【特集『物語』から読み解けるもの】#02 『さんかく窓の外側は夜』に見る侵襲性と守り|髙井彩名

髙井彩名(日本女子大学カウンセリングセンター)
シンリンラボ 第5号(2023年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.5 (2023, Aug.)

世界は線で溢れている

おそらく小学校中学年頃だったと思うが,担任教員からクラス全体に向けて,こう言われた。

「みなさん,うまく線引きして付き合っていってください」

確か嫌なことはうまく断りましょう,というような文脈だったと思うが,「目に見えないものに線を引く」ことを不思議に思ったのだった。

考えてみれば,私たちの周りには目に見える線がたくさんある。横断歩道や電車のフォームの白線等の,安全を守る線はもちろんのこと,コロナ禍からこちらは,並ぶライン等がしっかり引かれている場所も多くなったように思う。

目に見える線だけではない。私たちは他と違うものをはっきり区別する時に「一線を画す」と表現するし,何かしてはいけないことをしでかした時には「一線を越えた」と言う。その他にも,「線」を使った表現はたくさんある。

こうしてみると,私たちの生活はあらゆる「線」で溢れているように思う。わかりやすいものもあれば,気を付けないと目に入らず,気づいていない線もあるだろう。世の中が線で溢れかえっているとしたら,私たちは一歩踏み出すごとに,何かしらの線を踏んだり超えたりしているのかもしれない。

大人も子どもも,線

子どもたちも,遊びやコミュニケーションの中で容易く線を引く。足でザリザリと地面に線を描き,「ここから俺の陣地な!」,「バリア!」と言っている場面はいまだに見かけるし,絵本『となりのせきのますだくん』では,机に実際の線まで引いて,「ここからでたらぶつからな」と言ったりする。

大人においても,お隣との土地の境界線について複雑な事態となるケースをいつの時代も耳にするし,この複雑な事態というやつは,お隣だけでなく,規模が大きくなっても当てはまる。このことは,自分たちのスペースをいかに確保するかということへの興味の高さを表していると思うし,ひいては,私たちにとって線を引くことが,日常生活に根差した,重要なことなのだと感じさせるのである。

『さんかく窓の外側は夜』

さて,ここからようやく本題である。『さんかく窓の外側は夜』(以下,『さんかく窓』)は,ヤマシタトモコによる漫画作品で,『MAGAZINE BE×BOY』に2013年4月号から2021年1月号まで掲載されていた。単行本も全10巻(+『さんかく窓の外側は夜 その後』)にて刊行済みで,一気に完結まで読むことができる。2021年の秋アニメ枠にて,TVアニメも放映されているが,多くの人は2021年1月に,岡田将生と志尊淳,平手友梨奈(敬称略)を主役に据えた実写映画化に覚えがあるのではないだろうか。作品のテイストとしては,ミステリーサスペンス要素の強い,ややホラー,というところかと思う注1)。また,直接的で性愛的な表現はないが,BL(ボーイズラブ)的な要素を含むことが特徴とされている。

注1)ホラーの度合いについてはあくまで個人の感想です。

ここから先を読む前に

ここであらかじめ断っておきたい。以下,何人かの登場人物を紹介していくが,少しばかりネタバレを含むことになる。また,ネタバレは極力控えたいので,原作中での表現をそのまま使わず,多少変えさせていただいた。原作ファンの皆様は違和感を持たれるかもしれないが,そういう事情があるのでご容赦いただきたい。

そしてもしも,「ネタバレは地雷注2)です」という人がいたのなら,ここから先は各々気を付けて読み進んでほしいと思う。ただ,ネタバレをしたところで,本作の内容の面白さや言葉選びの繊細さ,描写の巧みさは損なわれることはない。拙論が本作を楽しむ一助となってくれれば幸いである。

注2)自分が苦手なジャンルやキャラクター,シチュエーション,キャラクターの組み合わせを指して言う言葉(Hirabayashi, 2017)。なお,ここでは「絶対に避けたい」という意味で使用。

『さんかく窓』のあらすじ

本屋で働いている三角康介(みかど・こうすけ)は,幼い頃から霊などの,周りの人たちには見えないもの(以下,まとめて「霊的なもの」と表現)が見えていた。ある日,仕事中に霊が見えた折,一人の男性に声をかけられ,腕を掴まれる。彼は「これは運命ですよ。きみの力。だってこんなにはっきり見えます」と言って,よくわかっていない三角を置いてきぼりにしたまま,除霊をしたのだった。この声をかけてきた男性は冷川理人(ひやかわ・りひと)と名乗り,拝み屋の助手をしてほしいと三角に頼む。三角は普段,霊的なものに近寄らないために眼鏡をはずしていること,他のものがぼやけて見える中でそれだけがハッキリ見えるので区別できること,そしてその場から逃げることにしていることを話す。そんな三角に冷川は言うのだ。

「私といれば怖くなくなりますよ」

それ以降半ば強制的にと言うか,冷川の言葉を借りるのなら「運命的に」と言うか,三角は冷川に関わっていくなかで,さまざまな人と出会い,自分のことを知っていくのである。

三角の侵襲されやすさ

本作は,さまざまな親子関係を軸に読み解くこともできるし,ホラーミステリーとして楽しんだり,霊的なものと私たち人間の関係や,主役二人の関係性の動きを主として楽しんだりすることもできる,私的に「噛めば噛むほどおいしい」作品と思う。

そんななかで,今回はタイトルの通り,侵襲性と守りについて考えたい。

前述の通り,三角は眼鏡を用いて,自分の視界(見える/見えない)をコントロールすることで,霊的なものから距離を置いている。いわばそれらからかなり遠いところに境界線を引いている状態で,そしてそれはおそらく,彼の防衛本能に起因していると考えられる。というのも,三角は後に知り合う人物に「魂ガバガバ」であると指摘されるのである。つまり,霊的なものから侵襲されやすい,平たく言えばいろんなものに入られやすい危うさを持つ人だと判明するのである。

三角を取り巻く人々

そんな三角だが,冷川をはじめ,今までには出会ったことのなかった,霊的なものと近しい人と複数出会う。そして彼らは,霊的なものとの境界線も,霊的なものが見えない人(以下,一般人)との境界線もそれぞれ異なる引き方をしている。占いを生業としている迎系多(むかえ・けいた)は霊的なものとの境界線を近く,されどはっきりと引き,かつ一般人との間には気づかれないように絶妙な隔たりのあるところに境界線を設定しているようにみえる。

とある事情から人を呪う仕事をしている非浦英莉可(ひうら・えりか)は,その力の性質上,霊的なものとの間には境界線を設定しておらず,もはや侵襲性がどうこうというよりも同化していると表現できるかもしれない。一方,一般人との境界線は,ある意味断絶しているととらえることもできると思う。だが一度ひとたび呪うとなると,境界線を踏み越え,一気に侵襲する。

そして冷川はと言えば,彼は彼で特殊な生育歴から,霊的なものとも一般人とも境界線の引き方がまったくわからないまま,入ったり入られたりしながら過ごしているのである。

そして集まる彼ら

三角を中心に,人とは違う力を持つ彼らや,彼らを助ける人々が集まり,一つの目標を目指し,あの手この手で立ち向かっていく。ひょんなことからその道を交えることになった彼らは,自分以外に同じような力を持つ人に,ほぼ出会ったことがなかった。現状を打破するためにさまざまな挑戦をするなかで,彼らは互いがどのように霊的なものと関わっているか,あるいは一般人と関わっているかを共有していく。そして,互いの方法を試してみたり,時には失敗もはさんだりしながら,最終的にはそれぞれが新たな境界線を獲得していくのである。筆者が特に素敵だと感じたのは,これらの共有が,彼らの関係性についてはそれほど明確に規定されないまま,成されるところである。この,関係性の良い感じの曖昧さが保たれたまま繋がることができている描写に,線はしかるべきところにだけ引けばよいという示唆が含まれているように思えるのである。

『さんかく窓』にみられる守りのイメージ

彼らはそれぞれ境界線を引き直すと同時に,力の扱い方を手に入れる,あるいは変えることによって,守りを得ていく。

本作ではどれも視覚的に表現されているので守りの力をイメージしやすいが,中でもわかりやすいのは,迎の三角形の「結界」だろう。迎は感覚的に周りと自分(あるいは守りたい人)を切り離すことができる。彼の結界は,時間の流れさえも切り離すことができるので,守られたなかでじっくりといろいろなものに向き合うことが可能となるのだ。

他にも,強固な境界線を引くことで,絶対的な守りが敷かれるという表現も登場する。

さらに,この特別な力だけでなく,私たちにも近しい,「守ってくれる存在」への言及も度々されていると感じる。「守り」と一口に言っても,多様な方法や存在があることが本作を読んでいると伝わってくることだろう。

侵襲性と守り

三角も,自身の霊的なものとの間の侵襲性の高さを理解した上で,自分の力の使い方を学んで,新たな境界線の引き方を手に入れる。三角の変化を見守っていると,自分がどのように脅かされるのか,すなわち,自分の侵襲性の高さについて理解すること自体も守りになるように感じる。さらに,何が自分にできるのか考えて試していくことによって,自身を守る力を確実に身につけていけるのではと希望を持てるのだ。それに併せて,うまく人に頼ることで,自分自身だけでなく,自身を取り巻く人々を共に守る力をも得られることになるのではないかとも感じる。

三角が霊的なものを「怖くなくなったか」は,是非本作を読んで確かめてほしい。この物語の終盤に三角が言う,ある言葉は,守りの意味を含め,さまざまなものが込められた大変含蓄あるものと思っている。そしてこれは,この物語をしっかり味わうことで読者が感じることができるものだと思うのだ。ホラー要素が苦手な人はいるかもしれないが,是非三角をはじめ,彼らの変化を味わっていただきたい。

境界線も守りの一つ

さて,このまま「霊的なもの」を前提としてしまうと,おそらく世の中の大多数を占める,見えない一般人には縁遠く思えてしまう。しかし,この「境界線を引く」ということに焦点を合わせると,私たちにも大いに関係あることになる。なぜなら最初に述べたように,私たちにとって線を引くことは大きな関心事であるし,とりわけ対人関係においては,境界線の引き方が,私たち自身の守りに直結するからだ。三角のように「魂ガバガバ」の状態で周囲からの侵襲を許していると,時には想像を超える負担がかかることになるだろうし,ともすれば自我(自分)というものが揺らぐ事態にもなりかねない。

タワブTawwab(2021)は,境界線について,「安心できる心地よい人間関係を築きやすくするため,期待と欲求を明確に示すおこない」としている。どこに線を引くのが過ごしやすいかは人それぞれだが,線を引くということ自体は,誰にとっても守りの一つなることは間違いないだろう。

線を引くのは難しい

ここまで「侵襲性」という言葉を使ってきたが,この言葉からだとよほど重大な侵入行為のみを指すと思われる方もいるかもしれない。しかしその実,日常の中ではなかなかにありふれたものである。これは冒頭で述べた「線を踏んだり越えたり」することであり,気づかぬうちにしてしまうことだってあるだろう。

漫画でも「人の心にズカズカと踏み込んで!」という台詞はわりと見かけられるのではないだろうか。物語ではこういう場合,本当は踏み込んできてほしい,という望みがあるので,結果的にうまくいくことが多い。しかし,現実は必ずしもそうではなく,臨床場面でもプライベートでも,「踏み込んでほしくない」とうまく伝えられないことに悩んでいるという話はよく聞くところである。意識していなくても,ちょうどよく線を引くことがいかに難しいかということを私たちは日々実感していると思うのだ。

『さんかく窓』から学ぶこと

うまく線を引くために,専門家と共にトレーニングするというのも一つの手段である。しかし残念なことに,さまざまな事情により,誰もがいつでも気軽に専門家に助けを求められるわけではないように思われる。

もしもすぐに助けを求めることが難しい時,まずは周りを見渡してみて,うまく線を引いている人を探してみるのもよいかもしれない。自分に取り入れた時にうまく機能しそうな線,を引いている人を見つけたら,その人に直接聞いてみてもいいし,こっそり真似をしてみてもいいだろう。あるいは逆に,自分が相手に教える機会を持つこともあるかもしれない。三角たちが行なったように,互いの方法を共有しながら,試行錯誤をしていく,それは周りと繋がるということも含め,とても意味があることと思うのだ。

うまく線を引く仕事

さて,生きる上で線はとても大事なわけだが,心理士になってから,より線を意識するようになった。例えば風景構成法では,心理士はペンで一周ぐるりと線を描き,クライエントの世界を守るし,プレイセラピーではルールという「線」を決めて,安全な場を確保する。これらは境界線であり,心理学では「枠」と呼ぶものである。対話によるカウンセリング等においても,クライエントとのやりとりではさまざまな枠をうまく保てないと,その場は崩壊してしまう。しかもこの枠,ここではあえて表現を「線」に戻すが,この線の引き方が難しい。誰に対しても一様に保てばいいものではなく,その時のクライエント等の諸状況を含む環境や,「今,ここ」での感覚等を加味しながら,どこに,どのように,どの程度引くのかを考える必要があるのだ。

さらに難しいことに,同じクライエントであったとしても,同じ線が通用するとも限らない。その都度見立てを更新しながら,線を微調整していくことが必要と,仕事をしながら痛感する日々である。だからここ最近,心理士の仕事については,「うまく線を引く」という技能を持つことが大変重要なのだなと噛みしめている。

本論 その後

『さんかく窓』を読んでいる時,番外編である『さんかく窓 その後』も含め,彼らの世界はずっと静かで,ひっそり存在しているように感じられた。内容が静かかと言えばそうではなく,どちらかと言えば出来事もやりとりも賑やかであるにも関わらず,である。

この作品に没入した時に感じる静けさは,あるいは,彼らが張る三角形の結界なのかもしれない。作中の表現にもあるが,現実から切り離されて,時間の流れはいつもと違うけれども,しかしそこにあるものにしっかりと関わっている不思議な感覚。作者の描写の巧みさが,私たちを三角形の結界で守りながら,いつもと見え方の違う世界に導いてくれるのかもしれないと思うのだ。

文  献
  • Rina Hirabayashi(2017)今すぐアニオタになれる用語解説A to Z. In: CREA, Vol. 329 大人のためのアニメガイド みんなアニメに夢中。.文藝春秋,pp.62-67.
  • 武田美穂(1991)となりのせきのますだくん. ポプラ社.
  • Nedra Glover Tawwab(2021)Set Boundaries, Find Peace: A Guide to Reclaiming Yourself. Piatkus Books. (山内めぐみ訳(2022)心の境界線―穏やかな自己主張自分らしく生きるトレーニング. 学研プラス.)
バナー画像:愚木混株 Cdd20によるPixabayからの画像
+ 記事

髙井彩名(たかい・あやな)
日本女子大学カウンセリングセンター
資格:臨床心理士, 公認心理師
著書:『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著, 木立の文庫, 2023)

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