【特集 催眠現象ってなに?】#04 臨床動作法と催眠現象|清水良三

清水良三(明治学院大学名誉教授)
シンリンラボ 第11号(2024年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.11 (2024, Feb.)

1.はじめに

臨床動作法は,わが国における独自に開発された心理援助アプローチである。臨床動作法とは,肢体不自由動作法,障害動作法,動作療法(治療動作法),赤ちゃん動作法,幼児動作法,高齢者動作法,スポーツ動作法など,多様な領域で,様々な対象の人に動作法という技法を用いて心理支援に役立てるものの総称である。動作を媒介にはするが,全く言語を用いないというわけではなく,動作を主とし,ことばを従とする心理援助法である。

しかしながら,一般の人々,あるいはクライエントにとっても,あるいは心理学関連の専門家やいろいろな対人援助職者にとっても,臨床動作法をおこなう場を見聞したり,あるいはまた動作療法は動作を用いた心理療法という説明を受けても,まずは運動療法や整体といった純粋な身体や運動活動による,身体がほぐれれば気分もほぐれるという2次的な心理効果を連想したり,動作と行動が混同されて「行動療法」と思い込んでしまったりということがみられる。また,臨床動作法は,脳性まひ者への催眠によるアプローチがきっかけで開発されたことから,臨床動作法は催眠法の一種であるとの誤解もある。

催眠は,精神分析はじめ様々な心理療法のその成り立ちのきっかけとはなったが,催眠法と各種の心理療法はそれぞれ異なる理論,治療機序を以て発展している。臨床動作法も,脳性まひ者のまひの状態が,催眠下の実験まひによく似ていることなどがきっかけとなり催眠によるアプローチが始まったが,覚醒すると筋緊張が復活することから,催眠法を用いず,「動作」を心理現象としてとらえ(成瀬,1972;1985),脳性まひ児・者の動作不自由の改善を目的とした「動作訓練法」が開発され,それが心理療法としての臨床動作法・動作療法として展開してきている。フロイトが催眠から「無意識」を発見し,しかし催眠ではなく精神分析を開発したのと同様の展開であるといえる。

ここでは,催眠をきっかけにして,しかし催眠法ではなく「動作」という極めてリアリスティックな心理現象を核として発展した臨床動作法について概説し,催眠現象との関連について触れることにする。

2.心理現象としての動作

1)心理学的動作,心理現象としての動作の発見

普段は硬くげている腕が睡眠中には伸びているとか,水の入ったコップを持たせようとしても指や肩や腕が緊張して震えたりして持てないが,空のコップであれば比較的容易に持てるなどが観察される脳性まひ児・者を催眠に導入すると,催眠中は暗示に合わせて肘を伸ばして腕を上にあげられたりするし,筋電図も催眠導入前の激しい波から穏やかになるが,催眠を解除したとたんにまた催眠導入前の激しい筋活動が筋電図上に示され,また肘や腕も縮こまるといったことが明らかになった。

ここから,からだの持ち主であるその人が意図した身体運動を実現しようと意識的・無意識的に努力した結果,意図通りの身体運動が生起するという一連の意識的・無意識的心理過程を「動作」と定義し,動作はこころとからだの一体的活動としての心理現象であり,心理現象としての「動作」の研究と催眠法を用いないその改善についての研究が開始され,心理学の知見からの動作による心理援助法としての臨床動作法・動作療法に展開してきた。

2)「動作」による心理療法,臨床動作法の考え方

「動作」とは,もともと動くようにできているからだが緊張したり動くことだが,それを動かしているのが主体の意識的・無意識的な努力によるものである(成瀬,2009, p.39)。主体の努力によらず,電気刺激や他者からの他動的な働きかけで動く「身体運動」とは区別している。

一般的には適度な身体運動をおこなえば生理的筋緊張が緩み,身体的リラックスとそれが心的リラックス効果をもたらすという考え方もあるが,臨床動作法では,クライエントが自分のからだの緊張状態や,動作パターンに向き合い,そして自らが自分のからだに働きかけて緊張状態を緩めていったり,新しい動作パターンを獲得するという作業を通じて,自体(自己身体)のありように直面し,対峙し,そして目的の動作が達成できるように自体に働きかけるクライエントの自己努力活動を促すのが援助者・心理治療者の役目である。

あくまでからだの持ち主である動作の主体者の主体活動としての心理活動である「こころ」の働きを健やかにかつ生き生きと機能させることが目的なのである。

3.自動・動作のこころ・自己のこころ・体験様式

1)自動

われわれ人間は,胎内にいるときから,盛んに手足を動かし,頭や顔をよくまさぐっているといわれる。人間は胎児の頃から手足を動かし,自分の顔をまさぐることで,言語の発達に先立って,ずっと早いうちからいわば自己存在の確認,自己探索活動をしていると考えられる。こうした胎内から始まっている動作は生命体として生きるための意識に先立つ生得的原初的な動きであって,「意識的」に考えて「動く心構え」をもって行っている動作ではない生得的なものであり,しかもその子自身の自発的,主体的な努力によって行っているものである(成瀬,2014, pp.49-54)。自動とは生命体としての意識的高次活動(ことば,イメージ)の発達に先立つ紛れもない自発活動であるといえる。

2)動作のこころ・自己のこころ

そうした意識に上らない,非意識的ないし無意識に自己の身体を動かしている自動の動作を行っているのは,その身体の持ち主である主体の活動であって,これを「動作のこころ」と呼んでいる。

これに対して,「自己のこころ」とは,イメージ,ことばの発達により,知的活動,意識的活動で環境に対応しようとするものであり,自己の感情や意思に関する意識的理解,それに基づく人間関係,社会,文化への対応など,高次認知活動によるものである。

発達初期においては動作のこころを主として環境に働きかけていた「主体」の活動が,知的活動,言語的認知活動の発達に伴う自己のこころの活動が発達し,動作のこころに対して優位,主導して人間関係や社会生活を送るようになっていくその過程で,動作のこころの働き方(自動)を抑制したり,無理強いして過剰に主動的に自体(からだ)を緊張させ,動かしたりすることによって動作不調が生起することになると考えられる。すなわち動作の不調とは,からだに表れた動作のこころと自己のこころの葛藤であり,動作療法は動作を通じて,その葛藤の調整を意識的,無意識的に行うことによって,両こころの調和のできる主体活動を促進することで,心理健康の回復と促進が行えるのである(成瀬,2017, pp.2-7)。

3)体験様式

こころとからだは一体であるが,それをからだに焦点を当ててみれば「動作」,こころに焦点を当てれば「体験」となる。そして「何を」体験したか,しているかの「体験の内容」を言葉による対話の中で取り扱うのが一般的な心理療法であるが,臨床動作法・動作療法では,「どのように」体験したか,しているか,実感の程度などの「体験の様式」「体験のしかた」に焦点がある。例えば同じ体験内容でも好ましいと感じ受け入れる場合と,恐ろしいと感じ回避するとかの場合がある。体験の様式とはいわゆるこころの在りようであり,クライエントの生き方を示しているとする。このこころの体験様式は一体であるからだの動きである動作の仕方に反映されるので,動作しているときの,とりわけ治療に役立つとアセスメントされた動作課題の遂行時の動作体験のしかたの変化に焦点を当てて取り扱う体験治療論が心理療法としての臨床動作法・動作療法の原理である。

4.臨床動作法と催眠現象

1)催眠現象・変性意識・受動的注意集中

鶴は,『催眠心理面接法』(田中ら,2020, p.104)において,催眠の定義についてはいまだ定まらないとしつつも,「催眠とは,現実検討感覚が低減し非現実なことを現実感をもって体験する現象(非現実の現実感化)である。その体験をするためには意識活動の低減と無意識活動の活発化を必要とするが,その体験は病的なものでなく正常なものであり,無意識的な活動のもとでその人自身がなしているものであり,意識されない形でその人自身に分かっているもの」とした。さらに言及して催眠中の意識性を「催眠意識」とし,それは単なる変性意識ではなく,リアリティにも足場を持ちながらアンリアリティ優位になっていく意識性の拡大であるとし,この意識性の拡大によって,こころの活動が自由でかつアクティブなものになっていくところに治療的効果があると述べている。

自律訓練法においても,現実生活に適応するための能動的な注意集中の仕方を,温かいという非現実イメージに受動的注意集中をしていると,現実のように温かく感じるようになる。それによって,外界に適応するために常に外向きの過剰な注意努力を積み重ねてきた結果むしろ外界にとらわれてしまって不適応となっているクライエントが,過剰な努力をせず受動的な注意の仕方を体験することで,外界適応のために閉じ込めていた自分の内界にあらためて向き合い自由さを取り戻すということである。

しかし臨床動作法・動作療法の場合は,非現実でなく現在のからだの感じそのままを実感できるようにするための注意の仕方を扱う。その意味では,動作するという現実体験により,常に現実吟味の努力を促している心理援助といえる。成瀬(2009, p.257)は,外向きの注意の仕方ではなく「体感的注意集中」ともいうべきからだへの感じとそのデリケートな変化の状況を感じ取れるようになると,体感がはっきりわかるようになり,現実向けの能動的努力と内向けの体感的努力が同時に,ともに体験できるようになり,さらにそうした体感的な注意をあるがままによく感じられるようになるにつれて,ただ単にからだの自然的な変化を受け身的に感受するというだけでなく,その感じを少しずつ自分で欲するままに介入したり変化させたりという努力ができるようになると(その際,普段のような能動的な注意の努力の仕方を避けながら,体感的な注意に徹してからだに働きかけるような努力の仕方で行う)たいていの不当動作も,こころの不安定・不調な体験も変化しやすくなると述べている。これは臨床動作法における動作のこころと外界環境に対応する意識的な自己のこころとその陰に隠れた非意識的動作のこころを顕在化させ,両こころの調和を図っていくということにも比定されよう。

5.動作体験と伴う体験・パッシブーアクティブ・半意識・お任せ

心理健康援助や心理臨床としての臨床動作法ないし動作療法においては,クライエントの適応上の生活体験の蓄積からくる動作の偏りを動作課題通りに動かす(課題動作に示された軌道からの逸脱など)「動作体験」とその動作に「伴う体験」がある。

動作体験は,ある動作をするときにその動作を実現するために緊張や動きの感覚を感じたり,困ったり,失敗したりしながら努力をしていくその動作に直接かかわる体験である。一方で動作に伴う体験は,その動作をするにまつわるからだがいつの間にか動いた(自動感)や動かしてもらっているという受け身的な感覚(被動感),確かに自分がこの動作を行っているという主動感や,これが自分のからだであるという実感的体験である自体感,そのほか現実感,存在感,自己感,自己信頼感などである。こうした動作課題の遂行に伴うはじめはあいまいな体験を,援助者はクライエントの動作の仕方を「共動作」することによりあたかも援助者自らの内的体験としての「内動」として体験し,動作共感という非言語的共感体験をもって援助することにより,クライエントのより確実,詳細な体験へ深める努力を援助する。

その際,あまり過剰に意識的に動作課題を行おうとせず,あるいは緊張の解消を目指すのではなく,自己の無意識に委ねつつしかし,意識から離脱しない程度の「半意識」の状態で動作課題に取り組むことが重要である。それはいわば現実生活における余計なこだわりやとらわれから脱し,しかも受け身的すぎず環境に委ねつつ,しかし環境にかかわろうとするパッシブでありながらアクティブな心的構えの形成につながるといえる。

これは,臨床動作法で「お任せ」と呼ぶ状態に連なると筆者は考える。「お任せ」には「自体にお任せ」,「他者・他体にお任せ」,「自己にお任せ」の状態が考えられるが,パッシブ―アクティブな構えは,この「お任せ」の状態であり,真に自己を信頼し,とらわれから脱し,あるがままの自分でいるという状態であるから,森田療法,あるいはマインドフルネスの考え方とも通じるものではないかと筆者は考える。

6.おわりに

成瀬は,「催眠現象を見直して気づくのは,トランスという状態にあっては心がしっかりと内向きになるため,緊張している感じ,動いている感じ,リラックスしている感じなど,自分のからだの活動の感じが敏感・明確に体験されやすくなり,そうした受け身の感受性が高いだけに留まらず,自体を緊張させよう,動かそう,リラックスさせようとして,自らの筋群や骨格,肢体の部分や全体へ意図的に腹きかけるという能動的な活動ができやすくなっており,催眠のトランスの状態では,意識に上らないこころの活動があらわれやすく,こころとからだの活動性がともに高まり,その両者が一体的・協調的・相補的に高まる」と述べている(田中ら,2020,巻頭言pp.9-10)。

臨床動作法においては,動作課題を課題操作として受け止め,慢性緊張や随伴緊張などの無意識的動作を意識化し,その意識化した課題動作が達成できるよう自己処理することによって,そうした自己処理のできる主体活動を活性化することができると考える。しかし,意識化しすぎれば,かえってまた新たな緊張を自らが作り出すという悪循環になりかねない。

そこで重要となるのは「お任せ」ということである。ここでいうお任せとは,自体を自己に委ね,あるいは動作援助者の自体への活動を受け入れることにより動作援助者である他者を受け入れ,半意識の状態で現実と非現実をあたかも「たゆとう」ように行き来すると自由自在の状態ということであろうか。

催眠下,とりわけ他者催眠下での変性意識状態での主動感を伴わない状態と,この臨床動作法下での半意識状態は異なるということである。それは臨床動作法下では,あくまで自体を動かすという生理的な身体活動を行うので,極めて現実的で身体の実感をともなう適度な主動感が失われておらず,それは,催眠下での実感を感じにくい状態ではなく,あくまで現実的な動作という実感を伴う活動をしており,リアリティが失われることなくむしろ現実検討力が賦活され,また動作援助者はそのような被動作援助者の動作感という実感を伴いつつ動作共感しながらの援助をおこなっていることになる。この援助者と非援助者の間における動作共感の体験は,催眠トランス空間論(松木,2017),また同じく松木(2018)の第2章にある「Cl-Th間の重要なコミュニケーションツールとしての催眠現象」とも通じるもので,臨床動作法におけるクライエントが自体を通して,過度に意識することなくお任せの状態で自己-自体系のコミュニケーションができるようになり,さらに自体を通して他者を含む外界環境とのコミュニケーションを活性化させることができるという視点につながるものであると考える。

筆者は臨床動作法による臨床場面で,なんだか眠くなってきました,ぼーっとした気分だが,ほんわかして心地よいなどと言いながらも,クライエントが適切な動作課題を達成し始めているのをよく経験する。こうしたトランスとも言える状態は,しかし,動作というリアリティ・実感に基づくもので,それが臨床動作法に独特のものといえよう。動作における無意識的努力あるいは動作による意識化から無意識化そして自動や半意識という視点,そして絶え間ない現実吟味の側面は,催眠面接法や臨床動作法に限らず,広く臨床心理学の発展に寄与するベースとなるものと考える。

以上,催眠をきっかけとして開発された臨床動作法と催眠現象そしてそれが今後の心理臨床に果たす役割について考えるきっかけになり,より良いクライエント支援の方途の展開につながっていけば幸いである。

文 献

  • 松木繁(2017)催眠トランス空間論と心理療法―セラピストの職人技を学ぶ.遠見書房.
  • 松木繁(2018)Cl-Th間の重要なコミュニケーションツールとしての催眠現象. In:無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う―催眠とイメージの心理臨床.遠見書房,pp.27-43.
  • 成瀬悟作(1972)心理リハビリテイション.誠信書房.
  • 成瀬悟作(1985)動作訓練の理論.東京書籍.
  • 成瀬悟作(2009)からだとこころ.誠信書房,p.39.
  • 成瀬悟作(2014)動作療法の展開.誠信書房,pp.49-54.
  • 成瀬悟作(2017)動作学講師研修会資料.(非公開)
  • 成瀬悟作 (2020) 巻頭言に代えて―心理学における催眠の位置づけについて. In:田中新正・鶴光代・松木繁編著 :催眠心理面接法.金剛出版,pp.9-10
  • 鶴光代(2020) 強迫性障害事例への催眠臨床動作法. In:田中新正・鶴光代・松木繁編著:催眠心理面接法.金剛出版,p.104.
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清水良三(しみず・りょうぞう)
明治学院大学名誉教授
資格:臨床心理士,公認心理師,臨床動作士,臨床動作学講師,心理リハビリテイションスーパーバイザー
主な著書:「高齢者の姿勢特徴に配慮した触れない動作法実施の工夫」(明治学院大学心理学部付属研究所年報,2022),「臨床動作法による心理援助」(松木繁編著:催眠トランス空間論と心理療法―セラピストの職人技を学ぶ.遠見書房,2017)
趣味など:食べ・呑み・歩き・DIYときどきクッキング

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