臨床心理検査の現在(11)内田クレペリン検査②研究の動向|種市康太郎

種市康太郎(桜美林大学)
シンリンラボ 第15号(2024年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.15 (2024, Jun.)

1.はじめに

前回は内田クレペリン検査の歴史と検査の特徴について述べた。今回はまず,長い歴史を持つ内田クレぺリン検査だからこそわかってきた特徴について述べ,その後に,内田クレぺリン検査における心的過程を探る研究例を一つ紹介したい。

2.内田クレぺリン検査の量的特徴についてわかってきたこと

内田クレぺリン検査は100年近くにわたって実施されてきた。だからこそわかってきた特徴がある。ここでは特に,量的特徴に関する各側面について述べる。

1)時代を経て平均作業量が増加している

黒川(2020)によれば,平均作業量の量級段階の一番上にあたるⒶ段階に到達している者が増えてしまい,Ⓐ段階での差異を語ろうとしても,差異を示す指標が不足している。さらに,内田クレペリン検査の一行の行数は115問であり,それを超えた場合は次の行を使用するが,115問を複数回超えると検査用紙が2枚となり,作業曲線を確認する作業が煩雑になる。このような近年での平均作業量の増加は教育水準の向上に伴うものと考察している。

このような議論を踏まえ,内田(2022)は日本人の1937年,1987年,2013年の各1万人程度の平均作業曲線を示している(図1)。1937年,1987年のデータは集団の特性による偏りを排除するために複数の集団から得ている。また,2013年のデータの大半は就職採用試験の一環として実施している。このようなデータの特徴の違いに留意しつつ平均作業曲線をみると,1937年から1987年において平均作業量は37. 9から56. 7と50%近く増加している。一方,1987年から2013年では56. 7から60. 1と約6%の微増である。つまり,日本人の平均作業量は1937年頃から1987年頃までの間に大幅に増加し,その後も微増していると言える。

図1 各年における内田クレペリン検査の平均作業曲線(内田,2022)

各年代の作業量級別の割合を各年代で見てみると図2および表2のようになる。1937年ではB段階が40. 0%と中心的な位置にあり,Ⓐ段階はわずかに6. 1%に過ぎなかった。しかし,1955年にはA段階が42. 1%と最も多く,Ⓐ段階も15. 0%に増加。2013年に至ってはⒶ段階が50. 0%,A段階は40. 0%と合わせて9割を占める結果となっている。これではⒶ段階でも高い水準とは言い難いし,A段階に至っては相対的にかなり低い水準の者でも該当することになってしまう。このため,Ⓐ段階の上にさらに上の段階を設けるか,あらたに分布に応じてⒶ,A,B,C,Dの段階を作り直す必要がある。

図2 各年における平均作業量の相対度数分布(内田,2022)

表1 各年における作業量級別の相対度数と偏差値(内田,2022)

作業量級の5段階が作成されたのは1950年代である。その後,大きく平均作業量が増加したとすれば,評価基準も見直さなければならない。現在,このような見直しのためのワーキンググループが作られている段階である(UK研究会, 2023)。

いずれにせよ,時代を経て平均作業量が増加した理由は複数考えられる。教育水準の向上だけではなく,日本の教育方針の変遷も単純加算作業の能力向上に影響しているものと考えられる。

2)成長とともに平均作業量は増加する

江・石井(2014)では,各年齢別の平均作業量を調べ,平均作業量は15歳から20代前半にかけて増加することを示している。このような年齢に伴う増加は心身の発達によるものと考えられている。これらの変化を詳しく調べるため,江・蔵之内・岡田(2023)は中学校,高校,大学の各学校で実施した結果をまとめている。それが図3である。

図3 中学1年から22歳までの平均作業量の推移(江・蔵之内・岡田,2023)

特に面白いのは,中1から中3にかけて上昇が認められるが,高1ではいったん減少し,さらにそこから微増するということである。そして,大学1年から4年の年齢と想定される19歳から22歳においては高校よりも一段高い平均値となる。

このような変化について,受験時期などの影響もあると考えられる。つまり,高校受験を控えた中3の時期には一時的に作業量が増加する可能性である。しかし,実際にはデータを取る高校の種類が影響しているようである。江ら(2023)によれば,これらのデータは同一生徒を中学から高校まで縦断的に調査したものではない。内田クレぺリン検査を実施する高校は偏差値の水準で言えば必ずしも高いわけではないため,そのような対象の偏りが平均作業量の減少に影響している可能性がある。しかし,中学校の1年から3年,高校の1年から3年にかけては増加の傾向を示しているため,同じ中学や高校の中では,直線的な発達の影響が平均作業量に反映されていると考えられる。

このような経過も踏まえ,江・内田(2024)では,13歳から60歳まで合計で約152万人の各年齢の検査結果を用いて,年齢による平均作業量の推移を図4の通りに示している。やはりここでもデータを取得した集団の影響を取り除くことは難しく,14歳から16歳での減少はみられるものの,そこから25歳ぐらいにかけて急激な上昇を示し,その後は緩やかに下降していく。50代以降は対象人数が少ないことなどからやや不安定な傾向も見られるが,漸減傾向が認められる。

図4 各年齢における平均作業量(江・内田,2024)

3)反復測定すると平均作業量が増加する可能性がある

石井ら(2023)によれば,前述のように中学や高校において内田クレぺリン検査の受験を複数回実施すると,平均作業量の増加が見られるという。他にも,医療現場における職場復帰支援において検査を活用する場合にも反復測定を行う場合があり,反復測定が作業曲線にどのような影響を与えるかを検討する必要があった。

石井ら(2023)は,高校生,大学生,会社員,警察官から構成される6群の反復測定結果を用いてその作業量などの推移を比較した。受験間隔は1年から3年である。今回は初回の結果を100にした場合の平均作業量の増加率を示した図5を示す。実線と点線の2つがあるが,実線は同一人物が2回以上実施した結果であり,点線はその対象と同じ年齢における初回の実施結果を無作為抽出して比較したものである。

図5 反復測定時における平均作業量(実線)の推移(石井ら,2023)
注)点線は同年齢の初回の実施結果

その結果,反復測定した群(実線)ではいずれも上昇傾向があるが,それらは必ずしも同じ年齢の上昇傾向(点線)を超えているわけではなかった。特にB群の大学生の結果では増加率は低くなっている。

このように反復測定によって作業量は増加する可能性があるが,それは2)で示したような年齢による発達の影響が含まれている可能性がある。

しかし,1年より短期間の反復測定では年齢による影響よりも反復測定の影響が大きくなる可能性はあるが,今のところ,短期間での反復測定による統計的な比較検証の結果は発表されていない。筆者はある研究で内田クレぺリン検査を12週連続で週1回実施したことがあり,その時は平均作業量が著しく増加し,後期1行目と2行目は毎回115問を超えるようになった。今回紹介した研究は短くても年1回という間隔であるため,そのような反復測定の影響がそれほど認められなかったのかもしれない。

4)日本人の平均作業量は東アジアの各国と同程度で,東南アジアの各国よりも高い

安井・吴(2020)によれば,内田クレペリン検査は言語を介さない作業検査法であるため,質問紙法に比べて言語的,文化的影響が少ないことから,近年,アジア諸国の各国企業や,日系企業での利用が増加している。

ここでは平均作業量について比較した結果を述べると,安井・吴(2020)によれば,中国人の2,477人の平均作業量は55. 4であり,日本人の結果とほぼ変わりがないとしている。また,詳細な統計資料まで発表されていないが,安井・吴(2020)は韓国,台湾などの東アジア諸国の平均作業量も日本や中国と同程度であると述べている。

一方,同様の比較を東南アジア各国と行った江・石井(2017)によれば,日本人で平均作業量が60を超える割合は50. 57%であるのに対して,タイ人12. 74%, ミャンマー人5. 93%,ベトナム人13. 01%,フィリピン人6. 67%といずれも日本人の集団よりも低い結果となっていた。このような結果から,江・石井(2017)は,東南アジア人の作業テンポは日本人の感覚からすれば総じてゆっくりであり,このような傾向を日系企業の現地採用者は意識して採用する必要があると述べている。

このようなことから,日本人の平均作業量は東アジアの各国と同程度で,東南アジアの各国よりも高いという研究成果が得られている。このような国際的比較により,日本人の平均作業量が他の諸外国でも同様に見られるわけではないことがわかっている。

3.筆跡の時間情報を用いたメンタルヘルス不調の予兆把握

川口(2015)は内田クレペリン検査における筆跡に着目し,内田クレぺリン検査における心的過程を探る研究を行っている。内田クレペリン検査では,計算結果を記入するが,この時に,特殊なデジタルペンを用いて,二角の数字(4,5,7)の一画目の書き終わりから二画目の書き始めまでの時間間隔(t1)と,計算した数字の書き終わりから次の数字の書き始めまでの時間間隔(t2)を測定し,その比(t2/t1)を計算した。これはどのような意味かと言えば,t1は計算結果がわかっている数字を書く途中であるから,書字の速度が反映されている可能性が高いのに対して,t2は計算そのものを行っている時の速さが反映されている可能性が高い。つまり,数字を書く速度には個人差があるが,そのような書字速度の個人差に左右されずに心的な計算処理の速度をより純粋に抽出した指標がt2/t1であると言える。

図6 二角の数字におけるt1

川口(2015)は大学生を縦断的に調査して,t2/t1が10を超える場合に休学・退学率が大幅に異なる(オッズ比5. 3)ことを明らかにしている。その結果から,t2/t1はメンタルヘルス不調の予兆把握に有用であることを示唆している。

t2/t1によるメンタルヘルス不調の予兆把握に関する大規模な実証研究はまだ行われていないが,内田クレペリン検査における心的な計算処理の速度を純粋に測定することにより,今後の臨床的な活用への発展が期待されている。

4.まとめ

今回は内田クレペリン検査の量的な特徴に焦点を当てて,研究紹介を行った。次回は,内田クレペリン検査の臨床的な活用につながる実践的な研究例を紹介したい。

文 献
  • 江健一・石井隆之(2015)内田クレペリン精神検査の数量的評価の新基準の試み(その2)内田クレペリン精神検査研究会誌,4; 40.
  • 江健一・蔵之内菜穂子・岡田壮麻(2023)中高生の作業量変化と学年別作業量級の検討.内田クレペリン精神検査研究会誌,11; 2-11.
  • 江健一・内田桃人(2024)加齢による内田クレペリン精神検査の検査結果への影響.内田クレペリン精神検査研究会誌,12; 16-26.
  • 石井隆之・内田桃人・江健一・眞塩悠平(2023)内田クレペリン精神検査の反復受験による検査結果への影響.内田クレペリン精神検査研究会誌,11; 12-22.
  • 川口英夫(2015) 筆跡の時間情報を用いたメンタルヘルス不調の予兆把握.東洋大学研究シーズ集,11.
  • 黒川淳一(2020)内田クレペリン精神検査 標準化検査用紙の見直しについて.内田クレペリン精神検査研究会誌,9; 2-10.
  • 内田桃人(2022)内田クレペリン精神検査の作業量級段階の見直しに向けた試案.内田クレペリン精神検査研究会誌,10; 21-27.
  • UK研究会(2023)標準検査用紙の見直しに関するワーキンググループ1回目回合(報告)内田クレペリン精神検査研究会誌,11; 32-34.

種市康太郎(たねいち・こうたろう)
桜美林大学 リベラルアーツ学群長 教授
資格:公認心理師,臨床心理士,精神保健福祉士,キャリアコンサルタント
主な著書は,『産業心理職のコンピテンシー』(種市康太郎・小林由佳・高原龍二・島津美由紀編,川島書店,2023),『人事のためのジョブ・クラフティング入門』(川上真史・種市康太郎・齋藤亮三著, 弘文堂,2021),『産業保健スタッフのためのセルフケア支援マニュアル』(島津明人・種市康太郎編,誠信書房,2016)

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