脳科学と心理療法(2)ニューラルネットワークとは?|岡野憲一郎

岡野憲一郎(本郷の森診療所・京都大学名誉教授)
シンリンラボ 第2号(2023年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.2 (2023, May)

脳科学の始まりは脳波の発見だった

今回から脳科学の具体的な話に入る。最初のテーマは「ニューラルネットワークモデル」であるが,本題に入る前にひとこと述べたい。「そもそも脳科学は私たちに心についての何か重要な情報を与えてくれるのだろうか?」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれない。それはごもっともである。このエッセイが「脳科学と心理療法」とうたっている限り,特に心理士さんの方々はこの話が何らかの形で心理療法に役立つことを期待しているだろう。

この問いに対する私の答えは間違いなく「イエス」である。人の心や行動が変調をきたした場合,それがどのような脳の変化を伴っていることが分かることで,かなり納得がいくということはたくさんある。少なくとも以下に述べる「ヒステリー」のように,それが実際の病気かどうかが疑われることも少なくなるだろう。そのようなレベルで患者さんという人間を理解することは臨床家にとっても重要なことだ。

はるか昔,まだそのヒステリーによる痙攣(けいれん)と癲癇(てんかん)との区別がついていない時代があった。両方とも患者さんが全身を震わせ,しばしば意識をなくすという点は同じである。しかしそれらの発作の際の脳の状態を知ることができなかったので,両者の区別はつかず,同じ「ヒステリー」として扱われた。そしてこのヒステリーが昔のヨーロッパでは酷い偏見を持たれていたのである。普段は健康そうだった人たちが急に発作を起こすので,人はそれをどう扱っていいかわからず,その人たち実はわざとそのような症状を装っているものと考えられた。つまり一種の仮病扱いを受けていたのだ(子宮遊走を意味するヒステリーという呼び名には昔からそのようなニュアンスが含まれていたのだ)。

ところが1929年にドイツのハンス・ベルガーにより脳波が発見された。脳はたくさんの神経細胞で構成されていることはわかっていたが,その神経細胞の一つ一つが極めて微弱な電気を発していて,その波がたくさん重なって増幅されることで,頭皮の表面から検出できることがわかったのだ。そして脳の一部に異常があると,そこを震源とした地震のように極めて大きな電気の波が脳全体に広がるということも発見された。いわば脳波の大嵐が起きることで,全身の筋肉を動かして痙攣が生じることが突き止められたのである。

この脳波の異常による病気は癲癇と命名され,全身の痙攣発作を起こす人の一部はこの病気によるものだということが分かった。こうして癲癇の患者は,ヒステリーからは区別され,後になってその脳波の嵐を鎮める「抗癲癇薬」という薬を使うことによる治療法が確立したのだ。そして人々は癲癇の患者さんに対しては,仮病ではないかという疑いをかけることはなくなったのである。これは脳科学の成果の極めて具体的な一例であった。ただし脳波異常を伴わない痙攣をおこす人は,依然として疑いの目を向けられ続けることになったのである。

この脳波の発見から,精神医学者たちは脳の中に複雑な電気信号が行きかっていることを知ったのである。それは脳神経細胞の一群が集団で同じリズムを生み出すことを示していた。そしてその周波数によりα波やβ波などと区別され,それが覚醒時と睡眠時でどのように異なるかも知られるようになった。それらの電気の波は脳の各部で発生して別の部分に送られることで一種のネットワークを形成していると考えられた。この点は重要なので覚えておいていただきたい。今日のテーマである「ニューラルネットワーク」とはこのことと深く関係しているのである。

脳波の発見は,もちろん脳の内部を知る技術が開発されるはるか昔の時代の出来事であったため,ネットワーク構造の詳細は分からなかった。しかしやがて画像機器が進化し,CTスキャンやMRIは脳の内部を可視化させていった。そしてさまざまなテクノロジーによりその内部がさらに詳しく示されるようになった。

そのうちの一つをご覧いただこう(図1)。

図1 https://karapaia.com/archives/52277889.html

これはMRIの一種の「拡散テンソル画像」というものだが,脳内の水分子の動きを追うことで神経線維の方向性を浮き彫りにする技術である。このように脳の中にはきめ細かな線維が走っていて,大脳の表面の膨大な数の神経細胞(図ではその部分は描かれていない)との間にネットワークを形成している。この図からはあまり明らかではないかもしれないが,脳の表面どうしの結びつきや,中心部分に向かう結びつきなど実にさまざまなルートが入り混じって存在しているのだ。しかもこの図では一本一本の線は極めて荒く描写されているが,実はこの何千,何万倍も細かい繊維が行きかっている。この図では色付けされているが,それが脳の「白質」と呼ばれる,肉眼では白く見える部分である。

意識はニューラルネットワークの活動である

このように神経細胞が神経線維と結びついたネットワーク構造を,ここではとりあえず「ニューラルネットワーク」と呼んでおく。ニューラルネットワークは,最近の画像技術の発展により,かなり可視化されてきているのである。ではこれらの脳の配線はいったい何を表しているのか。そしてその中で具体的に何が起きているのか。これらの問題が脳科学の中心的なテーマであると言っていい。これはかなりワクワクする分野なのだ。何しろこれを知ることが,心を知ることに間接的にではあれつながっているからだ。しかしこうはいっても読者の方々にはその意味がピンとこないかもしれない。そこでまず,私個人にとってこのニューラルネットワークの重要性が具体的に心に刻まれた例を挙げてみよう。(以下は岡野(2018)精神分析新時代.岩崎学術出版社.を一部引用する。)

交通外傷や脳出血などで脳が損傷し,意識を失い,いわゆる「植物状態」になるということがある。いわゆる昏睡状態である。この状態では人は話しかけられても,痛み刺激を与えられても,ピクリとも反応しない。しかし一部の患者は実は言葉や刺激を感じていてそれに反応したくても,声も出せないし体も動かせないという,いわゆる「閉じ込め症候群 locked in syndrome」にあることが知られていた。それらの人々の多くはやがて昏睡から意識を取り戻してその時の体験を語ってくれるのであるが,刺激に対する反応が見られないことでもう意識が戻らないと判断されて治療が中断され,その結果亡くなってしまうケースも多くあったのである。そしてこの閉じ込め症候群にある人々をどのように知るかが大きな課題となっていたのである。

さてここに画期的な技術が生み出され,脳波をコンピューター処理することで,一部の昏睡状態の人が活発な脳活動を示していることが分かるようになった。イタリアのトノーニらのグループは,患者の脳の一点に外部から電気刺激を与え,それがどのような広がりのパターンを示すかにより,その人に意識が存在しているか否かが判定されるようになったのだ。それが以下の図2に示される。

図2 Lang, J.(2013)Awakening. The Atlantic January/February 2013 Issue.
https://www.theatlantic.com/magazine/archive/2013/01/awakening/309188/

図はある昏睡状態にあった人の脳の画像である。白い+の印のある部分に外部から電気刺激を与え,それにより波紋のように広がって生じた脳のネットワークの活動が,その度合いにより暗い青から明るい赤までのスペクトラムにより示されている。
この方が昏睡から脱出し始めた最初の日(一番左の図)は,1カ所を刺激すると,脳の中央付近の一部は興奮するが小さな範囲に広がるだけで,すぐ止んでしまった。ところが昏睡状態から回復し始めて11日後に刺激を与えると,比較的広範囲に電気刺激が到達し,少しの間それが継続することが分かる。それが真ん中の図である。少しボーっとした状態という感じだろう。そしてそれからさらに日が経ち意識がいよいよクリアーになってくると,一番左の図のように一点からの刺激が脳のネットワークの広範囲に行きわたり,それが長く続く。いわば脳の全体が「鳴っている」状態となったというのだ。

ちなみに同様の研究は,ケンブリッジ大学の神経科学者であるスリバス・チェヌも発表している(https://wired.jp/2014/10/20/neural-signature-consciousness/?site=pc)。彼のこのチームが開発したシステムは,一般的に使用される脳波信号を,グラフ理論を使って解析することで得られたという。彼らは同期化された神経活動のパターンを示す装置を考案した。そして意識があるというのは,これが脳全体に広がるということを示した。図3の一番右は,意識がある人が示すカラフルなモヒカンのようなパターンである。そして左と真ん中は昏睡状態にあった2人の患者である。一番左は決して昏睡から回復しなかったが,真ん中の患者は回復したという。つまり真ん中の患者はいわば閉じ込め症候群のような,脳自体は半ば覚醒している状態だったのだ。

図3

このことからわかるのは,意識とは神経のネットワークの中を広範囲にわたって信号が行きかっている状態であるということである。もちろんこのネットワークは一枚岩ではなく,さまざまな部分に分かれている。それらはいくつかの部分がつながって一つのループを形成していたり,ある部分から別の部分が特に強く結びついたり,あるいは逆にその結びつきがなぜか減弱していたりする。そしてそれがさまざまな心の活動や,その病理と関係していることになるのだ。ただしこのニューラルネットワークはあまりに緻密に組織されているために,その詳細部分に関する知識はまだ非常に限られている。ところがそれを知る一つの手がかりとして最近のコンピューター技術が深く関連してくるのである。

そしていよいよ「ニューラルネットワークモデル」の登場

これまでに脳の微細かつ膨大なネットワーク(ニューラルネットワーク)の活動が意識と関係しているらしいということを示した。これでようやく「ニューラルネットワークモデル」の説明にまで行きついたことになる。脳とはその構成単位である神経細胞(ニューロン)が微細な電気信号を出し,それが集まって電気の信号となり,それがそのネットワークの間を縦横無尽に行きかっているらしい。でもそれだけでは心=脳細胞の間の電気信号のやり取り,ということ以上は何もわからないことになる。問題はネットワークがどうやって心を生成するかである。そのことを理解するために必要なのが「ニューラルネットワークモデル」の探求なのだ。

ところがここで一つの問題が生じる。皆さんがパソコンで「ニューラルネットワーク・モデル」を検索してみると,少し不思議な思いを抱くはずだ。例えば日本IBMのサイトからその定義を借用しよう(https://www.ibm.com/docs/ja/spss-modeler/18.4.0?topic=networks-neural-model)。

「ニューラルネットワークは,人間の脳が情報を処理する方法を単純化したモデルです。ニューラルネットワーク・ノードは,連係する多数の単純な処理単位をシミュレートします。処理ユニットは,ニューロンを抽象化したものと表現できます」

これを読んで多くの読者は混乱するかもしれない。

「あれ,これって脳の話なの? それともコンピューターの話なの?」

そう,このニューラルネットワークモデルは,脳の神経のネットワークを模したコンピューターモデルの意味で使われているのだ。しかしややこしいのは,「ニューラル」とはニューロン(神経細胞)の,という意味だということである。ところがこのモデルではニューロンの代わりに一つの素子,ないしはノード(結び目)という表現が代用されている。それにその素子どうしを結びつけるのも神経線維ではなく,電線なのだ。つまりはニューラルネットワークモデルとは脳の神経のネットワーク構造をきわめて単純化したコンピューターモデルの事なのだ。脳科学の話をするのに,どうしてコンピューターの話から入るのか,と読者は怪訝に思うかもしれない。それは最近のコンピューターの技術の発展により,ニューラルネットワークは初期のものからはるかに複雑なものに進化し,その動きを知ることが脳の活動の解明につながるかもしれないと考えられるようになってきたためである。つまりはこれも結局は脳の話なのだ。

とにかくこの紛らわしい「ニューラルネットワークモデル」からスタートするのだが,ここで前提とすべきことを挙げておきたい。脳の本質的なあり方は,それが神経細胞からなるネットワークにより構成されているということだ。すなわちそれは神経細胞(それも膨大な数,一つの脳の中に一千億個とも言われる)とそれらの間を微弱な電気信号の連絡により結び付けている神経線維からなる巨大な編み目構造ということになる。しかし神経ネットワークがどのような構造になっていてどのようなルールのもとに形成されているかはあまりに複雑すぎてでわからない。しかしとりあえずはそれが脳の基本的な構成要素であるという理解を「ニューラルネットワーク仮説」と呼んでおこう。つまりコンピューターモデルとしてのニューラルネットワークをきわめて複雑にかつ複合的に組み合わせて行った場合,おそらく脳に近い性質を有するであろうということをこの仮説は意味する。

ところで脳は神経細胞と神経線維からのみ成り立っているのではない。神経細胞より一桁多い数のグリア細胞という補助的な(とこれまで考えられてきた)細胞も存在して,神経細胞の間を埋めたり(アストロサイト),その間をモゾモゾ動き回ったりする(ミクログリア)。そしてこのグリア細胞の一種もまた神経細胞と電気的に情報をやり取りしていることが最近の研究からわかっている。だからこのニューラルネットワークをどこまで複雑に,あるいはさらに何を付け加えたり変形したりしたら人間の脳に近づけるかはわからないのだ。ただ方針としてはこれが一番信頼が置けそうなのである。現代の脳科学者の中でこの仮説に基づかない人はいないのではないかと思えるくらいに,このことは基本的な了解事項なのだ。

ただし例外としては,例えばロジャー・ペンローズやスチュワート・ハメロフと言った論客が,神経細胞の内部のマイクロチューブルと呼ばれる微細構造に生じる量子力学的効果を意識の根源を見なしているという。こうなると神経細胞の一つひとつが意識を有しかねないことになるが,もちろんこの説を否定するだけの論拠を誰も持ち合わせてはいないのだ。ともかくニューラルネットワークモデルは,心を解明するために一つの有望な,しかし仮説にすぎない。

最もプリミティブなニューラルネットワーク

1958年,フランク・ローゼンブラットがパーセプトロンと名付けたものを発表したが,これがニューラルネットワーク理論の始まりとされる。この図4に見られるような,入力層としていくつかの素子,出力層としていくつかの素子,途中に隠れ層があるというモデルである。そして各層をつなぐ矢印にはそれぞれ固有の「重み付け」がなされている。つまり一つの素子から次の素子への信号の「送られやすさ」は学習をするごとに変化していくわけである。そして最終的にAの入力がaに,Bの入力がbに到達するように重みづけが調節されることで,このニューラルネットワークは一定の学習をしたことになるのだ。

図4

ちなみに内緒の話であるが,このパーセプトロンを理解するうえで一番身近なのが,あみだくじだと私は考える(図5)。

図5

一番左の列はそのくじの参加者のリストA,B,Cさん,一番右は当たりかはズレ,あるいはa,b,cなどのどれに当たるか,を意味する。途中の隠れ層は,あみだくじの時も伏せられている。そして例えばAさんがaに,Bさんがbに,Cさんがcに当たるようにするためには,途中の梯に適切に線を書き入れて行けばいいのだ。パーセプトロンにおける矢印の「重みづけ」はこの梯子に書き入れられる線の配置に相当するわけである。

このパーセプトロンはあまりに単純すぎるせいもあり,あまりその後しばらくは流行らなかったという経緯がある。しかしパソコンのゲームの画像処理の進歩と歩調を合わせていつの間にか圧倒的な進化を見せ,最近のディープラーニングの成果とともに新たに注目されるようになってきたという事情がある。

ということで今回はニューラルネットワークモデルの頭出しだけで終わってしまったが,次回はこれに続くディープラーニングの話を少ししたい。

文  献
  • Massimini, M., Tononi, G.(2013)Nulla di più grande. Dalla veglia al sonno, dal coma al sogno: il segreto della coscienza e la sua misura. Baldini-Castoldi Editore, 2013.(花本知子訳(2015)意識はいつ生まれるのか─脳の謎に挑む統合情報理論.コトモモ社.)
(ビジュアルはAlexandra_KochによるPixabayからの画像)
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(おかの・けんいちろう)
1982年 東京大学医学部卒業,1987年 渡米,米国精神科レジデント,精神科専門医,2004年 帰国後,2014年~2022年 京都大学教育学研究科教授,2022年 本郷の森診療所院長

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