【特集 第4号 生きづらさ再考!――こんな社会で生きていくために】あなた/私の幸せ・生きる術│田中ひな子

田中ひな子(原宿カウンセリングセンター)
シンリンラボ 第4号(2023年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.4 (2023, Jul.)

はじめに 「生きづらい社会」

公認心理師・臨床心理士(以下,カウンセラー)として,クライエントの悩みや困りごとのカウンセリングに携わっていると,現代社会の生きづらさを痛感する機会がしばしばある。虐待,DV,性暴力,ハラスメントなど,ウツ,摂食障害,不登校など,そうした出来事を生み出す要因となっている性差別,貧困などの構造的暴力や学歴主義,ルッキズムなど,現代日本社会の抱える問題は枚挙にいとまがない。

もし,男女平等ならば,経済的に安定していたら,LGBTQの権利が保障されていたら,適正な労働環境が維持されていたら,そして虐待やDVなどの暴力被害を受けなければ,クライエントたちの生活は今とは全く違っていただろうと思う。しかし,言うまでもないことだが,これら社会の問題は一朝一夕に解決するわけはなく,忍耐強く時間をかけて取り組むことしかできない。まず,カウンセラーは対人援助職としてクライエントの苦悩や困り事を理解するために,「生きづらい社会」が人々にどのような影響を与えているのかという知識を備える必要があるだろう。

この問題山積の生きづらい現代日本社会の中で懸命に生き,それでもなかなかうまくいかない現実を前にして,時には打ちひしがれつつ,絶望や自暴自棄に陥りそうになりながらも,解決を求めてカウンセリングに訪れるクライエントに,私は深いリスペクトを抱く。そして,そうしたクライエントにカウンセラーとして少しでも役に立ちたいと願いながら面接室に入る。

人々は,この生きづらい社会で,どのような幸せを願い,どのように生きているのだろうか? あるカウンセリングから浮かび上がる情況を紹介したい。(事例は本質を損なわない形で複数の事例を組み合わせて作成している)

「私が悪かったのです」自責する母親

一人の母親が摂食障害の娘のことで悩み来談した。その女性は職場結婚をして出産を機に退職し3人の子どもを育ててきた。同居していた義理の両親は良妻賢母を求める厳しい人たちだった。その義理の両親を順に看取って一息ついたこのタイミングで,娘の摂食障害が始まった。母親が心配して声をかけると娘は「うるさい!」と怒鳴り,些細なことがきっかけで口論になってしまう。会社員の夫は管理職で深夜に疲れ果てて帰宅するので,とても娘のことを相談できない。

「どうしてよいのかわかりません。私の育て方が悪かったのです。そう思うと自責の念でいたたまれないです」と涙ぐんだ。カウンセラーは,クライエントが母親としてこれまで精一杯,子育てをしてきたこと,そして娘の回復のために来談したことを労い,「摂食障害は,若者たちの将来への不安,性差別による女性の生きづらさ,痩せを求める外見重視のルッキズムなど,生きづらい現代社会のさまざまな要因があるので,家族が原因だと考えて自分を責める必要はありません。ただ,ご本人の回復のためには身近にいらっしゃるご家族の理解とご協力があることが大きな助けになります」と伝えた。母親は涙を拭いて顔をあげ,「娘には幸せになってほしいのです」と言った。

「どうやって死なずに生きているの?」生きる術

1カ月後,娘のAさんが来談した。Aさんは大学1年生の時,バイトでありながら過重労働が続く中,上司からセクハラを受け体調をくずし拒食となり,その後,過食が始まった。それでも何とか通学を続けていたが,次第に摂食障害が悪化し,家に引きこもる日が増えた。心配した母親からの強い勧めで,カウンセリングに来談した。

Aさんは,これまでの経過を話した後に,「大学を3週間休んでしまいました。こんな状態で就活ができるのだろうかと不安になり,自分を責めてつらくなり死にたくなる」と力なくつぶやいた。カウンセラーは,「死にたくなる」という重い言葉を受け止めて,「今までこんなにつらい気持ちを抱えながらよく生きてきましたね」とねぎらい,「どのようにして死にたい気持ちから自分を守ってきたのですか?」と尋ねた。Aさんは「友人が自殺未遂をして入院した。たぶん私も自殺未遂をしても死ねないだろう。結局,生きるしかないのです……」と悲痛な面持ちで呟いた。どうやら何事にも成功する自信を持てないことが自殺を防いでいるようでもあった。そして,「つらいことは寝て忘れる,母親に当たる,甘いものをいっぱい食べる」という死なないための3つのコーピング(対処行動)を教えてくれた。

「生きやすくなりたい」希望を求めてカウンセリングへ

しかし,いくら死なないためとはいえ,寝てばかりいては登校できないし,Aさんのことを心配してくれる優しい母親に当たった後は自己嫌悪に陥る。過食は少しの間,つらさを紛らわせてくれるが,最終的には自責感に苛まれる。だから,そこから何とか抜け出そうと来談したのだ。Aさんが話そうと思っていた話が一段落したところを見計らって,カウンセラーは「今,お話になったようなことがどうなるといいなと思ってカウンセリングにいらしたのですか?」とカウンセリングのゴールを尋ねた。Aさんは「自尊心を高めて生きやすくなりたい」とはっきりとした口調で答えた。

奇跡を想像する

カウンセラーは「ここで変わった質問をしてもよいですか?」と前置きをすると,Aさんは頷いた。「想像力が必要な質問をしますね。このカウンセリングが終わって,家に帰ります。夜になって,夕食を食べて,今日のうちにしないといけないことをして寝ます。今晩,寝ている間に,奇跡,ミラクルが起こって,今日,ご相談にいらしたことが全部解決します。でもAさんは寝ていらっしゃるのでそのことに気がつかない……。朝が来て,目が覚めて,どんなことから奇跡が起きたとわかりますか?」

思いがけない質問にAさんはしばらく考え込み,ゆっくりと口を開いた。「気持ちが楽になっている。他人を気にしないで,ポジティブになる。痩せていなくても,ありのままの自分でよいと思える。マイペースでいられる」

カウンセラーは質問を続け,彼女は奇跡が起こった後の生活について語った。「映画鑑賞やヨガ・スタジオとか,一人旅とか,好きなことをしている。大学のゼミ活動に積極的に参加する」。「お母様はどのような変化に気が付くかしら?」と尋ねると,Aさんは「楽しく会話をしている姿。朝,目覚ましが鳴った時にすぐに起きて身支度をしている。夜は12時前に寝ている」父親はどんな変化に気が付くかと尋ねると「私が母に当たらないで笑顔でいる。毎日,大学へ行っていると母から聞いて父は安心すると思う」

Aさんの「自尊心を高めて生きやすくなる」という抽象的なゴールは,具体的な行動として語られることによってイメージが浮かび,実現に向けてほんの少しだけ動き出したかのように感じられた。

すでに始まっている変化,もしくは奇跡の欠片

カウンセラーが「今の話に近いことは,最近どんなことがありましたか?」と尋ねると,Aさんは「今日,大学へ行きました」と答えた。カウンセラーは驚いて「何でまた? 一体どのようにして登校したの?」と尋ねると,「引きこもっている間に体重が増えて出かけたくなかった。でもゼミがあって,借りていた資料を友人に返さないと迷惑をかけてしまうので,3週間ぶりに登校した。今日はカウンセリングの予約もあったので,久しぶりの外出に備えて,2日前から就寝時間を整え,前日は入浴や服装などの準備をしていた」と説明した。カウンセラーがさらに「では,3週間前はどうやって登校したのですか?」と尋ねると,「自分に嘘をついた。『私はつらくない! 大学という恵まれた環境にいるのだから,やらないといけない!』と叱りとばした」とのこと。かなり無理をした様子である。その結果,3週間の休養が必要になったのかもしれない。

私を測るスケール(物差し)は私が作る

カウンセラーが「最悪だった時を0,解決して大丈夫な状態を10とすると,今はどのあたりにいる感じですか?」と尋ねると,Aさんは「2か3。今日は大学へ行けたし,カウンセリングにも来れたから3かな? でも,家にいると自分に価値がないと感じて生きるのがつらい」カウンセラーが「どうやって0から2か3まできたの? 何がよかったのかしら?」と尋ねると,3つのコーピング(対処行動)を教えてくれた。

・3週間ずっと寝て,疲れが取れて気持ちが落ち着いた。
・毎日,3食規則正しく食べた。
・ひきこもって人と関わらなくて済んだので傷つくことがなかった。

せっかく良い変化が起こっているので,ここは焦らないことが大切だ。カウンセラーが「今の状態を維持するには何が大切ですか?」と尋ねると,以下のようなコーピングを教えてくれた。

・自分を責めない。
・落ち着く。「大丈夫」「そのままでいい」「今の状態でやれることをやったのだから」と自分に言う。今まで人目を気にして,自分に鞭打ってきた。
・嫌な人からは距離をとり,好きな人とだけつきあうようにしたい。高校や大学の同級生に何人かいる。彼女たちのように優しい,自信をもってキラキラしている人になりたい。

Aさんに,肯定的なイメージが湧いてきたようなので,少しだけ次のステップを聞いておこうと思い,カウンセラーは「今より1上がると何が違っている?」と尋ねた。Aさんは「嫌なことがあっても立ち上がるのが早くなる,自分で『大丈夫,ありのままでいい』と思える」と答えた。

カウンセリング終了時刻となったので,感想を尋ねると,「今の自分の気持ちを整理できた。多少は落ち着いた」とのことだった。カウンセラーは,Aさんのできていること──初めてカウンセリングに来た,3週間ぶりに登校した,死にたい気持ちを抱えながら,死なずに生きてきた,自分を責めないように気をつけている,自分についてよく観察していることなど──をほめてねぎらった。そして,次回までの間に,「死にたい気持ちになったときどのように自分を守ったのか」,「自分を責める自分に気がついたときにどのように対応したか」を観察するように提案した。

うまくいっていることを続けよう

1カ月後,第2回のカウンセリング,Aさんは「何とか学期末試験を受けることができた。大学が休みになり,人と会わなくなり楽になった」とほっとした表情で語った。カウンセラーはAさんの様子から良い変化が起こっていると感じたが,Aさん自身がどのように現状をとらえているのかを知りたいと思い,「初回面接の時の状態を1,解決した状態を10とすると,今はどのあたりにいる感じがしますか?」と尋ねた。「4ぐらい。歯医者とか,とりあえず予定通りに動けている。あまり負担にならないバイト先を見つけることができた」とのこと。

良い変化が起こっているので,どのような工夫をしたのかを尋ねると「2科目,追試になってしまったけど,深く考えないようにしている。考え始めると自分を責めてしまうから。人と比較しない。バイトは週3日までにする。予定を入れ過ぎない。週に2日ぐらいは家で過ごす,動物の癒し動画を観る」とのことだった。自分を責めない工夫が奏功し,死にたい気持ちもほとんどなくなったようであった。

その後,Aさんのカウンセリングは月1回のペースで大学卒業まで続いた。就活,卒論,友人関係など次々と現れる課題に取り組んでいるうちに,摂食障害の症状も治まっていった。就職先は,バイト先でつらい被害体験をしたことから,安心して働くことのできる女性が多い会社に決めた。

現代社会における自責感と無価値感

Aさん親子に限らず,自責感や無価値感に苦しみ,カウンセリングに訪れるクライエントは少なくない。「私が悪い」「私はダメな人間だ」と自分自身に向けられる言葉は,果たして誰の「声」なのだろうか?

2023年,世界経済フォーラムによる各国の男女平等度を順位付けした男女格差(ジェンダー・ギャップ)報告によると,日本は調査対象の146カ国中125位と過去最低記録を更新し,東アジア・太平洋地域で最下位であった。日本社会に根強く残る性差別や家父長制は「女性は痩せているべき」,「良妻賢母であるべき」,「男性は強くて経済力があるべき」と求めてくる。

また,現代社会に流布する新自由主義は,個人の自由,自主性,選択,自立と責任を強調する。その結果,期待された基準を満たすことができなければ,自分を責めるよう仕向けられる。それは自己責任・自己管理というわかりやすい形となって,「○○であるべき。そうでない人は無価値な人間だ,自己管理できない人はダメな人間だ」と人々に脅しをかける。例えば,「経済的成功」,「自己肯定感」「コミュニケーション能力」,「健康」,そして「幸せであること」を求めてくる。

このような現代社会の問題に無自覚なままでいたならば,カウンセラーもまた「○○すべき」と新たな責任(規範)をクライエントに押し付けることで,生きづらい社会の形成に加担してしまうことだろう。

クライエントこそ専門家である

現在,カウンセリングにはさまざまな流派があるが,私は解決志向アプローチやナラティヴ・セラピーを好んで用いている。両者に共通しているのは,健康/病理,正常/異常という規範的枠組みで専門家がクライエントの状態を評価するのではなく,クライエントとの会話を通じて,クライエントが望む解決やクライエントにとって役立つコーピングを探求する点である。解決志向アプローチでは,0~10の数字のスケールを用いて,クライエント自身が現在の状態を自分で測定する。それは「クライエントこそ自分の生活と人生の専門家である」という哲学に基づいている。

おわりに あなた/私の幸せ・生きる術

解決志向アプローチで用いる奇跡が起こった後の状態を尋ねる質問は,「○○すべきだけど,それができないダメな私」という枠組み(フレーム)を越えて,自由に想像の翼を広げることができる。なぜなら,奇跡とは人が何も努力していないのに不思議な力によって起こる現象だからだ。自己責任論や「ダメな私」という世界から離れて,問題が解決した世界から現在の生活を見渡してみると,意外にもできていることが見つかるものである。

一人ひとり違うユニークな存在として,あなた/私にとっての幸せや願い,そして,生きづらい社会でこれまで生きてきた/生きる術,それらに関心を抱きながら会話を続けることが解決志向アプローチにおけるカウンセラーの役割である。それは,私なりの生きづらい社会へのささやかな抵抗でもある。

文   献
  • Anderson, H. & Goolishian, H.(1992)The client is the expert : A not-knowing approach to therapy. In: S. Mcnamee, S. & Gergen, K. J. (Eds.) : Therapy as Social Construction. Sage Publication.(野口裕二・野村直樹訳(2014)クライエントこそ専門家である.In:ナラティヴ・セラピー―社会構成主義の実践.遠見書房.)
  • Boyle, M. &Jonestone, L.(2020)A straight Talking Introduction to the Power Threat Meaning Framework. (石原孝二・白木孝二他訳(2023)精神科診断に代わるアプローチPTMF.北大路書房. )
  • Cabanas, E. & Illouz, E.(2018)Happycratie : Comment l’industrie du bonheur a pris le contrôle de nos vies(高里ひろ訳(2022)ハッピークラシー「幸せ」願望に支配される日常.みすず書房.)
  • De Jong, P. , & Berg, K. I.(2012)Interviewing for solutions(4th ed. )Brooks/Cole Pubulishing(桐田弘江・住谷祐子・玉真慎子訳(2016)解決のための面接技法[第4版]─ソリューション・フォーカストアプローチの手引き.金剛出版.)
  • 信田さよ子(2021)アダルト・チルドレン―自己責任の罠を抜け出し私の人生を取り戻す.学芸みらい社.
  • 田中ひな子(2020)解決志向アプローチ.In:日本ブリーフサイコセラピー学会編,ブリーフセラピー入門.遠見書房.
  • White, M. & Epston, D.(1990)Narrative Means to Therapeutic Ends. Norton.(小森康永訳(2017)物語としての家族(新訳版).金剛出版.)
+ 記事

田中ひな子(たなか・ひなこ)
所属:原宿カウンセリングセンター
資格:公認心理師・臨床心理士
主な著書:田中ひな子(2022)虐待・DVサバイバーにおけるレジリエンス.In:臨床心理学,22(2)特集「はじまりのレジリエンス 」.
田中ひな子(2021)解離と出会うときーアディクション臨床の現場から.In:こころの科学221,特別企画「解離に出会うとき」日本評論社.
田中ひな子(2019)未来から構成される現在ー解決志向アプローチ.In:信田さよ子編:実践アディクションアプローチ,金剛出版.

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