書評:『みんなの精神分析──その基礎理論と実践の方法を語る』(山﨑 篤著/遠見書房刊)|評者:川谷大治

評者:川谷大治(川谷医院)

本書は誰を対象に書かれているのだろう? 自分に向けて書かれた自分史,精神分析を知らない一般の方向け,精神分析を学ぶ心理士向け,農家の長男が家を継がずに不義理をしてきた親戚への弁明,音楽バンド仲間への言い訳と感謝,保育士相手に精神分析を語り,これから精神分析を受けようとしているあるいは現在受けているクライアント向けだったりする。『みんなの精神分析』なんですね。私の本棚には,「みんな」とタイトルがつく本が2冊あります。きたやまおさむ著『みんなの精神科』(1997,講談社),『みんなの深層心理』(1997,講談社)です。まさかパクった?

著者の山﨑先生自身が何でもありの人です。まるで森鴎外か北山修のような人です。名刺一枚で精神分析的精神療法家をアピールするかと思えば,よなよなライブでロックをやるミュージシャンであり,少し前は大学の教員で今は江戸時代から続く農家の跡取りで百姓もする,一人で何足ものわらじを履いている,そうした幸せな人なんですね。そんな著者が本を書いたのです。これからも書き続けると宣言しています。楽しみですね。

さて,本題に入って,本書の構成は2部仕立てです。第一部は「みんなの精神分析」,第二部が「精神分析的な発達論」です。本書の中心は第一部の第二章「精神分析とは」と,第三章「精神分析では何をする?」です。

第二章 精神分析とは

精神分析の成り立ちから精神分析家になるまでをご自身の訓練を交えながら書かれています。これから精神分析を学ぶ人たちへのエールです。

第三章 精神分析では何をする?

山﨑先生は,魂の開放と真に自由に生きることを目指して,無駄なくムリなく,そして「美しく」生きることを目指して精神分析をやってきました。その精神分析とは?

本書は自由連想風に書かれており時々博多弁がでてきます。プライベートな話が挟まれたり,研究会でコメントする口ぶりに戻ったり,自由連想を続けています。なのに軸はブレません。自由連想を続けていると話は脱線しますが,そこに味があるのですね。

自由連想するクライアントに対して分析家は「平等に漂う注意」をもって話を聞きます。無心に遊ぶ子どものように話を聞くのですね,山﨑先生は。たしか成田善弘先生は閉眼して話を聞くと患者さんから聞いたことがあります。それもいいですね。

メニンガー・クリニック発祥のA-Tスプリット治療の話題もあります。どうして主治医とは別に心理士がセラピーするの? と疑問を持たれる患者さんもいます。これは長い歴史と保険診療という我が国の医療制度ともかかわる深い問題が根底にあって,ここでは言及するゆとりがないですね。それはそうと懐かしい治療構造の話にも触れています。大学の教員をしながら治療の枠を守るのは大変だったようです。「オンタイム病」や「耳傾け病」などの新語も登場します。話を聞いていると厄介な事態が起きます。転移・逆転移の話であり,「死にたい」と訴える患者さんの話を「受け止める」と「受け取る」という分析者の治療態度の違いについて先生の思いは続きます。訓練としての文献抄読会にはウィニコット,ラングス,そしてコフートが登場します。コフートの「共感」について触れてもらいたかったですね。

さいごに,ユダヤ人のフロイトは決定論者です。私はそこにしびれて精神分析を学び始めました。精神分析を学ぶ必然性が私にはあったのです。次回作は,そこに触れてほしいですね。ハイ。

+ 記事

なまえ:川谷大治(かわたに・だいじ)
所属:川谷医院(開設者),株式会社ドンマイ(社長)
著書:『思春期と家庭内暴力』(単著,金剛出版,2001),『自傷とパーソナリティ障害』(単著,金剛出版,2009),『境界性パーソナリティ障害〈日本版治療ガイドライン〉』(共著,金剛出版,2008),『現代精神分析基礎講座 第3巻/第5巻』(共著,金剛出版,2021),その他
趣味:健康オタク

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事