【書評特集 My Best 2023】|板東充彦

板東充彦(跡見学園女子大学)
シンリンラボ 第9号(2023年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.9 (2023, Dec.)

1.ひきこもり関連

まずは,私の専門分野の一つであるひきこもり関連から。岩波ブックレットの『「ひきこもり」の30年を振り返る』(石川良子・林恭子・斎藤環,岩波書店,2023年)は,精神科医の斎藤氏,社会学者の石川氏,当事者の林氏の対談である。軽妙で率直な語り口で,それぞれの立場から30年をコンパクトに振り返ることができる。

「ひきこもり」や「逃げる」という言葉は,直感的にはあまり良い響きではない。しかし,私たちの日常生活を改めて見つめてみると,いかに多くの「ひきこもる」「逃げる」が含まれているかがよく分かる。適応的な生活を送っている人は,「ひきこもる」「逃げる」をしていないのではなく,上手にそれらを生活に組み込んでいる人であろう。九州大学病院における先駆的な試みをリードする精神科医の加藤隆弘氏は,脳科学に基づく研究と精神分析的アプローチの両刀使いである。『逃げるが勝ちの心得』(加藤隆弘,木立の文庫,2023年)は,これらの行動の理解を助けてくれるとともに処方箋を提示してくれる。

2.日常的な心理支援

続いて紹介する『ふつうの相談』(東畑開人,金剛出版,2023)は,話題の書である。東畑氏は,「私は不遜にも対人支援の一般理論を目指して」(p.9)いると語る。臨床心理学が蓄積してきた種々の学派を否定する趣旨ではなく,最前線の臨床現場に軸足を置き,心理支援の本質を捉えようと試みている。

私は,コミュニティ心理学的支援の実践者・研究者たちと同様の課題を共有しているが,上記と関連してGlobal Journal of Community Psychology Practicehttps://www. gjcpp. org/en/という海外のオンラインジャーナルの記事群を紹介したい。コミュニティは,構造化/純化された面接室と比べると,野戦病院に例えられるかもしれない。伝統的心理臨床への批判として始まったコミュニティ心理学も,他職種が関わり雑多な要因が絡む支援現場において,「心理学」の概念が薄れているようにも見える。しかし,そうではないだろう。心理専門職が行う支援の背景には必ず心理学があるのである。

これらの「日常的な実践」の中に,容易には表に現れない心的事象を捉えて介入する臨床心理学の核心があるのではないだろうか。

3.心理学の周辺

最後に,心理学の周辺に目を向けてみたい。異分野の学問は,基礎的な素養がないために深い理解にまで至ることは難しいが,斬新に感じられて面白い。

『宗教を「信じる」とはどういうことか』(石川明人,筑摩書房,2022)は宗教学からの知見である。言わずもがな,「信頼関係」の構築は心理支援の根幹である。石川氏は,信じることの条件は「疑いがある」ことである,と言う。疑う余地がなければ,そもそも「信じる」行為は要らない。石川氏の結論は「信じるのか,信じないのか,ということにこだわる必要はない。その営みを(心的)事実として素直に見つめよ」である(P.248)。そして,宗教活動を論じながら,「信じる」は社会的な行為であるとも言う。

『ブルシット・ジョブと現代思想』(大澤真幸・千葉雅也,左右社,2022)には,人類学者のデヴィッド・グレーバーが提示した,ブルシット・ジョブ(「クソどうでもいい仕事」と訳される)概念をめぐる大澤氏(社会学)と千葉氏(哲学)の対談が収録されている。ここでのキーワードは「問い」である。「私が今している仕事は,この世界とどう関わっているのか」と問うことであり,これを問えなくなったときにブルシット・ジョブが現れる。千葉氏の「勉強」の論考は,この落とし穴に落ちている自分を捉える視点を授けてくれる。

さて,私は想像を豊かにし,ここでの「問い」を,クライエントが臨床現場にもちこむ「問題」に置き換えてみたい。彼らは,世界との関わり方を捉え直そうとしているに違いない。私たち臨床家は,その世界の一部として,どのような存在として彼らに対すると良いであろうか…?

バナー画像:Alex G. RamosによるPixabayからの画像

板東充彦(ばんどう・みちひこ)
跡見学園女子大学心理学部准教授
資格:公認心理師,臨床心理士。
1997年,北海道大学法学部卒業,2006年,九州大学大学院人間環境学府人間共生システム専攻心理臨床学コース博士課程単位取得満期退学,2009年,博士号(心理学)取得。
研究テーマは,ひきこもりのグループ・アプローチ。コミュニティ心理臨床。
主な著書:『ひきこもりと関わる』(遠見書房,2022)

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