【特集 催眠現象ってなに?】#02 精神分析と催眠現象|丸山 明

丸山 明(近畿大学)
シンリンラボ 第11号(2024年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.11 (2024, Feb.)

1.精神分析前史

ここに一枚の絵画がある。フランスの画家ブルイエBrouillet, A.によるものである。写真のように精巧なこの描写の中には,精神分析と催眠の出会いが描かれている。1885年10月から1886年2月までフロイトFreud, S.はパリに留学し,この絵画の聴衆のようにシャルコーCharcot, J. M.の講義を聴いていた。この絵は1887年のものなのでフロイトは描かれていないが,反り身の女性の奥にいるのがシャルコー,その女性を支えているのが乳児の原始反射(バビンスキー反射)の発見者として知られるババンスキーBabinski, J.である。他にもこの中には,サルペトリエール学派として今なお神経学にその名を残している医師が多く描かれている。

この絵画の影響もあってか,シャルコーはヒステリーの研究者だと思われがちだが,実際には当時の神経学の世界的権威である。フロイトも神経科医・神経病理学者としてパリに留学したが,それはちょうどシャルコーがヒステリーの研究に没頭していた時期であった。そこでフロイトは尊敬すべき師シャルコーと出会い,ヒステリーを発見する。シャルコーは,変幻自在で捉えどころがないヒステリー症状に対して,筋肉,反射機能,感覚系の変化など観察可能な症状に着目し,症候分類学の視点から,規則性を有する医学的・神経学的疾患として定義することを試みた。シャルコーを中心としたサルペトリエール学派は典型的なヒステリーには四段階の発作があることを示し,その四段階の発作が全て揃ったヒステリーを大ヒステリー,部分的なものは小ヒステリーと呼ぶことにした。また,大ヒステリーの四段階の発作が,催眠状態における三段階と似ているため,三段階揃った催眠を大催眠と名付け,「大ヒステリー=大催眠」と定式化している注)

注)シャルコーの考えによれば,大ヒステリー患者は大ヒステリー発作において「類てんかん期」「大運動発作期」「情熱的態度期」「譫妄期」の四段階を辿り,大催眠下では「カタレプシー」「嗜眠」「夢中遊行」の三つの状態を呈する。彼はその類似性に着目し,催眠を人為的ヒステリーと考えたのであった。

ヒステリーは「子宮」を意味するギリシャ語に由来する言葉だが,紀元前4世紀ヒポクラテスの時代からそれに関する記述がある。18世紀になって,精神の治療は宗教色を脱色し科学的な言説を身にまとい始めるが,その先導者は動物磁気療法の創始者として知られるメスメルMesmer, F. A.である。19世紀に入るとイギリスの医師ブレイドBraid, J. が,動物磁気によって生じる現象は流体によるものではなく大脳メカニズムによる生理心理的なものであると主張し,その現象を「催眠」と名付けている。そのブレイドの催眠を取り入れて,フランスのナンシーでは医師リエボーLiebeault, A. A.が患者の治療に専念していた。彼は催眠が生じる要因が心理過程や言語的暗示にあると考えていた。また,リエボーに影響を受けて催眠研究を始めたナンシー大学教授のベルネームBernheim, H.は,催眠現象は全て暗示によるものであると結論付けた。この結論はヒステリーこそが催眠であり,ヒステリーは医学的・神経学的疾患であると主張したサルペトリエール学派には受け入れ難いものだったが,両者の論争は1889年にパリで開催された第一回国際実験的治療的催眠学会において一応の決着を見ることになる。ベルネーム(ナンシー学派)の主張の正当性が認められたのである(Chertok, L. 1973;Trillat, E. 1986)。

2.精神分析の誕生

シャルコーにもベルネームにも薫陶を受けていたフロイトは,留学から戻ってしばらくは催眠を用いて治療を行っていた。しかし,次第に催眠を使わなくなる。その理由は諸説あるが,全ての患者が催眠に掛かるわけではないということが大きな理由のようである。フロイトは催眠を用いて直接暗示による症状除去を行っていたが,同時にブロイアーBreuer, J.から学んだカタルシス法も用いていた。

カタルシス法は,症状に関わる,覚醒下では想起できない記憶を,催眠下で想起させて語らせる方法である。これを用いると多くの症状を消失させることができた。しかし,患者との人間関係が悪くなるとカタルシス法の治療効果は消えてしまい,その関係が修復すると治療効果も回復されることにフロイトは気付き,そこから治療者と患者の個人的な情動関係こそが治癒に対する強力な動因になっていると考えるようになった。この「個人的な情動関係」は,後に「転移」として取り出されることになる。

催眠を用いた治療の経験から,フロイトはいくつかの重要な発見をしている。まず,催眠下で想起できる内容は,実際には忘れ去られてなくなってしまっているわけではないため,覚醒下でも努力すれば思い出せるということである。この考えは「自由連想法」への道を開いている。また,想起され難い内容は,どれも患者にとって思い出すのが辛い経験なので,患者の中で意識化への「抵抗」があるということである。従って,催眠下で記憶が想起されたとしても,催眠が解かれると患者の意識から再び閉め出され,「抑圧」されてしまうのである。催眠やカタルシス法を通じてフロイトが注目したのは,催眠下で忘れられている記憶を語らせ,行き所を失っていた神経興奮を放出させること自体ではなく,その放出を妨げているものは何かということだった。自由連想法と解釈によって抵抗を克服しながら抑圧された記憶へと辿り着くこと,それがフロイトの考案した新しい治療法であった(Freud, 1925)。

3.精神分析の変遷(欲動から関係性へ)

ブロイアーの患者アンナ・Oが,カタルシス法によって治療終結かに見えた矢先に想像妊娠したエピソードは有名だが,催眠の背後にある「個人的な情動関係」は,幼児期の性に由来するものであるとフロイトは考え,その源泉を欲動と名付けた。欲動は身体の性感帯に従属しており,それぞれ独自に充足を求めて活動している。欲動の充足は現実の対象に到達することではない。それはアンナ・Oの想像妊娠からも明らかである。想像妊娠はアンナ・Oの空想が作りだしたものだが,この空想を分析していくと,ブロイアーとの治療関係を越えて,アンナ・Oと父親との関係に辿り着く。アンナ・Oと父親との関係を巡る幼児期の空想が,ブロイアーとの治療関係へと「転移」したのである。

フロイトはヒステリーの外傷体験を,最初は現実に経験されたことだと思っていたが,その後,無意識的につくられた幼児期の空想であると考えるようになる。この空想はいずれ抑圧される運命にあるが,何らかの要因でこの抑圧が上手くいかなくなると,無意識に閉じ込められていた空想が症状として顔を出す。この空想は幼児期,まだ言葉を十分に獲得する前につくられており,治療の中で言語化することが難しいものである。そのため,この空想は治療関係へと転移し,再演(反復)されることになる。精神分析は,この転移を解釈し,空想による欲動充足を断念させ,固着対象に拘束されていたリビドーを自由にするよう進められる。

しかし,その作業は簡単ではなかった。抑圧された欲動を意識化することには強い抵抗が伴うからである。治療者は,治療において避けることができないこの抵抗に向き合いながら,反芻処理して忍耐強く待つしかない。フロイトはこの作業を情動の浄化反応として捉えている。つまり,催眠や暗示を用いない精神分析流のカタルシス法である。

フロイトの治療態度は禁欲的,中立的,受動的だったが,それは患者に暗示を与えないようにするという配慮でもあった。フェレンツィFerenczi, S.(1921)はそのスタンスに異を唱え,治療構造や中立性を緩和し,治療者と患者がより能動的になる積極療法を主張した。フェレンツィと共に論陣を張ったランクRank, O.(1936)は,アメリカに渡った後に意志療法を提唱し,患者の抵抗は意志の現れであり,治療を促進する上で重要な意味を持つと考えるようになった(ランクの考えはロジャースRogers, C.に影響を与え,来談者中心療法へと繋がっていく)。また,アレクサンダーAlexander, F.(1946)は,過去の外傷的な感情体験を治療関係の中で積極的に修復する修正感情体験を唱え,その技法を実践した。

これらの技法変更は,長期化する傾向にあった治療期間を短縮するという試みでもあった。しかしアメリカの精神分析学界では,修正感情体験は精神分析を逸脱した転移操作であり,暗示と同等のものと見做され,激しく非難されたのであった。

彼らの技法変更の試みは,後にミッチェルMitchell, S. A.ら(1983)が提示した,精神分析史における「欲動基本図式」から「関係基本図式」へのパラダイムシフトの先駆けとなっている。欲動基本図式では,治療者が患者の精神状況を理解・解釈し,患者はその解釈を受け入れていくという暗黙の前提が置かれていたが,関係基本図式では,治療者の理解より患者の主観的体験を重視し,解釈よりも共感によって,関係性の中で治療を進めていく。そのため治療者はより積極的に患者に関わることになった。

この二つのパラダイムの時代を跨いで精神分析を実践していたコフートKohut, H.(1971; 1984)は,修正感情体験に対して二つの異なった態度を示している。自我心理学派に軸足を置いていた時代には修正感情体験を完全に否定していたが,共感と関係性を軸とする自己心理学を確立した後は,自分が行っている治療は修正感情体験に他ならないと述べている。精神分析におけるこのような「関係性への転回」は,かつてフロイトが催眠の中で密かに作用していることに気付いた,あの「個人的な情動関係」への新たなる転回だったと言えるだろう。そこでは欲動充足を求める存在としてではなく,関係性の中に生まれ,関係性の中で成長する人間のありようが,精神分析的な視点から探求されていくことになる。

4.抑圧と解離

ここで少し時代を巻き戻したい。サルペトリエールのシャルコーのもとで,ジャネJanet, P.(1889)はフロイトと共に催眠暗示やヒステリーを研究していた。ジャネは実験心理学の手法を用いて人間行動を観察し,ヒステリーや催眠暗示では,意識の統合機能が弱まり意識野の狭窄が生じることで,高次の作用(反省的・理性的・実験的傾向など)に代わって,低次の傾向(反射的動作・知覚的行動など)が自動症的に呼び起こされると考えた。ジャネはこうした心理学的統合不全を解離と呼んでいる。ジャネの解離はフロイトの抑圧とよく似た概念に見えるが,自我が積極的に関与して自分にとって都合の悪い表象を無意識に押し返すのが抑圧であるのに対して,ジャネの解離は人格や意識の統合力の低下によって引き起こされる現象である。抑圧はフロイト以後も精神分析の中心概念であり続けるが,解離理論は催眠研究と共に発展していくことになる。

解離理論に新たな視点を導入したのは催眠状態論者のヒルガードHilgard, E. R.(1986)である。彼は,人の行為が,立案と制御の機能を担う中枢制御機構と,その下位系からなるさまざまな認知制御機構によって成り立っていると考えた。中枢制御機構にはさらに実行機能と監視機能があり,実行機能は行為実行を制御し,監視機能はすべての行為を監視している。催眠では,この実行機能が催眠者に部分的に引き渡されるため,被験者の自発性の感覚に変化が生じる。例えば,催眠誘導下で「腕が勝手に上がっていく」という暗示に被験者が反応した場合,被験者には腕の動きが自らの制御下にあるという感覚がなくなっている。この「意識の分割」は,催眠が中枢制御機構に影響を与えたことで,認知制御機構による行為(腕上げ)が中枢制御機構の実行機能から解離された結果であると考えられる。また,催眠下で起こっていることを健忘するよう暗示されると,被験者は催眠下での出来事を思い出せなくなるが,監視機能の一部は催眠下で起こったことを全て覚えている。ヒルガードは催眠下で一時的に構成されるこの監視機能の一部を「隠れた観察者」と呼び,これらの解離現象によって催眠下での「変性意識」を説明した。

5.現代催眠と関係性

フロイトが催眠療法を実践していた頃までの古典的催眠は,患者に対して権威的で一方的な直接暗示を行っていたが,現代催眠の父と呼ばれるミルトン・エリクソンErikson, M. H.は,マルチレベル(ex言語的・非言語的・身体的・情動的・状況的)のコミュニケーションを行いながら,間接暗示によるメッセージを通して,患者の体験を喚起していく催眠技法を用いた。暗示に対して(意識から解離した)無意識的な反応を繰り返す中で,患者はマルチレベルでのメッセージへの反応性を高めていく。また,意識的にはまだ気付かれていない(解離した)リソースにアクセスしながら,暗示に対する主観的な肉付けを無意識レベルで行っていく。エリクソンが用いた,患者のあらゆる反応を治療に利用する技法「ユーティライゼーション」は,あらゆるチャンネルを使って患者と交流する準備がエリクソンには常にできていたことを物語っている(Zeig, 2014)。

古典的催眠では,治療者から患者に一方的なメッセージが送られていたが,現代催眠では治療者と患者の間で相互的なマルチレベルのコミュニケーションが行われるようになった。これはまさに催眠療法における「関係性への転回」と言えるが,それを主導したのがエリクソンの革命的な催眠技法であったことは論を待たない。

我が国に目を向けてみれば,松木(2017)の「トランス空間論」は,エリクソンと同様に関係性を重視した臨床催眠論と言える。彼の理論には,治療者と患者のマルチレベルでの相互交流と同時に,日本特有の「場の理論」の臨床観・自然観に根差した「主客一体」的な関係性が含意されている。彼が提示した「治療の場としてのトランス空間が得られるまでの段階」の図には,臨床の場が「治療の場」へと変化していく様子が四段階の図で示されている。

6.精神分析と催眠療法―関係性の視点から

本稿では精神分析と催眠との関係を,歴史的な流れを追いつつ概観してきた。この二つの流れは大河であって,本稿で十分に述べることはとてもできないが,ヒステリーの発症機序を巡って流れが分岐し,その後の発展を経て,今また関係性の淵へと合流しつつあることを描いたつもりである。本稿では抑圧と解離を両者の中心概念として対比してきたが,対人関係精神分析の論客,ドンネル・スターンStern, D. B.(1997)が「未構成の経験」として解離を論じているように,この二つの概念は,両者において今後さらに実り多く議論,展開されていくことが期待される。

文 献
  • Alexander, F. &French, T. M.(1946)Pshchoanalytic Therapy:Principles and Application. The Ronald Press Company.
  • Chertok, L. &Seussoure, L. D.(1973)Naissance du Psychanalyste: de Mesmer a Freud. Payot.(長井真理訳(1987)精神分析学の誕生―メスメルからフロイトへ. 岩波書店.)
  • Ferenczi, S.(1921)The further development of the “active technique” in psycho-analysis. Routledge.(森茂起・大塚紳一郎・長野真奈訳(2007)精神分析における「積極技法」のさらなる拡張. 精神分析への最後の貢献―フェレンツィ後期著作集。岩崎学術出版.)
  • Freud, S.(1925)Selbstdarstellung. Gesammelte Werke ⅩⅣ. Fisher Verlag. Routledge.(家高洋・三谷研爾訳(2007)みずからを語る. フロイト全集18. 岩波書店.)
  • Greanberg, J. R. &Mitchell, S. A.(1983)Object Relations in Psychoanalytic Theory. Harvard University Press.(横井公一・大阪精神分析研究会訳(2001)精神分析理論の展開―〈欲動〉から〈関係〉へ. ミネルヴァ書房.)
  • Hilgard, E, R.(1986)Divided Consciousness: Multiple Controls in Human Thought and Action, Expanded Edition. Wiley-Interscience.(児玉憲典訳(2013)分割された意識―〈隠れた観察者〉と新解離説. 金剛出版.)
  • Janet, P.(1889)L’automatisme psychologique.(松木雅彦訳(2013)心理学的自動症―人間行動の低次の諸形式に関する実験心理学的試論. みすず書房.)
  • Kohut, H.(1971)The Analysis of The Self. International Universities Press. (水野信義・笠原嘉監訳(1994)自己の分析. みすず書房.)
  • Kohut, H.(1984)How Dose Analysis Cure? The University of Chicago Press. (本城秀次・笠原嘉監訳(1995)自己の治癒. みすず書房.)
  • 松木繁編著(2017)催眠トランス空間論と心理療法──セラピストの職人技を学ぶ.遠見書房.
  • Rank, O.(1936)Will Therapy. Alfred A. Knopf. 1950.
  • Stern, D. B.(1997)Unformulated Experience: from Dissociation to Imagination in Psychoanalysis. The Analytic Press.(一丸藤太郎・小松貴弘監訳(2003)精神分析における未構成の経験―解離から想像力へ. 誠信書房.)
  • Trillat, E.(1986)Histoire de L’Hysterie. Editions Seghers. (安田一郎・横倉れい訳(1998)ヒステリーの歴史. 青土社.)
  • Zeig, J. K.(2014)The Introduction of Hypnosis: An Ericksonian Elicitation Approach. The Milton H. Erickson Foundation Press.(上地明彦訳(2019)エリクソニアン催眠誘導―体験喚起のアプローチ. 金剛出版.)
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丸山 明(まるやま・あきら)
近畿大学
資格:博士(人間・環境学),公認心理師,臨床心理士,交流分析士インストラクター
主な著書:『学校教育を変える制度論―教育の現場と精神医療が真に出会うために』(共著,万葉舎,2003),『メディアと無意識―「夢語りの場」の探求』(共著,弘文堂,2007),『発達障害の時代とラカン派精神分析―“開かれ”としての自閉』(共著,晃洋書房,2017)
趣味など:合気道(心身統一合気道)。現在,身体技法,催眠療法,臨床動作法の自己内統合に取り組み中。

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