動機づけ面接入門(10)メンタルクリニック受付業務と動機づけ面接|松浦文香

松浦文香(原井クリニック, (株)原井コンサルティング&トレーニング)
シンリンラボ 第10号(2024年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.10 (2024, Jan.)

1.はじめに

私は強迫症を専門とする原井クリニックで受付として働いている。原井クリニックを受診する患者さんの8割は強迫症/関連症群である。

私自身が強迫症の当事者でもあり,強迫症を理解できる受付として雇われたが,その目論見は大きく外れた。強迫症の患者さんとその家族は大量の質問をして,ありとあらゆる疑念を払しょくしようとする。原井クリニックを一度も受診したことがないにも関わらず「(現在受診中の別の病院から処方された)息子が内服している薬は合っているのか」という問い合わせの電話に対して「それは息子さんの主治医の先生に聞いてください」という正論を伝えても無駄だった。

動機づけ面接(Motivational Interviewing, 以下MI)を学ぶまで,私は正しい情報を伝えるのが当然だと思っていた。最初は話が噛み合わなくても正しいことを言っていれば,いつかはわかり合えると信じていたが,それは幻想にすぎなかった。

職場の他の受付は患者さんの要求に応えていた。患者さんの要求に合わせてその都度クリニックのポリシーやルールを変え,どうしても要求に応えられない時はひたすら謝罪し,場を収めていた。

MIを学ぶようになると,私も他の受付も確認の症状に巻き込まれていて,症状を悪化させていたことに気づいた。

今回は受付でMIを使う時に私が留意していることを紹介する。ここで取り上げる事例は全て個人が特定できないよう改変した。

2.余計なことをしない

MIの効能を表現するとしたら「余計なことをしなくて済む」の一言に尽きる。私は援助者に対して「〇〇をしないは行動ではない!」と口を酸っぱくして言っているが,私にとってのMIは引き算のイメージである。

原井クリニックで働くまでは,治療とは相手に欠けている視点や不足している技術を授けるものだと思っていた。ところが原井クリニックでは真逆のことが起こっていた。

院長の原井宏明医師は強迫症を治療する行動療法家であると同時に,日本におけるMIの第一人者でもある。原井は不要な薬を減薬し,過剰な注目引きつけ行動を無視し,適切な行動だけに注目することで,患者さんが自分の問題に自力で対処できるようにしていた。原井は医師への質問や要求を無視する代わりに,患者さんの内省や報告行動を強化し,自発的に改善できたことを是認した。そうすると,薬漬けになっていた患者さんが表情を取り戻し,前医の前では生じていた解離が消え,働けないと言われていた人々が就労するようになった。他の医師も良心的な対応をしていたと思うが,治そうとする努力が裏目にでていたようだった。

不要な薬や配慮が問題をこじらせ,本人の自己治癒力を障害しているにも関わらず,治療者という立場にいる人は余計な治療や支援をせずにはいられない。

私はMIと行動療法を学び,学んだことを受付業務の中で検証するようになった。

3.辛抱強く待つ

普通の会話は情報提供やチアリーディング,謝罪,同情,説教などでカラフルに彩られたデコレーションケーキのようなものである。MIを使うと過剰な装飾がそぎ落とされ,土台のスポンジケーキだけになる。

私が原井を真似ようとすると,患者さんが改善に向けて自発的に動き出すのを待つ間は心細く,つい何か装飾を足したくなってしまう。特に相手がこちらに依存して指示を仰ごうとするときは,差し伸べようとする自分の手を反対の手で押さえつける必要があった。

MIが上手な人はセルフコントロールが上手な人でもある。患者さんが変わるまで辛抱強く待てる治療者は,MIトレーナーの中でも数人しか会ったことがない。

受付は基本的にフリーアクセスであるため,八つ当たりや暴言,脅し,セクハラ,泣き落としなどが予想もしない方向から降りかかってくる。自分の衝動性や情動をコントロールできるようになることは,受付のカウンターに立ち続けるためにも欠かせない。自分が苦手とする状況下でもMIらしい会話ができるようになれば,相手の反応から会話の質の変化に気づけるだろう。

4.フォーカスする

受付の対応では常に帰着点が求められる。受付と関わるのは要求するためであり,たとえそれが理不尽な要求であったとしても,何らかの「落としどころ」を作る必要がある。

受付という職種には思いやりや共感が大切だと思われているが,面接における共感的な聞き返しの有無は治療の有効性と無関係である(Elliott et al., 2023)。MIを使う時はなんといってもフォーカスすることが重要である。

フォーカスせずに聞き返しをしているとどうなるのか,不動産会社からの営業の電話で試してみた。

営業「ダイレクトメールでもお伝えした件で,ぜひ院長とお話をさせてください」
私「不動産の営業ということですね,今後購入する予定はございません」
営業「今回の物件は異なるのです。投資目的でも購入する価値があるので一度ご覧いただきたいのですが」
私「急いでアポイントを取る必要があるのですね」
営業「別に急いでいません。素晴らしい提案なのでお伝えしたいだけです」
私「このお仕事に誇りを持ってらっしゃるのですね」
営業「はい!」

これでは会話が終わらない。さすがに営業の電話にエンドレスで付き合う人はいないだろうが,カウンセリングではこれと同じようなことが多々起こる。患者さんの発言に追従していると関係性は継続するが,患者さんも治療者も現状維持を続けることになる。

5.受付は時間との勝負

臨床では,患者さんがどのような状態になるのが望ましいのかという長期的な目標を立て,それに合わせてどのような行動を強化するのか,当面の目標行動を設定する。

受付では,認知行動療法のマニュアルにあるようなケースフォーミュレーションや機能分析といった計画と介入を同時進行で行う必要がある。受付における電話対応とは,まだ一度も会ったことがない人からの電話に対応しながら,この会話をどこに持って行くのかをその場ですぐに決めることである。

実際のやり取りを紹介しよう。希死念慮のある会社員の女性とのやり取りである。休職用の診断書を希望して来院されたが,診察で院長は仕事の継続を勧めた。思い通りの診断書をもらえなかった不満をぶつけられることを予測していたが,診察終了後の会計時の女性の反応は意外なものだった。会計をしながらのやり取りを紹介する。

私「こちらは診察券です。もし受診される際はこちらをお持ちください」
患者さん「綺麗な字ですね」
私「(私のセンサーが反応。診察では死にたいと言っていたのに,こんなことを言うのか…)よく見ていらっしゃいますね。他の人の働き方とか,他人の字とか」
患者さん「わりとよく見る方です」
私「(レジを操作しながら)読めないような字を書く人もいたりするけど(笑い)職場の人の働き方なんかも見てらっしゃるんですね」
患者さん「(財布からお金を出しながら,考えるように)はい,見てますね。人の行動を見て,自分の行動を決めているんです。これまで人間関係でトラブルになったことがあったんで,怖い思いをしたから」
私「口で言っていることだけじゃなくて,行動観察されてるんですね」
患者さん「うん,人って口では良いことを言っていても,実はそうでなかったりするから。だから,行動を見るようにしてるんです。これまでいじめられたりしたから」
私「口では仕事やりますって言ってるのに,全然できてないじゃん! とか。一方で,口では全然主張しないけど,実はコツコツと仕事をしている人もいるから,そういうところもちゃんと見ていらっしゃるんですね」
患者さん「そういう人もいます。その人が主張しないから,私が代わりにかばったりすることもあります」
私「人が見ていなくてもコツコツと仕事する人を評価されていて,それが(あなたの)価値観なんですね」
患者さん「はい,そのせいで自分も苦しくなってしまうんですけど」
私「自分にも返ってきますからね。それでも口先だけの人間にはならないようにしてらっしゃるんですね。これまでずっとそれでやってきたとしたら,今回仕事を休もうとしているのは,大きな決断でしたね」
患者さん「今は仕事ができないから,しょうがないんですけど,他の人に迷惑もかけるし」
私「職場の人との関係はいいんですね(お金を受け取り会計が終わる)。明日から仕事はお休みだと思うんですけど,次の予約はいつになさいますか」
患者さん「来週の月曜日は会議が入ってるんで,火曜にします」
私「ちゃんと今入ってる仕事はこなされるんですね」
患者さん「はい,迷惑をかけたくないから」
私「じゃあ火曜日ですね,時間は……」

私は彼女の「綺麗な文字ですね」という一言が彼女の変化に繋がるチェンジトークだと弁別し,その後はひたすら彼女の価値観にフォーカスして聞き返した。実際は「自分はこうしよう」という意図をもったオペラントではなく,「綺麗な文字ですね」を弁別刺激とした自動反応(レスポンデント)で行っている。

6.弁別学習訓練

先述したやり取りを自動反応で行うためにはチェンジトークの弁別学習訓練が必要である。相手の発言の中からチェンジトークを弁別して聞き返すという弁別は,同時に維持トークを聞き返さないという弁別でもある。

先述した会社員に対して大半の人は彼女の「怖い思いをしたから」とか「いじめられたりしたから」といったネガティブな過去に対して,「何かあったんですか?」と反応してしまう。患者さんの側からしてみれば,相手に注目してもらえた発言(維持トーク)ばかりが強化されることになる。

私の実体験に基づく弁別学習訓練に欠かせない要素は次の通りである。

1)フィードバックがあること

スクールカウンセラーのように多職種で連携していたり,他のスタッフと足並みが揃っていない場合は,自分の行動と結果の因果関係を推測しにくい。患者さんから「松浦さん,こんなことができるようになったんですよ~」という報告が聞けることは私自身の動機づけにもなっている。

2)フィードバックが得られるまでの中間フィードバックがあること

患者さんの治療結果が出るまでに半年~数年かかる場合もある。結果が得られるまでの間は主に院長が私の対応の善し悪しを評価し,励ましてくれる。

3)報告する/体験を共有する相手がいる

MIを学ぶ時は,学習コミュニティを作ることが推奨されている。MIで人を変えたいと思うのなら,まず自分がMIの恩恵を受けることだ。他人に説明することによって自分を知ることになる。

私が参加する事例検討会等のコミュニティからのフィードバックは,私がどのような人間になったらよいのかという方向性を教えてくれる。そのためにも人前で恥をかくことを恐れずに,自分の意見や事例を発表するようにしている。

7.動機づけ面接では歯が立たないケース

MIは万能ではない。私の経験上,次のようなケースではMIの効果がなかった。

1)注意欠如・多動症(ADHD)傾向がある人

ADHDの傾向を持つ人にはMIを使っても介入効果は変わらない(Sibley et al., 2020)。衝動性の高い人は反応潜時が短く,相手の発言の最初の部分だけ聞いて返事をする。本人の話を聞き返しても自分のことだとは気づかず,フォーカスも定まらないため会話が堂々巡りになりやすい。この場合は何を言うかよりも,いつ言うかのほうが重要である。

2)多剤大量になっている人

抗精神病薬等の鎮静系の薬の影響か,1分前に自分が話した内容ですら忘れてしまう人がいる。ワーキングメモリが小さくなっているようだ。この場合,反応潜時は長くなるが,①の人と同じで話が堂々巡りになりやすい。複雑な聞き返しを控え,短く簡潔な指示をした方が意思の疎通がしやすくなる。

一方で,MIは役立つが,使う時にコツがいるケースもある。

3)喋りたい人

これは受付泣かせのケースである。こちらは次の対応があるために話を短く切り上げたいが,相手は時間がたっぷりあって,話し相手を探しては延々と話を長引かせる。

この場合は,受付と患者さんで目指すゴールが違うため,行動療法の技法と組み合わせて使う必要がある。質問は封印し,話がコンパクトになるよう,定期的にサマライズし,「一つだけお伝えしてもよろしいですか?」と許可を取り,「他の患者様の対応もありますので,あと2,3分でいったん中断させていただきます。それまでに話しておきたいことはございますか?」とあらかじめ時間設定をする。

4)粘着質の人

強迫症の患者さんは完璧な納得感を求めて質問・要求をすることが多い。大きな目的があるわけではなく,質問しだすと止まらなくなる。「紹介状は必須ですか?『可能なら』ってことはなくても受診できるってことですよね? 後で紹介状を持参するのではダメですか? もし紹介状がなかったら全員自費になるってことですか?」と自分の思い通りになるまで誘導尋問をし続ける。これはあちこちの受付で同様のやりとりをしているうちに培われた習慣の賜物である。

このような人に間違い指摘反射や情報提供をすると,火に油を注ぐことになる。一問一答のループに陥っていることに気づいたら,対応する場所や担当者を変えるのが手っ取り早い。重要な情報は診察の中で伝えてもらうようにしている。

8.受付はしんがり

受付の仕事は将来,人工知能(AI)やロボットに置き換わると言われている。パターン化した単純作業をしているだけだと思われているからだろう。しかし,受付として働く私からみれば,受付は働き方の工夫次第で医療の結果を大きく変えることができる職種である。

ある人は受付を「しんがり」と表現してくれた。しんがりとは,自軍が退却する時に最後尾を担当する部隊のことである。受付はその医療機関の印象を決定づける顔であると同時に医療のゲートキーパーでもある。医療機関の入口と出口を担う受付は,その役割や存在意義を確立する途上にある。

文 献

  • Elliott, R., Bohart, A., Larson, D., Muntigl, P. & Smoliak, O. (2023)Empathic reflections by themselves are not effective: Meta-analysis and qualitative synthesis. Psychotherapy Research, 1–17.
  • Sibley, M. H., Graziano, P. A., Coxe, S., Bickman, L. & Martin, P. (2021)Effectiveness of Motivational Interviewing-Enhanced Behavior Therapy for Adolescents With Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder: A Randomized Community-Based Trial. Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry, 60(6), 745–756.
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松浦文香(まつうら・あやか)
原井クリニック,(株)原井コンサルティング&トレーニング
資格:動機づけ面接トレーナー(MINT),日本動機づけ面接協会技能検定1級取得
自助グループ「京橋強迫の会」世話人
主な著書:『図解いちばんわかりやすい醜形恐怖症』(共著,河出書房新社),『強迫症/強迫性障害(OCD)考え・行動のくり返しから抜け出す(健康ライブラリーイラスト版)』(共監修,講談社),『「不安症」でもだいじょうぶ ―不安にならない、なくすという目標は間違いです』(共著,さくら舎)
趣味:旅行,スキー,動物園・水族館巡り

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