書評:『精神科診断に代わるアプローチ PTMF──心理的苦悩をとらえるパワー・脅威・意味のフレームワーク』(メアリー・ボイル,ルーシー・ジョンストン著,石原孝二・白木孝二・辻井弘美・西村秋生・松本葉子訳/北大路書房刊)|評者:八巻 秀

八巻 秀(駒澤大学・SYプラクティス)

シンリンラボ 第7号(2023年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.7 (2023, Oct.)

これまで心のケアに対しては,圧倒的に医学モデルが適用されることが多いのが現状であるが,この精神科診断に基づく伝統的・主流の医療・治療モデルに対する1つのalternative(代替案・別の選択肢)として,「PTMF:パワー(Power)・脅威(Threat)・意味(Meaning)のフレームワーク(Framework)」という新たな視点・枠組みを紹介しているのが本書である。専門書ではあるが,日本語訳が秀逸なのでとても読みやすい本である。

私たち支援者は,心理的な苦悩に直面している人たちを,ただ精神医療につなげるだけで安心し,救った気になりがちであるが,それだけでは単なる「手抜きのリファー」と言って良いだろう。現代における心の不調は,精神医学的なその人自身の個人の問題だけでなく,その人を取り巻く社会の問題(それは「関係性」の問題とも言える)が色濃く影を落としていると,支援者が考えていくことが,大切になっているのではないだろうか。PTMFはそのような視点もきちんと提供している。

このPTMFを学んだ支援者が,悩める人たちやその家族に問いかけるのは,症状や問題ではなく,「何が起きたの?」というナラティヴやストーリーである。

具体的には,次のように問いかけていく。
「どんなことがあなたに起きましたか?」(パワーは人生にどのように作用しているのか)
「その出来事はあなたにどのような影響を及ぼしましたか?」(そのことは,どのような脅威をもたらしているのか)
「あなたはそのことをどのように理解しましたか?」(そうした状況と経験の意味はどのようなものなのか)
「生き延びるために,何をする必要がありましたか?」(どのように脅威へ反応しているのか)

このようにPTMFによって支援者はクライアントや家族の経験(それに伴うナラティヴ)を聴き出し,それに寄り添いながら,支援のプランをともに組み立てていくことができるのである。

先日,福岡で開催された家族療法学会において,このPTMFがテーマのシンポジウムがあり,シンポジストである白木孝二先生(Nagoya Connect & Share)が「PTMFはアプローチではなく,フレームワークであり,より希望の持てるナラティヴや物語を構築するための支援として活用できる」と述べていたのが印象に残っている。またそのシンポジウムの参加者の一人から「このPTMFが示しているものは,すでに私たちの現場では使われている。当たり前のことを言っている」といった趣旨の発言があった。まさにそのような「最前線の臨床現場の人たち」によって,PTMFの手法を生かした関わりを行なっていくことが,これからの心理的支援には必要であり,今まさにより多くの支援者がPTMFを学び,それを指針としていくことが重要なのだと思う。またPTMFには,オープンダイアローグのトレーニングの一部として取り入れても良い共通性があるとも感じられた。

精神科医,看護師,心理専門職,ソーシャルワーカーなどの支援者から,精神科診断の「パワー」に悩む当事者まで,幅広く手に取ってほしい本である。

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八巻 秀(やまき・しゅう)
駒澤大学駒澤大学文学部心理学科
公認心理師。臨床心理士。駒澤大学文学部心理学科教授。SYプラクティス代表。やまき心理臨床オフィス・スーパーバイザー。岩手県総合教育センター・スーパーバイザー。
主な著書:『「かかわり」の心理臨床─催眠臨床・家族療法・ブリーフセラピーにおける関係性』(単著,遠見書房,2023年),『臨床アドラー心理学のすすめ─セラピストの基本姿勢からの実践の応用まで』(共著,遠見書房,2017年),『アドラー臨床心理学入門』(共著,アルテ,2015年),『ナラティヴ,あるいはコラボレイティヴな臨床実践をめざすセラピストのために』(共著,遠見書房,2011年)など。

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