私の臨床現場の魅力(6)陸上自衛隊から|藤原俊通

藤原俊通(カウンセリングオフィスつながり)
シンリンラボ 第6号(2023年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.6 (2023, Sep.)

1.戦車に乗れるカウンセラー

30年余り勤務した陸上自衛隊を定年退職して,東京三鷹の駅前にカウンセリングオフィスつながりを開業して間もなく3年になろうとしている。

防衛大学校を卒業して陸上自衛隊に入隊した筆者は,10年間を戦車乗りとして過ごし,その後自衛隊の心理職へと転じた。

当時の筆者は日本でただ1人の異色の心理士,「戦車に乗れるカウンセラー」であった。

2.強さを求める組織

自衛隊はいざという時,自らの生命を危険にさらしてでも戦わなければならない組織である。このような強さを求める組織でメンタルヘルスを推進することは非常に難しい。筆者は自衛隊心理職の先駆者として長年この問題に向き合ってきた。

いかに鍛え上げた自衛隊員も,生身の人間であり傷つく心を持っている。災害派遣や海外派遣などの危険な任務,それらに備えるために行う厳しい訓練によるストレスから隊員たちの心と身体を守る必要があった。

しかしこのような組織ではメンタルヘルスやカウンセリングは,隊員を甘やかす弱さとして受け止められやすい。苦しい局面で歯を食いしばることを求められる組織の中で,「辛い時には弱音を吐いて良い,休んでも良い」という助言は簡単には受け入れられないのだ。

3.強さとは何か

辛い時に休むこと,弱音を吐くことは果たして弱さなのだろうか。そもそも強さとは何か,私たちはどのような強さを求めているのだろうか。自衛隊での心理臨床活動は,常にこの問題と向き合う時間であった。そして次第に筆者は,求める強さとは単にストレスに耐え,我慢するだけの単純な強さではないと考えるようになった。傷つきから目を背けず,ありのままの自分を受け入れる勇気が必要だということに気づいたのである。

このような考えを20年余りの時間をかけて組織に普及してきた結果,ようやく組織は変わり始めた。防衛省はメンタルヘルスに本気で取り組むようになり,今では陸海空自衛隊に150人を超える臨床心理士が所属している。

20年前逆風の中で活動を始めた筆者は,多くの仲間の力を得て勇気づけられ,彼らに後を託し安心して定年を迎えることができた。

4.そして今,見えてきた強さ

コロナ禍の中で定年を迎え,筆者はいま街角で小さなオフィスを開業している。改めて当時を振り返って見えてくるのは,自衛隊は人を大切にする組織であるということである。もちろんいろいろな問題があり,改善すべき点も多い。それでもあの組織は,人を大切にする組織だと思う。

常に危険と隣り合わせの環境で活動する組織では,個をそしてつながりを大切にする意識が強くなるのである。入隊時,弱々しかった若者が仲間とつながり,支えられて一人前の大人へと成長していく過程は,「人はみな発達する可能性を有する」と渡辺(1996)がいうカウンセリング心理学の視点を実感させてくれる。心理臨床活動において最も大切なことは,こうした人間の力強さを,心理士がどの程度信じられるかということである。

自衛隊の臨床現場は,個々のカウンセリングで隊員の発達を支え,同時に教育やコンサルテーションを通して組織の変革にも関わることができる場所である。こうした体験を積むことで我々心理士自身も,「発達する可能性を有する」ことを信じられるようになっていく。

そしてこれが筆者が向き合ってきた問いに対する答えなのだと考えている。

文 献
  • 渡辺三枝子(1996)カウンセリング心理学.ナカニシヤ出版.
  • 藤原俊通ら(2020)自衛隊心理教官と考える 心は鍛えられるのか―レジリエンス・リカバリー・マインドフルネス.遠見書房.

注記)今回より本連載タイトルを「私の臨床現場あるある」から「私の臨床現場の魅力」へと改題しました。

+ 記事

藤原俊通(ふじわら・としみち)
カウンセリングオフィスつながり
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書:『自衛隊心理教官と考える 心は鍛えられるのか――レジリエンス・リカバリー・マインドフルネス』(共著,遠見書房,2020)
趣味は料理,手ごねのパン作りとマインドフルネスを組み合わせた「パンと瞑想のワークショップ」を主催しています。

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