【特集 子どものこころへ,臨床動作法による心理支援】#00 はじめに|藤吉晴美

藤吉晴美(九州産業大学)
シンリンラボ 第8号(2023年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.8 (2023, Nov.)

はじめに

1.子どもの姿勢・動作問題

4か月児健診に来た赤ちゃんは,大人のあやしかけに対して,なんともいえない可愛い笑い返しで応じてくれる。人見知りも少ないので,あやしている大人もどんどんのせられて,あやしをやめるきっかけを見失うほどである。しかし中には,背を反らせ,両腕に力を入れたまま,笑わず,おもちゃにも手を伸ばさない赤ちゃんがいる。健診中もご機嫌斜めが続いている。

保育園での絵本の読み聞かせの時間。坐って聞いている子のひとりを見ると,背中は丸く,片膝を立てて,抱え込んでいる(図1)。あごがあがり,頸まわりがきつそうである。

図1 気になる坐位姿勢

幼稚園の給食時間。お腹を机にくっ付け猫背のようになっていて,足は椅子に絡ませている(図2)。何とも手の動きが窮屈そうで,一生懸命食べようとしているが,ポロポロと口からごぼれがちである。

図2 気になる食事姿勢

小学校の授業中。片肘をつき,その手を頬から顎にかけて当て,上半身を斜にしながら机にもたれかかっている。こうしないとからだを支えられない。

中学生の立ち姿。猫背とよばれる姿勢がちらほら(図3)。中高年者に多いと言われている肩こりであるが,中学生でも苦しんでいる子は少なくない。肩こりは,長時間坐って,前屈みの姿勢で,黙々とスマホを操作していることが一因だったりする。

図3 気になる立ち姿

2.子どもの姿勢・動作問題の背景

前項で,子ども達のからだの使い方や,姿勢にまつわる問題について具体的にいくつかを列挙してみた。こうした子ども達のこころの有り様を想像してみると,どちらかといえば,気分が優れない,すぐ疲れる,楽しくない,食べづらい,やる気が起こらない,笑顔になりにくい,といったものではなかろうか。縮こまって,後ろ向きになり,物事への向かい方がどうしても消極的になってしまう。そんな困っている子どものイメージが湧いてくる。

つまり,子どもの姿勢・動作問題は,その背後に,こころの問題が必ずある。

こうした姿勢や動作の問題を,こころとの関連でとらえ,60年以上に亘って継続的に研究してきた学問がある。それは臨床心理学の中の「臨床動作学」という学問である。ここからは子どもの姿勢や動作の問題について,臨床動作学の理論を用いながら理解してみたい。

3.こころとからだによって成り立っている動作

臨床動作学における動作(Dohsa)とは,「こころがからだを動かす現象」(成瀬,2014)と定義されている。こころが関係していないからだの動き,例えば電気刺激などで筋肉が収縮し,身体が動いたというものは動作から除外されるが,ごく普通の日常生活においては,こころが関係していないからだの動きや姿勢はないといえる。

欲しいから手を伸ばし,つかもうとする。描きたいから,クレヨンをしっかりと握って,腕を動かす。嬉し過ぎて,もっともっと近づきたいから,前に前にと前傾して声援を送る。イライラした気分の解消のために脚をゆすったりする。直面したくない,避けたいから,身を固めうつむいて動かない。私たちの生きる営みは,心理活動がからだの動きとして具現化した動作によって成り立っている。であるがゆえに,こころが不調になった時,同時的に動作も不調になる,という説明は容易に理解できよう。

4.こころを変えるための臨床動作法

臨床動作学を理論的根拠とし,ひとのこころの不調に対して,心理支援を行う方法がある。この方法を,「臨床動作法」という。臨床動作法は,動作を介してこころの不調を改善していく技法であり,本法においてこころの不調は,生活での体験の仕方によって引き起こされているととらえている。

例えば,既読スルーをどう体験するか。「あ,既読がついた。よかった。見てくれたんだ」でひと段落し,返信の有り無しについては,そこまで重大なこととせず他の用事に向かっていく子と,返信のないことが気になり,何度もスマホを確認しながら,「まだ来ない。なぜ。何があった?」とこだわり始め,次第に「私,何か悪いことしたかも」と,時には不合理な決めつけによって自責の方向に進んでしまう子がいる。同じ生活上の出来事でも,体験の仕方がまるで違う。

後者の子が,別の似たような場面でも,同様の体験の仕方をしていたとすると,こころの悩みの積み重なりが予想される。「気にしなくていいんじゃないの。考え過ぎだよ」とのアドバイスがあったとしても,体験の仕方はそう簡単には変わらない。

しかし,体験の仕方,つまり体験様式は,そのひとが自分のからだを動かすところの動作に具現化されている。この例でいけば,気になり,こだわっていく体験の仕方や,不合理な思考で自分を責めてしまう体験の仕方は,こころを緊張させると同時に肩や両腕に必要以上の力を入れるようなからだの緊張を作り出す。

肩や両腕に過度な緊張がみられるといった動作上の問題・不調は,不合理な体験様式,つまり不適応体験様式が動作に具現化したととらえることができる。現実の自己のからだの実感的な動作体験や柔軟かつ自由化を図る動作体験を通して,不適応的体験様式を,適応的体験様式に変えていくプロセスは,同時的に,その主体者のこころ・生き方としての体験様式がよりよい方向に変容するプロセスとなる。

5.子どものこころと体験様式の変化

子ども達の動作に関して,近年,特に指摘されるのが,坐位に関する問題である。保育士らによれば,給食の時間でさえ,まともに椅子に坐っておれない子が年々増えてきているという。

もともと乳児は,特別に訓練や学習をしなくても,体軸を重力にそって真っ直ぐに立て,安定的に自分を保つ力を有している(図4)。臨床動作法では,この姿勢を,“坐位のタテ直ができている”という。

図4 乳児の坐位タテ直姿勢

保育園を見てみると,3歳児クラスまでは,坐位のタテ直を維持している子が多い。しかし4歳児クラスになると,骨盤が後傾したり,猫背のようになっていたりと,坐位の軸が崩れている子をちらほら見かける。

この子らは小学校に入学すると,1日の大半を椅子にすわって机に向かうことになる。小学生が机に向かって坐る姿勢のうち,不適切な動作とされる代表的なものは,椅子の坐面の前半分くらいにお尻を着けて坐り,骨盤を後傾させ,背もたれに上体を預けて坐った姿勢や,上体を斜め前に前傾させ,机の面に置いた両腕に上体の重さを預けつつ,丸くした背と顎あがりの姿勢が挙げられる。これらは時間が経つと,背が痛くなったり,両腕がだるくなるので,からだは疲れやすい。集中力がすぐに途切れてしまうのも容易に想像できる。

坐位の問題の原因として子ども達の筋力の低下や,スマホやタブレットの悪影響,不適切な椅子の使用などが指摘されているが,臨床動作学の視点から考えてみると以下の通りである。

小学生に見られる坐位の動作不調は,幼児期くらいから顕在化するといえそうだが,この不調の生成には,それまでの生活での体験の仕方が影響を及ぼしている。

例えば,失敗したことに非難や否定をされ,自信を失った体験や,叱責を受け,自尊心の低下体験や,恨みを募らせる体験など,いわゆるこころの元気が失われる体験をしたとする。このような体験がわずかであればよかったのだが,幾度も繰り返され,こころが回復する間もなく積み重なっていったとしたら,過緊張な,あるいは逃避的,無気力的な体験の仕方となる。

臨床動作法は,この不適応な体験様式を,適応的に変化させることを目指している。

体験様式を変えるために,例えば「坐位のタテ直づくり」という動作課題を用いて不調な動作にアプローチする。体軸のタテ直づくりのプロセスにおいて,課題を受け容れる体験,課題に直面する体験,自己のからだをコントールする体験,自己をより良い方向へ変えていく体験などが展開する。成瀬(2009)は体軸つくりについて,「自体軸によるからだの常態化とこころの恒常感という体験こそ,自らが頼りうる根源的な拠り所として,意識的・無意識的に気づくことによって,自己という感じが育ち,安定・安心したこころを維持できるようになる」と述べており,子どもたちの適応力の向上に役立つといえる。

6.臨床動作法における課題

臨床動作法では,支援対象者に動作課題が出される。

課題の選定は,援助者による動作不調のアセスメントをもとに行われることが大半である。

近年,よく用いられている動作課題は,坐位前屈げ,腕挙げ,肩上げである。この他にも,立位膝前出し,立位踏み締め・踏み付け,立位重心移し,肩開きなどがあり,これらは基本課題といわれている。

7.臨床動作法による支援の対象者

生きているひとは,すべて動作をしながら活動している。ゆえに臨床動作法が援助対象とするのは,生まれたばかりの赤ちゃんから高齢者まで,すべての生きているひとを支援対象とする。

また先に挙げた動作課題は,必ずしも言語による理解を必要としない。したがって,言語獲得期以前の赤ちゃんや,言語の理解・表出に困難性を伴うひとにも幅広く適用できる。

分野については,保健医療,教育,司法・犯罪,産業・労働の全ての分野で適用でき,不適応を呈しているひとへの心理支援はもちろん,適応的に生活しているひとについても,こころの健康の管理・維持・増進のために使うこともできる。以上のことから,臨床動作法は汎用性が高い支援法とされている。

8.おわりに

本稿では,子どもの姿勢や動作の問題の一部を紹介し,これらに臨床心理学の立場から心理支援を行う方法としての臨床動作法を紹介した。臨床動作法の理論,動作課題,対象者については記述しているが,実際にどのように援助するのかについては,本特集号の各章における説明や動画でその一端を示している。

詳しくは,『動作療法の展開』(成瀬悟策,2014)や『臨床動作法』(成瀬悟策,2016)などを参考にしていただきたい。また,臨床動作法の実践にあたっては,研修会での実習を通した技法の習得が求められる。研修会の情報は,日本臨床動作学会のホームページ(https://www. dohsa. jp)に掲載されている。

(イラスト作成 九州産業大学芸術学部ビジュアルデザイン学科イラストレーション専攻2年 真島研究室 小野塚日菜)

注記)イラスト画像に修正があったため,2023年11月9日(木)にイラスト画像の差し替えを行いました。

文  献
  • 成瀬悟策(2016)臨床動作法-心理療法,動作訓練,教育,健康,スポーツ,高齢者,災害に活かす動作法.誠信書房.
  • 成瀬悟策(2014)動作療法の展開―こころとからだの調和と活かし方.誠信書房.
  • 成瀬悟策(2009)からだとこころ―身体性の臨床心理.誠信書房.
  • 鶴 光代(2007)臨床動作法への招待.金剛出版.
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名前 藤吉晴美(ふじよし・はるみ)
所属 九州産業大学
資格 博士(臨床心理学)・公認心理師‧臨床心理士・臨床動作学講師
主な著書 『目で見る動作法』(共著,金剛出版,2013年),『動作療法の治療過程』(共著,金剛出版,2019年)

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