【特集 催眠現象ってなに?】#00 はじめに|松木 繁

松木 繁(鹿児島大学名誉教授,松木心理学研究所 こころの相談室り・らあく)
シンリンラボ 第11号(2024年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.11 (2024, Feb.)

催眠療法は,その特異的な現象から臨床家の間でも未だに“怪しい”印象を持たれ続けていることは否めないが,催眠現象の中から見出された状態の観察や臨床研究からさまざまな心理療法が産み出されてきている。

催眠研究の歴史を遡ってみると,紀元前から呪術や宗教行事の中で行われてきた催眠現象(トランス体験)を,「一応の科学的な手法」として治療に取り入れたのがドイツ生まれでフランスで活躍した医師,メスメルF. A. Mesmer(1779)であるが,彼の提唱した「動物磁気説」は結果的には根拠がない非科学的なものとしてさまざまな批判を浴びることになった。しかし,彼の没後も催眠現象そのものは,長い歴史の中で紆余曲折を経ながら,その現象の中にみられる特異的な状態は,脳科学的な臨床研究や臨床心理学的な行動観察などから科学的に解明されつつある。

今回の特集では,催眠現象を通した研究や臨床実践から生み出された代表的な心理療法を取り上げ,その専門性と催眠との関連について述べてもらうことで「催眠が心理療法の打ち出の小槌」と言われる所以について,一般にも広く理解してもらうことを目的とする。

催眠現象を通した研究や臨床実践から生み出された精神療法としてよく知られているのは,フロイトFreud, S.(1895)による精神分析療法である。彼は,ブロイアーBreuer, J.と共に催眠浄化法(カタルシス法)による症例研究を重ねた経験を通して自由連想法を編み出し,その後,精神分析療法として体系化した。また,シュルツSchultz, J.(1963)は催眠によるリラクセーション効果を合理的に組み立てられた生理学的訓練法として体系化し自律訓練法を確立した。また,本邦においては,脳性まひ児への催眠適用を通して得られた知見を成瀬(1973)が「動作」という観点からまとめ直し,「臨床動作法」として体系化している。さらには,20世紀最大の精神療法家と言われるエリクソンErickson, M. H.の催眠療法の臨床実践を通して得られた戦略的心理療法(Strategic Therapy)や解決志向療法(Solution-Focused Approach),家族療法(Family Therapy)等は,我々に新たな心理療法をもたらしてくれている(Zeig. J. K., 1980)。

特集では,催眠現象をどのように捉えて各学派の専門性に繋げてきたのかを述べてもらうことで,催眠現象とは何かを読者にも考えてもらう機会としたい。(松木 繁)

文 献
  • フランツ・アントン・メスマー(1779)ギルバート・フランカウ編(1948)(広瀬勝也訳,2023)メスメリズムー磁気的セラピー.鳥影社.
  • Freud, S. & Breuer, J.(1895)Studien uber Hysterie.(芝伸太郎訳(2008)ヒステリー研究(フロイト全集2巻).日本教文社.)
  • J・H・シュルツ,成瀬悟策(1963)増訂・自己催眠.誠信書房.
  • 成瀬悟策(1973)心理リハビリテイション.誠信書房.
  • Zeig, J. K.(1980)Teaching Seminar with Milton H. Erickson. Brunner/Mazel. (成瀬悟策監訳, 宮田敬一訳(1984)ミルトンエリクソンの心理療法セミナー.星和書店.)
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松木 繁(まつき・しげる)
鹿児島大学名誉教授/松木心理学研究所 こころの相談室り・らあく,日本臨床催眠学会理事長
資格:公認心理師,臨床心理士,日本臨床催眠学会認定臨床催眠指導者資格,日本催眠医学心理学会認定指導催眠士
主な著書:『無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う―催眠とイメージの心理臨床』(単著,遠見書房,2018)『催眠トランス空間論と心理療法─セラピストの職人技を学ぶ』(編著,遠見書房,2017),『催眠心理面接法』(共編著,金剛出版,2021),『教師とスクールカウンセラーでつくるストレスマネジメント教育』(共編著,あいり出版,2004),『親子で楽しむストレスマネジメント─子育て支援の新しい工夫』(編著,あいり出版,2008)など

目  次

1コメント

  1. かつて成瀬先生の本を読んだ時には、催眠現象が心理療法だけでなく、スポーツ、アイディア出しなどさまざまな良い影響を与えるものとして、興奮させられ、やがては催眠の一般原則が解明され、学習・心理・運動・パフォーマンスなどで、より良い生き方が実現されるのではないかと思っていたものです。
    フロイトやパブロフ、ゲーテが催眠を学んだことや、テニスンやフォードが変性意識、催眠を活用していたことなど、そんな話を聞いて、催眠の一般原則を学ぶことで、心理を解明し、より素晴らしい成果を達成できると夢見たものでした。

    一方、現在に至って、催眠というものが明確に解明されることのないまま、「催眠が心理療法の打ち出の小槌」と聞くのは悲しみを感じます。
    「心理療法の打ち出の小槌」というが、逆に言えば、いくつかを残してほとんどの心理療法は催眠と訣別したといえます。
    催眠をプロセスとしてみた場合、催眠の手順の一部は、不要で無駄であると切り捨てられてしまったわけです。
    こうした心理療法の脱催眠化は結局のところ、催眠が「“怪しい”印象を持たれ続けている」ことや、催眠が曖昧でい続けて、催眠と定義づける意味がなくなったからではないでしょうか。

    今も催眠に興味を持ち続けている私の立場からすると、催眠から生み出されたものであるなら、それは本来、催眠現象であると定義づけできるようになってほしいなぁと思います。
    次の題材を見ると、メスメルの行なったメスメリズムが催眠ではないなどととんでもな結論を出しており、催眠学分野は自縄自縛に陥っているのではないかと心配になります。
    私個人としては、エリクソンは、催眠と決別しないまま、催眠を拡大された素晴らしい方だという認識ですが、彼自身が催眠という言葉を使わなかった場合、それでもエリクソン催眠は催眠であり続けたについてどう思われるでしょうか。
    あまり広すぎる定義は意味がないのは先刻承知ですが、トランス体験自体が通常意識体験とは異なった体験という広すぎる意味合いを持っていることからすれば、トランス体験という言葉を催眠の定義から外して、ラポールやプロセスの視点から別の定義を探すことが有用な気がしてしまうのは、非状態論的な立場をとっている故でしょうかね。

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