私の臨床現場の魅力(9)産業領域から|松本桂樹 

松本桂樹(株式会社ジャパンEAPシステムズ取締役)
シンリンラボ 第9号(2023年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.9 (2023, Dec.)

1)産業領域との出会い

私はジャパンEAPシステムズというEAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)専門会社で,働く人のメンタルヘルスやキャリア支援を行っている。もともとは精神科クリニックに心理職として採用されたのだが,新設された関連会社のジャパンEAPシステムズを兼務するよう指示され,その後,正社員第一号として移籍し,EAPサービスの起ち上げを担った。

当初は特に働く人の支援に興味があった訳ではなく,自分の心理職としての腕を上げることにしか考えが及んでいなかった気がする。ただ,自分は初めて採用された常勤心理職で,クリニックに心理職独自の業務などは存在しなかったこともあり,思うように自分を発揮できず,もどかしさを感じていた。そのような折にEAP専門会社に声をかけてもらい,新しい仕事に飛びついた。

2)この領域の意義と醍醐味

EAPの仕事を「本気でやらなきゃ」と思ったのには,きっかけがある。1998年,自宅でテレビを見ているときに衝撃的なニュースが流れた。中小企業の社長3人がホテルで集団自殺をしたというニュースだった。経営不振による負債を「一緒に死んで,保険金を運転資金にあてる」と決め,3人同じ部屋でチェーン店の牛丼を食べた後,それぞれの部屋に戻って首をつったようであった。

ニュースを見て,何か言いようのない憤りが沸き起こり,「このままじゃいけない!」と強く思ったことを覚えている。自社が営利組織として利益を得る形で支援を行うことに成功すれば,同業他社も増えて働く人のメンタルヘルス支援のインフラとして機能するはずだと考え,心理業務にこだわらず営業や広報,社内管理業務,そして業界団体の設立などに必死に関わってきた。

法律に基づいた活動を行う公務員や非営利の職場では,サービスを拡大することも職員を増やすことも簡単にはいかない。民間のEAP会社は財源さえ確保できたら,アイデア次第でサービスを拡げていくことができる。このことは,EAPの大きな醍醐味だといえる。

3)仕事の面白さと魅力

EAPは表1のようなサービスがパッケージとして企業組織に提供されており,カウンセラーには幅広い関わりが求められる。EAPに限らず産業領域は,個人だけでなく集団や組織も支援対象としていることが特徴のひとつに挙げられる。職場で1人の社員が不調になれば,その負荷はカバーに入る同僚など他にも波及していく。プライバシーには十分に配慮を行い,社内の担当者(人事労務管理スタッフ,産業保健スタッフ,管理監督者など)と連携してサポート体制をエンパワーしていく関わりは,一体感が感じられてやりがいがある。

表1:外部EAP機関のサービスラインナップ例

①対面・電話・メール等による相談と専門機関の紹介
②緊急事態ストレスマネジメント・自殺のポストベンション
③短期カウンセリング
④専門機関紹介後のフォロー
⑤研修(新人・一般職・管理職など)
⑥マネジメント・コンサルテーション
⑦相談利用状況の報告と組織的改善策の提案
⑧相談窓口のPRと利用の仕方のオリエンテーション
⑨ストレスチェックと組織分析,環境改善
⑩職場復帰支援

また産業領域では,メンタルヘルスの問題に限らずリーダーシップ,キャリア,ワーク・ライフ・バランスの問題など幅広いテーマの相談を受けることになる。仕事の中身に加えて,仕事への意識や目指す未来像など,なかには鳥肌が立つくらい真摯な姿勢で日本の未来のために働いている人もいて,話を聴くだけで勇気と誇りをもらうことが少なくない。ここは私自身が仕事を続けて来られた,大きな理由にもなっている。

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松本桂樹(まつもと・けいき)
【所属】株式会社ジャパンEAPシステムズ取締役/神奈川大学客員教授
【資格】臨床心理士・公認心理師・精神保健福祉士・1級キャリアコンサルティング技能士・健康経営エキスパートアドバイザー
【著書】平木典子・松本桂樹(共編)「公認心理師分野別テキスト─産業労働分野」(創元社,2019年)など

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