【特集 拡張するシステムズアプローチ】#00 はじめに|田中 究

田中 究(関内カウンセリングオフィス)
シンリンラボ 第12号(2024年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.12 (2024, Mar.)

システムズアプローチの,マスターセラピストと呼ばれて尊敬を集める方のロールプレイを見た時のこと。華麗なワザ,あっという間の展開。若き日の私は仰天,目はハートマークになっている。「自分もああなりたい」,そう思いたくなるのも人情だろうと今なら思わないでもない。こうして私は鼻息も荒く修練の日々に入っていった。

5年が経った。まだまだこれからだ。10年経った。おかしいな,まだ上手くなれない・・・・・・・・・。15年。私は憔悴していた。年の数だけ,それなりに知識と経験は積み上げてきたつもりであったが,とはいえ,目指す山の頂きは遥かに遠く,到着していたのはせいぜいジャングルジムの中腹程度であった。

来し方,想像以上に登れていない地面からの数十cmを見下ろして嘆息をつく。しかし,その時,気がついたのである。マスターを目指すという方向性が,そもそも適切さを欠いていたのではないか? その凄腕をいくら要素に分解したとて,それらはどこまでいっても「主語」としての名人に至ることのない,無数の「述語」に過ぎない。

転機は向こうからやってきた。経験と知識を脇に置き,振り出しに戻って,ベクトルをマスターや名人ではなく,目の前のクライアントに向け直す。すると,クライアントから導かれるように,支援がすーっと展開するようになった。セラピストをいっぱしの専門家に仕立ててくれるのは,クライアントに他ならなかったのである。両者はセットで,すなわちシステムとしてとらえるからこそ,見えてくるものがある。

本特集のテーマは「拡張するシステムズアプローチ」である。実はシステムズアプローチには,実践を支える広大な理論の沃野があるのだが,今回は構成主義をてがかりに,「語り」やコラボレーションについて考えてみるところから出発する。その後は心理領域と精神科医療における実践展開から学ぶ。諸アプローチとの連続性を加味するなら,システムズアプローチとは切っても切れないナラティヴ・セラピーが視野に入ってくるし,さらに,システムズアプローチは死と生命,宗教性の領域へと踏みこむ。こうして多⽅⾯へとひろがるシステムズアプローチの現在を,熟練の,そして現場感覚に馴染んだ気鋭の書き⼿に論じてもらおうというのである。

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・田中 究(たなか・きわむ)
・所属:関内カウンセリングオフィス
・資格:臨床心理士、公認心理師、日本家族療法学会認定スーパーヴァイザー
・著書:『心理支援のための臨床コラボレーション入門ーシステムズアプローチ,ナラティヴ・セラピー,ブリーフセラピーの基礎』(単著,遠見書房,2021年),『みんなのシステム論ー対人援助のためのコラボレーション入門』(共編著,⽇本評論社,2019年),『N:ナラティヴとケア』第14号「ナラティヴ・セラピーがもたらすものとその眼差し─ホワイト/エプストン・モデルの実践がわが国のセラピー⽂化に与える(た)もの」(分担執筆,遠⾒書房,2023年),『コンサルテーションとコラボレーション』(分担執筆,金子書房,2022年)
・趣味:ジャズギター

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