私の臨床現場あるある(1)産業領域から|植松芳信

植松芳信(アイエムエフ株式会社)
シンリンラボ 第1号(2023年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.1 (2023, Apr.)

今回の連載開始にあたり臨床心理5領域の中で産業領域からスタートするこの企画はとても斬新だなと感じさせられたが,産業領域とはつまりそういう領域だと感じている。臨床心理自体,そもそもが応用だが,産業領域はさらにその応用によって成り立っているとも言えそうだ。「あれ,自分は今,何の仕事をしていたんだっけ?」と日々自問するのもそういう領域の特徴によるのかもしれない。

一口で産業領域と言っても各人が働いている場所や立場によって経験すること,直面する課題は当たり前ながら異なるだろう。想定される立場としては企業・団体内の健康管理室等のカウンセラーや人事担当部局の施策担当者,あるいはメンタルヘルスに関するサービスを提供する専門機関に所属するカウンセラーやコンサルタントなどを挙げることが出来よう。私自身はこの内のメンタルヘルスサービスの専門機関で働いており,以下ではその立場・視点から感じたことを述べたいと思う。

この領域で働いている時にまず直面する課題(特徴)としては,「関与する人の立場の多様さ」と,それに関連した「利害の衝突」ということがあるのではなかろうか。今やどの領域でも心理士が他職種との連携なく働くということはなく,様々な立場の人と協業することは当然のことになっているだろう。その中で,産業領域における「多様さ」の特徴としてはそこに文字通りの「利害の衝突」が生じることにあると感じている。

例えば,ある会社の社員がうつ病により休職したが,回復傾向にあり復職を希望しているという場面を想定してみよう。この時,本人は以前より元気になり,早く働きたいと願い,主治医も病気の快復による復職を認め,家族も無理のないことを願いつつも,生活面からは復職を願うなど,この三者は概ね一致しているとする。では,会社側はどうだろう。まず,産業医は仮に病気が快復したとしても安全にかつ安定的に業務に従事できるかを考えるだろうし,人事担当者は役職や資格,待遇に見合った働きが可能かを評価するだろう。その結果,その時点での復職はネガティブにとらえられる可能性も少なくない。さらに職場に目を移すと,日々忙しい業務に追われる管理職は多少時短をしてでも早期の復職を期待する一方で,同僚たちからは中途半端な形での復職や復職後の再発によって迷惑を掛けられるのではないかなどの不安の声が上がる……。このようにこの場面に関わる人々がそれぞれの立場で全く異なることを考えるだろうことは容易に想像可能であり,かつ日常的に生じる問題でもある。また,言うまでもなく,この復職するかどうかという状況は「金銭」という実利の最たるものと直結しているのである。

このような場面に直面した時,心理士には何ができるだろうか。当たり前のことと言われるかもしれないが,私はそういう時ほど基本に返ることだと考えている。徹底的なアセスメントとそれを活かし関係者が一致できる目標の探索,そしてこれからの進め方の整理……。そういう基本的なことに優るものはないだろう。

以前,ある企業で外部カウンセラーとして働いていた際に,普段は意見の衝突もあった人事部長から,ふとした時に「相談する社員の立場に立って話を受け止めてもらえるのは,先生しかいないんです。それは会社にとって本当に大切なことなんです」と言っていただいたことがあった。相談者である社員やその組織を丁寧にアセスメントし,その環境でのベターやベストを本人や会社と一緒に考える。これは,「何しているのかわからなくなる」ことがある中,自分を心理士の地平に引き戻してくれる大切な瞬間でもあると感じている。

バナー画像:AlexaによるPixabayからの画像
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(うえまつ・よしのぶ)
所属:アイエムエフ株式会社
資格:公認心理師・臨床心理士

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