【特集『物語』から読み解けるもの】#03 ゲーム『ウマ娘プリティーダービー』にみる葛藤の乗り越えかた|德山朋恵

德山朋恵(ダイヤル・サービス株式会社)
シンリンラボ 第5号(2023年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.5 (2023, Aug.)

1.『ウマ娘プリティーダービー』

『ウマ娘プリティーダービー』(以下『ウマ娘』)というゲームをご存知だろうか。実在する競走馬の名前と魂を受け継ぎ「ウマ娘」として生まれた少女達が,ウマ娘の教育機関である「トレセン学園」を舞台にそれぞれの夢を叶えるべく切磋琢磨する。プレイヤーはそんなウマ娘達を支える「トレーナー」となり,ウマ娘達を育成していくゲームだ。

2021年2月にスマートフォン向けゲームとしてリリースされたこのゲームは,ゲームアプリを中心として漫画やアニメ,YouTube,CD,ライブや舞台などたくさんのメディアを通して発信され,今や小学生から大人まで,これまで競馬に全く触れてこなかった人々にまでも広く受け入れられている。

実際にプレイしてみるとキャラクターやその背景設定の細かさ,エピソードの多様さもさることながら,パラメーターや特性継承などをどう計算するかなど育成ゲームとしてもしっかりと遊べるものでもあることに気付く。また「ウイニングライブ」とよばれるライブや「勝負服」の存在など,アイドル応援にもつながる楽しみかたもできるなど,さまざまなタイプのプレイヤーを受け入れる幅の広さを持ったゲームでもある。

2.ウマ娘達の「物語」

魅力を語りだすときりがないが,今回はその中でもゲーム内で語られるウマ娘達の「物語」,特に“葛藤の乗り越え方”について,ウマ娘とトレーナーの関係性を中心に見ていきたい。

ウマ娘のストーリーは前述のように,実際の競走馬の戦績や名声,背景などを下敷きに作りあげられている。育成可能なウマ娘は衣装違いを除いても2023年6月末時点で約80人にのぼり,それぞれの育成ストーリーに加えてメインストーリーとして公開されているストーリー,サポートカードとして公開されているストーリーなどがある。

筆者自身も全てのウマ娘やストーリーを開放できているわけではないが,手持ちの中から幾人か,育成ストーリーを中心としてその物語を紹介してみよう。(以下,ストーリーのネタバレがありますのでご注意ください)

3.キングヘイロー

キングヘイロー。彼女の物語のメインテーマになるのは「母娘葛藤」と言えるだろう。

1)キングヘイローの決意

ウマ娘として大きな功績を残し引退してもなお活躍する母親の元に産まれたキングヘイロー。世間からは“あの母親のご令嬢”として見られるが,当のキングヘイローは母親と折り合いが悪い。心配のあまり「レースの世界は甘くない」「あなたには才能がない」と彼女を否定する言葉をかけがちな母親に反発し「私は一流のウマ娘だ」と意地を張り続ける姿は,周囲からは「高飛車」「わがまま」「プライドが高い」という評価を受けてしまう。しかしその姿は「自分の才能を勝手に決めつけないでほしい」「必ず結果をつかみ取り才能を認めさせてやる」「そのためにはいくら泥だらけになっても笑われてもばかにされてもかまわない」という覚悟の表れ。それを読み取ったトレーナーは彼女とトレーナー契約を結ぶ。

2)キングヘイローの魅力

彼女がデビューした年は「黄金世代」とも呼ばれ,幾人もの才能あるウマ娘達が在籍しており,ともすれば注目や結果はそちらに奪われがちだ。そんな中でも彼女の妥協しなさにとことん付き合い,焦りからくるミスはカバーし,と彼女に付き合うトレーナーと時間を過ごす中で,ライバルでもある同期の友人達や,彼女の存在に救われた実家との折り合いが悪い後輩達,そして諦めない姿に心動かされたファンが周囲に集まってくる。

3)キングヘイローと母親

中々彼女の在り方を認めようとしない母親に対し,レースの王道であり一生に1度しか挑むことのできない中~長距離のレースである“三冠路線”に挑むことで自分を認めさせようとするキングヘイロー。しかしいくらレースに挑んでもその度に母親は,自分ではなくライバルの走りを誉めたり「才能がないと気づいてからではおそい」「恥をかく前に帰ってきなさい」と言うばかり。三冠レースを走り終えた後も「思い出づくりは充分でしょう」と言い放った母親にキングヘイローは自ら親への想いを捨てる決断をし,自分のために自分のファンと自分の道を行くと決意。同期のライバル達が王道路線で羽ばたいてゆく中ひとり,自分の持つ適性や才能が1番力を発揮する短距離に路線変更する。前例のない決断にバッシングも受ける中,トレーナーからの心理的サポートもあり,キングヘイローは短距離やマイルのレースを走りすすんでゆく。同期のライバル達と約束した中距離で競り合った後に彼女は,一時期同期達を憎く思っていたこと,しかしこの世代だったからこそ覚悟を決めて自分の道を進むことができたと感謝を伝える。

4)貫いたキングヘイロー

ウマ娘とトレーナーにとっては大切な時期である“最初の3年”を走り抜けた後も,キングヘイローは果敢に挑戦し,潔く敗けをみとめ,また努力しと己の道を貫き続ける。彼女を慕う後輩にはその努力を認め,自分の後を追うのではなく自らの道を極めるようにとアドバイスし,テレビ局からは「誰かの娘」としてではなく,念願の「キングヘイロー」として特集が組まれるのであった。

5)キングヘイローとトレーナー

キングヘイロー自身は幅広い距離を走れる充分な才能を持っている。王道である中~長距離の大舞台で戦える程の力を持ってはいるが,彼女自身の中で覚悟を決め,短距離という自分の道を歩み出してからの彼女は以前にも増して魅力的だ。ライバル達やファン,後輩たち,そしてバッシングをしていたメディアですらも,彼女を彼女として認めるようになる。トレーナーはそんな彼女の成長の過程を,表に出ている態度に惑わされず,その背後にある覚悟や弱さ,迷いまでも認めながら見守り,その歩みをサポートしている。

4.ビワハヤヒデ

彼女の物語のテーマを挙げるとするならば,「きょうだい葛藤」だろう。

1)ビワハヤヒデと“勝利の方程式”

ビワハヤヒデは後々「怪物」と呼ばれるほどの才能を持つウマ娘,ナリタブライアンの姉である。幼い頃から姉としてナリタブライアンの前を走り,姉としての背中を見せてきたが,やがて愛する妹の規格外な才能に気付く。焦ったビワハヤヒデは怪我をし,入院生活を余儀なくされる。身体の動かないその時間の中で唯一自由になる頭を使って考え出されたのが“勝利の方程式”という希望だった。ミステリアスで冷静沈着,「秀才」と周囲から評価される一方で彼女の自己評価は低く,不安は高い。しかし自分の弱さを受け入れられる強さも持っている。トレーナーはそんな彼女の作り上げようとする”勝利の方程式”に魅せられ,契約に至るのだった。

2)友人でありライバルの存在

妹の存在だけではなく,友人ナリタタイシンとウイニングチケットも,良きライバルとして彼女の前に立ちはだかる。お互いに影響しあい,認め合い,成長していく3人だが,レースを重ねる内ビワハヤヒデは,自分には届かない「何か」の存在を友人達の中に見出し恐怖を抱くようになる。理論と実践を積み重ねただけではその不安は拭いきれず,友人達との模擬レースでは攻めきれずに敗北してしまう。そこでビワハヤヒデはやっと,自らが打ち立てて来た論理が全て「負けないために」という守りの姿勢から生まれてきたものであり,ライバルである友人達は「勝つため」であれば「どうなろうと構わない覚悟」で挑んでいるのだと気付く。

3)「負けたくない」から「勝ちたい」へ

トレーナーに支えられながらビワハヤヒデは一から理論を組みなおし,次のレースで彼女は「勝つための方程式」を武器として挑む。このレースを境にビワハヤヒデは精神的にも一回り大きく成長し「怪物」に成長した妹と直接対決をし,勝利を収める。妹に勝利した後ビワハヤヒデは,妹ナリタブライアンにこう尋ねる。「今の私は君にとって,自慢の姉になれただろうか……」妹は微笑みながらこう応える。「何をいっているんだ。ずっと昔から自慢の姉貴だよ」。

4)ビワハヤヒデの成長とトレーナー

他者に見せている姿とは裏腹に不安に囚われやすいビワハヤヒデ。結局のところビワハヤヒデが戦っていたのは,才能ある妹の姿から喚起された「こうありたい」という理想の自分,そしてそこから生まれる恐怖や不安だったようだ。トレーナーはあくまでも彼女自身のパートナーとしてデータを集め,実践できる環境を提供する立場で関わっている。また彼女の良さを認識し,必要であれば彼女にフィードバックをしている他,不安にかられている時には彼女を引き戻すなどバランサーの役割も担っている。

5.ゼンノロブロイ

ゼンノロブロイの持つテーマは,「自信のなさ」だろうか。

1)英雄譚を追いかけて

恥ずかしがり屋で物語,特に英雄譚が好きなゼンノロブロイは,自らの名前の由来にもなった英雄である“ロブ・ロイ”に憧れている。普通の人として生まれ,普通の人として諦めずに権力に立ち向かいながらもその姿を後世が「物語」った事で英雄として知られるようになった“ロブ・ロイ”。自らも語り継がれるような英雄になりたいと憧れるものの「取り柄がない」「地味」「なんの結果も出せてない」「注目もされていない」存在である自分自身には「どうせできやしない」と,自分の物語を作る勇気も自信も持てずにいる。“英雄”というキーワードをきっかけにトレーナーと出会った彼女は,トレーナーを通して再び「英雄とは何か」と自身に問いかける。憧れる“英雄”像と自分の落差,しかし諦めきれない想い,そして”英雄”になるための物語を欲する彼女の心の叫びを聞いたトレーナーは『ゼンノロブロイの英雄譚』が読みたいと契約を結ぶ。

2)“英雄”シンボリクリスエスを追いかけて

ゼンノロブロイにとっての“英雄”を具体化した存在である先輩,シンボリクリスエス。彼女は常に淡々と,堂々としており,「為すべきことを為すだけ」とどんな時でも揺らがず前を向いている。そんな姿をゼンノロブロイは剣のイメージに重ね,自らもその剣を手に入れたいと望む。自身の身体の状況により王道を諦めざるを得なくなった彼女だが,無事憧れていた日本ダービーのレースを走り切り,自分が自分の物語の中にいることを実感。手に入れた勇気の剣で自らの羞恥心の殻を打ち砕く。続く菊花賞では揺るがぬ意志,折れない信念という強いこころを手に入れる。

3)憧れの引退

有馬記念を最後に引退するシンボリクリスエスと対決すべく,自分の想いを直接彼女に伝えたゼンノロブロイだったが,引退を目の前にしてもなお淡々としている様子を見て思わず心を乱され,「あなた自身に未練はないのですか?」と問いかける。自らが問いかけたことよりゼンノロブロイは,自分自身の「シンボリクリスエスにとっての唯一の未練になりたい」という想いに気付く。有馬記念が終わってもシンボリクリスエスの引退は撤回されなかったが,彼女は前を向き,先へと進むのだった。

4)ゼンノロブロイの輝き

コツコツと結果を積み上げるゼンノロブロイ。しかしいくらがんばっても才能のある後輩たちに話題や注目は奪われたまま。そんな中ゼンノロブロイは他のウマ娘から,何かを得るためには,全てを覆すためには,圧倒的でなければならないとの学びを得る。“英雄”の名を後輩にも誰にも渡したくない。諦めきれない夢のために「圧倒的」であることを求め,彼女はかつて1人しか達成した事のない秋シニア三冠を制すると宣言。そんな彼女の姿に観客やメディアも注目しはじめる。一方でシンボリクリスエスも彼女の姿に自分にはない「意志の輝き」を見,有馬記念へ出場を決める。有馬記念を制した彼女にシンボリクリスエスは「何かを与える者が英雄ならば,自分にとってはゼンノロブロイが英雄だ」と告げた。後に自分に似た恥ずかしがりやのウマ娘に「どうしたらお姉ちゃんみたいになれますか?」と尋ねられた彼女は,「自分の物語を受け入れて,愛してあげる事」と答えるのだった。

5)意志の輝きが紡ぐ物語

ゼンノロブロイはレースを重ねる中で自らに足りなかった勇気や心の強さを得てゆく。シンボリクリスエスの引退,そして才能ある後輩たちに向けられる注目や“英雄”の名。危機に陥るたびにゼンノロブロイは「私を見て欲しい」「私を英雄と呼んで欲しい」という自分自身の沸き上がる想いを大切にし行動を積み重ねる。自分の力を信じる事が出来ずに迷っていたゼンノロブロイが信じることが出来た(信じざるを得なかった)のは,彼女の深みから発せられる泥臭いまでの想いだった。トレーナーは彼女の歩みたいと願う道のりをより具体的に物語という形にすることで,ゼンノロブロイが迷ったり不安に駆られたりした時にはどう在りたかったのかを再認識させ,前に進む強さを与えている。ゼンノロブロイ自身がそうイメージしたように,トレーナーは進み続ける剣であるゼンノロブロイを守る盾であり,ゼンノロブロイの物語を守る語り手だったのだろう。

6.ウマ娘とトレーナーの関係

まだまだたくさんのウマ娘のストーリーがあり,さまざまな形の出会いや,生きざまが描かれるのだが,おそらく大半のストーリーに共通するのは以下の形だろう。

まずウマ娘は何らかの動機や目標を持って学園に入学,デビューを目指す。そしてトレーナーは何らかのきっかけでウマ娘の持つ動機や目標を知り,またはその才能に魅了され,このウマ娘を支えたいと契約を結ぶ。トレーナーは担当になったウマ娘が葛藤を乗り越え,または本人が本当に望むものを見いだし,未来に向かって歩んでいくのをサポートし,「最初の3年間」を走り抜ける。

それはまるでお遍路でいうところの「同行二人」のようでもあり,学童期~青年期頃のクライアントとカウンセラーのようでもある。

7.ゲーム『ウマ娘プリティーダービー』から受け取るもの

人が「物語」を「好きだ」と表現するとき,そこには何らかの共感やひっかかりが生まれていると考えても良いだろう。『ウマ娘』の物語は史実や架空などが何層にも織り合わされて完成しているがゆえに,物語を楽しむ立場をとったとしても,“スポ根もの”としても“恋愛もの”としても切り取って楽しむことができる。

その物語を今回のように“葛藤を乗り越える物語”として切り取った場合,プレイヤーはウマ娘の中に自分の欠片を見,ウマ娘のストーリーに沿ってその想いや葛藤に心動かされながらも同時に,同じ目標に向かって見守りながら共に歩んでくれるトレーナーの存在も感じることになる。

それは恐らく“サポートされること”のあたたかさや心強さに触れる体験にもなるのではないだろうか。

バナー画像:愚木混株 Cdd20によるPixabayからの画像
+ 記事

德山朋恵(とくやま・ともえ)
ダイヤル・サービス株式会社
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書:『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共著,木立の文庫,2023)

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事