”の定義も追いかけ方も自分の外側にある情報ばかりを参考にして追いかけ続けている気がする。足りないと感じたものをどれだけ外付けしても,内側の足りない感と焦りは一向に消えない」

これはある学生の言葉だ。現代の「海」の棲みづらさを象徴している気がする。「実際の不足」と「不足感」は全く別物である。現在の「海」に蔓延しているのは後者の苦しみだからこそ,知識の外付けや欠点の改善・検閲で補おうとするよりも,“不足感”の前提となっている物差しを共に問い直し,すでにあるものの価値に気づき,すでにあるもので新しいものが作れそうな感覚を養うことの方が緊急性を要しているように感じる。金欠時に食材のない冷蔵庫を眺めていると新しいレシピが生まれるように,不足感・・・に追い立てられていなければ,不足・・ の存在はクリエイティブな力にも,助け合えるチャンスにもなりうる。

現在の小規模共同研究は小回りがきいて楽しみもやりがいがある一方で,凄まじいペースで感染力を強めているパンデミックに対応するには限界がある。今後はパンデミック問題に,“支援者”(他人事)としてでなく,“問題を抱えた社会・・・・・・・・の一員”(自分事)として向き合う同志たちと共に,力・知恵を合わせて“communitas”コミュニタスを作れたら……そんな願いを胸に,〇×ジャッジされる覚悟でこの寄稿の機会をありがたく引き受けた。私自身もいち人・いち支援者として苦労やジレンマは絶えないが,私の生きる人生づくりも,私にとって納得のいく支援アプローチづくりも“アート(創作)”であると信じたい。だからこそ,×がつかない事に重きを置く事よりも,自分が美しい! 面白い! と心が動く方角に向かって,「納得」できる“何か”を模索し続け,カタチにしようともがき続けたい。願わくは,これからはより多くの仲間たちと共に。

文  献
  • Ayed, N. (Hosts). (2020, February 18). Into the Wild:Anthropologist Wade David). [Audio podcast]. In Ideas with Nahlah Ayed. Canadian Broadcasting Corporation. https://www.cbc.ca/listen/live-radio/1-23-ideas/clip/15798624-into-wild-anthropologist-wade-davis
  • Barreto, A. & Grandesso M. (2010). Community therapy: A participatory response to psychic misery. International Journal of Narrative Therapy and Community Work, 4, 33-41.
  • Foucault, M. (1995). Discipline and punish:The birth of the prison. Vintage Books.
  • Reynolds, V. (2020, November 24-25). Justice-doing in alternative practice [online workshop]. Response Based Practice Aotearoa.
  • White, M. (2002). Addressing personal failure. International Journal of Narrative Therapy and Community Work, 3, 33-75.
+ 記事

石河澄江(いしかわ・すみえ)
【所属】フリーランス(仕事に応じて自由に契約)
【資格】公認心理師,オーストラリアの心理士資格
【コメント】カナダの(日本よりも更にあからさまな)格差社会で底辺に追いやられた人たちを支援する中で,資本主義・個人主義社会の弊害を“福祉”で補うループに疑問を感じ,現在は自然・遊び心・人間関係の豊かな田舎に移住。困っている人を見捨てず変わり者も排除しない,ゆる~くあたたかい繋がりの中で、お金や“自立”だけに頼らずに,助け合って生きていく心地よさを実感しながら,自身の在り方や今後の活動の方向性を見直す毎日。
文中の「共同研究」の実践にご興味のある方はsumie_i★hotmail.comまでご連絡ください。その際は、★を@に置き換えてください。

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