【特集『物語』から読み解けるもの】#04 『明日,私は誰かのカノジョ』にみる現代女性の生き方|三田村 恵

三田村 恵(大妻女子大学学生相談センター,カウンセリングサロンArk杉並)
シンリンラボ 第5号(2023年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.5 (2023, Aug.)

1.はじめに

1)明日私は誰かのカノジョ

『明日カノ』と呼ばれる作品をご存知だろうか。“をのひなお”によって2019年5月から『サイコミ』(Cygames)にて連載中の『明日,私は誰かのカノジョ』(以下『明日カノ』)という漫画の事である。

7章(+番外編)で構成されており,章ごとに主人公が異なるオムニバス形式の作品となっている。しかし章ごとに分断されているのではなく前章の主人公の友人や知り合いが次章の主人公になるなど全体的に緩やかに繋がりがある。

既刊14巻の『明日カノ』は,累計発行部数500万を突破し(2023年4月時点),2023年1月には第68回「小学館漫画賞」少女向け部門を受賞しており,2022年4月および2023年5月の計2クールでドラマ化もされている。描かれている内容はニッチなものながらも注目の高さがうかがえる。

なお,出来る限りネタバレをせずに本作に触れていきたいが,この記事の特性上部分的にかなりのネタバレがあることをどうかご容赦いただきたい。

2)そこにいるカノジョたちの話

本作で描かれる内容はレンタル彼女,パパ活,整形依存,ジェンダー,ホスト狂い,推し活と炎上,スピリチュアル傾倒,母子関係と多岐に渡る。いずれも現代社会において,見聞きしたことのあるトピックだろう。

作者のをのもインタビュー(藤谷,2022)において「当事者の方のエッセイや漫画を一番参考にしている」,「ホストやお店の方にお話を伺うことが多かった」と作成過程について話している。読者は徹底して作りこまれたキャラクター達の物語が《聞いたことのある誰かの話》のように現実と繋がっているような印象を受けるのではないだろうか。特に,新型コロナウイルス感染症の蔓延後はキャラクター達もマスクを着ける生活へと変化している。リモート飲み会など交友関係の変化や水商売や性風俗をしているキャラクター達の自粛期間の収入の不安感もリアルに描かれている。

以下に主要なキャラクターとそこにみえる現代女性の生き方について触れていきたい。

2.レンタル彼女「雪(ゆき)」の場合

1)雪の気持ち

雪は第1章の主人公であると同時に『明日カノ』の全体的な主人公であるといえる。現役の女子大学生であり,どこか寂しげな印象のあるキャラクターである。容姿端麗だが実は顔に大きな火傷の痕があり,実母から何らかの虐待を受けていたと察せられる描写があり,タイミングは不明だが伯父夫妻に育てられた。大学進学時に上京し,奨学金をやりくりして生活している。彼女の場合,生活費および火傷の痕を消す整形費用を賄うために,一般的なアルバイトではなく,割のいいレンタル彼女をしている。客のプロフィールや求められる彼女像をノートにまとめて研究するなどストイックな様子が見受けられる。彼女の「そっち側・・・・のあなた達には絶対わからない」,「……お金って安心する私を裏切らないから」といった語りの端々から「自分の気持ちは他者には理解されない」,「人は信じられない」,「信じられるのはお金だけ」という気持ちを抱いていると推察される。

2)気持ちを揺さぶるもの

彼女の頑なな「自分の気持ちは他者には理解されない」という気持ちにまつわるエピソードは,レンタル彼女で雪を指名した男性客の一人と,彼女の唯一と言っていい友人との関係において描かれている。

前者は,彼女の養育環境とは全く逆の養育環境で育ったであろう男性で,レンタル後に,偶然素顔の雪と会い,嫌がっているにもかかわらず本人であることを確かめようとしたり,彼女の逆鱗に触れ一喝入れられたものの,彼女をリピート指名したことで彼女の内側に一気に踏み込んだ人物である。

家族に対して優しい気持ちを持っている彼に対して,雪は自身の母親を思い出し「あなたと私は違う」という気持ちを何度も感じることになったと考えられる。雪にとっても珍しく感情的に怒りをぶつけてしまうほど,一時的とはいえ彼に心が揺れたのではないかと推測される。しかし,上記のような価値観の違いを再認識し関係性は終わるのである。

3)友人リナの存在

雪の唯一の友人のリナは可愛らしく人当たりも良いが恋愛体質で彼氏がいない時はパパ活をしており,破局を迎えると不安定になりがちで,雪は振り回されているように読者からは見える。

ある出来事をきっかけに雪が顔の火傷痕のことを告白するシーンがあり,リナは悪意なく「ごめんね・・・・!! 気づいてあげられなくて本当に辛かったよね…!!」と涙ながらに伝えるのである。一方,雪は「自分は理解されない」という諦めと「無意識に傷つけてくる他者」への感情を再認識し,距離を取ろうとする。雪は最終章までに整形について相談したり,「お金は裏切らない」と共感したりできるキャラクターたちと出逢い,自身の人間関係の取り方に自覚的になる。そして母親への対応について,初めてリナに相談し,雪は母親に一先ず対処することができたのである。現実世界で起こりうる人の変化と同様に,他者との関わりの中で雪自身も変化し,頑なさが和らいできている。

3.ホスト狂い「ゆあ」の場合

1)『明日カノ』の風雲児「ゆあてゃ」

ゆあ(本名は優愛),通称「ゆあてゃ」は『明日カノ』のなかで最も有名なキャラクターではないだろうか。この作品を知らなくとも,アルコール飲料とコラボレーションした広告で彼女を見た人もいるかもしれない。彼女も雪同様,容姿端麗である。20歳であるが,進学はせず生活費と担当のホストへ貢ぐためにデリバリーヘルスなどをして生活している。

黒髪のツインテールで,黒やピンク,紫ベースにリボンやフリルのついた可愛いが独特な洋服と小さめのリュックを身に着け,多くのピアス(耳や舌)が開いているなど,いわゆる『地雷系』ファッションの少女である。加えて,彼女がたむろしている背景から察するにトー横キッズ注1)とも評されるだろう。
彼女の印象を形作る最たるものは腕にある無数のリストカット跡である。痛々しい傷跡から精神面での不安定さもうかがえる。

彼女はホスト狂いのキャラクターとして第4章に登場し,読者に鮮烈な印象を残したキャラクターである。

注1)新宿区歌舞伎町にある新宿東宝ビル(旧新宿コマ劇場跡地)周辺にたむろしている若者たちの総称。
2)ゆあの不安定さ

彼女の不安定さは担当ホストとの関係で如実に描かれている。彼女は担当ホストから本カノ営業注2)を受けており,親密である。しかし,担当ホストが彼女との約束を反故にして連絡がつかないと執拗に連絡をし,さらに「なんで返事くれないの?」といった内容から「電話出ろよ」というように段々と言葉が攻撃的になっていく。違うシーンでは自傷後の彼女とアルコール飲料と錠剤が一緒に描かれており,不穏さが伝わってくる。

注2)客を本当の彼女と思わせる営業の仕方。

ひょんなことから彼女と行動を共にする女性キャラクターの萌がいるが,その萌がホストに貢ぐことから脱却する旨を伝えると「ぬる…」「なんか冷めたわ」「結局萌たゃはそっちの世界の人だったんだね」と言い放ち,今までの友好的なやり取りは嘘のように終わるのである。ゆあの様に親密である間はかなり依存的であり,そうではなくなった瞬間,切り捨てるようなコミュニケーションスタイルをもつ人を臨床の場ではよく見聞きするだろう。

3)埋まらない気持ち

そもそも彼女の不安定さはどこから来ているのか,ゆあの場合は番外編にて過去の描写がなされている。両親は離婚しており,父方の祖母と2人で地方の田舎に暮らしている。祖母が認知症の様な症状を呈すため,彼女が祖母の服薬の管理をし,病院受診を促すなど,ヤングケアラー的な側面も見受けられる。父親は市内に住んでいるが,彼女の生活にコミットしている様子はあまりなく,機能不全の家庭という印象を受ける。高校では馴染めている様子はなく,やや遠巻きにされているような描写がある。唯一の友人はいるが,その友人に「絶対ヤリ捨てポイされるよ」と引き留められても,大嫌いな故郷から連れ出してくれるという幻想からか孤独感や満たされない気持ちを埋めるためか,自称東京都在住の会社員の男性と肉体関係を持つまでになる。その際に,ゆあの気持ちとは裏腹に金銭を渡されたことが,その後のゆあにとって大きな意味をなしたと考えられる。

4)優愛からゆあてゃへ

ある日,ゆあにとって唯一の支えである祖母の体調が優れなかったが,一人で病院に行くという言葉を信じて出かける。しかし,帰宅すると祖母は倒れており,そのまま帰らぬ人となる。葬儀の日,父親はゆあを慰めることなく,祖母が残した金を無心していくのである。この時点で,彼女はもうここは捨ててもいい場所と認識したと考えられる。

父親が去ったあと彼女は慟哭し,朝を迎える。その日はゆあの18歳の誕生日であった。ゆあは身支度を整え,ミシン針を使って自分で舌にピアスを開けるのである。一般的にピアスを開ける部位とはいえない舌であること,不適切な道具で開けていることから非常に自傷的であり,同時にその行動にイニシエーション的な印象を受ける。

そして,上京すると友人に連絡し,一緒に行こうとした友人は家族に見つかり,結局ゆあ一人で上京する。支えの少ないゆあであったが,この友人と祖母がいたから,ここまでやってこられたのかもしれない。肉体関係を持った男性にも見捨てられ,新宿を歩いているとスカウトを受け,そこで自分(=若い女性)に価値があると認識し,優愛は本編のゆあてゃに成っていくのである。

4.他のカノジョたち

1)20代から40代までの気になるカノジョたち

雪やゆあ以外のキャラクターにも共通して見受けられるのは自己肯定感の低さや満たされていない様子であろう。雪の友人リナや自分の容姿のコンプレックスから依存的なまでに整形を繰り返すキャラクター,同じく容姿にコンプレックスを抱えホストにはまってしまったキャラクターなど,周囲に自尊心を傷つけられた過去があり,それが自己肯定感にも影響していると考えられる。また,小さい頃から祝ってもらった経験がないキャラクターもおり,前述の雪やゆあの様に養育環境が不適当であったことがうかがえる。それぞれの友人関係も独特で,依存的であると思えば突き放すような極端な態度を取るキャラクターや人付き合いはするものの他者を信用することが出来ず雪と同様に「お金は裏切らない」と平然と話すキャラクター,逆に何かに依存していないといられないキャラクーもいる。どのキャラクターも何らかの理由で水商売や性風俗に足を踏み入れているのも印象的である。

2)「私」でいられる場所

一方で,ホストに貢ぐ為にデリバリーヘルスに足を踏み入れたものの,脱却し新たな道を歩むことができたキャラクターもいる。彼女は自己肯定感は低かったが,親子関係は良好であり,仕送りの前借りを頼んだり,実家へ帰るという選択ができた。加えて,東京に行きつけのバーといった「自分の居場所」と安心して過ごせる場所があり,精神的な支えとなっていたのであろう。「こども・若者の生活・意識に関する調査」(内閣府,2023)においても居場所が多いほど自己肯定感やチャレンジ精神,今の幸福感,将来への希望といった前向きな感情が高い傾向があり,居場所がない・少ない場合は困難改善経験が少なく,支援機関等の認知度や利用意向や相談希望が低く,孤立しやすいとある。

逆に言うとホストにはまることになったのはその居場所を失うかもしれないという不安が高まる出来事があったからともいえる。彼女のように何らかのリソースがある場合,予後が良いと推察される。

5.現代を生きるカノジョたち

1)頼ることの難しさ

『明日カノ』に出てくる彼女たちは基本的に自分一人で物事を解決したがる。そこには,自分一人で問題解決が出来るという自負であったり,頼りたくても頼る人がいない,誰に頼れば良いのか分からない,頼るという視点がないということもあるだろう。

立瀬ら(2022)の先行研究において自己肯定感情は援助希求行動を促進する役割があることに加え信頼できる友人や大人の存在が親への援助希求の促進に重要な役割を果たすと示唆されるとある。また,それを通じて「悩みを抱える若者がSOSを発するためには自分を受け入れ肯定することに加え,認めてくれる他者の存在が重要」とある。作者のをのがそこまで意図したかは不明だが,自己肯定感が低かったキャラクターが寄り添う相手や居場所を得ていくことで少しずつ相談するなど援助希求行動をとるように変化していることは現実を生きる我々と重なる部分であり,若者の資料としてみても興味深い作品である。

2)お金とカノジョたち

女性の貧困は昨今話題になっており,コロナ禍においては生理用品などの寄付が行われたことも記憶に新しい。10代後半などから一般的なアルバイトよりも金銭を稼ぐことの出来る水商売や性風俗に足を踏み入れる人も少なくはない。その背景はさまざまだが,進学しても家族からの支援を受けられないなどで奨学金を使用し,生活費のためにそのようなアルバイトをせざるを得ない状況もあるだろう。作中の雪や他のキャラクター達にも見られるように,疲労の蓄積や精神面へ負荷は多大である。さらに心身の健康を損なうケースも多い(中村,2019)。

6.さいごに

筆者が普段接することの多い年代である大学生における金銭の指標として奨学金受給の有無が挙げられる。現在,奨学金を受給している学生たちはどの程度いるのであろうか。日本学生支援機構(以下JASSO)の「令和2年度学生生活調査結果」によるとJASSOの奨学金や他の奨学金を受給している学生の割合は,【専門職学位課程】の37. 1%が最も低く,【短期大学(昼間部)】が最も高く56. 9%であった。【大学(昼間部)】や【修士課程】,【博士課程】においても4割後半~5割の受給率となっている。このような割合で学生が奨学金の受給をしているというのは臨床に携わるものとして,頭に入れておかなければならない事象であろう。

『明日カノ』には現代を生きる者にとって直面する可能性のある問題が多くちりばめられている。この作品を読了した後に同業者たちに紹介したところ,「今の学生のリアルがある」,「言葉が刺さる」と絶賛していた。『明日カノ』にはここで触れた以外にもさまざまなエピソードがある。臨床現場にいる方に限らず,興味がある方はぜひ手に取って読んでいただきたい。

文  献
  • 藤谷千明(2022)『明日,私は誰かのカノジョ』いよいよ最終章突入 作者・をのひなおが描きたかったこと.Real Sound.https://realsound. jp/book/2022/09/post-1139985. html (2023年5月28日閲覧)
  • 内閣府(2023)こども・若者の意識と生活に関する調査(令和4年度) 第3部 調査結果の概要Ⅱ.https://www8. cao. go. jp/youth/kenkyu/ishiki/r04/pdf/s3. pdf (2023年6月16日閲覧)
  • 中村淳彦(2019)東京貧困女子―彼女たちはなぜ躓いたのか.東洋経済新報社.
  • 日本学生支援機構(2022)令和2年度学生生活調査結果(調査結果の概要等).https://www. jasso. go. jp/statistics/gakusei_chosa/__icsFiles/afieldfile/2022/03/16/data20_1. pdf (2023年6月23日閲覧)
  • 日本学生支援機構(2020)平成30年度学生生活調査結果(調査結果の概要等).https://www. jasso. go. jp/statistics/gakusei_chosa/__icsFiles/afieldfile/2021/03/09/data18_1. pdf (2023年6月20日閲覧)
  • 立瀬剛志・赤崎由紀子・関根道和ほか(2022)高校生における親への援助希求行動の関連要因.厚生の指標,69 (13); 25-32.
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三田村 恵(みたむら・めぐみ) 
大妻女子大学学生相談センター,カウンセリングサロンArk杉並
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書:『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)

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