【特集 催眠現象ってなに?】#03 自律訓練法と催眠現象|笠井 仁

笠井 仁(静岡大学)
シンリンラボ 第11号(2024年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.11 (2024, Feb.)

自律訓練法は,ドイツの神経科医であったJ. H. Schultzによって催眠の研究にもとづいて考案された心身の自己調整法である。一般に催眠は,他者催眠と自己催眠とに区分される。このうち自律訓練法は,一種の自己催眠として位置づけられる。ほぼ同じ頃に創始されて健康法として広く実践されるようになったE. Couéの覚醒自己暗示とは異なって,自律訓練法では意識体験の変換も重視されている。本稿では,自律訓練法について催眠現象の観点からの理解を論じていくことにしたい。

1.催眠から自律訓練法へ

Schultzは,医学生であった1905年頃から催眠の研究を始めたという。その後,医師になって精神科,内科,皮膚科で研修を積んでから,イエナ大学でO. Binswangerが主催する精神科クリニックで働いて精神科資格を取得し(ここでは,脳波の発見者であるH. Bergerや,催眠研究から脳研究に移ったO. Vogtらと同窓であった),第一次大戦下のベルギー領の野戦病院で戦争神経症を発症した兵士たちに対する治療に携わった。その経験から,他者催眠が確かに治療効果をもつことを示し,1919年に『精神の治療 Die seelische Krankenbehandlung』という教授資格論文にまとめた。その後,ドレスデン郊外の病院で主任医師として働きながら(ここでは,後にアメリカに渡って精神分析家として有名になるF. (Fromm-)Reichmannも在籍し,喘息に関する共著論文を発表している),軍医としての経験にもとづいて催眠の実践も続ける中で,自分自身で他者催眠と同様の効果を得ることができるように工夫を始めていった。催眠中の患者たちが,形をなさないイメージからイメージ化された思考,さらには幻覚的なイメージ体験までをすることがあるとともに,共通して腕や脚に心地よいけだるさや温かさを体験することから,これらの感覚を自己暗示として実現できるように構成していったものが自律訓練法である。1924年にベルリンに移って神経精神科医として開業してからは,市内の市民講座で自律訓練法の講座も開講し,経験を蓄積していった。その経験にもとづいて1926年には「自律器官練習 autogene Organübungen」,1927年には「合理的自己暗示訓練 rationalisiertes autosuggestives Training」,そして1928年には初めて「自律訓練法 autogenes Training」の名を冠した論文を相次いで発表し,さらには1929年には「上級課題段階 gehobene Aufgabenstufen」を経て,1932年にモノグラフの『自律訓練法 Das autogene Training』としてまとめられていった。自律訓練法はまた,「生理学的に理にかなった練習 physiologisch-rational Übungen」という特徴づけがなされている。このことは裏を返せば,そのもとになっている催眠が理論的な根拠に乏しいと一般に考えられていたことに対するSchultzなりの説明でもあったのだろう。

自律訓練法は,重感練習,温感練習,心臓調整練習,呼吸調整練習,腹部温感練習,額部涼感練習という6つの練習からなる「初級段階 Unterstufe」,初級段階のもとで患者個々の問題,症状に合わせた暗示を適用する「公式による企図形成 Formelhafte Vorsatzbildungen」,初級段階にもとづいて生じやすくなっているイメージを用いて自己観照を行う「上級段階 Oberstufe」からなっている。初級段階については,unterという「下」を意味する言葉にもとづく語感をきらって,1976年にドイツ医学催眠自律訓練法学会理事会の決定により「基本段階 Grundstufe」という言葉を用いるようになっている。自律訓練法を英語圏に広めていったW. Lutheはまた,基本段階を「標準練習 standard exercise」に,公式による企図形成を「特殊練習 special exercise」さらには「自律性修正法 autogenic modification」に,上級段階を「黙想練習 meditative exercise」さらには「自律性黙想法 autogenic exercise」に,それぞれの名称を用いている。しばしば日本に滞在し,日本人の妻をもったLutheの影響の大きい日本では,これらの名称が一般に使われることが多い。

自律訓練法は,しばしば自律神経系との混同があって,自律神経系を調整する訓練法として理解されていることがある。自律訓練法の効果として心臓の動悸が収まるなど,結果として自律神経系の調整が生じることは確かである。しかし,自律訓練法の「自律」という訳語のもとになっているautogenというドイツ語(英語ではautogenic)は,自律神経系のautonomicという言葉とは共通する部分はあるものの別の言葉である。autogenはauto+genという部位からなる言葉で,自然に,自分でという意味(auto)と,生まれる,生むという意味(gen)をもっている。つまり,自然に生まれる,自分で生む訓練法が自律訓練法なのであり,何を生むのか,何が生まれるのかというと,催眠と同じ効果ということになるのである。この意味で,自律訓練法は一種の自己催眠ということになる。

自律訓練法という名称については,1951年に京都大学教授の心理学者・佐藤幸治が「自生修練」,1952年にのちに日本大学教授となる精神科医の井村恒郎が「自発性訓練」,1953-56年にヤスパース『精神病理学総論』(内村祐之・西丸四方・島崎敏樹・岡田敬蔵訳)の中で「自己発生的鍛錬」「自力鍛錬」,1957年にシュルツ『ノイローゼ』(太田幸雄・笠原嘉訳)の中で「自発性鍛錬法」,1957年に東京大学教授の精神科医・笠松章が「自発性鍛錬」,1958年にクレッチマー『精神療法』(新海安彦訳)の中で「自己修練」「自己訓練」「自習訓練」といったさまざまな訳語が充てられてきた。いずれも,autogenという言葉の翻訳に腐心した結果である。1959年に成瀬悟策が『催眠面接の技術』の中で「自律訓練法」という訳語を用いて以来,日本でこの言葉が定着していった。「訓練法」という言葉についても,ドイツ語にはÜbungという言葉があるものの,SchultzはあえてTrainingという英語由来の言葉を選んでいる。これはtrainという言葉にもとづいているように,列車のようにひと連なりになっている一連の練習であることを含意している。段階的にひとつひとつ練習を積み重ねながら進めていく方法であることを明示している言葉である。

2.自律訓練法と暗示

自律訓練法では,「公式 Formel」(英語ではformula)が用いられる。例えば,腕や脚の心地よいけだるさという感覚のもとにある筋弛緩を実現するために,「両腕両脚が重たい」という一定の決まった言葉が用いられる。これは,他者誘導にもとづかずに自分自身で心身の変換体験を引き起こすために,誰が行うときにも同じ言葉で,短く唱えやすいように工夫された自己暗示に他ならない。暗示を実現するために意図的にならないように,状態を表わしている,現在形の言葉であることも重視されている。ヨーロッパ系の言語であると,特殊公式の作成の原則として,リズミカルであること,響きのよいこと,韻を踏んでいること,ユーモアに富んでいることといった条件も加わってくる。イボには暗示に反応するもののあることが知られているが,イボをとる公式としてThomas(1989)は,”Die Warze wird alt, Die Warze ist kalt, Die Warze fällt ab !“というものを挙げている。これに佐々木雄二は「イボは萎える,イボは冷える,イボは取れる」という訳を充てている。リズミカルで,響きよく,韻を踏んだ,いい翻訳である。さらに佐々木は,講義の受講生が挙げた「イボはぐんにゃり,イボはひんやり,イボはぽろり」という翻訳を紹介した。谷川俊太郎,五味太郎ばりに,ユーモアも加わった素晴らしい翻訳である。

残念なことに,自律訓練法が催眠に起源をもち,暗示によって成り立っていることに拒否感や嫌悪感をもつ専門家も少なくない。催眠がもつ操作性を懸念してのことであろうか。あるいは,自身の万能感の否認にもとづく反動であろうかと勘繰りたくもなる。Schultz自身は催眠技法のテキストも書いていて(”Hypnosetechnik”, 1935),自律訓練法のテキスト同様,晩年まで改訂を繰り返している。いずれにしろ,自律訓練法が自己暗示にもとづいて,一種の自己催眠として行われる技法であることには間違いはない。「あなたは眠くなる」式の伝統的な権威的催眠では,催眠下では催眠者の完全な力によってコントロールも意識も失うと考えられがちであった。これに対して現代の許容的(permissive)催眠では,被催眠者は自身の力と意志によって受動的ではなく能動的な状態にあると考えられている。Hilgard(1977)はまた,「すべての催眠は自己催眠であり,他者催眠はたんに援助を受けた自己催眠に過ぎない」と論じている。他者催眠であれ,自己催眠であれ,催眠は催眠者の意志によって操作できるものではなく,被催眠者自身の力と意志によって実現されるものなのである。

成瀬(1969)は暗示という言葉に関して,与え手の刺激としての暗示,受け手が示す暗示反応,暗示反応が実現するさいの心的過程である暗示過程,それら全体を含めた暗示現象という区別をしている。そして,暗示はあることがらを明示的でなく暗々裡に示すもので,間接的,意識下的,非論理的,ないし非指示的,非意志的なものとしている。こうして,暗示では命令や要請をされているわけではないため,従うか拒否するかの判断を要せず,意志を積極的に働かせる必要もない。暗示が行われている状況下では意識的努力が必要ではなく,意識的,合理的な注意はいっそう働きにくくなる。そこでは批判的意識水準の認知というよりは,意識下での認知,ないし無批判的受容という形になっているというのである。暗示反応は,暗示の志向するものに一致するように受け手が自ら努力して反応していながら,それでいて自ら努力したということに気づいていない反応であるともしており,このような心的過程はのちに動作法の理論的背景としても展開されていく点である。暗示は,明示された指示や命令,要請とは異なって,このようにして自動的,不随意的,無意図的に実現されていくものなのである。自律訓練法で示される公式も,暗示で重視される心的過程と同様の受動的注意集中という心的態度のもと,自分自身の力で自然に実現されていくことになる。

自律訓練法の練習が進んでいく経過には,日本語では表面に出てこないことであるが,Schultzが脱自我化(Entichung)と呼ぶ公式上の変化が含まれている。例えば重感練習で,当初は注意が拡散しないように部位を絞って右腕のみから始めて,最終的に腕・脚全体へと注意を向ける部位を拡げていく。この点をドイツ語/英語の公式では,次のように行うことになる。「右腕が重たい Mein recht Arm ist schwer. /My right arm is heavy. 」~「両腕両脚が重たい Arme und Beine sind schwer. /“Arms and legs are heavy. 」。ここで,最終的には「私の」を意味するmein/myという言葉がとれているのである。これによって,私というはからいから離れていくことが目指されている。自律訓練法はドイツ本国以外では日本で広く受け入れられたが,もともと自分を前面に押し出すことが少ないとされる日本の文化に馴染む方法だったのかもしれない。ともあれ,この点も暗示に含まれる無批判性や無意図性につながる点である。

3.自律訓練法とマインドフルネス

催眠とマインドフルネスとの関係については,すでにしっかりとした論考がいくつも発表されている(例えば,Yapko, 2011; Otani, 2016)。そこでは,注意の焦点化を特徴とする催眠とマインドフルネスとの共通点と相違点が論じられてきている。自律訓練法に関しても同様に,受動的注意集中から受動的受容という独特な心的態度とマインドフルネスとの共通性が指摘されている(例えば,坂入・雨宮,2017)。今生じていることがらに評価や判断を加えることなくとらえていくというマインドフルネスの心的過程は,上述の暗示の過程とも共通する点である。

自律訓練法でも,この点を積極的に取り入れた特殊練習の公式が以前から用いられている。Lutheによる分類で中和公式とされているもので,例えば,不眠に対して「眠れなくても気にならない」という公式が適用される。実は,「シロクマのことは考えるな」というと頭の中はシロクマのことで一杯になってしまうという,思考抑制に関するD. M. Wegnerによる皮肉過程理論でも指摘されているように,催眠暗示では否定文はかえってその内容を意識させてしまうために好ましくないとされており,自律訓練法の公式作成の原則でも肯定文であることが挙げられている。「~は気にならない」という表現をとると否定文のように思えてしまうが,この日本語表現のもとになっている言葉は”gleichgültig”という肯定文の表現であり,その意味合いは平等に当てはまる,満遍なく気を配るというものである。これは,まさにマインドフルネスに通じる言葉である。Freudが患者の自由連想を聴くときの態度として挙げた「平等に漂う注意 gleichschwebende Aufmerksamkeit」も満遍なく注意を繋ぎ留めずに漂わせることであるとして,前田(2003)は「無注意の注意」と呼んで自律訓練法の受動的注意集中とも関連づけている。これらに共通するマインドフルな心的過程は,心身の平安の達成にも,セラピストの行う作業としても意義をもつものである。

もちろん,催眠や自律訓練法とマインドフルネス瞑想とでは,異なる部分も指摘されている。催眠とマインドフルネス瞑想との間で,脳画像上の変化に違いのみられることが指摘されることがある。これについては,催眠には基本的に他者催眠として誘導者があるのに対して,マインドフルネス瞑想は個人の修行法として一人で行うことが原則となることの違いも関わっていることが考えられる。この点に関しては,催眠の脳画像研究に関する論点として,催眠感受性の高低とともに,催眠誘導の有無と暗示の有無とを考慮する必要のあることが指摘されている。例えば知覚暗示に関して,視覚暗示を行えば視覚野の活動が変化するなど,特定の暗示を行うことで特定の脳領域の変化を伴うことになる(笠井,2020a)。この点で,催眠誘導を行いながら他者から特定の暗示を与えられない催眠はまた,中性催眠として近年注目されるようになっている。そして,これこそかつて成瀬が自律訓練法の実践によって導き出した,暗示によって乱されていない「純粋トランス」として示した「中性催眠」に他ならない(笠井,2020b)。「瞑想性注意集中の状態」とも呼んだこの状態とマインドフルネスとの比較検討は,今後また多くの実りをもたらすことになるに違いない。この意味で,自律訓練法についての検討は古くから行われているものではあるが,新しい装いのもとにさらに検討が進められるべきものであろう。

マインドフルネスの流行はるか以前に硬い言葉で翻訳された「黙想練習 meditative exercise/自律性黙想法 autogenic meditation」も,今なら自律性メディテーションとでも呼んでいればもう少し関心を集めることができていたかもしれない。de Rivera(2017)は,Schultzの自己催眠によって自己弛緩を目標とするバージョン1.0の自律訓練法,Lutheの受動的受容によって中和を目標とするバージョン2.0の自律療法を踏まえて,瞑想によって自己開発を目標として展開するバージョン3.0のオートジェニクスを提唱している。今後の検討に向けた一つの指針になる展開である。

文 献
  • de Rivera, L. (2017)Autogenics 3.0: The New Way to Mindfulness and Meditation. CreateSpace Independent Publishing Platform.
  • Hilgard, E. R. (1977)Self-hypnosis. Journal of the American Medical Association, 237(21); 2330.
  • 笠井仁(2012)自律訓練法の歴史と発展.心身医学,52(1); 12-18.
  • 笠井仁(2020a). 催眠研究と実践の現在.精神療法,46(1); 7-13.
  • 笠井仁(2020b). 成瀬による「中性催眠」「瞑想性注意集中」の構想.精神療法,46(1); 72-75.
  • 前田重治(2003)芸論からみた心理面接.誠信書房.
  • 成瀬悟策(1959)催眠面接の技術.誠信書房.
  • 成瀬悟策(1969)暗示.In:内山喜久雄・辰見敏夫・菅野重道編:児童臨床心理学の諸理論.児童臨床心理学講座Ⅰ 岩崎学術出版社,pp.145-205.
  • Otani, A. (2016)Hypnosis and mindfulness: The twain finally meet. American Journal of Clinical Hypnosis, 58(4), 383–398.
  • 坂入洋右・雨宮怜(2017)自律訓練法における受動的受容とマインドフルネス.心身医学,57(8); 836-842.
  • Schultz, J. H. (1932/2003)Das autogene Training: Konzentrative Selbstentspannung. Thieme.
  • Thomas, K. (1989/2006)Praxis des Autogenen Trainings. Selbsthypnose nach I. H. Schultz. Grundstufe. Formelhafte Vorsaetze. Oberstufe. Thieme/Trias.
  • Yapko, M. D. (2011)Mindfulness and Hypnosis: The Power of Suggestion to Transform Experience. Norton.
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笠井 仁(かさい・ひとし)
静岡大学人文社会科学部
資格:公認心理師,臨床心理士,指導催眠士,自律訓練法専門指導士
著書:『特集 催眠』(編著,精神療法46(1),金剛出版,2020),『ストレスに克つ 自律訓練法』(講談社,2000),『自律訓練法』(共編著,現代のエスプリ396,至文堂,2000)など

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