私の臨床現場あるある(5)司法・犯罪領域から|紀 惠理子

紀 惠理子(前法務省矯正研修所長・日本心理研修センター理事)
シンリンラボ 第5号(2023年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.5 (2023, Aug.)

1.国の安全・安心を心理職の力で!

おっと,最初から大口を叩いてしまった。が,まんざら嘘でもない。この「私の臨床現場あるある」の連載も第5回目となり,いよいよ司法・犯罪分野の出番がやってきた。今回は,私の長年のフィールドであった矯正施設の心理職(以下では簡潔に「心理職」という。)について,私見ではあるが,ご紹介したい。

矯正施設とは,法務省矯正局が所管する刑務所,少年院,少年鑑別所など非行・犯罪をした人などを収容する施設である。この矯正施設は,政府の重要施策の一つである安全・安心な国づくりを再犯防止施策の推進によって実現する。ここでの心理職は,①心理アセスメントの実施と,②指導・支援への参画が業務の中心となる。

2.どんな仕事?

「塀の中」の仕事は,少年鑑別所の勤務では心理アセスメントが主となる。入所した少年に対して面接や心理検査を行い,知能や性格等の資質上の特徴,非行を促進または抑制する要因を把握した上で,今後の処遇上の指針等を策定する。その結果を「鑑別結果通知書」に取りまとめ,家庭裁判所に送付し,家庭裁判所は審判に活用する。また,審判決定により,少年院に送致された少年や保護観察処分になった少年に対しても,継続的な心理アセスメントを行い,少年院や保護観察所に対し,必要とされる指導等に関するアドバイスをする。

刑事施設や少年院の勤務では,心理アセスメントのほか,指導・支援に参画することが多い。心理職は,施設内での処遇方針を策定するほか,再犯・再非行防止のための各種プログラムに参加したり,社会復帰支援のために福祉等の専門職との協働を行うのである。

「塀の外」の仕事も増えている。少年鑑別所は地域社会の非行・犯罪の防止や青少年の健全育成に貢献するため,法務少年支援センターという名称で,一般の方や関係機関からの依頼に応じてさまざまな協力活動を行っている。心理職はその中心となって,心理検査,相談・助言,専門的指導などを実施する。この活動は展開するほどに関係機関等からのニーズや期待が高まっており,心理職の腕の見せどころとなっている。

3.仕事の心構えは?

その1「熱い心と冷静な眼差しで」

望んで矯正施設に収容されている人はまずいない。非行や犯罪をした自身や困難な現実と向き合うことを避けている人がほとんどである。理解され愛されることを求めながらも,これ以上傷付くまいとして対人不信感を募らせている場合も少なくない。面接や心理検査を受けるモチベーションは低く,時には拒否的・反抗的な態度さえ見せる。こうした人を対象に精密な心理アセスメントや効果的な指導・支援を継続するのである。こちらも生身の人間であるがゆえに,相手の態度に落ち込んだりムカついたりする。対象者の理解への熱い心と冷静な眼差しが求められ,常に対象者とどう向き合うかが試される。

その2「公安職と心理職の二足のわらじ」

矯正施設の心理職は公安職である。身柄が確保されているからこそ,心理職による心理アセスメントや指導・支援への参画も可能となる。少年鑑別所や少年院の勤務では,当直や護送等の保安業務を担うこともある。心理職としての専門知識や技術に加え,公安職として必要とされる保安勤務要領,手錠の使用法,護身術なども身に付けなければならない。

その3「公文書だよ心理レポートも」

矯正施設の心理職が書いた心理レポートは,国の行政機関が作成した文書である。また,その心理レポートは,例えば,家庭裁判所や少年院など他機関で利用され,同じ施設内で利用する場合には他の部署でも活用される。公文書としてきちんとした体裁にしなければならないし,利用者が心理の専門家ではないことが多いだけに,簡潔で分かりやすく書き表す必要がある。これを意識して仕事を進めることは,案外と難しい。

4.強みは人材育成と仲間!

やりがいはあるが,なかなか大変な仕事である。しかし,心配ご無用! 心理職としての専門的な知見や技術も,公安職としての基本も,身に付けるための研修体制や育成の仕組みが大変整っている。研修所での体系的・集中的な学習や訓練,2年間にわたる個別的なスーパービジョン,さまざまな研修会への参加などが準備されている。また,多くの執務資料が整備されており,実務に携わりつつ自己研鑽もできる。そして何より,多くの心理職の仲間がおり,互いに励まし合い,切磋琢磨しながら成長することができることが一番の強みである。

おわりに

いま矯正施設は,被収容者の改善指導や社会復帰支援を進める上で,多機関連携がとても重要になっており,心理職にはその要としての期待も大きい。また,高度な専門性を用いて,新たな指導方法を開発したり,矯正施設の取組の効果検証をしたりする役割も求められている。非行・犯罪臨床の最前線にあって多彩な活躍が期待される,この心理職の仕事に関心をお持ちいただき,併せて法務省矯正職員採用サイトなどをご覧いただければ幸いである。

+ 記事

紀 惠理子(きの・えりこ)
前法務省矯正研修所長・日本心理研修センター理事
資格:公認心理師・日本カウンセリング学会認定スーパーバイザー

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事