【特集 拡張するシステムズアプローチ】#02 心理領域におけるシステムズアプローチ実践|法澤直子

法澤直子(やまき心理臨床オフィス長崎ルーム)
シンリンラボ 第12号(2024年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.12 (2024, Mar.)

1.はじめに

その日,セラピスト(以下,Th)は混乱していた。このケースに対して,自分がどの立ち位置を取ればいいのかわからない。相談室には相談者(以下Aさん),保健師,Thの3人。もう少し踏み込むこともできそうだが,Aさんがそれを望んでいる確信が持てない。面談も終盤。さあ,どうしたものかと思っていたところに,Aさんがボソッと一言。「誰と話しても,こういう話になるんですけどね。そこからどうしたらいいのかがわからなくて」。ほうほうほう,そう来たか。この一言で下っ腹にギュウッと力が入ったThは,一呼吸おいて覚悟を決めることとなる。もう立ち位置への迷いはない。5分前のThとはまるで別人のようだった。

2.セラピストの腹が決まる時

この仕事をしていれば,依頼者(相談者とは別)の思惑と,目の前の相談者の状態像を上手く重ね合わすことができず,戸惑いながら面談を進めることは珍しくない。これは産業領域を仮定した事例であるが,他領域でもよくあるケースだろう。このような場合,システムズアプローチを臨床の柱にしている心理士(心理師でも同義だが,ここでは表記を心理士に統一する)はどう対応するのか。今回はTh目線のストーリーをお届けしたい。

1)「フレーム」とは

システムズアプローチを説明する上で「フレーム」(「枠組み」でも同義)という概念は外せない。筆者は,「フレーム」を変化させていく試みこそがシステムズアプローチの本質であると考えている。ここらですでに横文字が続いてなんだか嫌になってきちゃった,という方もいるかもしれないが,何も難しく考える必要はない。「フレーム」とは,ものの見方や捉え方,意味づけとイメージしてもらえればそれで十分である。

人の数だけフレームは存在する。今回は,「Aさんのフレーム」,「保健師のフレーム」,そして「Thのフレーム」が面談の中でどう変わっていくかに注目していただきたい。

2)ケース概要(架空事例)

Thは従業員支援プログラムの立場でB社に出入りをする外部の心理士である。このケースを受けるにあたり,Thは保健師から次のような事前情報を得た。Aさんはこの半年間に産業医面談や保健師面談を繰り返し受けていること,本人の了解を得た上で保健師からAさんの上司にそれらの面談内容を報告していること,しかしその上司はラインケアには無頓着であること。そして,今回の心理士面談をAさんに提案をしたのは,この保健師らしい。心理士面談に繋いだ意図を確認したところ,体調不良を訴えるAさんにThから受診勧奨をしてほしいとのことだった。

B社では,心理士面談に保健師が同席する。基本的にはThと相談者が話し,補足がある時に保健師も会話に参加するスタイル。相談者とThは机を挟んで向かい合って座り,保健師はThと同じ側のThより少し後方に座る(全ケース共通)。

3)セラピスト,霧に迷い込む

ThはAさんとの面談中,病院受診を勧めるきっかけを探っていた。しかしなかなか難しかった。Aさんから語られるのは,体調不良の話題ではなく,職場での孤立,上司がサポーティブではないという不満,仕事が上手くいかないために起こる家族との衝突だった。話された不満にThが乗っかろうとすると,不満の対象者(上司や家族)に敬意を払う発言が繰り返された。パターンを変えて,こちらが上司や家族に敬意を払うと,いや,そうではないとの反応だった。現状を変えたいという話題にはなりつつも,具体的に話を進めることをどこか望んでいないようにも感じ取れ,どのくらい踏み込むかの判断が難しかった。

Thにとっては,保健師もお客様である。Aさんと継続的に面談している保健師の期待にはできるだけ沿いたい。しかし,目の前のAさんは尻尾を捕まえさせてくれない。Thはまるで霧の中にいるようだった。

4)セラピスト,逃げようとする

そうこうしているうちに,Thの頭は次の考えが浮かんでくる。毎日Aさんと接している上司がラインケアの中で受診勧奨するのが自然な流れではないか,産業医がご自分の面談で受診勧奨をしなかったのであればそれこそ立てるべき意見ではないか,そもそもこのAさんが病院受診をするメリットとは。面談が終わったら,「ごめんなさい,受診を促せなかった」と保健師に謝ろう。こんな日もあるさ。そろそろ次の相談者が来る時間だ。申し訳ないが幕を閉じる準備にかかるよ。

5)セラピスト,息を吹き返す

「時間を作って,上司や奥様と話をした方がいいと思います。この面談も継続していきましょう」と,Thが当たり障りのないアドバイスと次回予定の話を出したところで,Aさんからあの一言がくる。

Aさん:「誰と話しても,こういう話になるんですけどね。そこからどうしたらいいのかがわからなくて」
Th:「……そうなんですね。確認ですが,今,私の方からもう一歩踏み込んで話をしてもいいですか?」
Aさん:「はい。具体的に次の面談までに何をしてきたらいいか教えてほしいです」
Th:「わかりました」

ここで示された「Aさんのフレーム」は,Thやこれまでの援助者との関係に触れるものだった。このやりとりでThは視界が開け,息を吹き返すこととなる。

6)セラピスト,腹を決める

ここでThは,今日のこの面談でAさんに病院受診を勧める選択肢を捨てた。今,ここで扱うべきは,Aさんが持つ「援助関係のフレーム」の再構築だと腹をくくった。この再構築が上手くいけば,Aさんは次回からもきっとこの面談を継続してくれるだろう。継続面談をやっていく中で,体調不良の話題が出てきたら,そこで改めて「保健師のフレーム(受診勧奨)」について扱えばよい。今日はまずその下地作りに徹しよう。これが正解かどうかはわからない。Aさんや保健師の反応がいまいちだったら対応を変えればいい。

Thは保健師に,「Aさんの横に座ってもらえますか?」とお願いした。2人が横並びになるやいなや,Thは保健師に目線を合わせ,宿題を出した。

7)セラピスト,動き出す

「次回の面談までに、Aさんと保健師、そこにAさんの上司を加えた3人で話し合いを実施する」。これがThが保健師に出した宿題である。上司には,会社が契約している心理士に指示されたと伝えてもらうこととし,そのセッティングと当日の司会は保健師にお願いした。保健師は,うんうんとうなずきながらメモを取っていた。Aさんはじっとその様子を見ていた。

Thは次にAさんに宿題を出した。上司を交えた話し合いまでに妻と決めてきてほしい事柄を提示した。妻には,会社が契約している心理士からの宿題なので協力してほしいと伝えてもらうことにした。「それなら話がしやすい」とAさんは意気込んでいた。保健師は,隣でうんうんとうなずきながらメモを取り続けていた。

最後にThは二人に向けて,次回面談時にその報告を聞かせてほしいと伝えた。二人とも,それならそれまでには何とかしよう,といった様子で今後の打ち合わせをしていた。(Thを放置して。)

8)エピローグ

面談が終わり,Aさんが一足先に相談室を退出した。「ごめんなさい,受診を促せなかった」。保健師に向けてThが言った言葉は,奇しくも霧の中にいた時に考えていたものと同じだった。しかしその言葉に乗っかる意味はあの時とはちょっと違う。「何もできなくてごめんなさい」ではない。「病院受診に繋げたいという期待に沿えなくてごめんなさい。少し変化が起こせたと思うんだけど,あなたはどう捉えている?」である。保健師は「ありがとうございます。私はどうにも動かない状況を打破したかったんです。受診勧奨はそのうちで良さそうですよね。これで話が進みそうです」との反応。

保健師の持つ「フレーム」も当初とは変化している様子。反応も悪くない。この時点でThがやれることはとりあえずやったということにしよう。

3.セラピストの腹が決まるまで

1)セラピストのミス

終盤5分で急な展開を見せた面談であったが,Thの腹が決まるまでの間,いったい何が起きていたのだろうか。

実は,Thはひとつミスを犯していた。Aさんが心理士面談にどのような期待を持っているのかを曖昧にしたまま面談を進めているのだ。特にこの面談は,Aさんの希望で実施されているわけではない。保健師の勧めで実施されている。誰かから勧められた面談には,「勧めた人のフレーム」や,「勧めた人と相談者の関係性のフレーム」が大なり小なり影響する。Aさんが今,どのような「フレーム」を持ってこの面談に臨んでいるのかは,Aさんにしかわからない。そうであるにもかかわらず,そこを確認しないまま面談を進めたのは明らかにThのミスである。「心理士面談でどんなことが変わったらいいと思いますか?」,「私はどうしたらAさんの役に立てそうでしょうか?」,「産業医や保健師とも面談されているそうですね。正直,面談続きでイヤになりません?! ははは~」。どこかでこんなやりとりができていれば,Thは霧の中に迷い込まずにすんだのかもしれない。

2)セラピストを縛っていたフレーム

実はThは面談の途中からこんなことを考えている。

うーん,この面談では病院受診の話には繋げられそうにないな。でも受診を勧めてほしいと期待を抱く保健師は,自分の少し後ろにいる。違う方向に舵を切る選択肢がよぎるが,なんとなく気まずい。保健師がそれをどう受け取るかが気になる。保健師は,今,私の後ろでどんな顔をしているんだろう。後ろを見ようかな。しかし,ここでThが保健師の方を向いて何かを確認するという行為を,Aさんはどう受け取るだろうか……。

このように,Thは自分が後ろを向く行為がこの場に与える影響を考えて不安になり,不自由な状態になっていた。誤解がないように言っておくが,これは保健師が悪いのではない。すべてが勝手な「Thのフレーム」であり,その「フレーム」に勝手に縛られたThの姿なのである。

3)交錯する関係

当たり前の話だが,この面談の場には,「ThとAさんの関係性のフレーム」だけでなく,「Thと保健師の関係性のフレーム」,「保健師とAさんの関係性のフレーム」が存在していた。そしてそれらのフレームは複雑に交錯していて,Thは立て直すポイントを見つけ出せずにいた。

そんな時に発せられた「誰と話しても,こういう話になるんですけどね。そこからどうしたらいいのかがわからなくて」というAさんの言葉。「関係性のフレーム」に敏感になっていたThは,「今日のThとの面談は,期待に足りていない」というある種の覚悟を持った「Aさんのフレームの表明」だと受け取った。これによってThの覚悟も決まった。

4.セラピストの腹が決まった後

1)「援助関係のフレーム」を変える

Thが「もう一歩踏み込んで話をしてもいいですか?」と尋ねると,Aさんは「次の面談までに何をしてきたらいいか教えてほしい」との反応だった。このやりとりでThは,Aさんとディレクティブな立場で関わることを求められる立場になった。こうやって,ThとAさんの「援助関係のフレーム」は少しずつ形を変えていく。
補足すると,システムズアプローチでは,Thがどんなどの領域の専門家であったとしても,相談者の希望を確認せずにあれこれと指示を出すようなことはしない。相談者が何を変えたいと考えているのか,あるいは変えたくないと思っているのか次第で,Thの対応は変わる。

Thは変化したこの「関係性のフレーム」を使って,次に保健師を巻き込むことを決め,保健師にAさんの隣に移動するようお願いした。この交錯した三者関係にテコを入れ変化を促すことが目的だった。支援上最も有益なのは,Aさんと保健師が協力関係になることだろう,とThは仮説を立てた。最終的にThを放置して,出された宿題にどう取り組むかの打ち合わせをしている二人の姿を見て,「『Th』からの宿題に協力して取り組む『Aさんと保健師』」というフレームの輪郭が見えた。

5)変化の対象を広げる

Thの宿題の内容は,Aさんの妻や上司を巻き込むものにした。「会社が契約している心理士」は,Aさんの妻からすれば得体の知れない存在かもしれないし,Aさんの上司からすれば無視すると面倒臭いことになりそうだと感じるかもしれない。心理士の立場を「道具」として利用しながら,すでに変化したそれぞれの関係の「フレーム」を使って変化の対象を広げることを試みつつ,新たなケース展開の種を蒔く。もしも上手くいけばこの「道具」はまだまだ利用できるし,「会社が契約している心理士? だから何?」となれば,利用できない「道具」として引っ込める判断もできる。相談者の役に立てばなんでもあり,という東(1997)の言葉にThは大変支えられている。

5.まとめ

1)セラピストを変えたのは誰?

今回はTh目線のストーリーとなっているため,読み方によっては,Thの介入のみがケースに変化を促したように見えるかもしれない。しかし実際にはそうではない。Thも誰かに,そして何かに影響を受けて,面談中に絶えずThの「フレーム」を変化させている。

では,Thを変えたのは誰なのか。これは紛れもなく,Aさんだろう。Aさんのさりげなくも覚悟を持ったあの一言がなければ,Thの覚悟は決まらなかった。そしてもう一人。もちろん保健師である。もはやその影響は面談が始まる前から受けていて,面談の途中もThは保健師の様子が気になり続けていた。また病院受診を勧める選択肢を捨てた後,それでもうなずいたりメモを取ったりする保健師の姿,頑張って妻と話し合ってきますと意気込むAさんの姿に,「これでいいよ」と背中を押してもらってもいた。このようにAさんと保健師は,間違いなくThを変えた。

2)システムズアプローチにおけるセラピストの専門性

田中(2021)はこう言う。

「『クライアントの訴えや行為』を『セラピストがどう受け取るか,フレームづけるか』によって『セラピストの行為』が決まり,『そのセラピストの行為をクライアントがどう受け取るか,フレームづけるか』によって『その次のクライアントの訴えや行為』が決まる。以上のカッコの部分が連鎖していく様をセラピストは意識し続けます。」

今回のケースでもそうだったように,Thは影響を与える存在でもあるし,影響を受ける存在でもある。だからこそ私たちは,できる限り,自分の状態や,自分の「フレーム」,自分の存在が持つであろう意味を意識しながらそこにいることが求められる。この重要性を今一度振り返りつつ,私のシステムズアプローチ実践の紹介としたい。

3)宿題の中身に詳しく触れない理由

読者の中には,「上司を入れて3人で何を話し合うように伝えたの?」,「妻と決めてきてほしい事柄って何?」と宿題の具体的な中身が気になる方もいるかもしれない。今回そこに詳しく触れていないのは「あえて」であり,守秘義務云々という理由とは全く別。これにはシステムズアプローチならではの考え方があり,ヒントは「コンテンツ」<「コンテクスト」。この辺に触れるのは,また別の機会ということで。

文  献
  • 東豊(1997)セラピストの技法.日本評論社.
  • 田中究(2021)心理支援のための臨床コラボレーション入門:システムズアプローチ,ナラティヴ・セラピー,ブリーフセラピーの基礎.遠見書房,pp.159-160.
+ 記事

名前:法澤直子(ほうさわなおこ)
所属:やまき心理臨床オフィス長崎ルーム
資格:臨床心理士,公認心理師
趣味:サッカー観戦,筋トレ,甘酒づくり
主な著書:『みんなのシステム論』(共編著,日本評論社,2019年)、『思春期のブリーフセラピー』(共編著,日本評論社,2022年)

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