私の臨床現場の魅力(7)民間心理相談機関から|金丸慣美

金丸慣美(広島ファミリールーム)
シンリンラボ 第7号(2023年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.7 (2023, Oct.)

民間の心理相談機関には,株式会社として複数のセラピストを抱えるところもあれば一人のセラピストが個人経営されているところもある。認知行動療法や行動分析・精神分析・家族療法等々それぞれが志向するアプローチや,女性・子ども・家族関係・発達障がいなど,得意とする対象を前面に出される相談室もある。またどんな地域に開設されているかによってもいろいろな点で差異があるだろう。

当然のことながら,筆者はこれほど多様な領域を代表して語れる立場にない。筆者のごく限られた個人的な経験から述べさせていただくことになる。

筆者がもう一人の臨床心理士とともに小さな相談室を開設したのは,1991年だった。配布するパンフレットには《ご家族に生じるさまざまな問題や悩みの解決をおてつだいするところです》と記した。

心理士だけで活動する相談室は,当時当地域ではまだ数件だった。公務員を退職して個人開業されたという先輩のもとへあいさつにうかがった折,「開業した当初,周りからさんざん無謀と言われたものですが,私以上に無謀な方たちが現れましたね」と苦笑されたのを,30年あまり経った今でも時折思い出す。

たとえばかかった医療機関で,自分が思ったような治療を受けられなかったとき「あそこはヤブだ」などということがある。当時(もしかすると今でも多少)民間の心理相談室は,来談する前からとかく「なんだかちょっと怪しい(?)」のだ。信頼する他の専門家や親しい知人に勧められたり,本や雑誌・新聞・HPなどで情報に触れて,できれば複数のルートから伝聞してはじめて,試しに行ってみようかという気になるくらいの怪しさなのだ(たぶん)。それも当然だろう。自分自身のあるいは大切な身内のきわめてプライベートな事柄について語ることになるのだから,慎重にならない方がおかしい。

もともとその地域で臨床活動をしていた方であれば専門家同士のつながりもあり,その信頼関係の積み重ねというものが活かされるのかもしれない。筆者らはといえば,相談室を開設するまで,当地では臨床活動を全く行っていなかった。開設にあたり,まず当地の一般の方々が信頼を置かれている方々のご理解と信頼を得ることが必要と思われた。自分たちと自分たちの相談室がどのような考え方でどのようなアプローチを行おうとするのかを知っていただくことが重要だった。各所にご挨拶にもうかがったし,一般向けの講演会なども試みた。〈どこの馬の骨〉の両名とも決しておしだしのよい方ではなく,どちらかと言えば社交性に乏しい質なので,これにはかなりの努力を要した。その努力の甲斐があってというよりも,さまざまな方々のご厚意ご支援をいただいてなんとか活動を継続することができ,今に至っている。ありがたいことだ。

心理士(師)が提供できるものは毎回のセラピーしかないわけで,クライエントがそうしたければいつでも支援者のもとを去ることができる。来談しなければよいだけだ。当所のような個人営業の小さな相談室は,クライエントが来談されなければもとより成り立たないし立ち行かない。支援者は,決して安価とは言えない相談料を毎回受け取ることで,クライエントが《ココ》を選んで来談されているのだという実感覚を得,強く意識する。

支援者はクライエントと個人的に治療契約を結び,一緒になって共通の目的に向かってがんばる。来談される方々は大切なお客様であり,同じ目的に向かって協働する同士でもある。緊張感は尋常ではないが,クライエントやクライエントを取り巻く状況によい兆しが認められるときの安堵感や喜びはこのうえない。筆者はこれまでいくつか他の領域での臨床活動を行ってきている。その経験に比して,この感覚は段違いに強い。これが筆者にとっての民間心理相談室開業の最大の魅力かと思う。

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金丸 慣美(かねまる・なるみ)
広島ファミリールーム
資格:公認心理師,臨床心理士,特別支援教育士,日本家族療法学会認定ファミリー・セラピスト,日本家族療法学会認定スーパーヴァイザー

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