書評:『精神障害を生きる──就労を通して見た当事者の「生の実践」』(駒澤真由美著/生活書院刊)|評者:石原孝二

石原孝二(東京大学大学院総合文化研究科)
シンリンラボ 第7号(2023年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.7 (2023, Oct.)

本書は著者の博士論文をもとにしたものであり,540頁にもなる大作である。本書の目的は,「リカバリー」と「就労」との関係を明らかにすることにあり,「精神障害当事者は自ら体験してきたさまざまな『就労』の場をどのように意味づけているのか」という問いと,「当事者自身が精神保健医療福祉と雇用に関わる法制度のもとで『精神障害者になる』,つまりは『精神障害者』のラベルを貼られて,あるいは自ら貼って生きるということをどのように捉えているのか」という2つの問いが中心にすえられている。こうした問いに答えるために,著者は就労支援の制度や支援者・当事者間の相互作用に注目しながら,「精神障害当事者」のライフストーリーを読み解くことを試みる。それは「精神障害当事者」が精神保健システムや就労支援の制度のなかでどのように生きてきたのか,その「生の実践」を明らかにする試みでもある。

「精神障害者」の支援やケアのための就労支援に関する研究は,日本でも数多く行われてきている。しかしその多くは,就労移行や就労定着につながった要因は何か,就労が「精神障害者」に対してどのような影響を与えるのか,特定の就労支援のアプローチや技法の効果はどのようなものなのか,特定の「精神疾患」と就労との関係はどうなっているのかといったことを問題にするものであり,本書の問題設定や研究・分析手法はこれまでにない,ユニークなものとなっている。就労支援サービスを利用する際に「障害者」であることを受け入れることを強いられ,さまざまな制約を課せられるという問題はこれまでももちろん認識はされてきたものだが,そうした問題を包括的に扱う枠組みを考え,実践した,というところにこの研究のユニークさがあると言えるだろう。

著者は「法制度・支援システム」と「精神障害当事者の行為の意味」の「複相性に迫る」ための戦略として,一般就労への移行支援,福祉的就労,社会的就労の現場で6つの業務形態別に調査・分析を行っている。インタビュー対象者もそれぞれの業務形態からバランスよく選定されている。こうした目配りは,日本の就労支援システムの構造全体を把握するために不可欠なものだろう。しかし,こうした制度に取り込まれない形で就労している「精神障害者」の姿が見えづらくなってしまっているのではないか,という懸念も感じた。また「精神障害当事者」自身が就労の場をどのように意味づけているのかという視点と,著者の分析的な視点との間にはいささか緊張関係があるようにも思える。こうした懸念は,福祉サービスを批判的に考察するという視点と,そのサービス利用者の経験そのものを描き出すという視点を同時に実現しようとするときには避けがたく生じる問題なのかもしれない。こうした点に関する著者の考えを少し突っ込んで伺ってみたい気もする。

ともあれ,本書は,日本の「精神障害者」に対する就労支援の制度と制度を利用する人たちの経験に関する貴重な証言と分析を含み,今後日本の就労支援の問題を考えようとする際の重要文献となるものだろう。

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石原孝二(いしはら・こうじ)
東京大学大学院総合文化研究科
『精神障害を哲学する:分類から対話へ』(東京大学出版会,2018年),『オープンダイアローグ─思想と哲学』(共編,東京大学出版会,2022年),『オープンダイアローグ─実践システムと精神医療』(共編,東京大学出版会,2022年),パットマン,マーティンデール『サイコーシスのためのオープンダイアローグ─対話・関係性・意味を重視する精神保健サービスの組織化』,(編訳,北大路書房,2023年),ボイル,ジョンストン『精神科診断に代わるアプローチ PTMF─心理的苦悩をとらえるパワー・脅威・意味のフレームワーク』(共訳,北大路書房,2023年),モンクリフ『精神科の薬について知っておいてほしいこと─作用の仕方と離脱症状』(共訳,日本評論社,2022年)など。

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