動機づけ面接入門(5)私と強迫症そして動機づけ面接|原井宏明

原井宏明(原井クリニック,(株)原井コンサルティング&トレーニング)
シンリンラボ 第5号(2023年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.5 (2023, Aug.)

1.私と強迫症

もし,精神疾患の診断基準の一つとして,「症状が1年以上を通じて変化しにくいこと」というのがあるとしたら,それを満たすものの代表選手は強迫症だろう。大きな環境変化がなければ,強迫症の患者は,365日の間,手洗いや確認などの同じ強迫行為をし続ける。いつも右手でドアを締め,ロックされているかどうかを3回引いて確認し,「OK」と心の中で3回つぶやき,右ポケットに鍵を入れて,右足から立ち去る人が,ある日だけ,左を使うとか,ロックの確認が2回とか,「OK」が「よし」になるとかはありえない。面接でも同じ話の繰り返しになるだろう。

私が強迫症の患者を最初に見たのは24歳,神戸大学精神科で研修医をしていたときである。このとき,入院中だった若い男性患者もトイレなどで強迫行為があり,スタッフがどのような声掛けをしようが邪魔をしようが梃子でも動かなかった。そして,そんな患者に何をしたら良いのかを私のオーベン(研修医を指導する医師のこと)はもちろん,中井久夫教授を含めてスタッフの誰一人として知らなかった。研修医としては中井先生の本(中井,1985)の言葉を真似て,患者さんに「気づかぬうちにポンと抜けるらしいよ」と伝え,薬もレキソタン®(ブロマゼパム)を処方するぐらいしか手がなかった。

1986年に肥前療養所に来て,この強迫症を治す方法が実はあったのだということを知った時の私の驚きを想像してほしい。1988年,エドナ・フォアEdna Foaのワークショップに参加した後,重症の不潔恐怖の患者をERP(Exposure & Response Prevention, エクスポージャーと儀式妨害)で治せるようになった。薬についてもクロミプラミンの存在を知った(当時は選択的セロトニン再取り込み阻害薬 Selective Serotonin Reuptake Inhibitors; SSRI,発売前である)。抗うつ薬にうつ病以外に対する効果があることを知ったのは肥前に来てからである。

2.プレ動機づけ面接の私

しかし,20代にして,中井先生にも治せなかった強迫症を治せるようになった(!)からと言って,私がいろいろできるようになったわけではない。

中井先生は強迫についてこのように書いている。

初期には患者の訴えのくり返しをじっと聞くのも必要なのだが,治療が進むと,(こちらがあきらめたころに)反復強迫を脱することになるのが少なくないのに,(ぶり返しがないとは言わないが)こちらのほうで「ああ,またあの患者か,三十分はしんぼうして聞いてやるか」という構えを持ってしまうと,面接が半永久的に患者の強迫的儀式の一部と化してしまうコースを辿りやすい。むろん,そういう例を精神科治療者の一生の間に一人も作らずに済む人は少ないだろうが,必ずしもそうならなくてもよいのに,われわれのほうの構えによってせっかくの新しい可能性の芽をつむのは,いかにももったいない。患者のためばかりではない。治療者のほうも,徒労感,不毛感を持ちながら「時間を分け与えてやっている」気であるから,必ず精神衛生が悪くなるだろう。
そう「してやって」も患者のほうではあまりありがたそうにしないようにみえる。それだけでなく,たしかに,患者はいんぎんに,どうか聞いてくれ,とニコニコしながら頼むことのほうが多いが,聞くほうはどこかおしつけがましさを感じてしまうようだ。もっとむきだしに「聞くのが医者の義務でしょう」と“可愛気のない”ことを言う患者も時にはいるくらいで少なくとも治療者のほうは,患者がそう言わないまでも内心そう思っているように気を廻しがちである。ここから一種の権力闘争のようなものが始まる。そう,それはしばしば覇権をめぐっての争いになる。
私は,強迫症者との対人関係,あるいは強迫症者同士の対人関係には,どこか権力闘争的なものが混じってくる,それも関係が長びけば長びくほどそうなる,と感じている。

これを読んで,思い当る節があると感じる読者は多いだろう。私もそうだ。そして2003年,動機づけ面接を使えるようになる前は――私は個人的に患者の「儀式自慢」と呼んでいる――面接が半永久的に患者の強迫的儀式の一部と化してしまうことが良くあった。山上敏子先生から「患者の話をもっと良く聞け」と怒られて,「時間がない」と口答えしていたのもこのころのことである。当時の私には「良く聞く」ことの意味が分かっていなかった(原井,2012)。

動機づけ面接(Motivational Interviewing; MI)の最大のメリットは,もちろん患者が自ら変化するようにもっていけることだが,強迫症に関しては別のメリットが大きい。中井が言う「権力闘争」を避けることができる。MIを身につければ,「聞くのが医者の義務でしょう」と言われたときに「話しても話しても,全部じゃない,まだ足りないという感じがあるのですね」と聞き返せるようになる。MIだけで強迫症を治せるわけではないが,少なくとも強迫以外の患者を待合室で待たせることを少なくできるだろう。

3.ポスト動機づけ面接の私

強迫症にはSSRIが有効であることが分かっている。しかし,効果があるから飲めと言っても,素直に飲んでくれないのが強迫症である。ここで処方を決めるのは医者だ,その指示に従えと言えば,中井が言う通りの不毛な「権力闘争」に陥ってしまう。普通の対応とMIの対応を並べてみる。普通の対応には医師の考えをカッコの中に加えた。MIのコラムで聞き返しにはR,質問にはQのコードをつけた。またMIに準じた発言にはコメントをつけた。

 普通の医者的応答         MI
医師 強迫症に対する薬としてSSRIがあります。1,2週間飲み続けてもらえれば強迫観念が2,3割は下がるでしょう。確認行為を我慢するのがやりやすくなります。
患者薬に対して不安があります。ネットで調べると自殺のリスクが上がるとか。
医師大丈夫ですよ。そうなる可能性は低いし,あなたご自身,いままで実際に死のうとしたことはなかったんですよね?薬で死ぬかもと考えるのですね。R
患者死を考えることはよくあるんです。本当に大丈夫でしょうか?ええ,最近の薬では死ぬことはないと聞いているのですが,何か突拍子もないことをするんじゃないかと。
医師考えるだけなら,心配いりませんよ。そうおっしゃる患者さんが良くおられますが,実際にそうなることは今までになかったし,それにご両親がいつも一緒におられるじゃないですか?自分が何かしてしまうのが怖い。R
患者今月末に,親が祖父母の家の片付けに行くのです,親が帰ってきてからでもいいですか?そうなのです。どうしたらいいでしょうか? 私は薬を飲んだほうがいいのでしょうか?
医師(そしたら薬を始めるのが4週間先,先すぎる) 薬で不安とかあれこれ生じるのは飲み始めのうちだけですから,今からでも始めても大丈夫だと思いますよ?私の意見を聞きたいのですね? Q
患者でもやっぱり不安です。あれこれ生じるのですよね。薬を飲み始めたらやめられないということになりませんか? ネットに離脱症状とか書いてあって,やっぱり怖いです。はい,強迫観念を止めたいし,でも薬で変になるのも不安だし,ネットにはいろいろ書いてあるし。薬に効果があるというのは本にも書いてあって知ってはいるんですが。
医師(まだ飲み始めてもいないのに,今から離脱症状の心配をしてどうする?) 飲み始めの時期で離脱症状がでることはありません。でも,不安なのなら,薬の説明書を渡しますから,それをよく読んでもらって,それから判断してもらっても大丈夫ですよ。自分で考え始めると決め切れないということですね。R どうでしょうか,1つには家族にも相談して来週から薬をスタート,2つめに,今晩から1錠を試してみて,来週来てもらい,その時に続けるかどうかを判断するというのは?(Q,選択肢を提示) 飲むのはご本人なので決めるのは本人ですし,数日飲んでみてやっぱりやめるというのもそれはそれで構いません。(自主性を尊重する)
患者じゃあ,親にも相談してから決めてもいいですか?そうなんです,考え出すといつも決められなくなります。親に相談しても一緒。今夜から飲んでみます。

ここでは治療の説明を薬の例にしているが,薬をERP(Exposure & Response Prevention, エクスポージャーと儀式妨害)に置き換えても同じである。左側の場合にこのさきどうなるかを考えてほしい。来週来た時に,では薬を試すとかERPをやってみるとかになるだろうか? 強迫症の患者の親は未治療の強迫症であることが多い。あるいは決め切れない子供に対して医者以上に対決的な態度をとることもあるだろう。いずれにしても先延ばしにすること自体が治療者が強迫に巻き込まれていることになる。中井はこういう。

最後に,アダムズのことばを頭に入れておくことが大事だといってしめくくりとしよう。彼は強迫症者はbad thinkerだがprofound feelerだと言っている。この場合,bad thinkerとは「不器用な思考者」くらいにとっておくのがよいだろう。知的な印象を与える強迫症者は多い。いや大部分といってよいくらいである。しかし,患者と知的会話にのめり込むのは不毛である。bad thinkerだからである。患者の症状ばなしに対する態度と同様に,もっともらしい合理化や理由づけやいいわけを話題の中心にとりあげないように気をつける。患者を「へりくつの達人」にしようと思えばできるが後が大変だ。

中井教授のところで研修医をしていたのは40年近く前のことである。もっともらしい合理化や言い訳を話題の中心にとりあげないように気をつけることの重要性を私も知っていたはずだが,実際に患者を「へりくつの達人」にせずにすむようになるためには,私にはMIが必要だった。強迫症の治療ガイドラインはすでに世に出ているが,マニュアルは対応法の訓練にはならない。強迫症の患者に時間を取られている方はMIを身につけることも考えてほしい。

文  献
  • 中井久夫(1985)説き語り「強迫症」.In:中井久夫著作集2巻 精神医学の経験 治療.岩崎学術出版社,pp.94-114.
  • 原井宏明(2012)方法としての動機づけ面接. 岩崎学術出版社.
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原井宏明(はらい・ひろあき)
原井クリニック,(株)原井コンサルティング&トレーニング
資格:精神保健指定医、精神科専門医・指導医、日本認知/行動療法学会専門行動療法士、MINT認定動機づけ面接トレーナー
主な著書:『対人援助職のための 認知・行動療法』『認知行動療法実践のコツ 』(いずれも金剛出版),『方法としての動機づけ面接』(岩崎学術出版社),『図解やさしくわかる強迫症』(ナツメ社),『「不安症」に気づいて治すノート』(すばる舎),『図解いちばんわかりやすい強迫性障害』『図解いちばんわかりやすい醜形恐怖症』(いずれも河出書房新社),訳書にガワンデ『死すべき定め』(みすず書房)など多数。

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