【特集 催眠現象ってなに?】#06 催眠トランス空間論」(松木メソッド)に見る催眠現象|松木 繁

松木 繁(鹿児島大学名誉教授,松木心理学研究所 こころの相談室り・らあく)
シンリンラボ 第11号(2024年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.11 (2024, Feb.)

1.はじめに

催眠に関するシンリンラボの特集は,まず,催眠療法の歴史を振り返るのに最も重要な役割を果たしたメスメルの貢献から紐解き,続いて,催眠療法が「心理療法の打ち出の小槌」と言われる所以になった現象を精神分析の観点,自律訓練法,臨床動作法との関連,さらには21世紀最大の精神療法家としてのM・エリクソンンが催眠療法のコミュニケーション的側面に注目したことの貢献について,それぞれの学派の立場から述べてもらった。

本稿では,筆者の提唱する「催眠トランス空間論」(松木メソッド)で扱う催眠現象について,その考えを導き出すに至った過程やその催眠療法理論の背景にある臨床観,人間観,自然観について述べていくことにする。

2.「催眠トランス空間論」(松木メソッド)の催眠現象と催眠療法理論

1)治療者(以下,Th)-患者(以下,Cl)間の関係性を重視した催眠療法理論

医学・生理学・行動科学的心理学モデルに基づいて構築されてきた古典的・伝統的な催眠療法の治療理論の考えに対して,筆者は臨床実践に基づく催眠療法の実態に即した治療理論として「催眠トランンス空間論」(松木メソッド)を提唱した(松木,2017)。

そこでは,これまでの催眠療法理論が治療者側からの一方向的なアプローチにより生じる意識の変性状態(=変性意識状態:ASC)を中心に理論構築を行っていたのに対し,Th-Cl間の“共感的”な関係性に基づく双方向的な治療空間を作ることの重要性を強調し,「催眠トランンス空間」という新しい概念によって催眠療法のパラダイムシフトを行った。

つまり催眠療法を一者関係の枠組みで捉えるのでなく,Th-Clという二者関係における関係性と協働によって催眠現象を捉え直す試みである。

催眠現象をTh-Cl間の二者関係によって捉え直す視点は,前田(2020)によれば,精神分析療法が「Freud流の『一者心理学』から,今日では相互の対象関係を重視する『二者心理学』へと進展してきていることと符合している」とのことなので,そうした意味では,催眠現象の捉え方として医学モデルによる「状態論」に縛られない画期的な変換であり,催眠療法の臨床実践から導き出された治療理論なので臨床現場に即した意義深いものである。

2)催眠誘導技法の工夫

催眠療法において,効果の高い(上質な)催眠トランスを得るためには,催眠誘導過程においてもTh-Cl間の関係性を重視したものでないといけない。また,そのためには催眠誘導中にClの示す反応をClの無意識的なメッセージとして受け止め,その反応自体を肯定的に確認しながら誘導を続けていく工夫や配慮が重要である。

こうした誘導技法のあり方については,図1(古典的・伝統的)と図2(松木メソッド)によって違いを説明しているので参照されたい。

図1での古典的・伝統的な催眠誘導では催眠状態(変性意識状態:ASC)を作ること自体に大きな意味があった。そのため,催眠誘導技法においても一方向的にならざるを得ない(図1参照)。しかしながら,「催眠トランス空間論」(松木メソッド)においては,関係性を重視するため,誘導段階から催眠中のClの反応にも注意をはらい,反応の一つ一つにClの無意識的なメッセージが含まれていると判断し,各段階においてClのトランス確認を行う形で「臨床的介入」(例えば,腕浮揚の誘導暗示を行っている場合には,Clの反応に沿う形で「(ThはClの反応を確かめつつ)徐々に“腕が挙がっている”ことがわかりますね」と応じるなどである。これは,催眠誘導での“腕が挙がる”という反応を“Clの力量が挙がる=腕前があがる”という多重なメッセージを送っている)を行い,その確認によって催眠トランスを深めつつ催眠誘導暗示を続けるのである(図2参照)。

図1 古典的・伝統的スタイルによる催眠誘導技法

図2 松木メソッドによる催眠誘導技法

こうした誘導技法の違いによって,Clは自身が催眠トランスに入って行く(没入する)過程をThとの協働作業によって進めていくことになる。この作業は何でもないことのように思えるかもしれないが,侵襲的・操作的な催眠誘導によって生じる催眠療法の副作用(例えば,医原性の症状(解離人格の登場など)の出現など)を防止するのに役立つだけでなく,Clは安心・安全が保障される中で催眠トランスに没入していくことが可能になるのである。

3)守られた空間としての「催眠トランス空間」の臨床的意義-催眠療法の治癒機制との関連で-

筆者は,催眠療法の過程を含めた治癒機制に関係する重要なポイントとして,
①催眠状態がClの問題解決にとって対決的で暴露的な空間としてではなく,共感的な関係性の中で“守られた空間”として機能すること。
②同時にそうした共感的な関係性は催眠状態という特殊な心的な状態の中でこそ,他の心理臨床技法に比していっそう得られやすいものであること。
③その条件下で高められたClの“主体的”な活動性が自己効力感を高め,自己変容の可能性(“自己支持の工夫”など)を開き,Clの自己治癒力を高める。
ことなどを示した。

ここで筆者の示したことは,催眠療法の治癒機制に関する新たな視点を提供しただけでなく,他の心理療法技法にも共通する治癒機制としても重要な視点を示せたと考えている。詳細については拙著(松木,2017, 2018)で,催眠誘導過程におけるClの催眠(没入)過程を4段階の図としてまとめているので参照されたい。

その要点を簡潔に述べておくと,「催眠トランス空間論」(松木メソッド)の基本姿勢は,以下の4点にまとめられる。
① 双方向的な関係性重視の催眠療法;患者(Cl)の主体性の尊重
②催眠療法における“治療の場”を「催眠トランス空間」として位置付ける;患者(Cl)の心理的な「安心・安全」の保障と自己治癒力の活性化
③催眠状態の患者(Cl)の反応に対する非言語的理解;無意識とのコミュニケーション・ツールとしての催眠状態の利用
④催眠誘導過程における患者(Cl)及びThの体験様式の変化の理解;体験治療論(体験の仕方の変化)に基づく催眠療法の理解

こうした主張を通して,筆者は,双方向的な関係性重視の催眠誘導への変換を図るとともに,古典的・伝統的催眠が,時として,治療者優位の一方向的な技法ゆえに「権威的・操作的」だとされてきたことに対して,「主体性の尊重」,「受容的・共感的態度」,「個別性・独自性の尊重」が効果的な催眠療法の治癒機制で重要なことであることを示した。ここで言う主体性の尊重は,臨床的にはClの側からの視点であり,その視点に立つと,問題や症状に対する患者の「自助的な能力」(神田橋ら,1976),「適切な努力」(増井,1987)を尊重するという臨床姿勢に繋がるものである。

4)「催眠トランス空間論」(松木メソッド)の臨床観・人間観・自然観

これまで述べてきたように,「催眠トランス空間論」(松木メソッド)による催眠現象は,共感的な関係性に基づいたTh-Clの二者関係で構築されるものであり,重要なことは,「催眠トランス空間」はClにとって侵襲的な空間ではなく,「安心」,「安全」を守る空間として機能すること,同時に共有空間の構築には,共感的な関係性(relationship)に基づくThとClの協働(collaboration)が必須なことが重要な臨床的意義なのである。そして,この関係性の中で重要な働きを持つのがAttunement(同調,≒情動調律)機能及びInteraction(相互作用)機能である。

この空間は東洋的な感覚で言うところの「ビハーラ」(やすらぎの場)であり,壺イメージ療法などでいうところの「壺中の天地」とも言えるものかもしれない。本稿ではこの点についての詳細は述べないが,「催眠トランス空間」として筆者が表現している空間の感覚は,日本的“場”の哲学と生命関係学(西田,1991, 中村, 2000,清水, 1990)との関連で捉えることができる。

清水(1990)の言葉を借りると,「生命体は,その“場”の中で『自他非分離』のまま生きていく。その“場”の中では『動的秩序を自立的に形成する関係子』が『互いに相手に影響を与えながら互いの関係性を調和させる働き』を自律的に行いながら『秩序を自己形成する』」と述べ,日本的“場”の持つ働きについて示しているのである。

筆者が「催眠トランス空間論」の中での第4段階の図(松木,2018,図3参照)に示しているClの「自己支持の工夫」は,トランス空間の中でClの心身が互いに自己調整を図りながら問題解決に向かっていく自律的な動き(それはリズムを合わせるような動きとして)として自発的に示される動きなのである。こうした体験は実証的にエビデンスを示すことができないが,催眠療法を実践している時にClから学ぶ臨床の事実なのである。

図3 催眠療法過程の第4段階で示される治療者(Th)-患者(Cl)関係と催眠トランス空間

こうした「トランス空間」の機能については八巻(2004)がその論考の中で,「『トランス空間』はオートポイエーシス・システムであると考えてみる」として取り上げて,家族療法との関連で興味深い考えを示している。また,催眠療法における関係性の観点から,トランス空間の機能として「ジョイニング」,「遊び」,「暗示」の視点を交えて論考を深めている。筆者の臨床観の背景にある東洋的感覚とは聊か異なる点はあるのだが,興味深い論考なので一読されることをお勧めしたい。

3.催眠療法の治癒機制に関する国際学会での共通のコンセンサスと「催眠トランス空間論」

この点については,これまで催眠関連学会や拙著の中でたびたび触れてきているが,国際的な動向は催眠療法の治癒機制を考えるうえで有益と思われるので,ここでも紹介したい。

筆者が2018年にカナダのモントリオールで開催された国際催眠学会第21回大会の学会プロジェクト企画,「世界の研究者-臨床家代表者共同シンポジウム」に招聘された際の話題である。(2018 ISH Pre-Congress Research Symposium, “Building Bridges of Understanding Between Hypnosis and Clinical Practice”)

このプロジェクト企画は,世界の8名の催眠療法家と8名の催眠研究者とが一堂に会して催眠療法の治癒機制に関して最新知見を世界で共有することを目的としていた。写真1はその際の世界の催眠臨床家の集合写真である。向かって左端にこのグループのまとめ役のワシントン大学教授のMark P. Jensen PhD,その隣がハンガリーのローランド大学教授E. I. Banyai PhD(彼女はE. Hilgardの一番弟子とのこと)など世界各国の催眠療法家が集まっての会議であった。この会議は,催眠療法を日常的に実践している臨床家の集まりだったので,臨床実践に基づく議論が続き会議そのものが白熱したものとなった。

写真1 世界催眠学会第21回大会(モントリオール)
学会プロジェクト企画,「世界の研究者-臨床家代表者共同シンポジウム」の集合写真

その際に催眠療法の治癒機制に関しての参加者の共通のコンセンサスとして挙げられたのが以下の4点であった。

1)催眠者と被催眠者との関係性(relationship)

この関係性の構築が催眠療法の治癒機制を考えるうえで最も重要である。その解明には“Attunement”(同調≒情動調律)が重要なキーワードとなる。また,催眠誘導過程における催眠者ー被催眠者の協働によって治療空間が形成されることが重要である。

2)催眠状態(Hypnotic state)へのより深い理解の必要性

解離を中心とした催眠の持つ特殊な状態(cf. 新解離理論)への理解の必要性。同時に,これは脳科学的には,脳内の神経可塑性(Neuroplasticity)の研究がさらに必要である。

3)催眠前のさまざまな要素に着目することの重要性

催眠者のパーソナリティ特性や心身の健康度(治療者要因)と被催眠者の期待や動機付け(患者要因)などの詳細な検討の必要性。

4)Suggestion(暗示)へのより深い理解

どういったタイプの被催眠者(患者)にどういったタイプの暗示が最も効果を示すのかの検討。さらに,前言語的・身体感覚的な被催眠者の語りを暗示として利用(Utilize)するといった工夫の必要性。

上記のまとめにあるように,催眠療法の治癒機制にとって最も重要とされたのが治療関係であったことは,催眠療法が治療者の理論に基づいて一方向的に実施されて効果を現すのでなく,両者の共感的な関係性に基づいた二者関係の中に治癒機制の原理があるのだという観点を明らかにしたものとして重要である。

このことは,催眠療法が権威的・操作的とされた過去のものではなく,心理療法全般に普遍的に通用する原理のもとに動いていることを示すものなのである。少し手前味噌であるが,筆者が「催眠トランス空間論」(松木メソッド)で強調してきたことに共通する部分が多く,筆者の考え方が高く評価されたと感じて国際学会での発表が意義のあるものになったと自負している。

催眠療法理論は長い間,「状態論」と「非状態論」との間で意見の隔たりがあり,現在においても未だ解決されていない。しかし,今回の国際学会での催眠臨床家と催眠研究者との議論を見ると,ようやく「状態論」と「非状態論」のそれぞれの意見が集約されて徐々に融合がなされようとしている感がある。臨床催眠実践に基づく発見と研究が実を結び,さらなる発展を遂げていくものと確信している。

以上,「催眠トランス空間論」(松木メソッド)の催眠誘導の手続きを通してみた催眠現象,そして,それを支える臨床観,自然観,人間観について述べた。

文 献
  • 神田橋篠治・荒木富士夫(1976)自閉の利用―精神分裂病者への助力の試み.精神神経学雑誌,78; 43-57.
  • 前田重治(2020)催眠学事始めの記.精神療法,46; 69-71.
  • 増井武士(1987)症状に対する患者の適切な努力.心理臨床学研究,4 (2); 18-34.
  • 松木繁(2003)催眠療法における”共感性”に関する一考察.催眠学研究,47 (2); 1-8.
  • 松木繁編著(2017)催眠トランス空間論と心理療法―セラピストの職人技を学ぶ.遠見書房.
  • 松木繁(2018)無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う―催眠とイメージの心理臨床.遠見書房.
  • 中村雄二郎(2000)共通感覚論.岩波現代文庫.
  • 西田幾多郎(1991)善の研究.弘道館.(2012)岩波出版復刻版,岩波書店。
  • 清水博(1990)生命を捉えなおす―生きている状態とは何か.中公新書.
  • 八巻(2004)「関係性」という視点から見た催眠臨床―トランス空間とオートポイエーシス.催眠学研究,49 (2); 28-35.

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松木 繁(まつき・しげる)
鹿児島大学名誉教授/松木心理学研究所 こころの相談室り・らあく,日本臨床催眠学会理事長
資格:公認心理師,臨床心理士,日本臨床催眠学会認定臨床催眠指導者資格,日本催眠医学心理学会認定指導催眠士
主な著書:『無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う―催眠とイメージの心理臨床』(単著,遠見書房,2018)『催眠トランス空間論と心理療法─セラピストの職人技を学ぶ』(編著,遠見書房,2017),『催眠心理面接法』(共編著,金剛出版,2021),『教師とスクールカウンセラーでつくるストレスマネジメント教育』(共編著,あいり出版,2004),『親子で楽しむストレスマネジメント─子育て支援の新しい工夫』(編著,あいり出版,2008)など

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