【特集『物語』から読み解けるもの】#05 「異世界もの」のアンチテーゼとしての『異世界おじさん』――特に“他者性”の観点から|西嶋雅樹

西嶋雅樹(神戸女学院大学)
シンリンラボ 第5号(2023年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.5 (2023, Aug.)

1. 一風変わった「異世界もの」

1)『異世界おじさん』との出会い

「異世界もの」はもううんざりだ。

これは筆者が2022年の7月頃までぼんやり感じていた思いである。この時期に上梓した拙稿(西嶋,2022)で「異界」と「異世界」の異同について述べた。その際に,自分はハイファンタジー作品は好きだけれども,「異世界もの」は食傷気味であることを実感した。筆者が目にする「異世界もの」には,タイトルを見聞きしただけで「はいそうですか」とスルーしたくなる作品が多い。しかし,筆者の思春期は『ロードス島戦記』と共に幕を開けている。繰り返すが,筆者はハイファンタジーの物語は大好きである。

ところで上述の2022年7月というのは,本稿で取り上げる『異世界おじさん』のアニメ放映が始まったタイミングでもある。

「異世界」に「おじさん」と付いている。どうせこの作品も,中年男性が剣と魔法のファンタジー世界で無双するようなよくある作品だろう。筆者はそう高をくくっていた。

しかし,違った。予想は部分的には合っていたが,外れた(あるいは外された)部分の方が大きかった。

2)『異世界おじさん』とは

『異世界おじさん』は,殆ど死んでいる氏による漫画である。また,その漫画をもとにしたアニメーションである。2018年から原作の連載が始まり,上述のようにアニメ化をしたものの,コロナ禍の影響は制作会社にも及んだ。2022年7月始まりの夏クールの放送だったこの作品の完結は同年10月からの秋クールに食い込んだ。秋クールでもさらなる再延期に見舞われて,2023年1月からの冬クールでようやく完結した。本作自体が何度も「死に戻り」を繰り返すアニメーションとなった。

そんな『異世界おじさん』は,視聴時の筆者にとっては“なんだかわからないけれどおもしろい”という位置づけのアニメであった。

本稿では,この『異世界おじさん』を素材とした論考を行う。具体的には,『異世界おじさん』を「異世界もの」へのアンチテーゼとして仮定し,そのいくつかの特徴を抽出する。そして最終的には“他者性”というテーマについて心理臨床とも絡めて検討する。

2. 登場人物

1)おじさんとたかふみ

この作品のタイトルにある「おじさん」は,ダブルミーニングである。それは①「『おじ(伯父・叔父)』を敬い親しんでいう語」と②「よその年配の男性を親しんでいう語」の意味である(いずれも大辞泉)。

主人公は,おじさんである(彼の本名は作中の重要な要素であるため,ここでは伏せる)。作中には「たかふみ」という人物も登場する。たかふみは主要な登場人物の1人であり,狂言回しの役割を担っている。

たかふみからすると「おじさん」は母の兄に当たる人なので①の意味であり,読者・視聴者である我々にとっては「おじさん」は②の意味である。

ちなみに作中のおじさんは,開始時の年齢が34歳である。17歳の時にトラックにはねられて異世界グランバハマルに転移し,34歳で現世に戻ってきている。おじさんにとって現世と異世界はそれぞれ人生の半々を占めている。そんなおじさんの17歳に至るまでの描写は,ゲームメーカーSE●Aの愛好家としての描写が大半である。

また,たかふみは小学校時代からライトノベルの愛読者である。作中年齢で20歳の今も,剣と魔法の異世界ファンタジーの血湧き肉躍る戦いと,その世界の人たちとの交流に憧れを抱いている。

2)おじさんは記憶を映像で伝える

そんなたかふみと,彼の幼馴染みの藤宮さんに,おじさんはかつていた異世界での冒険を見せる。具体的には,記憶の精霊の力を借りて,YouTubeさながらのインターフェースを空中に映像化して,見せる。

冒険譚は,語りというよりも映像として,ときにおじさんの解説も交えながら視聴される。そしておじさんも,自分の映像を見ながらその当時は気付かなかった事柄に,ときに事後的に気付いていく。

3.「異世界もの」の定型である「無双」と『異世界おじさん』

1)定型表現としての「無双」

「異世界もの」の定型表現として,転移・転生前の記憶や知識を活かして「無双」するという王道展開がある。「無双」の結果,主人公が優位な地位を確立したりすることがまま見られる。

では,おじさんはどうか。

おじさんは,大好きなSE●Aのゲームの知識を駆使して転移先の世界での冒険を進める。しかしおじさんの場合は,ゲームの知識が臨機応変な判断の邪魔となり,窮地に追い込まれもする。

「異世界もの」の「無双」には,「現代科学無双」(第1巻,p. 45)とたかふみが呼ぶ,現代日本で知られている科学知識を異世界に導入して賞賛を浴びるというパターンがある。では,おじさんの場合はどうか。おじさんも,干ばつに苦しむ村に「水の湧きでるつぼ」を作る。しかし,この行為は宗教的にまずかったようで,おじさんはすぐさま磔にされる。

また「異世界もの」では現代の倫理観で異世界の人々を喝破するという定型表現もみられる。たかふみは,おじさんが異世界人を論破する展開を期待して「ああああっ……!! これって…! 現代倫理観無双…!」(第4巻,p. 63)と胸を膨らませる。しかし社会経験の乏しいおじさんは,思うことがあっても口ごもるだけである。何とも生々しい描写である。現代倫理観無双は,充分な社会経験やコミュニケーション能力がないと,異世界であっても発動しない。

2)おじさんは「無双」と遠い

それでは,「無双」ができる力がおじさんにはないのかというと,否である。

かといって,おじさんは圧倒的な魔力は持ちつつも,他者を凌駕して喜ぶわけでもないし,試行錯誤もいとわない。伝説の竜である魔炎竜を倒した際にも,華やかな攻撃をしたわけではない。「マジで大変だったけど 工夫して攻撃パターン覚えたら 何とか倒せたぞ!」(第1巻,p. 74),「魔炎竜の魔炎食らって焼かれる間だけは 物理剣でちょっとだけダメージ通るんだぜ そこがわかってからは まぁパターンだな」(第2巻,p. 118)は,さながらゲームのボスの攻略の感想である。この地味かつ地道な取り組みが,微笑ましくも感じられる。

換言すれば,おじさんが転移前に培った経験で最も役に立っているのは,地道な努力を厭わぬ姿勢といえよう。

4.『異世界おじさん』と願望充足

1)おじさんのぱっとしなかった異世界暮らし

こう書くと,作品を知らない本稿の読者の方々は次のように想像するかもしれない。「おじさんは,異世界でぱっとしなかったんじゃないの?」と。

その通りである。美男美女だらけの異世界では,おじさんはオークの亜種と見なされ,人々からしばしば迫害を受ける(そして,筆者も異世界に転移をしたら,きっと同じ道を歩む)。

現におじさん自身が「まあ そういったわけで 異世界でもうまくいかなかったのが 俺だ」(第1巻,p. 33)と暗い表情で述べている。これは,本稿で後に紹介する『転生したらスライムだった件』(以下『転スラ』)の帰結とは大きく異なる。

2)実は恵まれてもいるおじさん

しかし実際にはおじさんは風や火や光を司る精霊とも会話ができるチート能力「万能話手ワイルドトーカー」の保有者である(この事実に気付いたのは,現世への帰還後ではあるが)。おじさんは,精霊と交渉して数多の強力な魔法を駆使できる,比肩する者のない魔法使いなのである。

おじさんと旅路を共にする面々も,エルフの王族(女性),伝説の凍神剣を受け継ぐ末裔(女性),神聖魔道士でもある勇者(女性)という絢爛豪華な顔ぶれである。さあ女性だらけのハーレムものになるかと思いきや,ここでも残念なことに,おじさんはとにかく恋愛に疎い。自分に好意を寄せるエルフを「毎日まとわりついてきて 嫌がらせ…っていうか… 俺が何やっても 人格否定とか… 罵倒してくるんだよ」(第1巻,p. 26)と本気で思っている。「ツンデレ」的表現を,ただの罵詈雑言だと本気で思っている。

3)「異世界もの」と願望充足

名取(2020)は「願望充足的ファンタジーにはそれがままならない当人の苦況も示されている。特異な能力も有利な情報もなく,温かく支援してくれる人間関係にも恵まれず,自分の可能性を試すこともできないまま一生を終わるのはいやだ,という焦りと不安,これが異世界転生アニメの陰画かもしれない」(p. 116)と記している。かたや『異世界おじさん』には,読めども読めども願望充足的な要素が出てこない。厳密には,出てはきているのだけれど,それに対しておじさんは無自覚である。

一方で,おじさんの記憶を見せてもらっているたかふみは,しばしば欲求不満を募らせる。

そう。たかふみは,読者と視聴者の声の代弁者なのである。おじさんを通して願望充足を代理体験できそうなのに,そうはいかない。読者も視聴者も,そしてたかふみも,欲求不満の状態に留め置かれる。

4)おじさんと願望充足

それでは,おじさんには願望充足の要素はみられないのか。

現世への帰還後に魔法を使ってYouTuberとして再生数を稼ごうとする辺りには,報酬目的の承認欲求が見え隠れする。2022年のM-1でウエストランドがYouTuberを「再生数に取り憑かれておかしくなっている!」と揶揄したように,再生数目的でおかしくなっている節はおじさんにも大いにある。

しかし,おじさんが特殊な能力を使って目立とうとするのは,あくまでも現世での食い扶持のためである。そんな気取らぬおじさんが,筆者には少しかっこよくも見える。

5.桃源郷ではない異世界

1)誇れる異世界体験か

ちなみに,「異世界もの」の代表格の1つ『転スラ』の場合はどうか。webサイト「小説家になろう」に掲載されているオリジナルの最終話(伏瀬,2014)を見てみよう。

『転スラ』の主人公は,最終話で現世で瀕死だった肉体が回復し意識も取り戻す。そこに見舞いにきた後輩にこう語って,物語が結ばれている。「それでは,語るとしよう。――俺が『転生したらスライムだった件』について――」。誇らしさすら感じる結びである。

『異世界おじさん』の冒頭で意識を取り戻したおじさんはたかふみにせがまれて異世界の出来事を語る。これは,形としては『転スラ』のオマージュである。

2)おじさんにとってのグランバハマル

たかふみの同級生である藤宮さんが「たかふみは 『ここではないどこか』の話に救いを求めてるのかな…」(第4巻,p. 49)と推測しているように,たかふみはおじさんの異世界物語に救いを求めている。しかし,おじさんの次の言葉は,おじさんにとってグランバハマルが桃源郷ではなかったことを示唆する。「…異世界を懐かしむ日が来るとはな…」(第1巻,p. 158)。

異世界でのおじさんは,一部の登場人物からは一目置かれるが,人々から英雄視されることはない。本人も,元いた世界に帰りたがっている。

異世界はあくまで「異」なる世界であり,本来生きるべきはこちらの世界である。少なくともおじさんは,そう感じて行動し続けていたようである。

そしてそこには,大好きなSE●Aのゲームでまた遊びたいという,おじさんの半生に根ざした願いがあったように思われる。これは未練であるとともに,異世界ではなくこの世につなぎ止める確かな錨でもある。

6.『異世界おじさん』に見る“他者性”

1)たかふみという他者

ここまで論を進める中で,本作におけるたかふみの果たす役割の大きさにふと気付く。

おじさんの物語は,おじさん一人であればヒロイックな意味づけがなされない。そもそも,語られることもない。たかふみという聴き手を得て,そしてたかふみに幾度もせがまれて,異世界でのおじさんの出来事が物語られていく。

2)『異世界おじさん』の特徴

『異世界おじさん』の特徴を筆者なりに抽出すると,次の3点に集約される。

1.主人公であるおじさんは,物語の開始時点で既に現世に帰還している。
2.おじさんがチート能力で悦に入るのは,現世への帰還後である。
3.おじさんには,その物語を聞く存在(たかふみや藤宮さん)がいる。

これらはいずれも,よくある「異世界もの」とは一線を画す特徴である。特に3点目に示される他者性こそが,本作の展開上重要な役割を担っている点であり,面白い点でもある。換言すれば,『異世界おじさん』が「異世界もの」ジャンルの中で異色の存在となる所以である。

3)他者がいて生まれる語り

西嶋(2022)でも述べたように,筆者は「異世界もの」の物語の契機として人間関係の希薄さを据えたい。おじさんも,異世界転移前は,一人でゲームを楽しむ人であった。しかしグランバハマルで仲間と出会い,現世に戻ってからもたかふみや藤宮さんがおじさんの冒険譚に(頻繁にツッコミを入れながら)興味を示し続けている。

自己完結した自己陶酔の世界ではなく,己が生きた物語に興味を持って聞いてくれる人がいる。さらに,他者がいることで,おじさんは表現する。そして,己の経験の意味が仄かに見えてくる。

心理臨床家としては,ふと心理臨床の営為を連想したくもなる構造である。

そして筆者も今まさに,こうして綴ることで,すなわち他者を想定して本作について記すという行為を通して,気づきを得ている。『異世界おじさん』の展開と同型の体験を味わっている。

4)おわりに―「異世界もの」アンチテーゼとしての『異世界おじさん』

以上が,筆者が『異世界おじさん』を「異世界もの」に対するアンチテーゼとして認識した所以である。読んでくださった方はお気づきかもしれないが,どうも『異世界おじさん』について述べようとすると,筆者の心の中の「異世界もの」の定型と対比させて「~ではなく」という表現が多くなる。このように『異世界おじさん』には,異世界ものの定型(特に自己陶酔あるいは自己完結した語り)から逃れ続けようとする性質が濃く見られる。

筆者にとっての『異世界おじさん』は,「異世界もの」に括って良いのか迷う作品ではある。この小論をご覧いただいた方々もぜひ,おじさんの物語にたかふみのようにツッコミを入れながら(それは“他者”で在り続けるということでもある),この作品をお楽しみいただきたい。

文  献
  • 伏瀬(2014)転生したらスライムだった件 最終話 転生したら――.https://ncode. syosetu. com/n6316bn/256/(2023年6月19日閲覧)
  • 殆ど死んでいる(2018-2023)異世界おじさん 1~9.KADOKAWA.
  • 名取琢自(2020)「異界」は潜伏期に入ったのか?―異世界転生アニメに見えるもの.ユング心理学研究,12; 111-117.
  • 西嶋雅樹(2022)「異界」と「異世界」.精神療法,48 (1); 35-39.
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西嶋雅樹(にしじま・まさき)
京都大学大学院教育学研究科博士後期課程を研究指導認定退学の後,三重県教育委員会,島根大学を経て神戸女学院大学。
資格:臨床心理士,公認心理師。

ぶらぶらすることが好きです。

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