【書評特集 My Best 2023】|松田真理子

松田真理子(京都文教大学)
シンリンラボ 第9号(2023年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.9 (2023, Dec.)

1.内海健『金閣を焼かなければならぬ―林養賢と三島由紀夫』(河出書房新社,2020)

本書は気鋭の精神科医である内海健が金閣寺を放火した修行僧・林養賢の心の内奥について一次資料や三島由紀夫の『金閣寺』をもとに解き明かした名著です。林養賢は昭和25年7月2日未明に金閣に火を放ちました。この凶事について放火の動機を問われた際,「分からぬ」という一貫した態度をとり続けたことについて内海は「人が真実を述べる時,その者は狂人とされる。真実は耐え難いものであり,多くの者は妥協して,動機を捏造する」と述べています。一般的に狂気のポテンシャルは症状によって減圧されますが,養賢に胚胎した狂気のポテンシャルはさまざまな偶然が重なり,制度的なものをすり抜け,極限まで突き抜けてしまったと内海は指摘しています。養賢は司法や精神鑑定という強い制度との接触に際しても症状を産出せず,物語を作ることなく,事実だけを述べ,動機については分からぬという態度を貫き,ただ金閣を焼いたということを真率に示しましたが,それは零度の狂気と呼ぶべきものであると内海は述べています。狂気の本質に肉薄した必読の一書です。

2.伊東俊太郎『人類史の精神革命―ソクラテス、孔子、ブッダ、イエスの生涯と思想』(中公選書,2022)

歴史学者の伊東は人類史の大変換期を構成したものとして「人類革命」「農業革命」「都市革命」「精神革命」「科学革命」の5つを挙げ,「精神革命」は人類の精神史の始まりであると述べています。伊藤は「精神革命」とは前6世紀から紀元1世紀にかけてギリシャ,中国,インド,イスラエルの各地域に並行して起こった人間精神の内的変革を意味し,それは人類史における哲学と世界宗教の成立であり,具体的にはギリシャ哲学,儒教,仏教,キリスト教の形成を示していると述べています。人間は社会の「集団表象」を脱して個我に目覚め,それまでの神話的世界を超え出て,精神の目でとらえられる「超越者」「普遍者」を求め,そこから世界全体を統一的に捉え直し,その中での人間の在り方を自覚しようとし,ギリシャではソクラテスによる「魂の配慮・善」,中国では孔子による「仁」,インドでは仏陀による「慈悲」,イスラエルではイエス・キリストによる「愛」が人類の精神革命をもたらしたと述べています。伊東が92歳の時に執筆した叡智の集積です。

3.豊田園子『女性なるものをめぐって―深層心理学と女性のこころ』(創元社,2022)

ユング派分析家の豊田は世阿弥の『風姿花伝』の中に記載されている男時,女時について引用し,女性的な時,女性の知恵の回復について論じています。豊田は男時とは上昇運,女時とは下降運,ツキの良さ,悪さの意味と一般的に解釈され,女時にあってはどんなに努力しても思うほどの効果が得られないから,身を引いてじっと耐えて精進し,謙虚な気持ちで力をため,次に男時が巡ってきた時を逃さないようにするのが肝要だと述べています。さらに豊田は不遇の時も人に深みを与えるという意味として捉えるなら女時はなくてはならないものであると述べ,女性のスピリチュアリティの本質について言及しています。

4.兼本浩祐『普通という異常―健常発達という病』(講談社現代新書,2023)

精神科医の兼本はADHDやASDを病と呼ぶなら「普通」も同じように病であるとし,逆転の発想から人間の本質に迫っている一書です。

5.瀧口俊子・大村哲夫・和田信(編著)『共に生きるスピリチュアルケアー医療・看護から宗教まで』(創元社,2021)

スピリチュアルケアの複雑さと多様性について医療,看護,宗教など多様な立場の著者達が執筆した一書です。

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松田真理子(まつだ・まりこ)
京都文教大学臨床心理学部教授 心理臨床センター長・学生相談室長
資格:公認心理師,臨床心理士
主な著書は,『統合失調症者のヌミノース体験ー臨床心理学的視点から』(創元社,2005),『医療心理学を考えるーカウンセリングと医療の実践』(晃洋書房,2016),『芸術と文学の精神世界—病跡学的視点から』(晃洋書房,2018),『統合失調症と宗教—医療心理学とヴィトゲンシュタイン』(共著,創元社,2009)
趣味:猫育て,読書,園芸,美術鑑賞など

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