【特集 催眠現象ってなに?】#05 エリクソニアン・アプローチにおける催眠現象|津川秀夫

津川秀夫(吉備国際大学)
シンリンラボ 第11号(2024年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.11 (2024, Feb.)

1. はじめに

私たちは感覚受容器を通して世界とつながっている。目からもまた耳からも情報が次々に入ってくる。しかし,私たちの捉えた世界が客観的にも正しいとは限らない。感覚はさまざまな影響により歪みやすく,時間や空間の感じ方も変わりやすい。

たとえば,こんな経験はないだろうか。

メガネをかけたままメガネを探しまわってしまった。久しぶりに会った友だちと話していたらあっという間に4時間も経っていた。ホラー映画を見た後で夜道を歩いていると,暗闇で何かがうごめく気配がした。ゲームに夢中になっていたとき,歯の痛みをすっかり忘れていた。

これらは催眠現象hypnotic phenomenaないしトランス現象trance phenomenaと呼ばれるものである。催眠トランスのなかで生じやすい現象であるが,催眠という手続きを経なくても体験する。この例のようなものは「よくある日常トランスcommon everyday trance」という(Erickson & Rossi, 1981)。

催眠現象の分類は,研究者や臨床家により異なるが,Zeig(1985a)は,創造・削除・歪曲の3つに分けて説明する(表1)。創造は人の体験のなかに何かを生み出す働きであり,正の幻覚,年齢退行,後催眠暗示,自動書記が含まれる。削除はその反対に何かを失くす働きであり,負の幻覚,健忘,感覚麻痺がそれにあたる。そして歪曲は体験を歪める働きであり,時間歪曲,感覚変容,記憶増進が相当する。また,この3分類には当てはまらないが,カタレプシーや解離はトランスのなかで頻繁に体験される現象である。

痛みを消し,存在しないものを見て,時間を長くも短くもする。催眠現象は人の体験の幅や可変性を示すものと言える。本稿では,エリクソニアン・アプローチにおいて,催眠現象がどう捉えられ活用されているか見ていきたい。

表1 催眠現象の分類(Zeig, 1985a)

創造削除歪曲
正の幻覚
年齢退行
後催眠暗示
自動書記
負の幻覚
健忘
感覚麻痺
時間歪曲
感覚変容
記憶増進

2.エリクソニアン・アプローチ

エリクソニアン・アプローチEricksonian approachとは,アメリカの精神科医であり心理学者であるミルトン・エリクソンMilton H. Erickson(1901-1980)の影響を受けた心理療法の総称である(津川, 2019)。

エリクソンは言う。「人は一人ひとり独自の存在である。したがって,心理療法はその人のニーズに合わせて形づくられるべきである。人間の行動仮説という“プロクラステスのベッド”にその人を当てはめてしまわないように」(Erickson, 1979)。

この言葉の通り,エリクソンはクライエントを特定の理論に当てはめることを避け,一人ひとりの個別性を踏まえたセラピーをおこなった。過去ではなく現在や未来に焦点づけ,洞察よりも具体的な行動の変化を志向した。また病理や欠点ではなく,その人に備わったリソースやスキルを大切にした。

エリクソンは,傑出した臨床家として世に知られる。とりわけ催眠領域でのエリクソンの存在は大きく,「ミスター催眠」(Secter, 1982)としてこの領域の第一人者と讃えられた。エリクソンは催眠現象の可能性について実験的に検討するとともに,利用utilizationや間接暗示indirect suggestionなど,それまでにないアプローチを確立させていった。また,アメリカ臨床催眠学会を創立し初代会長を務めた他,同学会誌の編集長を10年間務めた。

人類学者のグレゴリー・ベイトソンGregory Batesonは,エリクソンを称して「心理療法界のモーツアルト」(Erickson, B. A. & Keeny, 2006)と最大級の賛辞を贈っている。1950~1960年代にかけて,ベイトソンのチームはコミュニケーション研究の一環としてエリクソンに注目した。多重レベルのコミュニケーションやパラドックスをテーマにしていた研究チームにとって,エリクソンの心理療法や催眠は格好の素材であった。ダブルバインド理論(Bateson et al., 1956)を提唱する際にも,エリクソンの催眠コミュニケーションが参考にされている。

このようなベイトソンらの研究やヘイリーHaley(1973)の『アンコモンセラピー』の出版を契機にして,エリクソンのユニークな視座や手法は,催眠の領域に留まらず,心理療法の実践家に広く知られるようになっていった。心理療法の学派のなかでは,特に家族療法やブリーフセラピーに及ぼした影響は大きい。MRIのブリーフセラピー,ヘイリーらのストラテジック・アプローチ,ディ・シェイザーde Shazerらの解決志向ブリーフセラピーの発展は,エリクソンの影響を抜きに語ることができない。これらはいずれもフォーマルな催眠を用いないが,セラピーを支える視座や技法にエリクソンの影を見ることができる。

3.暗示の原理

エリクソンは17歳のときにポリオに罹った。「明日の朝までもたない」と医師に宣告されるほどの病状であり,発作がおさまった後も全身は麻痺し,動かせるのは眼球だけという状態であった。ポリオからの回復に費やしたエネルギーと時間は相当なものであり,その過程で期せずして臨床家に必要な素養やスキルを身につけることになった。なかでも,暗示の原理の発見と,それをリハビリに活かしたエピソードは注目に値する。

当時のエリクソンは,ロッキングチェアに座って一日を過ごすのが常であった。身体の動かないエリクソンにとって,唯一の楽しみは窓の外の景色を見ることだったが,残念なことにその日の椅子の位置からは外を眺めることができなかった。もう少し窓際に寄れたらよかったのに,もう少し身体を前に傾けられたらよいのにと,エリクソンは何度も繰り返し考えていた。ふと気づくとわずかに椅子が揺れていた。誰かが押した訳でもない。これは一体どういうことか。

窓際に寄るための身体の動きについて考えると椅子は揺れ,その思考から離れると揺れは止まった。エリクソンはこう述懐する。「健康なときの身体の動きをありありと思い浮かべると,手足がほんのわずかに動くことに気づいた」(Zeig, 1985b)。

この発見はリハビリの大きな転機となった。それからエリクソンは思いと身体との相互作用について日に何時間もの探求を始め,そしてそれは何カ月にも渡った。その成果は身体を傾け椅子を揺らすことに留まらなかった。物をつかんで持ち上げた記憶を何度も呼び起こし,指の動きや腕の動きを少しずつ取り戻していった。さらには,立ち方や歩き方の再学習へと進んでいった。

何かを思い浮かべる(観念)とそれに対応する部位が反応する(運動)。これは観念運動反応ideo-motor responseと呼ばれる現象で,暗示の基本原理である。催眠では,セラピストの暗示に応じて「腕が上がる」「両手がくっついて離れない」「後ろに倒れる」などの反応が起こる。これらは決して超自然的な力によるものではなく,観念運動反応という心理学的原理を用いたものに他ならない。エリクソンは,誰からも教わらずに観念と筋運動の相互作用を発見し,余人の追随を許さぬほどその活用に習熟していった。

4.内から外へ

「催眠をかける」「催眠に誘導する」という言葉をよく耳にするが,エリクソニアン・アプローチでは,催眠は誘導というより喚起するものと捉えている(O’Hanlon & Martin, 1992)。人はもともとトランスに入る力を備えているのだから,それを刺激し引き出せばよいという考え方である。外から内Outside-inではなく,内から外Inside-outへの働きかけになる。

エリクソンは言う。「催眠は新しい能力をつくりだすものではない。既にもっているにもかかわらず認識されていない能力をもっと利用できるようにするものだ」(Rossi, 1980)。エリクソンの手足が動くようになったのは,新たなスキルを学んだ結果ではなく,内在していた身体の記憶にアクセスし,それを引き出したからである。

このような視座に立つと,必然的に暗示の形も変わってくる。たとえば,「お酒が一滴も飲めなくなります」「手足の震えがおさまり,人前でも落ち着いて話すことができます」というような直接暗示の形はとらなくなる。

変化や解決は,直接暗示の結果ではなく,必要とされる体験を再結合させることによって生じる(Erickson & Rossi, 1981)。そうすると,暗示に求められるのは,リソースやスキルにアクセスし,それを活用できる機会をクライエントに提供することだ。

エリクソニアン・アプローチでは,間接暗示やメタファーを多用する。抵抗を回避するためと説明されることが多いが,それはあまり適切ではない。間接暗示を用いるのは,反応の自由度を増やし選択の幅を広げたいと考えるからだ。クライエントに合ったやり方でそれぞれのリソースやスキルにアクセスできるように,あえて曖昧で多義的な形をとる。

5.催眠現象の活用

ここまで暗示や催眠についてエリクソニアン・アプローチの基本的な視座を紹介した。それを前提として,催眠現象を臨床的にどのように活用するか見ていきたい。

幻肢痛をもつ夫と耳鳴りで悩む妻へのエリクソンの事例は興味深い(O’Hanlon & Martin, 1992)。セラピーのなかでエリクソンは三つの話をした。一つ目の逸話は,学生時代のエリクソンがボイラー工場で一晩過ごした経験である。鳴り響くハンマーの音に遮られ,はじめは作業員の会話を聞くことができなかったが,翌朝には騒音に邪魔されず人の声が聞きとれるようになっていた。二つ目は,砂漠で暮らす人の話である。その暑さは耐え難いものだが,そこで暮らす人々は灼熱の砂漠のなかでも快適に過ごすことができている。三つ目は,家畜小屋の臭いについてである。農場で育ったエリクソンは家畜小屋の臭いを知らなかった。その強烈な臭いを知ったのは田舎を離れて再び戻って来たときであった。

なぜエリクソンはこれらの話をしたのか。このような話が何の役に立つのか。

エリクソンをはじめ,多くの臨床家は問題や症状が催眠現象と類似していることを指摘してきた(e.g. Gilligan, 1987)。たとえば,フラッシュバックは,心的外傷の再体験であるが,それは過去への年齢退行である。予期不安は,未来の恐怖を先取りすることであり,年齢進行に相当する。そして,離人感は現実場面に実感が伴わないことであり,身体感覚からの解離にあたる。

症状をもつに至った経緯は脇に置き,起きている現象だけを純粋に観察すると,症状と催眠現象との間に違いは認められない。問題の文脈で起きた催眠現象が症状であるとも言える。ここから,Beahrs(1982)は,症状を「誤用された催眠スキル」と呼ぶ。

さてこの事例では,夫は存在しない脚に痛みを感じ,妻は聞こえないはずの音に悩まされていた。この夫婦の症状を催眠現象から見立ててみると,正の幻覚ないし感覚過敏であることが分かる。

エリクソンは,「痛みがなくなる」とか「耳鳴りが消える」などの暗示は使わなかった。そうではなく,音・温度・臭いという3つのモダリティに関して,感覚を減らしたり無くしたりする話を提示した。すなわち,負の幻覚ないし感覚麻痺をメタファーにより喚起したのである。

症状として,催眠現象が「誤用」されているならば,望ましい形で催眠現象を体験することは変化や改善に資するに違いない。ギアリーGeary(2009)は,それには類質同型isomorphicと相補型complementaryの介入があることを示した。そのモデルで言えば,エリクソンはここで相補型の催眠現象を用いたことになる。症状で用いられていた催眠現象と反対の現象が喚起されたことによって,夫は幻肢痛を,妻は耳鳴りを手放していった。

6.おわりに

本稿では,エリクソニアン・アプローチにおいて,催眠現象がどのように捉えられ活用されているか述べてきた。人は催眠現象を体験する力を備え,日々の生活でもごく自然に体験する。しかし,いざ意識的に起こしてみようとしてもそうすることはできない。症状の多くが意識的なコントロールの外にあるのと同様である。

意識的にコントロールできない問題や症状にどう対処するかは臨床上大きな課題である。意識的なコントロールの外,そこに向かう道の一つが催眠現象である。

文 献
  • Bateson, G., Jackson, D. D., Haley, J., & Weakland, J.(1956)Toward a theory of schizophrenia. Behavioral Science, 1; 251-264.
  • Beahrs, J. O.(1982)Unity and multiplicity: Multilevel consciousness of self in hypnosis, psychiatric disorder, and mental health. Brunner/Mazel.
  • Erickson, B. A. & Keeny, B.(2006)Milton H. Erickson, M. D. : An American healer. Arizona: Ringing Rocks Press.(横井勝美・中田美綾訳(2021)ミルトン・エリクソン/アメリカン・ヒーラー.金剛出版.)
  • Erickson, M. H.(1979)Brochure for the first international Erickson congress. Milton H. Erickson Foundation.
  • Erickson, M. H. & Rossi, E. L.(1981)Experiencing Hypnosis: Therapeutic approaches to altered states. Irvington.(横井勝美訳(2017)ミルトン・エリクソンの催眠の経験:変性状態への治療的アプローチ.金剛出版.)
  • Geary, B. B.(2009)Assessment in Ericksonian psychotherapy and hypnosis.(津川秀夫・妹尾靖晃・菊池安希子訳 エリクソニアン心理療法と催眠における見立て)ブリーフサイコセラピー研究,18 (2); 73-88.
  • Gilligan, S. G.(1987)Therapeutic trances: The cooperation principle in Ericksonian hypnotherapy. Brunner/Mazel.
  • Haley, J.(1973)Uncommon therapy: The psychiatric techniques of Milton H. Erickson. Norton.(高石昇・宮田敬一監訳(2001)アンコモンセラピー:ミルトン・エリクソンのひらいた世界.二瓶社.)
  • O’Hanlon, W. H. & Martin, M.(1992)Solution-oriented hypnosis: An Ericksonian approach. Norton.(宮田敬一監訳 津川秀夫訳(2001)ミルトン・エリクソンの催眠療法入門:解決志向アプローチ.金剛出版.)
  • Rossi, E. L. (Ed.)(1980)The collected papers of Milton H. Erickson. Vol. Ⅳ. Irvington.
  • Secter, I.(1982)Seminars with Erickson: The early years. In J. K. Zeig (Ed.) Ericksonian approaches to hypnosis and psychotherapy. Brunner/Mazel, pp.447-454.
  • 津川秀夫(2019)エリクソニアン・アプローチ.In:日本ブリーフサイコセラピー学会編:ブリーフセラピー入門―柔軟で効果的なアプローチに向けて.遠見書房,pp.33-41.
  • Zeig, J. K.(1985a)The clinical use of amnesia: Ericksonian methods. In J. K. Zeig. (Ed.) Ericksonian Psychotherapy, Volume 1. Brunner/Mazel, pp.317-337.
  • Zeig, J. K.(1985b)Experiencing Erickson: An introduction to the man and his work. Brunner/Mazel.(中野善行・青木省三監訳(1993)ミルトン・エリクソンの心理療法:出会いの3日間.二瓶社.)

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津川秀夫(つがわ・ひでお)
吉備国際大学心理学部
資格:公認心理師,臨床心理士
主な著書:『認知行動療法とブリーフセラピーの接点』(共編著,日本評論社,2014),『新装版ミルトン・エリクソンの催眠療法入門』(訳,金剛出版,2016),『ブリーフセラピー入門』(共編著,遠見書房,2020),『臨床力アップのコツ』(共編著,遠見書房,2022)

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