私の臨床現場の魅力(12)犯罪を扱う現場における興奮と鎮静の心模様|橋本和明 

橋本和明(国際医療福祉大学)
シンリンラボ 第12号(2024年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.12 (2024, Mar.)

私はなぜかわからないが,小さい頃から事件や事故に強く惹かれるところがあった。例えば,近所で救急車や消防車のサイレンが聞こえるといち早く家を飛び出し,その現場にかけつけた。また,パトカーが止まったりすると,おっかなビックリではあるが,できる限り近寄って警察官の動きを凝視していた。野次馬根性といってみればそれまでだが,私に限らず誰しも大なり小なりこのような心理は働くに違いない。そして,事件や事故にはそのように人の注目や関心を集める作用がある。

私の場合はそれを職業にした。大学を卒業して家庭裁判所の調査官となり,23年間も事件漬けの日々を送った。窃盗や道路交通法などの事件はもとより,殺人などの重大事件,あるいは離婚や子どもを巡る争い,遺産相続に関するもめごとといった家庭内での紛争事件も数えきれないほど担当した。また,大学の教員に籍を移してからも,事件の加害者もしくは被害者の心理鑑定等を現在まで多く引き受けている。

では,なぜ事件や事故に人の心がそれほどまでに惹きつけられるのだろうか。そこには日常と非日常,現実と非現実といった現象が混じりあったり,通常では気づきにくい人間の奥深くにある隠れた心理が垣間見れるからかもしれない。さらに,しばしば自分でも意識しにくい気持ちや,密かにしまっておきたい心理を知らぬ間に事件や事故(もしくはその当事者)に投影し,自分でも如何ともしがたい感情が沸き起こることを体験するからかもしれない。簡単に言えば,事件や事故の記事や記録を読んだり,当事者の話を聴いたりすると,おのずとこちらもそれに心を動かされ,なぜだか明確には言えないけれどもどこか興奮した心理状態へと追いやられてしまう。

その一方,そんな興奮した心とは裏腹に,その事件を担当する私はどこか冷ややかでいて,心を鎮静にさせながら当事者の心の動きを追って真実を見極めようとする自分がいることも感じたりする。ある意味では,それが良い意味でも悪い意味でも職業人としての私の本質ではないかと思ったりする。

こんな臨床感覚でこれまで長年やってきた。時々,事件や事故に対するマスコミの報道や社会の人の捉え方と自分のそれとが少し違っていると思うことがある。たとえば,犯罪の加害者について言えば,捜査機関が考えている犯行のストーリーとは違った動機で事件が起きていることもある。あるいは,両親の紛争の最中にいる幼い子どもを取り上げてみても,渦中にいる子どもは意外と両親や周囲の大人が思ってもみないことを期待していたりする。

いずれも,それらは問題の核心部分となったりすることも多いが,身近な人や社会の人たちから見るとそこが盲点となっている場合もある。本当の事実はどこにあり,何が真実かについて,周囲はそれを知ろうと躍起になる。事態が深刻で複雑であるほど,その動きが加速する。それが結果的には早とちりとなってしまい,真実を掴み損なったり事実を歪曲して捉えてしまう。実際,私自身も何度もそのような苦い経験をしてきた。しかし考えてみると,その追求こそが司法・犯罪領域の臨床現場の魅力であるとも言える。

確かに,事件や事故に隠された人間の心理を解き明かし,真実を究明することはなんらかの欲求の満足と達成感が得られる。それがこの分野の臨床現場の魅力の一つに違いない。しかし,同時に苦悩もあることを忘れてはならない。なぜならば,本当の事実や真実というのはそう簡単には姿を出してはくれないからである。それが偽物でなく本物であればあるほど,われわれのところから姿を隠してしまう。それゆえそこに行きつくまでには相当な苦労と時間を要するし,接近するための技術も必要になってくる。本当の事実や真実を知りたいばかりに,強引に蓋を開けたりベールを剥がしてしまうとそれこそ倫理違反を犯して大変なことになり,後々収拾がつかなくなるリスクも背負う。

「事実は小説よりも奇なり」とはよく言ったものである。一つひとつの事件を小説にたとえたなら,これまでどれほどの作品を読んだことか。また,そこでの数え切れないほどの登場人物の生きざまを見せつけられ,今でも私の脳裏に焼き付いている。ある意味では私自身の臨床家としての生きる指標になってもいる。だからこそ,事実に接近するための現場感覚はもとより,物事をありのままに受け止められる臨床姿勢を今後も高めていきたいものである。

+ 記事

橋本和明(はしもと・かずあき)
所属:国際医療福祉大学赤坂心理・医療福祉マネジメント学部心理学科(教授)
資格:公認心理師,臨床心理士
主な著書
『虐待と非行臨床』(単著,創元社,2004)
『非行臨床の技術─実践としての面接・ケース理解・報告』(単著,金剛出版,2011)
『犯罪心理鑑定の技術』(編著,金剛出版,2016)

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