【特集 拡張するシステムズアプローチ】#03 精神科医療におけるシステムズアプローチ実践|宋 大光

宋 大光(宋こどものこころ醫院)
シンリンラボ 第12号(2024年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.12 (2024, Mar.)

1.はじめに

小さな精神科クリニックの8畳ほどの診察室。睡眠時間を除けば1日の半分以上をその部屋で過ごす。窓がないので見える景色は患者やその家族以外変わらず,患者からの「こんばんは」の言葉で日が暮れたことを知り,患者の服が濡れているのを見て雨が降り出したことを知る。その間,患者は初診なら30分,再診なら5-10分ごとに入れ替わりひたすら対話を繰り返す。患者本人は来院できず家族が困り果てての受診も多い。そんな生活を年間240日ほどしている。医師は自分のみ,電子カルテ以外に機械はない。これは何も特別なことではない。もっと凄まじい環境で働いておられる先生を私は何人も知っている。

精神科医が対話で行う治療を精神療法と呼ぶ。私の場合,教科書にある支持的精神療法は具体的に何をどうしていいのかわからず,名のついた精神療法は短時間でできる気がしなかった。何よりそれらは個人面接を前提としており,複数面接や患者本人が来院できない場合を想定していない。患者本人が来院するかに関わらず,短時間で複数の人に対応できる精神療法はないものか。それには精神療法の構造がシンプルな必要があった。そのとき出会ったのがシステムズアプローチ(Systems Approach: SA)と解決志向ブリーフセラピー(Solution-Focused Brief Therapy: SFBT)であった。私にはどうしてもその両方が必要で,どうすればシンプルな精神療法ができるかを模索してきた。いや現在も試行錯誤している。本稿では私が現時点で考えている「シンプル精神療法」について述べたい。

SAは事象を相互作用で捉えるものの見方である(吉川,1993)。SFBTはクライエントと協働して会話の焦点を問題から解決に移す技法である(De Jong, et al., 2012)。言い換えればSFBTはクライエントの視線を問題から解決に向ける技法と言える。私はSAとSFBTに共通する「思考の枠組み」,SFBTの「視線の向き」,SAの「治療システム」の視点を合わせることにした。その3つの視点に基づいて2ステップで精神療法を行っている。

2.シンプル精神療法

1)3つの視点
思考の枠組み

思考の枠組みとは人が対象に対してする意味づけ,あるいは意味づけする際の基準になる考え方のことである(De Jong, et al., 2012)(東,2019)。それには形成されることになったその人なりの事情や背景がある。一方でほとんどの人は自分がその思考の枠組みを持っている自覚はない。人は自分の経験と信念と範疇というふるいを通して物事を見ることに慣れてしまっているからである(De Jong, et al., 2012)。

クライエント同様,治療者にも自身の思考の枠組みがある。たとえば問題志向を大切にする精神科医が「クライエントの問題の性質や原因を知ることが正しい解決につながる」と考えるのは精神科医自身の思考の枠組みである。解決志向を大切にする精神科医が「問題ではなく解決に焦点を当てる」と考えることさえ,精神科医自身の思考の枠組みである。治療者はクライエントの語る問題や思考の枠組みに巻き込まれることがあるが,自身の思考の枠組みに巻き込まれることにも注意が必要である(De Jong, et al., 2012)。

視線の向き

視線の向きとはその人が対象について語るときに思考の中で見据えている方向(問題なのか,解決なのか,どちらでもないのか)である(宋,2022)。人は同じ対象に対してネガティブに(問題として)語りながらも話の流れでポジティブに(解決として)語ることがある。思考の枠組みは意味づけや考え方であるため容易に変化しにくいが,視線の向きは比較的変化しやすいと言える。

コミュニケーションではその内容よりも文脈のほうが重要である。しかし臨床では治療者がクライエントの語りを内容で捉えてしまい,それに巻き込まれて治療がうまくいかないことを経験する(東,2019)。視線の向きの視点があればその語りを内容ではなく文脈として(問題なのか解決なのか)捉えやすくなる。それにより治療者はクライエントの語る内容に巻き込まれにくくなる。

治療システム

治療システムとは治療者とクライエントから成るシステムであり,互いに影響を与え合っている(Andolfi & Angelo, 1988)。それにより治療者はメタポジションで自らの治療を俯瞰できる。たとえば治療者がSFBTの技法でクライエントの視線を解決に向けると,それは実際に解決に向くのか,問題に戻るのか,どちらでもないのかという治療者の動きに対するクライエントの反応を把握できる。それによりアプローチの仕方をその都度調整,修正しながら進められる。

2)シンプル精神療法の2ステップ
ステップ1:クライエントの視線の向きと思考の枠組みを把握し,それに合わせてジョイニングする

クライエントがその対象をネガティブに語るのか,ポジティブに語るのか,つまり視線の向きは問題なのか,解決なのか(あるいはどちらでもないのか)をその都度把握しそれに合わせる。そのプロセスで明らかになる思考の枠組みを把握し,それが形成された背景を聞き,コンプリメントやノーマライズで肯定する。捉えた思考の枠組みをもとにクライエントが現状から変化したいのか不変化のままがいいのかを見極め,変化であればステップ2へ,不変化のままであればノーマライズにとどめる。

ステップ2:治療システムを把握しながら技法でクライエントの視線を解決に向けていく

治療システムの視点で技法を用いたときにクライエントの視線が解決に向けば,技法でさらに解決に向け,問題に戻れば必ずそれに合わせる。その後再び視線を解決に向ける。このようにステップ1と2を往復しながらクライエントの思考の枠組みの変化を目指す。

1.症例(精神科臨床でよく出会う症例を組み合わせて創作した)
来院者:A(高校3年女性),母
家族構成:父(会社員,休職中),母(パート),A
主訴:髪の毛を抜いてしまう

受診までの経緯:高校1年の頃からAを含む女子3人で仲良く過ごしていた。高校2年の夏休みが開けて学校に行くとなぜかわからないが仲の良かった2人から冷たくされるようになった。それから髪の毛を抜くようになったがAは誰にも相談しなかった。当初母はAの部屋に髪の毛が落ちていることに気づいていたが,量が多いわけではなかったので気にしていなかった。高校3年の4月に母がAのベッドに髪の毛の束を発見し,その日にAの頭髪をよく見ると長さは肩まであるものの両側頭部に地肌が見えた。母がAに問いただしたところ「知らない間に抜いてしまう」と語った。皮膚科を受診すると精神的なものの可能性が高いと言われ,同年5月に当院に受診となった。母は心配げな面持ちで,Aはうつむき加減で診察室に入ってきた。

治療経過(診察中に考えていたことを〈太字〉で示す)
宋:〈ステップ1:母子それぞれの視線の向きと思考の枠組みを知るために来院の経緯を尋ねる〉どういった流れで受診されることになったのですか?
母:この子が髪の毛を抜いてしまうのですが,皮膚科の先生から精神的なものの可能性が高いと言われて。女の子だし髪の毛がないのがかわいそうで……。
A:(下を向いてる)
宋:そりゃそうですよね。〈ステップ1:母の視線の向きと思考の枠組みを知るために〉精神的なものの可能性についてお母さんはどう思われますか?
母:その可能性はあると思って。
宋:〈ステップ1:母の視線は問題に向いている〉そうなんですね。〈ステップ1:Aの視線の向きと思考の枠組みを知るために〉Aさんはどう思う?
A:私もその可能性はあるかなって。
宋:〈ステップ1:Aの視線も問題に向いている〉そうなんだね。〈ステップ1:思考の枠組みは母子ともに「抜毛は精神的なものの可能性がある」である。それを再度確認するために〉お母さんもAさんも精神的なものの可能性があると思っているんですね?
母,A:(うなずく)
宋:〈ステップ1:Aの思考の枠組みの詳細を知るために〉Aさん,何か辛いことがあったのかな?
A:友達関係で……。
宋:というと?
A:去年まで仲良くしていた子たちが急に私を避けるようになって……。
宋:え,Aさん,何か心当たりはあるの?
A:それがわからなくて……。
母:この子,相手に遠慮して自分の思ってることを言わずにすぐ引いちゃうんです。私だったらすぐに何かあるのか聞くのに〈ステップ1:ここで母が自ら母子の思考の枠組みの違いを語ってくれる〉
A:(下を向いて黙り込む)
宋:あ,お母さんならその場ですぐに聞けるけど,Aさんは相手に気を使ってしまうんだね?
A:はい。
宋:〈ステップ1:母の語った思考の枠組みの違いをAも認める。Aが下を向いているのでノーマライズで肯定する〉親子でも性格が違うことってありますよね。
母:そうなんです。私と全然性格が違うんです。話を聞いてるとイライラしてきて……。
宋:〈ステップ1:母子それぞれを肯定する〉そりゃお母さんとしてはイライラしますよね。Aさんもお母さんに言われても性格的にすぐには聞けないもんね。
A:(少し表情が緩む)
宋:〈母の視点にはなってしまうが父の思考の枠組みも確認しておく〉お父さんはAさんのことについて何かおっしゃってますか?
母:主人は職場のストレスで休職中で,自分のことで精一杯なんです。
宋:〈ステップ1:母をコンプリメントする〉そしたらお母さん,お父さんのフォローもされながらAさんのこともあると大変ですね。
母:そうなんです(涙ぐんでいる)。
宋:でもAさんも急に友達に避けられたらびっくりしたんじゃない?
A:(うなずく)
宋:〈ステップ2:ここまで十分にジョイニングしてきたのでベストホープの質問を用いてAの視線を解決に向けてみる〉ところでAさんはほんとはどうなれたら一番うれしい?
A:学校で友達としゃべって……
宋:うんうん,それから?
A:一緒に遊びに行って……
母:先週,別の子と遊びに行ったんです。
宋:〈ステップ2:Aへの介入に対して先に母の視線が解決に向いたので,母の発言を使ってAの視線を解決に向けてみる〉え?(Aに)ほんと?
A:はい,最近友達ができて。
宋:〈ステップ2:Aの視線も解決に向いたので話題を広げることでさらに解決に向けてみる〉どうやって?
A:その子から話しかけてきてくれて……
宋:それは良かったね!
A:(笑顔)
宋:〈ステップ2:さらにAの視線を解決に向けてみる〉もしかして他にも自分ってこうなれたらいいなっていうのある?
A:人に合わせず,自分の意見を言えるようになりたい。
母:(驚いている)
宋:ほんとは自分の意見を言えるようになりたいんだね。〈ステップ2:例外の質問でさらにAの視線を解決に向けてみる〉もしかして今までで自分の意見を言えたことってある?
A:(考え込む)
母:(Aに)先週ユニバに行ったの,場所はあなたが決めたんじゃなかった?〈ここでも先に母の視線が解決に向いた〉
A:あ,そうだ。
母:友達がどこに遊びに行きたいか聞いてくれたみたいなんです。
宋:優しい友達だね。その時に自分でユニバに行きたいって言えたってこと?
A:(少し照れながらうなずく)
宋:〈Aの視線が解決に向いたのでそれをさらに促進するために〉自分の意見を言えるときがあるんだね。でもここまでお話を聞いてると,お母さんには結構いろんな話をしてくれてるんですね。お母さんにも自分の気持ちは言えるのかな?
母:私にはうるさいくらい言ってくるんです。
A:(苦笑い)
宋:あ,お母さんにも言えてるんだね。〈ステップ2:Aが語った目標を治療のゴールにすることで治療への動機を高めてさらに視線を解決に向ける〉そしたらこれからもっと自分の意見が言えるようになるよう一緒に考えていかない?
A:はい。
母:お願いします。

その後,Aは高校に楽しく通えるようになり,抜毛は徐々に減り高校の卒業式ではAが望む髪型にすることができた。大学では自ら希望して自治会で活動するようになった。

3.精神科臨床における思考の枠組みの大切さ

1)時間を長くかけたから治療がうまくいくのではない

以前の私はなかなかよくならない患者について「まだ数回しか診察してないから」と自分に言い聞かせていた。患者も「まだ通い始めたばかりだから」と言ってくれた。ところが実際には時間を長くかけたから治療がうまくいくわけではない。逆に時間が短いから治療がうまくいかないのではない。精神科臨床で大切なのは時間の長さではなく,患者の思考の枠組み,つまり患者の考えをどれだけ正確に捉えているのかである。精神科で「問題」とされるものは患者の考えに端を発している。患者の考えを捉えず臨床を行うのは徒手空拳に等しい。臨床に限らず普通のコミュニケーションでも相手の考えを捉えなければ会話にはならない。

先述した症例で時間を割いたのは抜毛の話ではなく,各来院者の思考の枠組みの把握とそれに合わせるジョイニングである。それを十分に行ってから技法を用いて視線を解決に向けた結果,各来院者の思考の枠組みが変化した。Aの場合,抜毛が良くなる前にすでに気持ちは楽になっていた。患者が楽になるかどうかは現実が変化するかではなく,思考の枠組みが変化するかであると言える。

2)診断も薬物療法も思考の枠組みを変化させている

私を含め精神科医が頻用する手段として診断と薬物療法がある。診断は精神疾患の専門家である精神科医が患者の状態を〇〇だと認定するものである。専門家の認定は「問題は自分ではなく病気のせいだった」「わからなかった問題の原因がわかった」と患者の思考の枠組みを変化させるため患者が楽になることがある。薬は「問題」とされてきた症状そのものを軽減あるいは消去することで患者の思考の枠組みを変化させるため患者が楽になることがある。いずれにしても診断や薬は非常に強い力で患者の思考の枠組みを変化させる可能性があるため,短時間の診察で結果を出さなければならない精神科医にとって頼もしい武器と言える。

4.最後に

行動障害のある発達障害児を持つ母親が「今までどこで相談しても『子どもに寄り添うように』って言われ続けてそうしてきたけど,それでも暴力が止まらなくて。もうこれ以上どう寄り添っていいのかわからない」と泣き崩れたことがあった。うつ病の患者が「うつ病だからがんばらないでいいって言われると自分は社会に必要とされていないんだと思う」と肩を落としていた。その支援者らは勉強した知識を良かれと思って伝えたはずだ。しかし知識の通りには行かなかった。当たり前だが患者の考えは一人ずつ違う。治療は正しい知識を伝えることではなく,患者の考えを知ることから始まるのだと思う。

文  献
  • 1.Andolfi, M. , & Angelo, C. (1988) Toward constructing the therapeutic system. Journal of Marital and Family Therapy, 14(3)237-247.
  • 2.東豊(2019)新版 セラピストの技法:システムズアプローチをマスターする.日本評論社.
  • 3.Peter De Jong, Insoo Kim Berg.(2012) Interviewing for Solutions 4th Edition. Brooks/Cole Pub Co.(桐田弘江・玉真慎子・住谷祐子 訳(2016)解決のための面接技法:ソリューション・フォーカストアプローチの手引き 第4版.金剛出版.)
  • 4.宋大光(2022)システムズアプローチとソリューション・フォーカスト・アプローチを合わせた家族療法:自閉スペクトラム症の4歳男児と両親の一例.家族療法研究,39(1), 47-54.
  • 5.吉川悟(1993)家族療法:システムズアプローチの〈ものの見方〉.ミネルヴァ書房.
+ 記事

・宋大光(そう・だいこう)
・宋こどものこころ醫院
・医学博士,精神保健指定医,日本精神神経学会専門医・指導医,日本小児科学会専門医,日本児童青年精神医学会認定医,子どものこころ専門医・指導医
・主な著書:『もっと臨床がうまくなりたい──ふつうの精神科医がシステムズアプローチと解決志向ブリーフセラピーを学ぶ』(共著,遠見書房,2021年)

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